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決着の時

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 舞い散る木屑の中、騎乗槍を握る腕を引くマリオンと、シュルシャガナを脇に構えるシャーリィが対峙する。

 両者共に必殺の構えにして、必中の間合い。僅かな遅れが致命の隙となるだろう。その中にあっても両者は激しい闘志を燃やしながら、心は澄んだ泉のように静かに、泰然としていた。


「……はぁっ!」


 一瞬の攻防が全ての決着を決める場面の中、先に動いたのはシャーリィ。イガリマをあらゆる攻撃を弾くための盾として、紅の直刀が横一文字に閃く。

 音速すら遥かに超える秘剣、《絶影》。武技のみで魔道の領域に踏み込んだシャーリィが最も得意とする脇構えから繰り出される、障害となる全てを透過し、望んだもののみを切り裂く一刀だ。その威力は巨城すら両断し、古竜の命脈すらも断つ。

 一撃必殺の刃が黒い鎧に触れる……その直前になっても、マリオンの動きに大きな変化はない。鎧と併用した身動ぎで剣を刃を逸らすことも、槍を突き出す事もしなかった。

 誰もがマリオンの胴体が泣き別れする未来を確信するであろう光景……だが――――


「この勝負……我の勝ちだ!」


《白の剣鬼》の剣技が魔術の域に届くように、《黒の聖槍》の槍もまた常識を超える。

 先に槍で胸を貫かれたのはシャーリィの方だった。通常であれば槍の穂先が触れるよりも剣がマリオンを断つ方が速いはずにも拘らず。

 幾億、幾兆と積み重ねられた《黒の聖槍》の刺突。時に魔物を、時に大木を、時に大岩、時に海、そして多くの戦士を前にしてただひたすらに積み重ねられてきた〝槍で突く〟というマリオンの行動は、何時しか異次元の速さにまで到達し、魔道の領域にまで昇華された。

 それはたとえどれほど出遅れたとしても、相手が動くよりも先に、相手が防御するよりも先に、相手が迎撃するよりも先に槍で敵を貫く時間を捩じる必殺の一突き。

 時間を捻じ曲げ、敵の全ての行動よりも先んじて敵を貫く《黒の聖槍》の絶技、《迅影(じんえい)》がシャーリィの心臓を確かに破壊した。


(如何に半不死者(イモータル)といえでも、ここまで心臓を破壊されれば身動きがとれまい)


 体の損傷が大きければ大きいほど、消耗する体力や魔力が多くなる。大きな風穴を開けられれば、強い魔力を持つ半不死者(イモータル)もしばらくは行動不能になる。

 その隙に弱点である頭を破壊すれば良い。マリオンは肉と骨を貫く確かな手応えを槍越しに感じながら、勝利を確信した。


「いいえ、勝負はまだついていません」

「な……ん、だと……?」


 ……黒槍に貫かれたはずのシャーリィの体が薄っすらと透けてそのまま消えてしまうまでは。

 

(馬鹿な……魔術を使う気配など無かったはずだ)


 分身を可能にする魔術の使用を疑ったが、マリオンはすぐに違うという結論に至る。

 魔術が得意というわけではないが、マリオンは相手の気配と同様に魔力の動きを察知することに長けている。シャーリィが魔術を使ったわけではないというのは、歴戦の経験が告げていた。

 しかし、確かに気配や殺気のみならず、肉を貫いた感触は本物だったはずなのだ。これはまさに、この世の理すら超えた神技に等しい。

  

(よもや《白の剣鬼》は、魔術すら用いずにこれほどまでに精巧な虚像を生み出すことが可能だというのか!?)


 マリオンの刺突が時間を捩じったように、シャーリィの足さばきは時空を捩じる。

 こと近接戦闘職において極めて重要となる足さばき。シャーリィは高速移動による残像、縮地、気当たりによって与える目の錯覚、それらが極めて高度な次元で融合することで、彼女の足さばきもまた魔道の域にあるのだ。

 それは平行世界に存在する別の選択をした自分自身の実体を持つ虚像を生み出す人外理外の技。マリオンはシャーリィが生み出した、平行世界の《白の剣鬼》の虚像を貫いたのだ。

 虚像でありながら実体を持つ……故に繰り出される攻撃や殺気も、貫いた時の肉の感触も本物。ただ、極めて精巧であるがゆえに壊れやすい。

 マリオンも人のことは言えないが、紛れもないもう一人の《白の剣鬼》を魔術なしで召喚するなど、初見で一体誰が想像できようか。

《白の剣鬼》の剣を用いぬ秘剣、《霞武身(かすみぶしん)》が、《黒の聖槍》の認識を惑わし、大きな隙を与えるのであった。


(ぬかったか……!)


 ここで自分を討つための渾身の一刀がくる。自分が逆の立場ならそうする。

 マリオンは筋肉を引き千切る勢いで回避体勢と防御体勢をとろうとするが、確信していたはずの一撃が何時までたっても来ない。

 一体どういうことだろうか? 疑問符が頭に浮かんで離れない彼は、改めて辺り一帯の気配を探っていく。

 すると生物の気配はすぐに見つけることが出来た。この森の生物はシャーリィとマリオンの激闘によって全て逃げだしているので十中八九シャーリィだろう。隠れるためなのか、藪や木の陰に身を潜めている。

 まるで森と一体化したような見事な隠形だが、それでも《黒の聖槍》の超感覚からは逃れられない。槍を振り回す風圧で邪魔な木々を吹き飛ばすと、そこにシャーリィは居た。


「…………ふぅ。癒されました」

「………………?」


 まるで戦闘を放棄したかのように二本の直刀を地面に並べて置き、正座しながら一枚の写真を食い入るよう眺めて。

 彼女が手に持つ写真は普段からお守り代わりに後生大事に懐に入れているソフィーとティオの写真だ。この激戦の中でも、時に服や肉を犠牲にしてまで無傷で守り抜いた珠玉の一枚なのだが、問題はそこではない。

 一瞬の駆け引きが物を言う戦闘中にそのような物を眺めていること自体が常軌を逸しているのだ。しかもよく見れば、膝の上には自生していた果物の食べかけが鎮座してある。

 

「……はむ」

「…………」


 シャーリィはマリオンの姿を見上げながら、果物の残りを口に収め、写真を懐に仕舞い直す。そんな悠長な動作の中にあっても、マリオンは攻撃という行動をとれなかった。

 戦闘に全く関わりのない行動に対する困惑、それによる思考停止である。それによって生じた隙は決して大きなものではないが、その僅かな空白があれば、臨戦態勢を取り直すには十分すぎる。


「貴様……よもやこの状況でそこまで悠長に構えられるか!?」

「正直三日も娘に会えなくて眩暈もしてきましたからね。このくらいはしなければやられるのはこっちです。……それに」


 再び剣戟の火花が激しく散り、斬撃刺突による破壊の嵐が木々を薙ぎ払うが、シャーリィの動きには劇的な変化が表れていた。

 彼女にとって睡眠や食事よりも、写真と言えども娘の姿を拝むことこそが何よりの回復手段だ。禁断症状による痙攣も一時的に止まり、本来の実力を発揮できるようになったと言うべきだろう。


「ようやく本調子を取り戻せましたので、そろそろ終わりにさせていただきます」

「ぐおおおおおっ!!」


 痙攣によって鈍っていた、ここ二日間とは明らかに違う速さ。突如劇的に鋭くなった太刀筋によって一気に優位へと持って行く。

 二刀が槍を持つ腕をかち上げると同時にイガリマとシュルシャガナの峰が重なり一体化。紫紺の大剣へと合体変形を遂げた魔武器が大上段に振り下ろされる。

 大地を大きく切り裂き、近くの山すらも縦に両断する大斬撃。それすらも受け流し、凌ぐマリオンも流石だというべきだが、シャーリィは戦いに幕を引くべく追撃。その意図に気付いたマリオンは怒声を上げる。


「あくまで我との決着を放棄するというのか!?」

「愚問……っ。何時までも貴方を相手にしていられるほど、私も暇ではありませんからっ!」


 紫紺の大剣は再び蒼と紅の双刀へ。腰を捻り、解き放たれたのは渦巻く斬撃の嵐。

《白の剣鬼》が秘剣、《螺旋刃》。螺旋の軌道を描く二つの極大斬撃は巨大な蛇の如く、マリオンの全身鎧を切り刻みながら吞み込み、緩やかに上昇しながら遥か遠くへと押し飛ばしていった。


「おのれ……! このままでは、終わらせぬぞぉぉぉ…………!」


 星の周辺を回るように上昇し、やがては宇宙空間にまで届く大竜巻に呑まれてもなお、執念を感じさせる台詞を吐きながら、マリオンは空の彼方へ消え去った。

 

「御免こうむります……二度と来ないでください」


 疲労に片膝をつきそうになったが、それを何とか堪えて《勇者の道具箱》から懐中時計を取り出す。娘たちの救援信号を知らせる魔道具は、ピー、ピーと音を立てていた。


「やはりもう行動に移していましたか……!」


 カイルたちが何とかソフィーやティオ、あとヒルダも守り切ってくれることを祈りながら、シャーリィは懐中時計のゼンマイ巻きをする竜頭を押す。

 これによって瞬時に娘たちの元へと空間転移される……そのはずだったのだが、シャーリィの体は王都街壁の外側で弾かれ、魔道具に仕込まれた空間魔術が強制的に解除されてしまった。


「おぉ、お主か。そっちは何とかなったようじゃの」

「カナリア?」


 困惑しながら高い街壁を見上げていると、カナリアがシャーリィの近くに転移してきた。手元には無数の魔法陣、それを高速で書き直している。 

 その姿を見たシャーリィは一瞬、なぜここに居るのかと怪訝な表情を浮かべるが、すぐに理由に思い至り、思わず顔を顰めた。


「可能性としては考慮していましたが、何を本当に出し抜かれてるんですか。《黄金の魔女》の異名が泣きますよ?」

「仕方ないじゃろ!? あやつの魔術や異能自体はどうということはなかったが、まさかあんな手口を使ってくるとは……!」


 怒りや屈辱。そういった感情と、羞恥と微妙に喜びが混じった微妙な表情を浮かべるカナリアにシャーリィは首を傾げる。


「それで、これはどういう状況ですか?」


 しかし今それを追求する暇はない。シャーリィは二色の双眸で王都の壁を見やる。異能の力によって不可視の存在を暴くその目は、王都全体を覆う半透明の壁と、そこに描かれた魔法陣を映していた。


「王都全域の空間の位相をずらし、物理的に届かないようになっておる。しかも術式が破壊されれば自動修復するオマケ付きでのぅ。それを何重にも張られておるから、お主でも破るのは困難じゃぞ?」

「…………解除は」

「あと一分あれば釣りがくる」


 剣を振り抜こうとしていたシャーリィは、複雑怪奇で巨大な魔法陣を眺める。どこの誰が見ても理解に及ばない、超高度な魔術を一分で解除するというのだから流石と言いたいが、それよりも気になることがあった。


「空間の位相をずらす……それは貴女の得意魔術ではないですか。そんなものまで使えるなど、予想外ですね」

「まぁ、妾が昔教えたからの」


 ……そして、今カナリアの口から聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「……どういうことです? そもそもあなたが簡単に出し抜かれた時点でおかしいとは思ったのですが、もしや二人は知り合いなのでは?」

「まぁそうじゃな。何せ昔、《怪盗》めは妾の幼少からの使い魔じゃったからのぅ。妾に出来ることをいくつか伝えておるし、妾の手口も熟知しておる。故に妾をどうすれば出し抜けるかも知っておる」


 実に軽く明かされる衝撃の真実に、シャーリィは思わず頭を押さえた。


「今の今まで気付かなかったのですか? 経歴を考えるに、数百年前から貴方の元を離れたと考えてもいいのですよね?」

「元々、変化と逃走と隠蔽に一家芸ある奴じゃったしの。性格まで真逆のものに変えておったから気付かなんだ。……あの胸糞の悪い幻影で認識を操られて、ようやく気付けたがの。今では殆ど知る者の居ない思い出で妾を弄ぶとは……次会ったらどうしてくれよう」


 怒りと共に吹き出る魔力が地面を割り、幾つもの岩石を浮き上がらせる。喜怒哀楽激しい性格のカナリアだが、ここまで怒りを露にするのは珍しい。


「……ちなみに、なぜ貴女の使い魔であった《怪盗》が今敵対することになっているのです?」

「うむ……それを話せば長くなるから簡単に言うが……」


 ふと気になったことを聞いたシャーリィに、カナリアは神妙な顔で答える。


「千年近くも昔にロリコン極まりすぎて半不死者(イモータル)になった奴を妾が誘惑して無理矢理契約したのじゃが、どうにも妾の下で働くのが嫌になったみたいでのぅ。ある日突然使い魔契約を解除して逃げ出しおった」


 思い出して腹が立ってきたのか、カナリアは憮然とした表情でグチグチと文句を言い募る。


「……まったく、妾がちょっと月に送り込んで資源を調達させたり、深海に沈んだ宝物を生身で引上げさせに行ったり、溶岩に棲む巨大魚釣りの生餌にしたり、一日百回くらいパシリに使ったり、不始末のお仕置きとして砂漠に生き埋めにした程度で妾を裏切るとは、千年前に幼女誘拐で捕まった時の恩を仇で返したとんだ恩知らずめ。幼少の頃よりの使い魔に裏切られた妾が実に可哀想だと……って、ちょっと待ってほしいのじゃ! その振り上げた剣をゆっくりと下ろすのじゃ!」

「どんな事情があるかと思えば、単に貴女の部下の管理不足ではないですかっ。それに娘が巻き込まれたこっちの身にもなってください!」



書籍化作品「最強の魔物になる道を辿る俺、異世界中でざまぁを執行する」もよろしければどうぞ。

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