怪盗、死亡確定(仮)
コミカライズ化します
まるで時計の文字盤を外した時に見れる、極めて緻密な歯車の並びに似た魔法陣だった。それでいて爪ほどの大きさしかない。
「これってお城に元々あった魔法陣? それとも《怪盗》っていう人の仕業?」
「さぁ……流石に他国の城のものまでは分かりませんわ」
こんな隠すように花瓶の下に描かれていること自体、クロウリーが暴れているという現状を鑑みれば怪しいが、迂闊に触れることも出来ない。
気にせず無視するべきか……そう考えた矢先、ティオがソフィーの服の袖を軽く引っ張りながら、自分の眼に人差し指を向ける。
「ソフィー、眼の力を使えば分かる」
「あ、そっか!」
「? いったい何のことですの?」
「まぁ、見てて」
双子の蒼い目と紅い目が輝く。無数に分岐する未来を視認し、その中の任意の未来を引き寄せるという、二人揃って初めて成立する破格の異能が発動した。
その中の第一工程、ソフィーによる未来視で魔法陣を破壊した時に起こり得る展開を全て閲覧。その殆どは、『魔法陣が破壊されると同時に、クロウリーを除く城内全ての人間の意識や活動が一定時間停止する』という、実に厭らしく堅実な罠が発動する未来だった。
そしてその未来が訪れたが最後、ソフィーとティオ、そしてヒルダはまんまと誘拐されてしまうという結末だ。
「犯行予告があったヒルダはともかく、何で私たちまで!?」
「ちょっと!? 先ほどからわたくしを放置して勝手に話を進めないでくださいまし! ……さ、寂しいではありませんの」
「ごめん。えっと、つまりね……」
展開に置いてけぼりにされて泣きそうになったヒルダに、ティオは自分たちの異能と、それによって判明した魔法陣の正体を説明する。
「この魔法陣にどんな力が働いてるかは分からなかったけど、多分《怪盗》にとって都合の良いものだと思うの。それでこの魔法陣を壊したら、もっと良くないことが起こるみたい。簡単に言えば、私たち三人とも攫われちゃう」
「な、なるほど……。ではやはり、これはそっとしておいて、隠れる場所を探しに行った方が良いのですわね?」
「ううん。多分、何とかなると思う」
殆どは魔法陣が正常に作動する未来が待ち受けている。しかし、中には極僅かな可能性として魔法陣が不発に終わる未来があった。
ティオの異能は、ソフィーが見た未来の中で自分たちにとって最も都合の良い未来を規定する。たとえ無いに等しい可能性であったとしても、その未来を必ず起こる事象として引き寄せるのだ。
「ということで、えいっ」
護身用に持たされた短剣で魔法陣を削る。光と共に効力を失ったようだが、罠が作動する様子もなく、廊下を歩く侍女がこちらに気付く様子もない。
「むぅ……これだけじゃ、何も起きないのかな?」
更に未来に起こる事象を視覚化し、最も都合の良い結末を検索していく。そしてその中に、城中に描かれた数十もの魔法陣を破壊し、クロウリーを追い出す未来を見た。
「……これと同じような魔法陣が城中にあるから、それを皆壊せば兵士の人たちもこの騒ぎに気付いて変質者を追い出してくれるみたい」
「ほ、本当ですの!?」
「よーし、それじゃあ作戦変更して、魔法陣を壊しに行こう!」
おーっ! と、少女たちは意気揚々と拳を掲げ、城内を探索する。これが、カイルたちとクロウリーの戦いが始まった直後の出来事であった。
そして現在。操作された認識が正常に戻された兵士たちによって、クロウリーは完全に包囲されていた。
「逃がすなぁっ!! これほどまでの醜態を晒して、皿に泥を上塗りするのは王国兵の名折れ!! 何としても奴を拘束せよ!!」
『『『おおおおおおおおおおおおおおっ!!』』』
巨大な岩で形作られた腕が、無数の熱線が、吹き荒ぶ吹雪が、轟く雷撃が、雨の如き弓矢が一斉にクロウリーに向かって放たれる。もはや最上級の魔術をカイルたちに使用している場合ではない。回避と逃走に専念しなければ本当に撃滅されかねない、質と数の暴力が《怪盗》を襲う。
(……どうして一斉に誤認が解けた!? まさか全ての魔法陣に干渉を……いや、そうすれば仕掛けておいた罠が作動するはず!?)
魔法陣の一つでも手出しすれば、クロウリーの勝利が確定していたはずだった。なのにそうはならなかった。今回彼の不運があるとすれば、ソフィーとティオの眼に宿る異能の正体まで解き明かさなかったことか。
シャーリィやカナリアの対策ばかりしていて、カイルたちの事も、ソフィーたちの事も侮りすぎた。どうせ地力の差でどうにかなるとして、情報収集を怠ったのだ。それが《怪盗》クロウリーの敗因である。
「……むっ!?」
もはや逃げるしかない……そう決断した矢先、クロウリーは侍女と共に移動しながら、王城の窓からこちらの様子を窺うソフィーとティオ、ヒルダの姿を捉えた。
いずれも息を呑むほどの絶世の美幼女たち。そんな彼女たちを近くに置いておきたくてこれほどの労力を割いたというのに、何の手柄も得られないなど我慢ができない。
(幸い、転移を二回使う程度の魔力が残っている)
一回目の転移でソフィーたちを効果範囲に収め、二回目の転移で三人と一緒に遠くの地まで移動する。情欲に駆られたクロウリーは唇を舐めながら、無数の攻撃魔術から逃れると同時にソフィーたちの前まで転移した。
兵士たちも姫君を巻き添えにする攻撃は出来ず、やむえず猛攻を中断。その事にほくそ笑んだクロウリーはそのまま二回目の転移を発動しようとしたが――――
「ベリル!」
「ルベウスっ」
「「ピィーッ!!」」
ソフィーの未来視によって既に予測されていた。転移のタイミングを見計らって双子のすぐ近くに召喚された二羽の霊鳥は全身の羽毛を強い魔力で発光、その翼を灼熱の刃と化してクロウリーの全身を切り刻んだ。
「ぐ、ああああああっ!?」
「《怪盗》クロウリー、覚悟っ!!」
最後の魔力を肉体の強制復元で消費してしまった……そんなクロウリーに間合いを詰めたのは、自らが発動した風の魔術で自分自身を吹き飛ばし、窓を突き破って城内に突入したカイルだった。
「こんな……こんなところで、オイラがぁああああああああっ!?」
ありったけの魔力を全て身体強化に回し、拳を強く握りしめて《怪盗》に迫る。もはや何も耳に入らない極限状態の中、カイルの助走をつけた渾身の右拳がクロウリーの顔面に突き刺さり、片眼鏡を砕いて城外へと吹き飛ばした。
「城の外壁の向こうに落ちたぞ!?」
「探して捕まえろ!! 生まれてきたことを後悔させてやれ!!」
『クロウリーは居たか!?』
『いいや、見つからない!! あの野郎、どこに行きやがった!?』
夏至祭の前日準備を終えて静まり返った街の中を、大勢の兵士たちが殺気立った様子で駆け回る。その様子をゴミバケツの陰から眺めていた小さな影はホッと息をついた。
「はぁ……はぁ……くぅぅっ。ま、まさかあそこまで上手くいっておいて失敗するなんて、本当にツイて無いっす」
殺気立った兵士たちの怒号と足音が通り過ぎるのを待ってから、フラフラと入り組んだ路地裏を進んで兵士たちから逃げる小さな影。
子供どころか人間と称するにも小さすぎるその影の正体こそが、《怪盗》クロウリーを名乗り、後にその悪名を天下に轟かせた、《黄金の魔女》の元使い魔に他ならない。
もはや魔力も完全に空になり、こうして無様に逃げることしかできないが、《怪盗》の紳士然とした恰好をした人の姿しか知らない兵士たちが、今の自分がクロウリーであることに気付く様子もない。
「まぁ、いいっす。今回は運が悪かったってことで、諦めるとするっす。でも次こそは必ず、ヒルダ姫とソフィーたん、ティオたんを奪ってみせるっすよー! そんでそんで、あの華奢でフニフニと柔らかそうな太腿で膝枕してもらったりー、ご飯をあーんしてもらったりー、更にはお風呂で全身をくまなく洗ってもらったりー……でへ、でへへへへ」
リベンジに気炎を燃やしながら、その後の展開に思いを馳せて鼻の下を伸ばし、遂には鼻血まで垂らすという、この上なくだらしのない表情を浮かべる。
「それに今回は何も得ていないってわけじゃないっすからね。カナリアの姉御を出し抜いてやったと思えば、今までの恨みもちょっとは晴れるってもんすよ。さぁて、帰って麗しの幼女たちに傷ついた心と体を癒してもらいましょうかねー。どうせ姉御も《白の剣鬼》も、三日四日程度で王都に入れる状態じゃないでしょうし」
王都に張り巡らせた空間位相結界に加え、カナリアは幸せな夢の中が現実だと思い込む異界に閉じ込め、シャーリィはマリオンにぶつけた。要注意人物が二人いないまま、この様子だと誰も自分に気が付くまい……そう確信を得て少し軽くなった足取りで闇の中へ消えようとするが、彼は忘れていた。
……この手の発言や展開は、フラグであるということに。
「面白い独り言ですね。ぜひとも少女たちが捕らえられている場所まで案内してほしいです」
「はうあ!?」
全く気配を感じさせないまま背後を取られる。慌てて振り返れば、そこに居たのは白く長い髪を靡かせる、蒼と紅の双刀を手に持つ鬼子母神。その表情は殺気に満ちている。
慌てて逆方向へと逃げだそうとする。しかしすぐさま眼前に黄金の魔力の渦が発生し、現れたのは今この世で最も会いたくない人物であった。
「会いたかったぞ我が親愛なる使い魔よ♡ もう、今までどこに行っておったんじゃ? ずっと心配していたんじゃぞ☆」
表面上は心底上機嫌に見える魔女の眼は、まったく笑っていなかった。
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