兵士と試合してみたが、相手にならない予感が凄い件について
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「動機はどうであれ、兵士も強さを求める者が非常に多い。竜王殺しの剣、後進の育成の為にもぜひ協力して欲しいのだが、いかがかね?」
くだらない……という言葉が、シャーリィの頭の中に過る。
言わんとしていることは理解できないこともないが、今自分は冒険者ギルドから護衛としてこの王城に来ているのだ。
しかもヒルダたっての願いでソフィーとティオが近くに居るという、今までの依頼では類を見ない変則的かつ、慎重さと入念さを求められる状況。そのような事にかまけているほどの余力を分けるつもりは毛頭ない。
「「……じー」」
だから、そんな期待するような目で見るのは止めてほしい。
(確かに良い所を見せたいとは思いますが、今回は事が事なので……!)
母親の強さを誇りに思ってくれ、それを見える形で目にしたいと思ってくれるのは嬉しい。そう思いながらも、シャーリィは妙に輝いているソフィーとティオの視線に、気付かないフリをしながらグロリアスと向かい合う。
今振り返れば、ここ数日三度目になるであろう、シャーリィの意思がへにょりと折れる予感があったのだ。
(……とは言っても、ここで引き受けるのが必ずしも悪いとは言えませんね)
変わらず温和な表情を浮かべるグロリアスにシャーリィが向けるのは、疑うような眼差し。
「後進の育成などよく言ったものですね……正直に納得のいかない者を力づくで黙らせてほしいと言えばいいのでは?」
「どういうこと?」
首を傾げるレイア。その疑問はカイルやクードも同じだったらしく、一様にシャーリィの横顔を見つめている。
「王宮に滞在する要人を冒険者が警護するなど、兵士から見れば越権行為、または自分たちの領分を侵しているように見えるのでしょう」
冒険者と王国兵。互いに危機から人を守ることの多い職業だが、それぞれの領分というものが存在する。
冒険者が戦うのは魔物や盗賊、外道魔術師に対し、兵士が戦うのは敵国兵や都市や街の中で生まれた犯罪者。そして未開の地の探索が冒険者の領分であるように、本来要人警護は兵士の役目なのだ。
ただでさえ折り合いの悪いギルドと政府。政府寄りの立場である兵士が、自分たちの務めが当然のものと民草に評価されているのに対し、強大な魔物を討伐し、危険な迷宮を踏破するという、分かりやすい功績を立てては英雄と持て囃されることのある冒険者を面白く思わないのは当然のことだろう。
そう説明すると、クードやレイアだけではなく、カイルまでもが憮然とした表情を浮かべる。
「そんな……僕たちだって相応の危険を冒して評価を貰っているのに……」
「しかも今は非常時なんだろ? まがりなりにも協力する相手にその態度はないんじゃねぇのか?」
「全くもってその通りだな。しかし、元帥という立場は神などではない。多くの兵士の心を操る力など、私には無いのだよ」
グロリアスはシャーリィの言葉を肯定しなかったが、決して否定することもなかった。
兵士も人の子だ。気に入らない者は気に入らないし、気に食わない評価の違いには憤る。
彼らは決して自由気まま、お遊び気分で職務に励んでいるのではない。常に大勢を守るという大義のために、日々厳しい訓練を耐え抜いているのだ。
そんな彼らから見れば、定められた訓練も義務もない自由業である冒険者は俗物同然。実際に、無頼漢と大差がない冒険者も少なからず存在する。
「そんな冒険者が自分たちを差し置いて王宮に立ち入ったばかりか、他国の王族警護まで任される……しかもそのパーティの代表者が女であるというのがますます気に食わない、と」
冒険者の間でこそ《白の剣鬼》の勇名は轟いているが、それ以外の間ではそこまでではない。実際にシャーリィが戦うところを見たという者が少ないというのが原因だ。
元々戦うのは男の仕事という固定観念が、世界的に根強いというのも理由の一つ。鍛えられ、屈強な肉体を手に入れた男たちが、こんなペンより重い物を持ったことがなさそうな華奢な女に負ける道理は無いと思われているのだろう。
「ドラゴンは軍を用いても討伐が困難な怪物だ。その支配者階級の個体を華奢な女性が倒したなどと言われて、そう簡単には信じられないようだ。実際、貴女の竜王討伐の功績は、ギルドの話題作りだと思っている者も少なくない」
「な、何それー!?」
「男女差別だ! 訴えてやるー!」
「それは心外だな。女性だからと差別するほど、我が王国軍は狭量ではない」
兵士や騎士の中に女がいない……とは言わない。数こそ少ないが、女兵士たちは男兵士たちに仲間として認められている。
しかし先にシャーリィが言ったように、実力を目の前で示さなければ人心は動かない。女兵士たちは男たちと同じように訓練を耐え抜き、職務で実力を示したから認められているのだ。
(このままでは、いざという時に王国兵と連携が取れなくなる可能性がありますか)
仕事である以上、内心を押し隠してそれに従事する者は大勢いるだろう。しかしそうでない者も出てくる時がある。
相手は半不死者である《怪盗》クロウリー。どんな異能を使ってくるのか見当がつかない以上、万全で挑まなければならない。
愛娘二人が同行している以上、ありとあらゆる懸念は排除しておきたいというのがシャーリィの本音だ。
「貴女の言葉、決して否定はすまい。しかし夏至祭までまだ日数があり、《怪盗》の予告状を鵜呑みにするならば、互いの親交を深めるための試合というのは悪い手ではないと思うのだが?」
そんなシャーリィの意図を組んだかのように、グロリアスは相変わらず本心の読めない柔和な笑みを浮かべている。
「……ふむ」
そこでようやく、シャーリィはチラリと後ろを振り向く。そこには変わらず輝く視線を送る愛娘二人の姿。
――――お母さんのカッコいい所が見れる!
そう信じて疑わない真っすぐな瞳に、「最近こんなのばっかりです」と、日に日に丸くなっていく性格を嘆きながら、シャーリィの意思は娘たちの意に沿う形でへにょりと折れ曲がった。
王城中庭、兵士演習場。観戦気分にアリシアは簡易的な茶会の席を用意し、試合を許可したヒルダにソフィー、ティオを伴って芝生の上の攻防を眺めていた。
試合の方式はカイル・クード・レイアの三人一組と、王城に駐在している王国軍側から三人一組が選抜。試合という名目上、《ファイアーボール》など致死性の高い魔術の使用は禁止、実戦を想定した死亡判定がルールに導入された。
「《空圧》!」
「ぐううっ!?」
一節で魔術を発動させたカイルの一撃が、前衛兵士の大盾によって塞がれる。
双方ともに防御役を前衛に置き、斜め後ろの二人が攻撃、サポートをこなすという、典型的なスリーマンセル陣形での攻防が始まる。
空気を圧縮した砲弾を射出する魔術、《エアショット》を基本に魔術を行使し、圧縮された空気弾を盾で振り払うように弾き、反撃に先端の丸まった矢をレイアが五連射。
それぞれが三人の額を狙った、当たれば死亡判定間違いなしの高速射撃だが――――
「《空壁》!」
「《空圧弾》!」
「《空弾》!」
それを後方に位置している兵士が発動した旋風の壁を発生させる魔術、《エリアルウォール》が吹き飛ばす。
まさに一進一退の攻防が繰り広げられる中、厳しい訓練を耐え抜いてきた兵士は流石とも言うべき安定感で若い冒険者たちの攻撃を対処、防御を突き崩そうと続けざまに二発の《エアショット》がカイルたちを狙うが、彼らの焦りは少ない。
「《風流・調整・竜巻・横向き》!」
「なっ!?」
四節からなる詠唱によって、カイルが手に持つメイスの先から竜巻が兵士たちに向かって横向きに伸びる。まるで巨大な蛇のような軌道で迫る竜巻は二発の空気弾を瞬時に霧散させた。
「中級魔術、《トルネイロ》だと!?」
「くっ!? 今までの攻防の中で暗示を続けていたか……! だが……!」
「《障壁・展開》!」
前方に魔力の障壁を発生させる魔術、《フォーススクリーン》が竜巻を防ぐ。横を通り過ぎる豪風の音が耳を封じる中、兵士たちは致命的なやり取りを聞き逃してしまった。
「今だ、クード!」
「《大地・上昇》!」
クードの地属性魔術が、兵士たちを中心とした五メートル半径の地面を天高くまで持ち上げる。
「ば、バカなっ!? この規模は……!!」
これには兵士たちは先の中級魔術など比較にならないほど驚愕し、思考と行動を鈍らせた。
基本的に人間ほどのサイズを……時には殺さないように相手にする兵士にとって、大規模な地属性魔術は求められていない。しかし冒険者であるカイルたちは、人間よりも巨大な生物を相手にする必要があるため、魔術には大規模と高威力が求められる。
高く持ち上がる直径十メートルの地面から逃れる術がない。しかし向こうも攻撃する術はないはずだ。
――――そう、思い込んでいた。
「《軌道・百八》!!」
カイルの《トルネイロ》はまだ死んでいなかったのだ。通り過ぎたかと思っていた竜巻は突如軌道を逆方向へと変え、障壁の死角である真上から兵士たちを呑み込む。
さながらダウンバーストを叩きつけられたかのように吹き飛ばされる三人。元々強風と螺旋の力で敵を吹き飛ばす為の魔術であるため、特に怪我もなく柔らかい土と芝の上に落ちたが、これが実戦なら文句なしに死んでいる。
「勝負あり!」
「……はぁ……はぁ……ふぅー。何とか、なったね」
「あぁ。流石軍人なだけあって、練度が独学の俺たちとは違う」
決め手である魔術の威力はこっちに分があったにも拘らず、兵士たちは息をつかせぬ連携と素早い判断で幾度かカイルたちを追い込んだ。
「しかも、アレが全員新兵だって言うんだもん。アタシたちも、うかうかしてらんないよ?」
新人には新兵を。そんなフェア精神の現れとして組まれた試合を何とか制したカイルたちは、兵士たちの複雑な気持ちが多分に込められた視線を背中に浴びながら、ヒルダの元へと足を運ぶ。
「お疲れさまー」
「ん」
「わ、ありがとー!」
ソフィーとティオが用意したタオルを受け取り、汗と汚れを拭きとる。しかしそれもそこそこで終わらせ、彼らは再び演習場の中央へと注目した。
今回の最注目、シャーリィの試合が始まるのである。刃引きされ、切れ味と殺傷性を削いだ修練用の剣を片手に白い髪を風で躍らせながら佇む彼女の前に立ったのは、見るからに歴戦の勇士と分かる大男だ。
「うわぁ……つ、強そう」
「あ、貴女たちのお母様は大丈夫ですの?」
身の丈ほどもあるハルバートを小枝のように振り回す大男を前にした、シャーリィの儚さと言ったら息を吹きかけただけでも消えてしまいそう。一見すれば、シャーリィが男を倒す光景など浮かびはしない。それは兵士たちもまた同じこと。
「それでは両者、構え!」
シャーリィは変わらない無構え。男は油断なく斧槍を水平に構える。
空気が張り詰めたような沈黙が流れる中、審判の合図である手が勢いよく振り下ろされた。
「始め!」
開始と同時に男は筋力任せの加速でシャーリィとの間にある間合いを詰めようとした…………が、彼の視界に映ったのは芝生の地面と、徐々に閉ざされていく瞼による暗闇だけだった。
「…………え?」
その呆然とした呟きは、一体誰のものだったのか。
ズシン……と、音を立てて崩れ落ちる巨体と、いつの間にかその背後に佇んでいた白い剣士を見た時、シャーリィを良く知る者以外は口が塞がらないと言わんばかりの表情を浮かべた。
「え? は? え? も、もしかして、やられたのか?」
「嘘だろ? だってあの人、王国軍でもトップクラスの白兵戦の達人で……」
「遠くから見ても、何したのか全然分からなかった」
どよめき立つ兵士たち。そんな彼らに対して、シャーリィは特に悪気もなく地雷を踏み抜いた。
「これで終わりですか?」
それは人によっては〝この程度か〟と言わんばかりの嘲りに聞こえるだろう。事実幾人もの兵士たちが青筋を浮かべ、一歩シャーリィへと近づこうとした。
「いやいや、今度はオレとやり合おうぜ」
しかしそれらに先んじて素早くシャーリィの次の対戦相手として前に出たのは一人の軽薄そうな若い男。
「おお、軍団長!」
「あの人なら、あるいは」
軍団長……その呼び方が表すように、彼の軍服にはそれを証明するバッジが付けられていた。恐らく彼が王国軍の八つあるという大師団の内の一つを任されている男なのだろう。
「へへへっ。近くで見るとマジで良い女だな。どうだい、この試合で俺が勝ったら一晩付き合ってくれよ」
「「むっ」」
あからさまな誘い言葉にムッとするソフィーとティオ。カイルも口には出さないが、どこか面白くなさそうな顔だ。
「おいおい、どうすんだ? お前もあのくらい強気に攻めた方が良いんじゃないのか?」
「でないと、いつか別の誰かと結婚しちゃうかもよ?」
「な、何の話かなっ!?」
そんな彼らの会話が耳に入っていないシャーリィは二色の瞳でジッと軍団長を見つめる。軍団長はそれに返答するように、軽薄な笑みを深くして籠手を両手に装着し、拳闘の構えをとった。
「試合……始めっ!」
「はぁあああああ!!」
しかし、いざ接近戦を仕掛けてくるのかと思いきや、軍団長は試合開始直後に魔術を無詠唱で発動。岩の壁を生み出す中級魔術、《ロックフォートレス》で自身の周囲をガッチリと固めていく。
錬金術と併用した魔術によって生み出されたその硬度は並みの岩を遥かに凌駕し、その厚みは何と二メートルにも及ぶ、まさに要塞と呼ぶに相応しい魔術だ。
「この岩の壁は常に一定の厚みを保つように復元され続けていく。幾らアンタが卓越した剣士でも、刃引きされた剣じゃ岩は斬れねぇ。精々罅入れるのが精一杯だ。しかもこっちは岩を操って一方的に攻撃することだってできる。つまりアンタに勝ち目はねぇ……悪いことは言わない、早く降参した方が――――」
その次の瞬間、軍団長の周囲を取り囲んでいた岩の壁が奇麗なサイコロ切りにされ、吹き飛ばされる。それを認識する間もなく、軍団長は首筋から感じた衝撃を認識するや否や、その意識を暗闇へと沈めることとなった。
またしても開いた口が塞がらなくなったギャラリーの中心で、シャーリィは倒れ伏した男を見下ろしながら呟く。
「刃引きされた剣では、岩や鋼が斬れないなどと、いつから思い込みました?」
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