裁きと再会
コミカライズ化します
「そ・れ・で~……こーんなにお主に会いたがっていた妾を置いて、どこへ行くつもりだったのじゃ? えぇ? ラクーンよ」
「あ、あばばばばばばば……!!」
笑顔に若干険を含ませ、一歩近づいたカナリアにクロウリー……否、カナリアの使い魔であるラクーンは腰を抜かした。
その姿は言うなれば、二足歩行する小さな狸といったところか。体は野兎よりも小さく、極めて知能の高い魔物。それでいて変身能力といった、他者を惑わす術を持つ種と言えば、シャーリィの知識にもあった。
「マメダヌキ……確かそういう種の魔物が居ると聞いたことがありますね。実際に見るのは初めてですが」
「うむ。人に興味を持ちすぎたせいか、こやつは千年近く前、初めて出会った時には既に幼女に並々ならぬ執念を持っておっての、駆除されそうになったところを助けてやったのじゃが……まさか一生ものの恩を仇で返されようとはのう」
その言葉にラクーンは反論する。
「そ、それ以上に姉御のしごきが酷かったんじゃないっすか!! 毎日毎日過労死しそうなくらい扱き使って!! しかも失敗したらお仕置きがえげつないし!! そんなん続けられたら、逃げたくもなるっすよ!!」
「ふん……たかが帝国大図書館の本全ての書写をさせ、三日以内に終わらなかったからお仕置きとしてキモい虫一杯の部屋に三日閉じ込めた程度で音を上げるとは。……お主には妾に対する忠誠心が足らぬようじゃな?」
どうやら日常的に相当酷い目に遭わされていたらしい。これにはシャーリィも思わず同情的になりそうになる。
「そ、そそそこの美人で強い御方ぁ! どうかこの小さく哀れなオイラを性悪な外見詐欺の魔女から助けてくださいっすぅ!!」
それを敏感に察知したのか、ラクーンは両手を擦り合わせながらシャーリィにすり寄ってきた。出来る限り庇護欲をそそるよう、涙目の上目遣いで小動物特有の愛らしさを前面に押し出しているあたりが実にあざとい。
「な、何でしたら今度は貴方の使い魔になってもいいっすよ!? 家事全般から娘さんたちの遊び相手までなんでもござれで――――」
「それはそうと、貴方以前、王宮の浴場の排気口からこちらを覗いていませんでしたか?」
ビキリと、凍り付いたように固まるラクーン。その様子はもはや是と答えているようなもの……彼は決定的に擦り寄る相手を間違えたのだ。
「ぷははははははは!! 相変わらず墓穴を掘るのが好きじゃなぁ、ラクーンよ!! そうやって物事を甘く見る癖があるから、格下の童たち相手に負かされるんじゃ!!」
「……娘の入浴姿を覗いた……そう解釈しても良いんですね?」
「ち、違うんすよ!? これには深~い理由が……そ、そう!! 魔国の姫様や貴女の娘さんたちの美しさのせいなんすよ!! あの穢れのない小さくて華奢な体と天使のような顔立ちが、オイラを誘惑したのが悪いんです!!」
「娘たちを褒めてくれてありがとうございます。お礼に良い所へ連れて行ってあげましょう」
「はぐぅうっ!?」
硬いブーツの底で強かに踏みつけられ、身動きを封じられるラクーン。そんなイケない狸を殺気渦巻く二色の眼で見下ろしながら、シャーリィは蒼と紅の魔力を両手に持つ愛刀から迸らせ、渦を巻く。
「《宙の理を開け・この身は創生前夜を紡ぎ出すもの》」
周囲の路地裏、その光景がグニャリと渦巻くように歪み、新たな世界が構築される。
「《楽園への道標を閉ざせ・その身は逆巻く星に貫かれるもの》」
詠唱と共にうねる光景を徐々に形作られ、世界は紡がれた。
「《星の終わりと始まりから・見下ろす巨人を知るがいい》――――っ」
現実世界から隔離された空間に生み出された異界。そこは何処までも広い宇宙空間に浮かぶ、星ほどの大きさもある巨人の手のひらの上であった。
《蒼の国壁》と《紅の神殿城》によって紡がれた異界創造魔術、《七天の檻》。その第三世界、《宙王掌園》である。
本来あらゆる空間魔術の使用を禁じるのが《七天の檻》の特徴だが、この宙に浮かぶ巨人の手のひらの上だけは例外中の例外……この世界から脱する以外の空間魔術の使用が可能となるのだ。
攻撃的な空間魔術の発動も、《勇者の道具箱》から剣を取り出すのも自由。そして星という枠組みを超え、宇宙そのものを疑似再現するこの世界はあらゆる破壊に耐えうることが出来る。
簡単に言えば、この世界は取り込まれた全ての者が持ちうる十全の力を発揮することが出来る決闘の場なのだ。
「では仕置きと逝こうかのぅ」
そして、黄金を冠する魔女は遂にその怒りを解き放つ。右手には大地を巻き上げるほど巨大な大竜巻を、左手には天を覆いつくさんばかりの雷を、そして頭上には真っ赤に燃え滾る疑似太陽を同時に生み出すカナリア。それらはいずれも、星を砕くに値する一撃である。
「あ、そうそう。別に殺しはせぬから安心せい」
最後に、ラクーンの頭をすっぽりと覆う丸い障壁が展開される。物理的な干渉を全て遮断する、位相空間を駆使した遮断結界である。
「とりあえず首から下を百回以上粉々にしてから元鞘に戻ってもらおうかのぅ。お主にはやらせたい仕事がたんまりあるからなぁ」
「……あ、姉御? 実はオイラ、姉御の事は世界一心優しくて慈悲深い良い女だと思ってたんすよ。そんな姉御がこんな弱り切ったオイラにそんな仕打ちをする訳が無いっすよね? 今までの事は誠心誠意謝るっすから、水に流さないっすかぁ?」
引き攣った笑みに大量の冷や汗を流しながら命乞いをするラクーンに、カナリアはニッコリと、実に愛らしい笑顔を浮かべる。
「ダーメ♡」
幾度も星を亡ぼし得る破壊の嵐が巻き起こった。
太陽を、大嵐を、神雷を、時にはカナリア自ら魔力を分け与えてから氷山を、大津波を、土砂崩れを、極大光線を、空間の切り取りによる滅多切りを受けて動かなくなったラクーンを簀巻きにしたカナリアはようやく気が済んだのか、こう言い残して消えた。
『お主もそろそろ娘の元へ戻ったらどうじゃ? 妾はこやつを徹底的に調教しに戻るから』
そしてシャーリィは急いで王城へと戻っていった。屋根から屋根に飛び移り、高い城壁を飛び越えて自分たちが宛がわれた部屋のベランダに着地したシャーリィは、勢いよくガラス扉を開ける。
「ソフィー、ティオ」
「……ママ?」
この三日間、ずっと会いたくても会えなかった娘たちはそこに居た。もう深夜で、《怪盗》が起こした騒ぎによって疲れていたのだろうに、閉じようとする瞼を擦って何かを待つようにベッドの端に座りながら起き続けていたのは異能による透視で見えていた。一体何を……誰を待っていたのか、それを口にする必要すらない。
「……本当にお母さん? また変な人が化けてるとかじゃなくて?」
「えぇ、間違いなく私です。……随分、苦労を掛けてしまいましたね」
この三日間とは違う、本物の母だけが放つ優しく暖かな雰囲気と、冷たく玲瓏な表情に浮かぶ小さな微笑。生まれてからずっと身近にあったそれに娘たちが気付いた時、シャーリィは二人の頭から頬を優しく撫でた。
「ただいま戻りました。ちゃんとお留守番は出来ましたか?」
「うん……っ!」
「おかえり……ママっ!」
両膝を床につけ、飛び込んできた娘たちを両腕で抱き留める。母が居らず、危険人物に狙われる中、どれだけ不安なのを我慢して気丈に振る舞っていたのかは、目尻に浮かぶ雫を見れば嫌というほど理解できる。
それでも、母娘三人は無事に再会することが出来た。それを思えば、三日三晩戦い続けた労力も、手足が震える中、命懸けで強敵と対峙したことも、この身を苛む痛みさえも全てが報われる。
白髪の家族は月が沈み始め、娘たちが緊張の糸が切れて腕の中で眠り、そのままベッドの中で朝を迎えるその時までずっと互いの体を離さなかった。……この三日間という、彼女たちにとって最も長い離れ離れの時間を埋めるかのように。
書籍化作品、「最強の魔物になる道を辿る俺、異世界中でざまぁを執行する」もよろしければどうぞ。




