剣鬼が娘たちに求めるもの
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「あっ! この人って」
「何で帝国の人が王国に……?」
シャーリィの後ろにいた五人はフィリア……ではなく、ルミリアナを見て反応した。
以前帝国帝都での神前試合の際、シャーリィと対戦した女剣士だということを記憶している彼らは、シャーリィにどういう事かと視線を送る。
「……お母さん」
「……紹介しましょう」
とりあえずはフィリアと面識の無いソフィーやティオ、そしてカイルたちにシャーリィは自らの口でかつて義妹になるはずだった少女の事を紹介する。
「こちら、北方に領土を持つさる貴族のご令嬢、フィリアさんです。以前、縁があって知り合いました」
「お初にお目にかかります、アイグナー伯爵家が次女、フィリア・アイグナーです。こちらは私の護衛のルミリアナ。皆さんのお話はかねがね伺っております」
ただし、半分本当で、半分嘘の情報をだが。
先ほどルミリアナが皇女であるフィリアを「殿下」ではなく、「お嬢様」と呼んだことから察せられるように、今フィリアはお忍びで王国まで来ている。
敵対国の皇女である彼女が、自国の領土や有力者を他国に切り分け、悪政を敷く帝国を滅ぼし臣民を救おうとしているのは、王国を含む各国の高官以上の身分の者の間では有名ではあるが、むやみやたらと拡散しても良い情報ではない。
「驚かれるのも無理はありませんが、アイグナー伯爵領は帝国から王国への謝礼という形で合併されることとなったので、特に警戒する必要はありませんよ」
「あぁ……あの誘拐騒ぎの時の」
その辺りの事情をそれとなく察したシャーリィは、咄嗟にフィリアたちに合わせて当たり障りのない形でフィリアたちを紹介したのだ。
皮肉なことに、次期皇妃としての教育は殆ど錆び付いていなかったことが功を奏した。頭の中に叩き込んだ貴族名鑑や各国の情勢に関わる見識が、話を面倒な方向に持って行かなくて済む手助けになるとは。
……これで相手の顔を直視できずに、僅かに視線を顔から逸らしていなければ完璧ではあるのだが、今のシャーリィにそれを求めるのは酷というものだろう。
「ところで、今日はどうしてこちらに?」
「王妃殿下とは個人的なお付き合いがありまして、今日は領地の産物を紹介するために。……しばらく滞在する予定なのですが、流石に夏至祭の前には退城する予定です。警備の負担になるのは本意ではありませんから」
それは嘘の建前としても、本来の身分から来る理由としても本当のことなのだろう。幾ら各国から要人や貴人を招待しているとはいえ、敵国の姫が記念すべき夏至祭の当日にまで城にいるというのは都合が悪い。
「本来ならばもう少し久闊を叙するところなのですが、今回は皆様お仕事の関係で入城されているようですし、私たちはこのあたりで。まだ数日は滞在しているので、よろしければその時にでも改めてお話を。それでは王妃殿下に王女殿下、失礼いたします」
上品かつ綺麗なカーテシーを披露してから、ルミリアナを伴って背を向けるフィリア。
「はー……意外な人と、意外な場所で会うことって、あるものなんだねぇ」
「そうですね」
……本来ならば、血縁上の叔母と姪として紹介することも出来たかもしれない。しかし、それはアルベルトの事を否応が無しに娘たちに思い出させるだろうし、フィリア自身それを望んでいないのだろう。知り合い以上の繋がりなど微塵も感じさせずに立ち去って行った。
「お話は終わったみたいね。それじゃあ、グリムヒルダ殿下。また挨拶回りの後に」
「はい、また後程」
左右に侍女を伴ってアリシアも去っていくと、ヒルダは王妃に対するしおらしい態度とは打って変わり、小さな胸を張って居丈高に冒険者たちに告げる。
「それでは皆様、各国の要人方への挨拶回りに行きますわよ! わたくしの三歩後ろを影踏まずについてまいりなさい! オーホッホッホッ!」
「何か亭主関白みたい」
「まぁ、間違ったことは何も言っていませんし。ソフィー、ティオ、二人とも王女殿下の両斜め後ろへ」
「はーい」
「ん」
アリシアの侍女と同じく、付き人の定位置に付いたソフィーとティオ。廊下を歩きながら軽く談笑を挟む幼い彼女たちは、まるで学友同士のような姿だった。
その後ろ姿を淡く口元を緩ませながら見守るシャーリィを、レイアは少しだけ意外そうに見つめる。
「ソフィーちゃんとティオちゃん、二人とも新しい友達に取られちゃって寂しくない?」
「……寂しい、ですか」
少し考えてから、シャーリィは素直に小さく頷く。
「そうですね……こうして私では立ち入ることの出来ない、友人同士の会話があるというのは寂しいものですが、それは良い事だと私は思います」
交友関係は世界を広げてくれるし、人間性を豊かにしてくれる。そしてシャーリィからすれば長年縁の無かったものだが、やはり友人や仲間という対等の人間関係というものは良いものというのは否定しないし、むしろ歓迎するべきことなのだ。
「あの子たちが楽しそうにしてるなら、私はそれでいいです」
母を慕い、母を想う優しい娘に育ってくれたことは嬉しいが、親にばかり縛られるのはシャーリィの望むところではない。
親の目の届かない場所でも豊かな生を送ってほしい。……いずれシャーリィはソフィーとティオよりも先に死ぬのだから、自分がいなくなった後でも笑っていけるように、人付き合いに関してはそれなりに寛容なつもりだ。
悲しみよりも喜びを。それがシャーリィが二人に求めるものだった。
「……ん? その理屈だと、本音じゃ将来男作るのも歓迎って事か?」
「……ソフィーかティオとお付き合いがしたいというのなら、生涯生活面や資金面で苦労させず、ただの一度たりとも不貞を犯すこともなく、家庭内暴力や中毒になるまでの飲酒や喫煙もせず、何事においても家庭を優先し、それらを破れば即死亡するという魔術契約を婚姻届けと共にサインできる誠実かつ心根の優しい人物であり、私を倒せる男性……というのが最低条件になりますが。いざ交際が始まったとしても、まずは私を交えた三人での交換日記から始めてもらう必要があり……」
「さっきと言ってることが全然違う!?」
「今時交換日記……しかも母親を交えて……こ・れ・は・キ・ツ・い!」
やけに不貞のくだりだけ力強く口にしたシャーリィ。どうやらまだ不貞をされた経験を根に持っているらしく、もし仮に将来ソフィーかティオと付き合っておきながら二股するような男が現れれば、確実に再起不能にされるだけでもマシな事件が起こるだろう。
「「っ!?」」
「あらやだ、どうしましたの?」
「い、いや……何か今寒気が……?」
「も、もしかして風邪ですの? 部屋に戻った方が……」
「ん。大丈夫」
これは将来の男は一生浮気できないな……と、三人が他人事のように考えるのと、シャーリィから迸る負のオーラを感じ取ったのか、ソフィーとティオは一瞬背筋に走る悪寒を感じ、それと同時に彼女たちに想いを寄せる少年たちは、遠く離れた地に居るにも拘らず背中に氷柱でも挿し込まれたかのような恐怖を不意に感じたとか。
そして時は流れ夕方。挨拶回りも終了し、王城の来賓区画に用意されたヒルダの客室……そこからドア一枚ずつを隔てた側近用に用意された二つの三人部屋の片方に、ソフィーとティオ、そしてシャーリィの母娘があてがわれた。
「わぁっ! このベッドすっごいフカフカしてる! おまけに良く弾むし!」
「もっと質素な部屋かと思ってたけど……やけに豪華で驚いた」
平民が使用する物とは一線を画する、跳べばその分弾むようなベッドの上で楽しそうに跳躍するソフィーとティオ。壁一枚を隔てた隣の部屋からは同じようなレイアの声が聞こえるあたり、向こうも同じ内装なのだろう。
「側近と言っても、王族の傍仕えは貴族出身者などが多いことがありますからね。来賓には傍仕えにまで気を配るのが、上流階級のマナーでもありますし」
シャーリィはベランダに通じるカーテンを開けてガラス扉を解放する。城の中層に位置するこの部屋のベランダからは夕暮れに染まる王都を一望できるのだが、彼女の関心は夏至祭の夜にこそある。
(王都夏至祭は一週間に及んで行われる祭り……その四日目の夜にカナリア主催の花火が打ち上げられる予定となっている。そしてわざわざカナリアを通じて、家族三人で過ごすことが出来、なおかつ花火を鑑賞できる絶好の場所を部屋にしてもらいました)
カナリアから話を聞いているのか、アリシアは夏至祭が終わる翌日の朝、魔国へ戻るための迎えが来る時まで……つまり、ヒルダの護衛が終了するまでは、シャーリィたちやカイルたちも王城の部屋を使ってくれても良いという。
《怪盗》は過去に予告を防がれた時は、後日同じ標的を狙うこともなかったらしい。何らかのこだわりがあるのか、その反応から察するに夏至祭前夜に誘拐を防ぐか、《怪盗》を捕らえるなりしてしまえば、最大の脅威を跳ね除けたも同然。
護衛にシャーリィの必要性もなくなり、四日目ともなればカナリアも王族や来賓たちと合流してヒルダを見てくれるので、その日は母娘三人で夏至祭を見て回り、夜になれば花火を眺めることが出来るという寸法だ。
(他の日は王女殿下と夏至祭を回ったり、時間の合間を見て王城の図書室を一部開放し、自由研究の課題に使ってくれても良いという。ちょっとした旅行兼職業体験だと思えば、今回の依頼も悪くはないですね)
グッと隠れて拳を握る教育熱心なシャーリィ。後は《怪盗》さえ仕留めてしまえば万事上手くいく。
「ねぇお母さん、王都の夏至祭ってパレードとかで賑わうって本当?」
「えぇ。最後に見たのは十年以上も前になりますが、一週間日替わりで違う催しが開催されるそうです」
「なんだか面白そう! 今から楽しみだね、ママ!」
シャーリィの両隣に立ち、ベランダの柵を掴みながら準備に賑わう王都を眺めながらソフィーとティオは表情を輝かせる。
「でも一週間日替わりで違うことしてるのは予想外だった。……だから、ちょっと残念かな」
「そうだね。私たちはお仕事の為にも王都に来てるから、一週間全部を楽しむことは出来ないし」
「まぁ……それは仕方ないことでしょう」
それならまた来年にでも……そう言いかけた矢先、二人は思い描いた未来の光景を語る時と同じように瞳を、紅く燃える夕焼けに負けないくらいに輝かせた。
「だからいつか、冒険者になってお金稼いだら、今度は私たちがママを王都の夏至祭に連れてってあげるね!」
「ん。一週間休んで遊ぶんだから結構お金かかるかもだけど、楽しみにしてて」
シャーリィは開きかけた口を開けたり閉じたりすると、照れ臭くて歪んだ表情を隠すように鉄面皮を張り付け、赤くなった顔を見せないように自分の娘たちの頭を愛おし気に優しく撫でた。
「……えぇ、そうですね。その時まで、楽しみに待っているとしましょう」
契約とも盟約とも言えない、会話の中で生まれた単なる口約束。それがいつの日か実現されることを期待せずに、シャーリィは心待ちにすることにした。
「お待たせしましたわ。少々準備に時間が掛かってしまいましたの」
「ヒルダ」
その時、ドアを開けてヒルダが顔を出した。既にソフィーとティオの手伝いを借りてドレスを脱ぎ、部屋着に着替えた彼女の両腕には、衣服と辺境の街で購入した石鹸が抱えられていた。
その姿を確認すると、シャーリィたちも着替えや洗髪剤、石鹸の類を抱える。
「それでは行きますわよ。王族自慢の大浴場、このグリムヒルダ・ローゼンクォーツ直々に見定めてさしあげますわ!!」
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ。