白にとっては傍迷惑な激戦苦闘
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黒と白はけたたましい金属音と共に幾度も交差し、その度に森の木々を吹き飛ばしていった。
「ぜあぁあああああっ!!」
全身漆黒の鎧に覆われ、更には黒い騎乗竜に跨ったマリオンが放つ槍の一撃が、得物と同じく黒い魔力を伴う衝撃波となって森を貫く。
「んんっ……!」
人の身体能力。魔術を込みにしても、それを遥かに逸脱したかのような武技に抗うは白。蒼と紅の軌跡を描くシャーリィが、雨などという表現すら可愛らしい……もはや突きの壁とでも称すべき連撃をいなし、鎧に覆われたマリオンの体を両断しようと刃を走らせる。
しかし、鋼すらも容易く両断するシャーリィの一閃は鎧に阻まれて肉体には届かなかった。
(装備は黒い金属で統一されていて、鎧はおそらく魔力伝導率をある程度犠牲にする代わりに、軽さと強度を上げた黒ミスリル製……ですが、それだけではない)
刃が鎧に当たるのと同時に、マリオンは僅かに身動ぎすることで、刃を逸らしたのだ。
刃が立っていない刃物などで金属は切れない。並の相手であればシャーリィの剣速に対応し、このような防御手段を成り立たせることなど不可能だが、それを容易にやってのけたマリオンには称賛に似た驚愕を抱かざるを得ない。
「ぬあああっ!!」
「……」
しかし、それはマリオン自身も抱いている感情だった。
相手の足元に大穴を穿ってから、空中に逃げた敵を貫く渾身の二段突きを前に、シャーリィはブーツの裏で防御した。
森を貫き、大地にくり貫いたかのような円形の綺麗な大穴を穿つ鋭い一撃を靴裏ごときで防げるわけもない。一瞬血迷ったかと思ったマリオンだったが、シャーリィは突き出される槍の勢いに合わせて、足を伸ばし跳躍することで完全に勢いを殺しながら距離を取ったのだ。
「ははははははは! 素晴らしいな! 我が槍を前にそのような命知らずな手法を実現する者が居ようとは! これほどの手応えのある敵は久しいぞ!」
「益にもならない世辞は結構です……っ。今すぐそこを退きなさい、《黒の聖槍》っ」
闇夜を照らす程の火花を無数に散らす二刀と黒槍。しかし片や高揚としているのに対し、シャーリィの表情には焦りが浮かんでいた。
(カナリアが《怪盗》の搦め手に嵌められた可能性もなくはない……! そうなったら、ソフィーやティオの身が危なくなる……!)
シャーリィからすれば、この状況下で娘たちの元を離れること自体があり得ない。本当は今すぐにでもこの得のない戦いを終わらせて駆け付けたいところなのだが、目の前の男には一切の隙を感じられないのだ。
「そうつれないことを言ってくれるな! それでは《怪盗》めの誘いに乗った甲斐がないではないか! このままどちらの武が上であるか、雌雄を決するとしようぞ!」
「そんなものに興味はないと言っているのです……!」
戦闘狂……そういった類の輩がこの世にいること自体は知っていたが、これまで実際に絡まれることのなかったシャーリィはその厄介さに舌打ちをしたい気分だった。
しかも相手は一歩どころか一寸でも間違えればこちらの頭を確実に破壊しかねない強敵だ。その上人の話を聞かない上にどうにも粘着質な性質も感じ取れる。厄介どころの話ではない。
(なんて傍迷惑……! このまま無視して、城まで戻りたいところですが……)
それは出来ないということを、シャーリィは今、嫌というほど実感している。
何十合、何百合と打ち合い、シャーリィは自分とマリオンの力を正確に比較していた。
速さはシャーリィがやや上。膂力はマリオンが遥かに上。そして彼女からすれば至極面倒なことに、技量は拮抗しているといっても過言ではない。
(今背を向ければ、彼は確実に私の頭蓋を貫くでしょう)
これは一定以上の手練れに対してのみに有効な、全神経を相手に集中させることで相手の動きを戦闘のみに強制させる、戦の鎖とでも言うべき拘束方法だ。
シャーリィも逃げようとする手練れを相手によくやる手段だが、こうして自分がされるのは何時振りだろうか。……そもそも、こうして近接戦において苦戦すること自体、何年振りであろうか。
バロニアの遺跡を根城にしていた怪物か、それとも新人時代から妙な世話を焼いてきた《黄金の魔女》以来か。
「ならばもう、貴方を倒してから行った方が得策のようですね」
「ほう!? ようやくやる気になったか! ……が!」
シャーリィの縮地にも劣らぬ神速で駆け回る騎乗竜を駆るマリオンは馬上ならぬ、竜上からシャーリィに向けて槍を突く。
斜め上から打ち出された一撃を二刀を以てして受け流すシャーリィ。……だが、突きの圧力で地面に綺麗な穴が穿たれるのと同時に、彼女の衛士服の肩部分が引き裂かれ、白い肌から鮮血が迸る。
半不死者の特性で傷はすぐさま塞がるが、シャーリィは自分の中から魔力と体力が過剰に消費されるのを自覚した。
「装備の質、得物の長さ、そして騎乗の有無! この我が優位、超えれるものなら超えてみせよ!」
「……む」
技量が互角であり、速さも圧倒的な差がない以上、勝負は駆け引きと装備の違いで決まってくる。
前者はともかくとして、後者においてはシャーリィは劣っていると言わざるを得ない。防具は言わずもがな、元来剣にとって相性の悪い槍に、騎兵対歩兵独特の、高さ三メートルはある頭上からの攻撃。
基本的に人は上からの攻撃に対応できる身体構造をしていない。もちろんシャーリィはそのようなハンデ、普段はものともしないのだが、それが同じ力量の敵が相手となると話が変わってくる。
極限まで達した達人同士、その僅かな差がシャーリィを着実に追い詰めていた。
「……しっ!」
「ぬぐぅっ!?」
「《騎竜・招来》」
しかし、だからこそ手をこまねくのがシャーリィ。
完璧な瞬間に渾身の力で剣圧を生み出し、マリオンと彼が乗る騎乗竜を押し返して僅かに距離を取ったシャーリィはすぐさま召喚魔術を発動。
空間の揺らぎより現れたのは、ギルドの竜舎で予め申請し、召喚契約を結んでいたマリオンの竜と同じく二足型の《騎乗竜》だ。……ただし、その大きさは一回り以上小さい。
「ほう……面白い! 我が騎乗槍を前に、あえて騎乗戦を挑むか!」
マリオンの言葉に言い返すことなく、シャーリィは騎乗竜の背中に飛び乗る。そして手綱を持たず、両手に二色の双刀を持って駆け出した。
それに応じる《黒の聖槍》も同様に、手綱を持つこともなく、両手に槍と盾を携えて低竜を走らせる。激しく揺れる竜上で、両者は超人的な重心維持で姿勢を保ち続けた。
(だが、今なお我が優位は変わらぬ)
このまま二人は騎乗戦特有のすれ違いざまの攻防を繰り広げることとなるだろうが、実はさほど状況は変わっていない。
シャーリィがマリオンと同様に騎乗竜に乗っても、マリオンの黒い騎乗竜の方が遥かに体格が良いのだ。
ただでさえ召喚したのはシャーリィの身長に合わせた小柄な個体。マリオンから頭上からの攻撃という優位を奪えない。
(となれば、奴の取るべき選択肢は限られてくる)
ちなみに、騎乗竜を直接狙うという選択肢は両者にはない。この限界を両者に強いる攻防の中、少しでも相手から気を逸らせばすぐさま致命傷を与えられるのはシャーリィにとってもマリオンにとっても同じこと。
ならば、シャーリィの取るべき手段はおのずと見えてくる。そしてそれを証明するかのように、シャーリィは自身が駆る騎乗竜の背中の上に立ち、高さの優位性を奪ってからイガリマを大上段から振り下ろした。
「やはり! その不安定な足場でこれほどの太刀筋、まさに《白の剣鬼》に相応しい一刀だ!」
称賛しつつも、この事態を予想していたマリオンは冷静だ。盾で蒼い刃を受け流しながら黒い槍でシャーリィの腹を狙う。こうくればシャーリィのシュルシャガナが盾の役割を果たすように槍を受け流すはずなのだが――――
「ぬぉおっ!?」
予想外なことに、槍を持つ腕が真横へと引っ張られ始めたことで、マリオンは初めて驚愕の声を上げる。片方の目で視線を向けてみると、そこには蛇腹剣と化した紅い刃が腕に巻き付いていた。
「うるぁあああああああああっ!!」
「くっ……!」
引き摺り下ろされる。それを自覚したマリオンは追撃を防ぐために強引に槍を突き出し、シャーリィの腹を狙う。
体を捻って直撃を避けるシャーリィだが、今度は衛士服の脇腹部分が引き裂かれ、竜上から飛び降りる羽目となった。
「ぬぅううう……! やってくれたな、《白の剣鬼》よ! よもや形状変化という隠し玉を持っていたとは! あらゆる刀剣を操るとは聞いていたが……それでこそ我が好敵手と見定めた武人よ!」
「好き勝手に……言ってくれますね」
それと同時に、マリオンも竜上から転がり落とすことに成功する。両者は空中で姿勢を整え、足から着地すると同時に牽制しあう。ここまでくれば、もはや互いに騎乗する隙を与えられることはない。
「よかろう……ならば、ここからが本当の勝負だ」
「…………」
黒い騎乗竜は勝負の邪魔にならぬよう、自らその場から離れ、シャーリィは召喚した騎乗竜を元の場所へと送り返す。
それと同時に、マリオンが持つ黒い騎乗槍が、両側に斧を取り付けられた、見方によっては三叉槍に見える斧槍へと変化する。先ほどシュルシャガナでして見せたのと同じく、形状変化能力だ。必然、シャーリィは二刀を構え直す。
「ふふっ。先ほどまで城が気掛かりで仕方なさそうだったようだが、ようやく我を先に倒すべき敵と認識したようだな?」
「ええ。どちらにしろ、貴方はこのまま放置すれば城まで追いかけてきそうですから。適当に満足させてから向かった方が得策のようです」
「それは重畳。……しかし良いのか? 今頃《怪盗》めが、城で何をしているかは我にも分らぬぞ?」
良いわけがない。そう言っても目の前の男は自分を逃がさないだろう。だが――――
「貴方はあまり私を……私たちを見縊らない方が良い。私やカナリアが居なくとも、どうにか出来るだけのものを仕込んでいないと思ったら大間違いです」
「ならば良い! 他に気を取られる者と戦っても、我が煮えたぎる血潮は収まらぬ故な!!」
吹き上がる二人の闘気が周囲の枝葉を激しく揺らし、砂塵を巻き上げた。
「己が全身全霊、全てを賭して戦うがいい! 行くぞっ!!」
閃光と錯覚するほどの速さで、白と黒は激突する。森の木々が、まるで塵芥のように吹き飛んだ。
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