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プロローグ

二か月近く振りの更新になります。読者の皆様には、大変お待たせしましたことを心よりお詫び申し上げます。


 昔から気に食わない娘であったと、帝国の名門貴族、アルグレイ公爵であるジェナンとその夫人であるエレナは、最近ことあるごとにそう愚痴をこぼす。

 ただでさえ帝国貴族にとって不吉の象徴である白髪とオッドアイを備えて生まれたことだけでも悍ましいというのに、三十年ほど前に産んだ長女のシャーリィはジェナンにもエレナにも似ない、類稀れな美貌の持ち主として成長を遂げていった。

 他国への政略結婚の駒としてならばそれも良かったのかもしれないが、両親のどちらにも似ていない容姿は一時期夫婦間の仲に亀裂を入れたし、それを修復しても周りの貴族からは恐るべき《白髪鬼(はくはつき)》の生まれ変わりを生んだと蔑まれた。それは近年でも老獪な貴族たちの間では語り草であったのに、昨今の出来事によって若い貴族の間でも話題にされるようになったのだ。

 まさにシャーリィは、栄えあるアルグレイ家に不幸を呼び寄せる疫病神である……と言うのが、生まれる前までは胎の子の誕生を心待ちにしていた二人の認識だ。

 

『休まず屋敷に奉公せよ! 置いてやるだけでもありがたいと思え! ……まったく、厄介な法律さえなければとっくに捨てているというものを……!』

『何なの廊下! 隅が汚れているわ! どうして言われた通り掃除が出来ないの、この愚図!』


 だからこそ、ジェナンもエレナも、実の娘とは思えないほどシャーリィに辛く当たった。貴族令嬢としての教育も待遇も受けさせなかったし、ある程度大きく育てば使用人以下の奴隷として()き使ったものだ。

 そんな悪環境においても、不遇を栄養にするかのようにますます美しさに磨きがかかっていくシャーリィが余計に煩わしくて、二人の虐待に拍車がかかることとなった。


『あの悍ましいシャーリィに比べて、アリスは実に愛らしいなぁ』

『そうねぇ。この子なら、未来の皇妃にだってなれるわ、きっと』


 その反面、自分たちに似て生まれた次女のアリスを、二人は大層可愛がった。長女にしてこなかった分の鬱憤を晴らすかのように、アリスが望んだ物は何でも揃えて見せたし、アリスが嫌がればそれら全てを遠ざけた。

 こんなに可愛い娘なら帝国で最も貴い女性、皇妃にだってなれる。そう信じて疑わずに過ごしてきたというのに……実際に皇太子妃として選ばれたのは、自分たちが散々疎んでいたシャーリィだったのだ。


『一体何時何処でどうやって殿下を誘惑したのかしら!? 知らない間にそんなことをするようになっていただなんて、なんて汚らわしい娘なの!?』


 現在の皇帝アルベルトが少年だった頃、両親である前皇帝夫妻と共にアルグレイ公爵邸を訪れた際に、父母とアルグレイ公爵夫妻の前にシャーリィを連れてきて「この子を婚約者にする」といったその日の夜、エレナはすさまじい癇癪を喚き散らした。

 シャーリィからすれば完全にとばっちりだが、ジェナンにとってもエレナにとっても、皇妃は愛しいアリスこそが相応しいと心の底から思っていたのだ。その願望を打ち砕いたのがシャーリィとなれば、二人が腸が煮えくり返りそうなほど憤るのは無理もないこと。


『どうして!? お父様もお母様も、私が皇子様と結ばれるって言ってたじゃない!』

『あぁ、アリス。私の可愛いアリス。どうか泣かないで……!』

『大丈夫だ。お父様がどうにかしてやるからな』


 利益的な話をすれば、シャーリィが皇族に迎えられるのは公爵家にとって喜ばしいことだ。しかしそれならばアリスが皇族に迎えられても良いはずだし、あんな何の教育も受けていない娘など嫁に出したところで恥にしかならない。どうせすぐに呆れられて戻されるに決まっている、その時こそはアリスを皇太子妃に添えようと思っていたのだが、その思惑は他ならないシャーリィによって覆される。

 

『其方の娘は実に素晴らしいな。心優しく、ひとたび見聞きすればどのような難しい作法も知識も十全に吸収するし、何より見目も非常に美しい。孫が生まれる時が、今から楽しみだ』

『……恐縮でございます、陛下』


 初めて必要とされること、受け入れられることの喜びを知ったシャーリィは、他ならないアルベルトの為に努力を積み重ね、見事皇族の期待に応えていたのだ。

 教育をまともに受けていなかった娘が二年も経たない内に次期皇妃として相応しいとまで称賛されるようになり、《白髪鬼》を英雄視している皇族からすれば、かの革命家と似た容姿をしていることも、シャーリィを皇族から引き離せない要因となっていた。

 皇族夫妻にとって実の娘のように可愛がられるシャーリィには、最早公爵の地位をもってしても下手な手出しが出来ず、奥歯を噛みしめるほどの屈辱の日々を、娘ともども味わう羽目になったのだ。


『……完璧すぎる婚約者、か。私には、それが少々重く感じる』 

  

 しかし、天は最後の最後にアルグレイ公爵夫妻とアリスに味方した。自分自身でシャーリィを婚約者に選んだはずのアルベルトが、自分以上に美しく、有能になり、何一つアルベルトが勝るところが無いほどに成長したシャーリィに対してコンプレックスを抱くようになったのだ。

 その隙をアリスは見逃さなかった。ジェナンもエレナも、二人の間にどのようなやり取りがあったのかは知らないが、重要なのはアリスがアルベルトの心をシャーリィから奪い、アルベルト自身もシャーリィを煩わしく思うようになったということ。

 そこから先は早かった。皇帝夫妻や皇女のフィリアが不在の隙を狙い、冤罪を被せられたシャーリィは地下牢で散々痛めつけられ、殺されそうになったのだ。

 かつては眩いばかりの美貌を誇っていたシャーリィは見る影もなく醜い傷痕だらけの体にされ、最早皇族の婚約者としても、令嬢としても、女としても終わったと言っても過言ではない姿に、ジェナンとエレナは汚いものを見るかのような目で眺めながら哄笑を上げたものだ。


 ――――あぁ! ようやくすっきりした!


 当時の二人の内心を簡単に表せば、このような言葉が浮かぶだろう。自分たちにとって可愛いアリスを押しのけ、皇族に迎えられることを約束されて、自分たちよりも高みで毅然と振る舞うシャーリィは、それほどまでに憎まれていたのだ。……血の繋がった実の娘であるということなど関係なく。

 その後、シャーリィは不可解な要素を残しながら脱獄し、行方を晦ませたのだが、その辺りの事は大した問題に感じていなかったジェナンたち。

 紆余曲折はあったものの、無事にアリスは皇妃として迎えられ、公爵家は連日宴でも開くのだと言わんばかりに、明るい声と笑顔で賑わったものだ。

 

 ……そう。この時、アルグレイ家の誰も、これから先に起こることなど予想していなかったのだ。

 シャーリィという女性が帝国から消えた……その事実が、一体何を巻き起こすのかを、彼女を貶めた者たちは誰一人として気付いていなかったのだ。

 時は移ろい、現代。ジェナンやエレナ、アルグレイ公爵邸の面々は、初めてシャーリィが居なくなったことで被る損害に気が付くことになる。




 夏は終わりを告げて、秋。じりじりと肌を焼く日差しから解放され、駆け抜ける風には涼やかさが混じり始めた。

 冒険者にとって、秋口は稼ぎ時だ。猛暑によって決して少なくない冒険者たちが活動を休止していた為に魔物が増えていることも含め、この時期は一部の魔物が活発化するのである。

 高山ではいずれ来る冬に備えて雪の女王が。沼地では冬眠に備えて狂暴化した、大熊も呑み込む大鯰(おおなまず)が。生物に寄生し、寄主の栄養を根こそぎ吸い取り成長する種をばら蒔く人面樹が、生態系や人々に牙を剝く。

 

「そっちに行かせるな!! 南に誘導しろぉお!!」


 そして王国南に位置する辺境の街でも、そういった秋に活性化する魔物の危機には、大なり小なり毎年のように瀕する。そして今年の危機は実に大きい。

 ……危険度という意味でも、外見的な意味でも。


「くそっ! まさかティターンがいきなり目覚めるだなんて!!」


 広大な平野を突き進むのは、巨大な城の如き大きさを誇る巨人。その中でもティターンと呼ばれる種であった。

 先に言っておけば、全ての巨人が魔物と呼ばれるわけではない。人間や亜人、魔族といった文化的発展を遂げた種と同様に、高度な文明を築き、多種族との交流を持つ巨人も居るには居る。

 しかしそういった巨人はせいぜい民家一軒ほどの大きさであり、ティターンのような巨躯を持つ者は存在しない。

 そして人類と交流を持つ巨人と、今こうして魔物として攻撃を受けている巨人との最大の違い。それは、後者は人肉を食らう嗜好を持っているということだ。

 加えて知性も無く狂暴となれば、人類と似た姿でも魔物と定義づけられるのは当然の話だろう。街に近寄るティターンに、冒険者たちが寄って集って全力で攻撃するのは当たり前の事だ。


「■■■■■■■■!!」

「ぐわああああああああああっ!?」


 このような巨体が人肉を貪りに街までくれば被害はあまりに甚大。冒険者ギルドは直ちに冒険者を派遣し、ティターンと相まみえた冒険者たちはせめて人気のない場所へと誘導しようと魔術を打ち込み、意識を自分たちに向けようとするが、ティターンにとっては羽虫に集られるようなもの。


「なんて硬い皮膚なんだ! 魔術でも傷付かないなんて!」

「目だ! 目を狙え! そうすればこのデカブツにもダメージを与えられる!」

「やってるよ! でも目の位置が高すぎて魔術が当たらな……うわぁああああああああっ!!」


 硬質な皮膚に魔術や弓矢は阻まれ、剥き出しの急所である目も高すぎて当たらない。それに加えて、ティターンの一挙手一投足はそれだけでも脅威だ。その歩行は大地を揺らし割り、腕を軽く振るだけでも烈風を巻き起こす。

 近接戦闘職など近づくことも出来はしない。このままでは街まで進撃を許してしまう。そう歯噛みしながらティターンの顔を睨みつける冒険者たちだったが……ふと視界の中に新たな魔物が入り込んでくる。


「あれは……ギルドの翼竜?」


 (くつわ)(くら)(あぶみ)を装着し、人を乗せて空を駆けるドラゴン。魔物は魔物でも、人の手によって飼いならされた低竜、騎乗竜(ランギッツ)だ。

 ギルドからの増援だろうか……そう思った矢先、天高くに舞う騎乗竜(ランギッツ)から人影が飛び降りた。


「ばっ!? 危ない!!」


 当然の話だが、あんな高さから飛び降りればタダでは済まない。そんな冒険者たちの心配とは裏腹に、翼竜から飛び降りた白い影は斜めの軌道を描いて一直線にティターンの首元に落下していく。

 飛び降りた……というよりも、騎乗竜(ランギッツ)の腹を足場にしてティターンに向かっていったのだ。そして白い人影はティターンの指と指の間を掻い潜り、通り過ぎざまに手に持つ剣で巨大な太い首を一閃。


「ば、馬鹿な……!? 剣であの太い首を切り裂いたっていうのか……?」


 声を上げる間もなく首と胴体が泣き別れし、断面から血を噴き出しながら地面に倒れこむティターン。揺れる地面に向かって重力を感じさせない軽やかな着地を披露するのは、巨人の首を一刀のもとに両断した白い影……紅と蒼の瞳を持つ、世にも美しい白髪の女だった。


「これで魔物の討伐は十一件完了。……娘たちが帰ってくるまで時間もありますし、もう数件討伐依頼をこなしておきましょうか」


 肌も、服も、髪も白い女……シャーリィは、剣にこびり付く血液を払い落とす。


「この季節は色々と大変ですが……このような魔物如きに、決して邪魔はさせませんよ」


 彼女はここ数日、時間さえあれば精力的に魔物の討伐を引き受けていた。時には私財を叩いて騎乗竜(ランギッツ)を交換しながら乗り回し、辺境の街に近寄る魔物を片っ端から討伐しているのだ。

 何も知らぬものがその姿を見れば、人々を魔物の脅威から守る冒険者の鑑だと称えるだろうが……本人の思惑はまた別にある。


「そう……もうじき開かれる、民間学校の運動会の邪魔は」


 前提から言えば、シャーリィとしては基本的に魔物の増殖など究極的にはどうでも良い事柄だ。娘さえ無事ならば何でも良い。

 しかし、この季節に魔物が湧くのはいただけない。何せじきに、参加者である娘たちよりも楽しみにしている、年に一度の運動会が開催されるのだから。

 


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