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親バカは光速を超える

何故更新が遅れたかって?

「元貴族令嬢で未婚の母ですが、娘たちが可愛すぎて冒険者業も苦になりません」の二巻の書籍作業と、この「最強の魔物になる道を辿る俺、異世界中でざまぁを執行する」の書籍化決定が重なって色々とあったからです!

詳しくは活動報告をどうぞ。


 全身を鋼の鎧で覆う、《フルメタル》という錬金魔術がある。土や岩の性質や材質を鋼鉄に変化させ、全身を覆い隠して常に体の動きに合わせて変化する極めて高度な魔術だが、今シャーリィの眼の前に立つ兵士は、《フルメタル》を使いこなすことが出来る数少ない男だった。


「うおおおおおおおおおあああああああああっ!?」


 だが、そんな超高度な防御魔術すらも、シャーリィが振るう刃引きされた修練用の剣の前には無意味だった。

 まるで鋼鉄のゴーレムのような出で立ちで裂帛の気合で間合いを詰めてきた兵士の全身を覆う鋼を、シャーリィはまるでリンゴの皮を剥くように刃の無い剣で剥がしていく。

 しかもただ鋼を剥がすだけではない。その際に皮膚は勿論、服に傷一つ付けていないのだ。しかも剥がされた鋼鉄は綺麗に一本で繋がったまま。


「ば、馬鹿なけぺっ!?」


 凄まじい切れ味と、信じられないほど繊細さを兼ね備えた斬撃に驚愕するのも束の間。首裏に衝撃が走り、瞬時に意識が暗転する。シャーリィは氷のように冷たい視線でその背中を見下ろすと、こちらを見てざわめいている兵士たちに丸まった切っ先を突きつけた。


「まだやりますか? それとも、もう終わりにしますか?」


 まったく抑揚のない声は、人によっては挑発にも聞こえるだろう。まるでこちらに一切の興味が無い、さも頼まれたから付き合ってやってるだけだと、そう誤解させられるほどには。


「な、舐めるな冒険者! 次は俺だ!」


 次に前に出たのは三十代ほどの、体格に優れた兵士だった。シャーリィの前に立ち、試合開始の合図と共に迸る剣鬼の剣閃が首筋に直撃するのと、兵士の魔術が発動するのはほぼ同時だった。


「ふむ……《アムドライズ》ですか」


 たった一合……それでも、ほぼ全ての敵を一閃の元に葬ってきたシャーリィの剣を、兵士は魔力光が迸る体で耐え抜いたのだ。

 身体強化魔術、《アムドライズ》。それは肉体の耐久面の強化に特化させた魔術だ。皮膚や血管、筋肉に内蔵の強度と弾性が極限まで増し、あらゆる物理攻撃の直撃によるダメージを極限まで減らす、シャーリィも多用する《ハイライズ》の派生形。


「アンタが剣か手刀かで意識を断ってきていることは分かっていた……他の者たちは自分の身の周りを固めることで対処しようとしたが通用しない。なら、アンタの模造剣ではどうやっても気絶できないほど肉体そのものを強化してしまえばいい。これはあくまで試合、少し卑怯な手だが殺しの場ではない以上、アンタは岩や鉄を切るような斬撃は使えな――――」


 そこまで言って、兵士は体に一切の痛みや傷を受ける事なく気絶した。言うまでもなく、誰に目にも留まらない速さで剣を振るったシャーリィの仕業である。


「なんだ!? 一体、何をしたんだ!?」

「《アムドライズ》を全身にかけてもダメなのか!? だってあの剣、言ってしまえばただの鈍器だろ!? 魔術で強化したとしても、あんな細腕のどこに《アムドライズ》を突破する力があるんだよ!?」

「待て……もしかして、見た目に反してとんでもないゴリラ女なんじゃ……?」


 何やら失礼なことを言われた気がするが、シャーリィからすればよく使用する小技みたいなものだ。

 異能によって相手の意識を視覚化し、それだけを断ち斬ることで気絶させただけである。物理的に物質ではない魂と連動する意識だけを断つことは普通は不可能だが、シャーリィの理を超えた剣技はそれを可能としている。

 本来はかなり繊細な技なので、相応の業物を用意するところなのだが、あの程度(・・・・)の相手ならば刃引きされた剣でも出来るというだけ。


「面白いね、お姉さん。だったら今度は僕を相手にしてよ」

「おぉ……! 王国のトリックスターと呼ばれるお前が自ら……?」


 次に現れたのは少年と言っても良いほど童顔の兵士だ。その目にはどこか相手を小馬鹿にする生意気さが強く滲み出ている。


「お姉さんのことは噂には聞いているよ。どんな魔物も圧倒的な速さで捻じ伏せる《白の剣鬼》……正直ギルドが集客目的で広めた作り話だと思ってたけど、あながち嘘ってわけじゃなさそうだね」

「正直、私の評判など究極的にはどうでも良いのですが……なにが言いたいのですか?」

「別に大したことじゃないよ。ただ気にいらないんだよねぇ……見た目と話題だけでチヤホヤされてる冒険者風情がさぁ」

  

 正直な若者だと、シャーリィは見当違いな感心を抱く。目の前の彼の笑みからは、いかにして圧倒的な力の差を見せつけながら相手を捻じ伏せてやろうかという、加虐的な考えがありありと浮かんでいる。


「それでは両者前へ」

「言っておくけど、僕の力は半端じゃないからね――――」

「試合……開始」

「精々死なないように気を付けてよねぇ!」


 その瞬間、少年兵士が消えた。


「なっ!? ど、どこに消えた!?」

 

 アリシアやソフィーたちと同じ、離れた場所で見ていたカイルたちは、その別次元の速さに瞠目する。

 離れた視点で見ても姿が追えないというのはシャーリィでよく見ているが、あの少年兵士も同じ次元……むしろ、それ以上の速さにも感じる。


「どう!? まるで目で捉えきれないでしょ!? これが君と僕との間にある、決して埋まることのない速度の違いだ!」


 前方後方、左右に斜め、ありとあらゆる方向から声が響く。その速さは、驚くべきことに明らかにシャーリィのそれを超えていた。


「この魔術は装備を含めた全身を光子変換させることで、光の速さで移動できる! それが僕のオリジナル魔術、《ステップライト》さ!」


 それは恐るべき魔術だ。

 この世で光よりも速いモノは存在しない。質量を持つシャーリィでは到達できない領域なのだ。

  

「何が《白の剣鬼》……笑っちゃうよね! どんなに強くて持て囃されている魔術師や剣士でも、この僕の速さの前には為す術もないんだから!」


 少年兵は嘲笑いながらシャーリィの周辺を駆け抜ける。それに対して何の反応も示した様子が無いシャーリィに気を良くし、背後から強襲を仕掛けた。

 それは刹那にも満たない神速を超えた光速。模造剣が描こうとする軌跡の延長線上には、シャーリィの首筋が無防備に晒されていた。


「これでお終い! 急いで負けた時の言い訳を考えた方が良いよ、オ・バ・さ・ん!」


 剣鬼から背後を奪い、剣を振り始めると同時に光子変換された体を元に戻す。その剣は完全にシャーリィを捉えたと、少年兵士は確信した。


「…………え?」


 しかし、唐突にシャーリィの姿が消えた。

 空を切った剣を呆然と見下ろしながら少年兵士は、模擬戦中にも拘らず思考と困惑の海に溺れてしまう。

 今自分は確かにシャーリィの死角に入り込んでいたはずだ。その動きを目で追えた様子もなければ、背後を取ったことに気付いた様子もなかった。

 まさか自分と同じ、光速移動の魔術を? だが魔術を発動する際に発生する、魔力の流れにも違和感はない。ならば相手はどうやって自分の攻撃に気付いたのか。


「……随分と長い考え事ですが、もう気が済みましたか?」

「っ!?」


 後ろから聞こえた声に心臓が跳ね上がる。

 まさか光速で移動した自分の背後を、単なる肉体強化の魔術だけで奪ったのか? ……そう考えながら咄嗟に《ステップライト》を発動させようとするより先に、少年兵士の意識は首筋に受けた衝撃と共に暗転した。


「まさかとは思いますが……光速で動いた程度で、私の剣が届かないなどと勘違いしましたか?」


 冷徹に少年兵士を見下ろすシャーリィの、二色の眼が妖しく輝く。

 彼女の異能の象徴である瞳は全てを視る。それは数秒先の未来でさえもだ。

 簡単に言えば、背後から攻撃される未来が視えていたので、その光景を基に攻撃を受ける方角と、その時の少年兵士の死角を算出し、実際に攻撃を受ける直前に相手の死角に入り込んだのだ。

 いくら光速で移動する魔術でも、術者の安全性や利便性の為に質量を捨てるだろうということはすぐに察していたし、本人が口にしていたのですぐに確信を得た。

 ならば攻撃時は魔術を解除するしかない。それだけの隙があれば、シャーリィは相手の命脈を断つ。

 まさに世の理を超えた先にある、人外未踏の体捌きと剣技である。


「ば、馬鹿な……!? 光速移動する相手の背後を奪うだと!?」

「しかも大した魔術は使っているようには見えない……こんな剣士が、本当に実在するというのか……!?」


 もはや妄想の産物が現実に現れたかのような反応を示す兵士たち。しかしそんな戸惑いに興味を示すことも、優越感に浸ることもなく、シャーリィは全く別の事を考えていた。


(それにしてもオバさんですか……オバさん……おばさん……叔母さん……母……つまり私も、初対面の人でも分かるくらい母親としての貫禄が出てきたという事では?)


 シャーリィにとって、自分の十代後半ほどにしか見えない外見は密やかな悩みでもある。

 十年ほど前はそうでもなかったのだが、ソフィーとティオが成長するのにつれて、自分が彼女たちの母親であると信じてもらえないことが多々あるのだ。

 原因は明らかに三十路には見えない外見にある。保護者同伴が必要な場合に直面すると、まず行うのが身分の証明からなのだ。しかも少し一緒に歩けば、知らない人からは姉妹、場合によっては若くして無計画に子供を産んだダメ親や、男に捨てられた哀れなシングルマザー呼ばわりされることもある。

 ……一番最後のはあながち間違いではないが、マーサのように如何にも肝っ玉お母さんという雰囲気があればと何度思ったことか。そのせいでソフィーとティオは、よく知りもしない大人から「曰く付き不良娘の子供」と蔑まれることが今でも稀にあるのだ。


(だとしたらもう、あの()たちに余計な心労をかけずに済みますね)


 なので普通の女なら怒るであろうオバさん呼ばわりも、シャーリィからすれば年相応に視られているような気がして嬉しかったりする。

 ……実際は、軍の調べでシャーリィの実年齢を知っているが故に、挑発目的で発せられた言葉なのだが、それは言わぬが花だろう。




「……なーんて、考えてそうだよねー」

「あはは……確かに」


 一方、少年兵士のオバさん発言を聞いていたカイルたちは、声援を送るソフィーとティオを頻繁にチラ見をしては、小さなガッツポーズとして拳を握るシャーリィを眺めながら呆れたような視線を送っていた。

 

「ママ―! 頑張ってー!」

「…………っ!」


 大きな声を出しながらシャーリィを応援するソフィーと、目を輝かせながら手を大きく振るティオを横目でチラチラと見つめるシャーリィ。その度に初めはやる気の欠片も無かった彼女は、意気揚々と兵士たちに剣を突きつけるのだ。


「アタシさぁ……初めてシャーリィさんに会った時、すごく綺麗でミステリアスな人だなって思ってたんだよね」

「奇遇だな。俺もだ」


 あの時の感動にも似た気持ちは今でも忘れていない。同じ人型の生物で、こんなにも美しい存在が実在するのかと感じたくらいだ。

 その後にソフィーやティオ、カナリアといった美貌の持ち主が現れた後は、世界は意外と狭いとも思ったが、それで彼女自身が霞むわけでもない。


「初めは冷たそうな性格だと思ったし、実際に結構冷淡なところもあるけど、話してみると意外と優しくてさ……剣の腕もありえないくらい立つし、なんだかんだで世話焼きだし、教養もあるわで天から二物も三物も与えられる人が居るんだなって、素直に思ってたわけよ」

「あぁ。俺もそう思ってた。まさに完璧超人って、ああいう人の事を言うんだなって勝手に思い込んでたな」


 以前は冷淡で人付き合いが無いことから、ギルドでも孤立していたのだが、竜王戦役以降はその欠点も徐々に解消されていき、近場で手短な依頼なら同行してくれるようになってから、彼女の実力に見合った評価を受けつつある。


「実際、美人で颯爽としてるから、僕たちの後に加盟した冒険者からは素直に憧れみたいな視線を送られてるよね。前にシャーリィさんの事を陰でこっそり『お姉様』って呼んでる女子がギルドに入ったし」

「そんなレズがギルドに……いや、それは置いておくとして……まぁ何が言いたいかっていうと、最初は純粋に憧れてたし、尊敬してたって事なわけ。カイルだけじゃなく、アタシも、クードもね」

「お前最初は線細いとか何とか言って、本当に大丈夫かって心配してたじゃねぇか」

「うっさい、馬鹿」


 ジト目で見つめるクードを睨み返すレイア。


「……こほんっ、それも置いておいて……今でも尊敬してるし、憧れているのには変わらない。変わらないんだけど……」


 遠い目をする三人はシャーリィの方を見る。そこにはまた一人兵士を打ち倒して、如何にも「見ましたか? 母の勇姿を」と言いたそうな顔でチラチラとソフィーとティオを盗み見る親バカの姿があった。

 明らかに娘たちにいいとこ見せたいと言わんばかりの姿勢に、未だ卵の殻が付いていそうな未熟な冒険者たちは一斉に目を覆った。


「いざ付き合いを深めて蓋を開けたら、コレだもんね」

「「あぁ……コレ……」」 

「いや、アレはアレで良いよ? 親しみもあるし、良い意味で年齢不相応で可愛いし。でもさぁ……もうちょっと素直に憧れておきたかったなぁって」

 

 親バカなのは結構。しかし、もうちょっとイメージを大事にしてほしいと切に願うカイルたち。



 しかし、今この場では誰一人気付くことはなかった。

 そんな彼と同じく、演習場で戦うシャーリィを探るような視線で見つめる者が居たということを。



シャーリィが徐々に残念美人になっているような気が……。

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