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敗北の危機

3月9日、無事に第二巻発売できました!これも応援してくださった皆様のおかげです!

第一巻同様、書下ろしの他に書籍版限定の追加エピソードもありますので、ぜひお手に取っていただければ幸いです。


 ロリコン。その言葉の意味と、それが付きまとう現状を理解するのに、数秒の時間を要した。

 シャーリィの認識では、ロリコンとは民間学校の保護者会でも度々議題に挙がる性犯罪者の別称の事だったはずだ。

 幼い子供に性的興奮を覚え、時に拉致誘拐を企てては性的暴行を加え、酷い時はそのまま殺害してしまうような輩がこの世にいると聞いた時、シャーリィは思わず自分の顔が青くなるのを自覚したことを覚えている。

 繰り返し、何度でも心の中で称賛するが、シャーリィにとってソフィーとティオは天使だ。そんな可愛い娘たちを、世のロリコンたちが放っておくはずがない。故にシャーリィは防犯に関しては魔道具まで用いて力を入れてきたのである。

 ただ、実際に犯罪を犯すようなロリコンというのは極めて少数派であるということもすぐに知ることとなった。現に今日この日まではソフィーにもティオにも自らの獣欲で襲い掛かるような輩は現れなかったので、心の何処かで「このまま大人になって守備範囲から外れるだろう」と楽観していた。

 しかし……もしもロリコンなる者が現れれば、それは娘をこよなく愛する親バカにとって、史上最恐最悪の敵と言っても過言ではない。


「ごはっ!?」


 そして、シャーリィが屠るべき怨敵が今、目の前にいる。

 空間を支配したかのように一瞬で間合いを詰める《白の剣鬼》の一閃。クロウリーは慌てて飛びのいたものの、その首を横一文字に半ばまで切り裂かれた。

 だが、その傷口は一瞬で塞がり、噴き出した血で汚れた衣服もすぐさま元の白を取り戻す。半不死者(イモータル)として相応の修羅場を潜り抜けてきたのだろう……普通の人類種ならば致命の激痛にも堪えた様子はなく、シャーリィの剣と腕の幅の外から含み笑いを溢している。


「フフフフフ……素晴らしい速さだ。こちらが認識するよりも先に相手を間合いに取り込むとは、これほどの剣士は初めて見る」

「……遺言はそれでいいですか?」


 しかし、その称賛もシャーリィの耳には入っていない。

 彼女の頭を占めるのは、堂々と娘に危害を加えると公言したクロウリーの脳を如何にして切り裂くか……この一点のみである。

 憤激を通り越して、氷のように冷え切った無表情を顔に張り付けるシャーリィ。それは本気で殺すべき相手を前にした時の、修羅の相に相違はない。


「……おぉぉっ!」

「おっと! 今度は当たらんよ!」


 鋼の刃の軌跡が×字を描く。敵を四分割するつもりで放たれた同時切りを前に、クロウリーはその姿を消し、上空へと姿を現した。

 空間魔術の一種であると推測する。十メートルほど上空へと逃れたクロウリーに二色の双眸を輝かせるシャーリィに、《怪盗》は相変わらずの不敵な笑み。


「まるで隙が見当たらない……が、連れ去ればいいだけの私と、守りながら私を倒さなければならない貴女とでは立つべき土俵が違う。今は引き、じっくりと機を伺い策を立ててから、次(まみ)える夏至祭前夜には、《怪盗》に相応しい手腕をお見せしよう」

「次見える? いやいや次などありはせぬじゃろ」


 そう言って予告状をシャーリィに投げつけようとしたその時、クロウリーの周囲、四方八方を取り囲むように魔法陣が展開し、中心に向かって一斉に極大の熱線が発射された。


「ぬおおおおおおおおおおおっ!?」


 白いスーツごと全身を炭化させるクロウリーは苦悶の表情を浮かべながらも体勢を整え、空中浮遊を保ちながら肉体と衣服の復元、同時に襲撃者を捕捉する。

 虚空に渦巻くのは、黄金の魔力。


「いやはや、久しいのぅ。妾の美貌、忘れたわけではあるまい? クロウリー・アルセーヌ」

「……これはこれは。最大の壁と思っていた大物が、随分と早いお着きだ。もしや情報は常に送られ続けていたのかな?」

「無論じゃ。隠すほどの事でもない。護衛を始めた日から今まで、妾とシャーリィでは常に伝達魔術で情報を共有し続けておる」


《怪盗》同様、夜空に浮かぶように現れたカナリアは嗜虐的な笑みを浮かべ、かつて逃がした敵を見据えた。

 形勢が完全に傾いた瞬間である。前衛のシャーリィを、カナリアが後衛から支援し、クロウリーを捉える、たった二人だけで築かれた逃げ場のない陣形だ。


「よもや純粋な戦闘能力では冒険者ギルドでもトップの二人に迫られるとは……これは私でも危ないかな?」

「危ない? それ以前の問題じゃろ。お主はこのまま妾に捕まって玩具にされるか、シャーリィに捕まって脳味噌取られるかの二択しかないんじゃからなぁ」

「……」 

 

 カナリアの背後を覆い隠すほど大量の魔法陣が展開されると同時に、シャーリィは無言でイガリマとシュルシャガナを召喚し、蒼と紅の魔力が白い髪を巻き上げながら、竜巻のような渦を巻く。 

 二振りの魔剣が揃って初めて発動が可能となる異界創造魔術、《七天の檻》。決して逃げることが出来ない現実世界から隔離された仮想世界にクロウリーを閉じ込めようとした。


「おっと! そればかりは見過ごせないな!」

「はっ! 間抜けが! その程度の干渉を見過ごす妾かと思うたか!」


 クロウリーの空間魔術に対し、即座に空間魔術で干渉することでそれを打ち消すカナリア。

 自他ともに認める最強の魔術師、カナリアが援護する限り、魔術での干渉は剣鬼に一切届かない。この盤面を見れば、全ての戦術家がそう思うだろう。

 そしてそれは事実だ。クロウリーも空間を操る高等魔術を使えるだけあってかなりの魔術師ではあるが、それでもカナリアには及ばない。精々、カナリアかシャーリィのどちらか片方だけを少しの間抑え込む程度だ。


「っ!? この気配は――――」


 しかし、カナリアがクロウリーに意識を取られる、刹那にも満たない僅かな隙。たったそれだけの機会を確実に突いてくるように、漆黒の流星が音速を遥かに超える速さでシャーリィに直撃した。


「くっ!?」


 とっさに二振りの直刀を交差してそれを受け止めるシャーリィ。だがその勢いは止まることを知らず、シャーリィの足は地面から離れて吹き飛ばされるかのように城の敷地から押し出された。

 

「黒い……騎乗槍……!」


 隠せていない……否、隠す気のない闘志を放つ流星の正体は、闇のように黒い巨大な騎乗槍だ。シャーリィはそれを受け流そうとするが――――


(受け……流せない……っ)


 シャーリィの動きに合わせて槍の角度を変えている。直刀を斜めにして穂先を逸らそうとする動きを封じるかのように、直刀に対して真っすぐ槍を突き込むことで動きを封じ、無理矢理膠着状態にしているのだ。

 凄まじい膂力と武技。久しく忘れていた、近接戦闘でここまで自分を追い込む敵に、シャーリィは音速の壁を突き破りながら王都から押し出され、そのまま平野を進み、遂には遠く離れた位置にある森の中に追いやられて、ようやく相手の槍を弾くことが出来た。


「雪の如き白髪に二色の双眸……その瞳と同色である二刀。《白の剣鬼》、シャーリィとお見受けする」

「貴方は……」


 月と星、夜光草(やこうぐさ)だけが光源の森の中でシャーリィが向かい合うのは、闇の中でもなお映える黒い鱗で覆われ、更にその上から黒鉄の具足を纏った、通常よりも一回り以上は大きい二足型の騎乗竜(ランギッツ)と、それに跨る巨漢。

 全ての色が黒で統一されたかのような男だった。意匠にまで拘り抜かれた上で実戦の為に鍛えられたと分かる黒い全身鎧と左手に持つ大盾。反対側の手で巨大な騎乗槍を握り、穂先をこちらに向ける男は、不安定な騎乗竜(ランギッツ)に乗っているにも拘らず、その重心に一切のブレがない。

 まるで白い髪の自分とは対極に位置するかのような特徴的な姿に、シャーリィは心当たりがあった。

 現代の生ける伝説……万夫不当の槍使いにして、自らと同格と謳われた最強格の武人。


「《黒の聖槍》、マリオン……!」

「互いに名を知れど、今日初めて相まみえし宿敵よ! いざ戦わん!」


 同時に駆け出す白と黒。

 槍の一撃と蒼と紅の斬撃が、森を貫き、大地を切り裂いた。




 少し時を遡り、王城上空。


「《黒の聖槍》……なるほど、シャーリィが警備に当たると予感して、接触しておったな?」  

「ふふふ。《白の剣鬼》と戦えるといえば、あっさりと協力してくれたよ。此度の舞台において、彼女の存在はあまりに厄介だからねぇ」


 正直、嫌な予感はしていた。消息が掴めなかったので今回の件について関わりを持たない方に懸けていたのだが、どうやらクロウリーの口車に乗ったらしい。騎乗竜(ランギッツ)に乗ってシャーリィを押し出す時の彼は、やけに高揚としているようだった。

 しかし、これは見方を変えればシャーリィが厄介なマリオンを引き付けているとも考えられる。このままカナリアがクロウリーを一対一で捕らえてしまえば勝利は確約したも同然だ。


「それで? 勝算はあるのか、三下魔術師? 妾を倒し、願望を成し遂げるだけの勝算が」


 夜空が歪み、宇宙空間に繋がる。その中心では煌々と燃え滾る太陽と、嵐に舞う礫の様に荒れ狂う無数の隕石が、《黄金の魔女》の意思に従うかのようにうねりを上げていた。

 今彼女がほんの少し攻撃の意思を示せば、星の災害とは比較にならない力を持つ紅焔が、流星群が一斉にクロウリーを襲うだろう。たとえ空間魔術で逃げようとしても、一対一の状況ではカナリアの空間魔術はクロウリーのそれをも上回る。


「勝算……勝算とは、随分見当外れなことを口にする」

「ほう?」

「私はただ、夏至祭前夜にこの世の至宝である少女たちを連れ去ればいいだけの話。貴女や剣鬼と戦う必要は一切ないのだよ」

「ではどうする? まさか、妾たちが指を咥えて見ているだけなどと思っているわけではあるまい?」


 カナリアの目がスッと細くなる。 


「以前は逃がしたが、二度目があるなどとは考えぬことじゃ。こちらもお主の異能に関しては大体予想がついておるしの」

「いいや、手を変え品を変え、観客を飽きさせずに華麗に奪うことこそが《怪盗》の真骨頂! 今宵は貴女を素晴らしき夢の世界へとご案内しましょう!」


 クロウリーが懐から取り出した宝珠が、視界を遮るほど強く発光する。それを腕で防いで目を焼かれることを免れたカナリアだが、彼女はいつの間にか王城上空から見慣れた魔国の都へと移動していた。


「仮想現実を宝珠を媒介にして構築し、閉じ込める魔術か。この程度で妾が止められるとでも?」


 瞬時にクロウリーの魔術の正体を看破。牢獄の役割を担っている宝珠を力づくで破壊しようと無数の魔法陣を展開した。


「カナリア」


 しかし、いざ魔術を放とうとしたその時、彼女に取って酷く懐かしい男の声が聞こえてきた。

 ……話は変わるが、カナリアには世界各地に子孫が居る。魔王に然り、冒険者に然り、秘書に然り、受付嬢に然り。

 そして子孫を生したということは、彼女自らも子を生したということ。そして子を生すのに必要不可欠な伴侶の存在も当然いたのだ。

 

「……お前様……」


 戦慄く唇で呟きながら、ゆっくりと振り返る。千年もの間毎日欠かさず想い馳せてきた男の姿がそこにあった。

 彼女を半不死者(イモータル)足らしめた所以。そんな存在の登場による動揺と哀愁、愛憎に心を大きく揺り動かされたが最後……彼女の心身は仮想現実の中に完全に閉じ込められるのだった。



3月9日、無事に第二巻発売できました!これも応援してくださった皆様のおかげです!

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