鈍感と難聴は主人公の特権
今回短めですが、とりあえずこれで。
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こんなものかと、死屍累々……実際は気絶しているだけ……といった有様の兵士たちを一瞥し、シャーリィはグロリアスと向かい合う。
「もう向かってくる者はいないようですが……もしや最後の相手は貴方ですか? 元帥閣下」
「いいや、もう十分だ。非常に素晴らしい武の数々を見せてもらった」
まるで他意を見せない笑顔で、グロリアスは降参と言わんばかりに両手を軽く上げる。
「情けない話だが、非常時だというのに冒険者が王宮警護に訪れることに納得できぬ者が多くて困る……だが、ここまですれば兵士たちも納得せざるをえまい」
一斉に面白くなさそうな、それでいてどこかバツの悪そうな表情で明後日の方向を向く兵士たち。現実問題として、警護に最も必要なのは身分や血筋などではなく純粋な力。
その差をここまでまざまざと見せつけられては、最早ぐうの音も出ないというものだろう。
「お前たち、外部の依頼者にここまでさせたのだ。矜持とはき違えた下らない自尊心で彼らへの正当な協力を拒めばどうなるか……分かるな?」
『『『はっ! 了解しました!』』』
「シャーリィ殿。もしこれで反抗してくるような兵がいれば、遠慮なく報告してくれ」
「分かりました」
そして軍の頂点である元帥からの言葉。これでもうこちらへの協力を拒むような兵士は居ないだろうと、そっと息を零す。
「では、あちらを待たせているので、私はこれで」
「うむ。協力感謝する」
グロリアスたちに背を向け、ソフィーたちがいる場所へと戻っていく。そこにはタオルを片手に持ったティオがシャーリィを出迎えていた。
「お疲れ、お母さん。はい、これ」
「ありがとうございます」
汗を掻くほど消耗していないが、ここは素直に受け取っておく。こういうシチュエーションは、実は密やかに憧れていたのだ。
「……驚愕ですわ。王国兵は精強と聞いておりましたのに、まさか貴女たちのお母さまが一人であれだけの数を倒してしまうなんて」
「ふふん」
シャーリィと初対面の者はよく、その華奢な体からは逸話や噂通りの実力があるとは到底信じられないことが多いが、その認識を改めざるを得なくなったヒルダにソフィーは薄い胸を張る。
少し手間を掛けた甲斐あり。あそこまで誇らしく思ってくれるなら、母親冥利に尽きるというものだ。
シャーリィは一見何でもないという風に装いながらも、内心ではこの世の春とばかりに浮かれた気持ちになる。その心情を表したのか、心なしか後ろで一つに纏められた長い白髪が、犬の尻尾のように揺れている気がした。
「……うん、やっぱり慣れると分かりやすい人だよね」
「元貴族って言ってた割には、腹芸とか得意じゃなかったのかもな」
「そうね。出来ると言えば出来るけど、性には合っていなかったみたい」
「王妃殿下」
カイルたちの小声話に割り込んできたアリシア。その表情には、どこか郷愁にも似た懐かしさを宿していた。
「今は随分冷淡になったみたいだけど、やっぱり根幹的な心根は変わっていないみたいね。どちらかというと、自分よりも他人を優先するような優しい娘だったのよ、昔から」
「あ、子供生まれてから変わったとかじゃなくてですか?」
「そうね。それでもやっぱり表層上の性格は変わってるわよ? 昔はもっと穏やかでお淑やかな、よく笑っている娘だったもの」
「……あのシャーリィさんが!? 全くの別人とかじゃなくて!?」
「もちろん。今からは想像もできないけれど、次期皇妃として慈善活動にも熱心で、一部じゃ聖女様なんて呼ばれてたくらいなんだから」
「……そ、想像できねぇ……」
昔のシャーリィを知る貴重な人物からの話を聞いて、カイルたち三人は信じられないものを見るかのような視線を向ける。
なにせ親バカを発露している時や、露出度の高い服を着せられている時こそ微笑ましかったりするのだが、いざ戦場で敵対者を前にすれば、一閃で相手を斬殺する残虐な剣鬼となるのだ。
とてもではないが、聖女などという呼び名が似合うタイプではない。少なくとも、冒険者になってからは。
(それが今みたいな威圧感のある性格になったのって、やっぱり……)
皇帝アルベルトと、皇妃アリス。そしてそんな二人に味方した者たち全てだろう。
過去があったからこそ今がある。カイルは今のシャーリィを否定するつもりなど欠片も無いのだが、それでも昔のシャーリィが蔑ろにされて生まれた現在であることには変わりがない。
そう考えると、少しやるせない気持ちになってきた。きっと今より優しさを素直に表していたであろう彼女が凄惨な悲劇と直面し、それを止めることが出来なかった世の中と、当時何も知らずに無邪気に暮らしていた自分自身にも。
「僕がその場にいたなら、きっとシャーリィさんを連れて遠くまで逃げ切って見せたのに……そして誰も居ない森の中で一緒に暮らして――――」
(……ん?)
「夜になれば肌を晒して恥ずかしがるシャーリィさんを縄で×××した後、〇〇〇してからベッドに押し倒して、『優しくしてほしかったら淫らにおねだりして見せろ』と――――」
「ちょっとぉっ!? 何勝手に僕が考えましたみたいなモノローグを捏造してるのさ!?」
「まぁ、いやらしいわ。くすくすくす」
カイルが考えていたことを言葉にしてみました、みたいな口調で囁くレイアを、アリシアは酷く愉快そうに扇で口を隠しながら笑っている。明らかに上流階級のものからは顔を顰められそうなセリフを連発した割には意外な反応……結構庶民的な王妃だ。
「でも考えはしたでしょ? もし僕がその場に居たらって」
「確かに考えるだけはしたけど、後半部分は全く考えてなかったからね!?」
「どうかしましたか? 何やら私の名を呼ばれた気がしたのですが……?」
「何でもない! 何でもないですよ!?」
そこで更に(意図せず)場を混沌とさせるように会話に交じってきたシャーリィ。幸い、彼女の耳には聞こえていなかったようだが、その周りに居た子供たちの耳にはしっかりと入っていたようで――――
「……やっぱり、カイルさんは危険だよね。色んな意味で」
「……ん。他の男の人と比べても、やたら距離感が近い気がするし」
「縄? 縄を使って×××するとは……何をするんですの? ……はっ!? ま、まさか……三人以上のお……お友……が居ないと出来ないと言われている伝説の遊技、大縄跳びなのでは!?」
「……ヒルダは何時までもそのままでいてね」
カイルに警戒心を宿した視線を向けながらシャーリィの細腰に両側から抱き着くソフィーとティオ。……それとは反対に二人はヒルダに対しては生暖かい視線を送っていた。
「??? 二人とも……何故私に抱き着きながらカイルさんを睨むのです?」
そんな中、状況をまるで理解していないのは剣鬼が一人。彼女の尋常ならざる聴覚は、ここぞとばかりに仕事をしないらしい。
「……良かったじゃねぇか。シャーリィさんが鈍感に加えて、こういう時にだけ難聴で。本人が気づいてないなら御の字だろ」
「ありがと……何の慰めにもなってないけど」
さめざめとした様子で顔を両手で覆うカイル。当の本人にバレていない事に安堵するべきか、当の本人の娘たちに誤解された事を嘆くべきか、悩みどころだろう。
「ママ、気を付けてね。タオレ荘の冒険者の人が、男は皆ケダモノだーって言ってたもん」
「ん。お母さんも狙われないか心配。……特に目の前の人とかに」
「??? 先ほどからよく分かりませんが……もしかしてカイルさんの事を言っているのですか?」
シャーリィは嘆息しながら、娘二人の頭を安心させるように優しく撫でる。
「こんな三十路の中年に、年若い方がそのような破廉恥な感情を抱くわけ無いでしょう。それにカイルさんは清廉潔白な人です。女性に対してそのような事を考えるわけがありません」
褒められたのになぜが微妙に喜ばしく感じられないカイルと、そんな彼を憐れむような、あるいは鈍いシャーリィに呆れ果てて頭が痛くなったような表情を浮かべるレイアとクード。
(自分の外見全く考えてない美人の自己評価が低いって、本当なんだな)
(そしてますますカイルはシャーリィさんに男として見られなくなっていくんだね)
どうやらシャーリィの中でカイルは、年若いのに紳士的で誠実、女に淫らな欲望を抱くなどありえない男、という評価らしい。高評価なのは喜ぶべきだが、その方向性が間違えていることは、彼にとって実に厄介なことだ。
「そうですよね? カイルさん」
「…………モ、勿論デスヨー」
「……むー」
「……怪しい」
何の疑いもないピュアな眼差しに、カイルは何とも言えない表情を背けながら棒読みで返す。ソフィーとティオはまだ全然納得してなさそうだが、シャーリィはカイルの挙動不審さに気付いていないようだ。
「それで……何時まで隠れているつもりですか」
「え?」
そこで不意に、シャーリィは通路の曲がり角に視線を向けながらそんな事を言う。
一瞬不審者かと思ったが、声に応じて現れたのは赤髪の女騎士。
「あら。何時からそこに」
「……申し訳ございません、アリシア王妃殿下。この警戒態勢の中、まるで隠者のように姿を隠してしまって」
ポニーテールが頭と共にサラリと前へと垂れる。帝国最強の騎士にして、フィリア付きの護衛であるルミリアナだ。
「ほら、お嬢様。王妃殿下やグリムヒルダ王女殿下までいらっしゃるというのに、何時までもご挨拶しないのはいかがなものかと」
「ま、待ってルミリアナ……! 分かってるけど、緊張しちゃって……!」
そして彼女がいるということは、必然的に同行している人物は限定される。
「ご、ご挨拶が遅れて申し訳ありません、王妃殿下、並びにグリムヒルダ王女殿下。……そして、姉さ……じゃなくて、シャーリィ様」
王国の敵対国、帝国の姫君であるフィリアが金髪を揺らしながらシャーリィたちの目の前に現れた。
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ。




