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過ぎた親バカゆえの危機

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 時は戻り、夏至祭前夜。


「……何?」


 甲高い金属音が王城の中庭に木霊した。

 瞬時に抜き放たれた儀礼剣がソフィーの顔に突き付けられ、怯んだその隙に剣身が後頭部に打ち付けられようとしたが、少女の左手に装着された小型の盾がそれを防いでいたのだ。


「やっぱりそうだ……確かに速いけれど、シャーリィさんみたいに目で追えないわけじゃない」


 シャーリィの姿をした何者かは、ソフィーの姿をした何者かが放った声と行動に眉を顰める。

 今のは年相応の少女の声ではない……成人を迎えたばかりの、十代半ばといった程の少年の声だったのだ。


「覚えておいた方が良い……シャーリィさんなら、娘さんが夜中に一人で出歩いていることを真っ先に心配しそうな人だよ……《怪盗》クロウリー!」

「ぬぅうっ!?」


 小さな背丈が陽炎のように揺らめく中、左手に突如出現した……否、隠匿魔術で隠されたメイスが、一気に長くなった腕によって横薙ぎに振るわれる。

 同じように姿が揺らめき、本来の姿を現した片眼鏡(モノクル)を付けた男……シャーリィの姿を偽ったクロウリーが、同じくソフィーの姿を偽った少年……カイルの一撃を前に後ろに飛んで距離を取るが、その頭にボウガンの矢が飛来する。


「おっと! これはこれは!」


 まるで回避からの着地点を予想していたかのような正確な一矢……しかし、それもクロウリーには通用しない。上体を反らし、眼前を通り過ぎる鉄矢を心底感心したかのように見送る。


「外した!」

「任せとけっ!」


 続けざまに大地が隆起し、大顎を形成してクロウリーを噛み潰さんと迫る。それに対してクロウリーは両腕を広げ、大顎の咀嚼を力づくで止めて見せた。

 細身な外見に見合わぬ怪力だ。魔術によって操られた大質量と猛牛十頭に相当する力で圧し潰そうとする岩を、魔術込みとはいえ人の身で止めるなどカイルのような新参冒険者には考えられない対応法だが、それは逆に言えば腕で止めざるを得なかったということだ。


「小賢しい……そこか!」

「うわぁあっ!?」


 クロウリーの両手から放たれる光線が岩を砕き、植木や物陰に隠れていたレイアとクードを炙り出す。 

《怪盗》からすれば実に予想外の事なのだろう……余裕綽々と言った笑みを浮かべる割に、その瞳には強い疑問が浮かんでいる。


「取るに足らない雛鳥たちかと思えば、よもや出し抜かれるとは……何時から私が《白の剣鬼》ではないと気付いていたのかな?」

「……三日前の夜、貴方がシャーリィさんとギルドマスターを撃退した時からだ」

「情報は、伝達魔術で常に俺とも共有されているからな」

「なんと!? 君のような若者が伝達魔術を!?」


 伝達魔術と簡単に言うが、実はいうとこれは極めて高難度の魔術だ。音や目を介さず伝えるべきことを伝えるには科学技術を取り入れた極めて精緻な術式を完全に理解する必要があり、魔術を専門に研究する者たちでさえ、利便性とは裏腹に扱える者は多くない。

 特にどんな玄人でも発動していることを見抜くことが難しい機密性に特化させた術式である情報共有ともなればその会得難易度は更に跳ね上がる。それをまだまだ駆け出しの冒険者がやってのけたのだというのだから、クロウリーの反応も無理はないだろう。


「なるほど……それでこの三日間、私が別人だと理解した上で変わらぬ態度をとっていたというわけか。……ということはだ。君たちも理解しているということかね? 私の異能の正体について」

「……相手の認識の操作。それがあんたの異能でしょ、この変態」


 五感で得た全ての情報は脳で統括される。だがもしも、全てを見通す目で見た情報を脳が正しく認識しなければどうなるのか……それは当の本人にとっては脳が導き出した誤情報が真実になるのと同じ。 

 誰にも気付かれることなく少女たちを攫うクロウリーの異能……それは相手の脳が導き出す五感からの情報を操作する事であるということだ。

 なるほど、確かにそれならば堂々と正面から防犯魔道具が所狭しに設置された城内に入ってきても、魔道具を監視している警備兵の認識を操れば、魔道具が警音を鳴らしても気付かないだろう。堂々とターゲットが居るパーティ会場に入っても、会場内の人間全員の認識を操ってしまえば正面から少女を攫うことが出来るだろう。

 そして後に残るのは絶対に犯行不可能の状況でありながらまんまと少女が攫われたという結果のみ。まさに《怪盗》の二つ名に相応しい異能だ。


「……そこまで理解していながら、ここに兵士たちが向かう気配がない。どうやら私が城内に仕掛けた、一定範囲内全ての生物の認識を私の都合の良い様に変化させる異能魔術、《ワンダーランド》が問題なく作用している証拠のようだが、君たちには通用していない。情報が送られた瞬間に、脳に対魔力術式を施したね?」

「……さぁ?」


 異能魔術。それは半不死者(イモータル)のような魔術と似て非なる異能と魔術を組み合わせることで、発動者個人にしか使えないオンリーワンの魔術の事を指す。

 クロウリーの言葉を額面通りに捉えるならば、その力は城内全ての人間の認識を操作する大魔術だが、あくまで異能が及ぶ範囲を拡大しただけなのだろう。

 対抗策自体はすでにシャーリィが確立させている。脳を操られないよう、魔力による干渉を妨げる魔術を脳に施せばそれで解決だ。しかし、それを他の兵士たちに伝えに行く前に異能魔術が完成してしまったのが痛い。

 カイルたちがシャーリィから送られた情報を得て、対策を施した直後に《ワンダーランド》が発動してしまい、城の関係者全員がカイルたちの言葉を正しく認識できなくなってしまったのだ。

 一応煙を巻くように誤魔化してみたが、間違いなく今夜の敵がカイルたちだけであるということは既に気づかれているだろう。


「それで? もしや君たちだけで私と戦おうというのかね? 三百年、各国を敵に回し続けたこの私に、二十年も生きていない少年少女が」

「……っ! ……その強がりはブラフだ」


 三百年という年月の重み。その気当たりに押しつぶされそうになるが、カイルたちは努めて冷静に心を静めながら、各々武器を構え直した。


「僕たちだって冒険者の端くれだ……相手の魔力残量くらい、今なら見分けられる。シャーリィさんに関しては《黒の聖槍》がどうにかしているにしても、ギルドマスターの動きを封じたのに加え、これだけ大規模な魔術の長時間維持。誘拐に使う分だけでも余裕がないだろうし、もうまともに戦える魔力なんて残ってないんじゃないの? この三日間、僕たちの認識が操られているかの確認も怠って、さっきも僕たちの簡単な幻影魔術に気付かなかったのが良い証拠だ!」


 今しがたの攻防においても、本来のクロウリーならカイルたち三人程度、一方的に嬲るだけの力はあった。にも拘らず、伝説に語り継がれる怪物は新米冒険者たちと攻防を繰り広げた(・・・・・・・・)のだ。それはつまり、カイルたち三人を相手にするだけの魔力が残っているかどうか微妙といった、状況証拠に他ならない。


「にも拘らず、律義に予告状通りに夏至祭前夜に犯行に移そうとしたのは謎だが……今の弱り切ったあんたなら、俺たちでもまともに戦える。……それに」

「……むっ!?」


 視線はそのままに意識を上空に向ける三人を見て、クロウリーは夜空に向かって汎用性の高い解除魔術、《ディスペル》を発動させると、光を捻じ曲げて姿を隠していた青と赤、二羽の霊鳥が開かれた嘴から膨大な魔力を蓄え、光の柱として《怪盗》目掛けて撃ち放った。




 夏至祭三日前の夜。丸一日戦い続けた《白の剣鬼》と《黒の聖槍》の戦いの余波は、徐々に研ぎ澄まされながら範囲が絞られると共に密度を増し、立ち入る全てを無塵に砕く地獄を形成していた。


「シャアアアアアッ!!」


 止むことのない金属音と共に激しく散る火花の中心、盾も投げ捨てたマリオンが繰り出すのは十四にも及ぶ突き。

 頭、喉、鳩尾、腹、心臓、肺、そして四肢にそれぞれ二発ずつ……致命傷を狙うと同時に機動力すらも削ぐ、騎乗槍(ランス)による突きは連続ではなく、全く同時に放たれるという、人間の身体構造を無視したかのような理外の神技だ。


「……んんっ!!」


 それに対して迎え撃つのはやはり神技とも言うべき守り。二刀を以て十四の同時突きを捌き弾くという離れ技をやってのけたシャーリィは、イガリマでマリオンの喉に向かって渾身の突きを放つと同時に、蛇腹剣に変化したシュルシャガナの切っ先を背後から襲い掛からせる。

 たった一人で行われる挟撃。それに対してマリオンは横に避けることはしなかった。そうすれば最後、イガリマの刀身は横を向いて一瞬でマリオンを両断することだろう。


「しかし、なんのこれしき!」


 故にマリオンは上へと逃げる。先端を地面へと向けられた黒槍はその長さを極限まで伸ばし、柄を持つ黒騎士の体を上空へと持ち上げた。

 武器の機能を活かした、体勢を崩した状態からの回避方法。しかし、それを前にしてもシャーリィの次の行動には躊躇いがない。


「捉えましたよ」


 地面に突き立つ黒槍を駆け上がり、シャーリィは左右から蒼と紅の直刀を振るう。鋏のように左右から迫る刃は、擦られることで抜刀術のように滑り合わさりながら加速。二刀で挟み斬るような渾身の一閃が解き放たれた。 

 秘剣、《挟断(きょうだん)》。鋏の原理で二閃を一閃に融合するこの技は、シャーリィが用いる技の中でも特に切断力に優れた技の一つだ。その切断力は遠く離れた大きな雲を真っ二つに裂き、月面に一文字の傷を入れるが――――


「……これでも勝負を決めるつもりで力を込めた一撃だったのですが……」

「フハハハハハハハッ! まだだ! まだ我に付き合ってもらうぞ、剣鬼!!」


 恐るべきは瞬時に最適解を導き出す判断力と、それに応える得物の力というべきか。

 移動するために蹴る足場が無かったにも拘らず、黒槍はまるで茨のような形状に変化。意思を持つ触手のようにうねりながら、マリオンを斬撃の範囲から逃したのだ。

 そして次の瞬間にはパルチザンのような形に変化し、シャーリィの攻撃後の僅かな隙をついて薙ぎ払いと突きを無数に放ってくるあたり、形状変化にかなり自在性のある槍だ。


「……くっ!?」


 瞬時に迎撃。次の機会を伺うために二刀で対応しようとしたシャーリィの腕が、不意に痺れるような感覚に襲われる。

 それによって生じたのは隙というにはあまりにも短い〝間〟。しかし、剣戟の間に生まれたその僅かな隙は、マリオンにとっては十分すぎた。


「どうした剣鬼!? もう体力の限界か!? 我はようやく腕が温まってきたところだぞっ!?」


 激しさを増す壁の如き突きが、シャーリィの服を掠めて繊維を消し飛ばしていく。掠り傷を負って過剰な体力と魔力を消費してしまうことは何とか避けたが、シャーリィは自分の身に起こった危機を正確に把握し、額から冷や汗を一つ流した。


(…………まずいですね。丸一日娘成分が補充できていないせいで、禁断症状が……!)


 一歩踏み間違えれば死あるのみ。そんな死闘の中にあっても、魂や脊髄にまで浸み込んだ親バカ気質は恨めしいほどに正直だった。


さりげなく九〇龍閃よりすごいことしてるマリオン。

そして今回、第一章で出た懐かしのネタがシャーリィを危機に誘います。書籍版では話の変化の都合上出せなかったので、このまま本が出続ければちゃんと出したいですね。

書籍化作品、「最強の魔物になる道を辿る俺、異世界中でざまぁを執行する」もどうぞよろしくお願いします。


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