護衛初日
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罅の入った魔王城の一室。
対《怪盗》に関する依頼を引き受けた冒険者たちと依頼主である魔王を一堂に集めたカナリアは、上座で資料をパンッと、軽く叩きつけるようにテーブルの上に置いた。
「これから依頼の説明をするところなんじゃが……シャーリィ、何時までそうしておるつもりじゃ?」
長いテーブルの一番端。上座から最も離れた席では、耳まで真っ赤になった顔を両手で覆うシャーリィが座っている。
「シャーリィさん、さっきからどうしたんだ?」
「さぁ……? ギルドマスターに止められてちょっとした後からあの調子だけど」
普段の彼女を知る者から見れば、らしくないと言えばらしくない行動。それは本人も自覚しているらしく、消え入るような声で呟いた。
「ぶ……分別を弁えずに他人様の家で暴れたのが恥ずかしいのです。これでも娘たちの模範となるべく、毅然とした大人を心掛けていたのに……」
「あ、ちゃんと悪いことしたっていう自覚はあったんだ」
「ていうか、外面用のキャラ計算して作ろうとしてたんだな」
「でもさ……」
三人は普段のシャーリィを思い返す。
毅然とした大人……彼女は自らの普段の態度をそう称したが、果たして本当にそうであっただろうか?
娘から貰った誕生日プレゼントを取り返すために周辺のゴブリンを皆殺し。
ソフィーとティオが風邪を引いた時には、風邪薬の材料である巨竜の角を採取するため、一日で古竜を討伐して街へ戻る。
授業参観を楽しみにしすぎて、邪魔をするならドラゴンの群れすら殲滅。
性悪な元婚約者との娘の親権を巡った戦いの最中、皇帝の居城を一刀両断。
この間も成人祝いの装飾品の材料を手に入れるために、古竜を殺さずに剣だけで無力化させたとか。
細かいものなら娘に良い格好をしたいが為に隠れて泳ぎの練習をしたり、こっそりとマーサに料理を教わったり、ギルドの年間特別賞は全て娘のことを第一に考えた特注品。
ソフィーとティオに近づく男は子供だろうが大人だろうが全力で威圧、場合によっては気絶、失禁するまで殺気を叩きつけて警戒する。
そんな数々の所業を頭の中で羅列していき、若手三人は同時に頷いた。
「……それ全然毅然とした大人なキャラ作れてないよ、シャーリィさん」
「っ!?」
「そんな馬鹿な!? みたいな顔すんなよ」
どこからどう見ても自重を知らない親バカでしかない。なまじ戦士としての実力があり過ぎる分、余計に質が悪いと言えるだろう。
「すごい剣幕じゃったのぉ。『私の娘が一番可愛いに決まってるでしょう!!』と、国中に響きそうな声で叫んでおった。この姿を娘らが見れば、どう思うじゃろうなぁ?」
「~~~っ!! っ! っ!」
「ふはははははははは! どうしたのじゃ、シャーリィ!? 剣に何時もの鋭さが無いぞ!?」
顔を片手で隠しながらレイピアで何度もカナリアを突き刺そうとするが、当の魔女はここぞとばかりにおちょくりながらクネクネと避け続ける。
シャーリィとしては勢いとはいえ本音を口にしただけに過ぎない。しかし、それを改めて他人の口から聞かされると、もう恥ずかしさで逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだ。
「ほらシャーリィさん、もう誰も気にしてないから。こっちに座ろ?」
「は……はい……」
レイアに背中を押されて上座に近い席に座るシャーリィを見ながら、カナリアはゼクトルに耳打ちする。
「それで、どうじゃった? お主の眼鏡に、あやつは適ったかの?」
「……ふん。未だに私の娘が世界一であることを認めぬ、実に気に食わない女ではあるが……親の心を深く理解している、実力を兼ね備えた、今回の依頼で裏切る要素の少ない女であるということも理解した」
決して相容れぬ信念があったとはいえ、ゼクトルは同類としてシャーリィのことを認めていた。
「何よりあの言い合いの中でも、奴は私のグリムヒルダたんの事を一度も非難しなかったしな」
「それは重畳……では、そろそろ始めるとするかの」
両手を叩いて、この場に居る全員の注目を集めるカナリア。
「今回の護衛対象は基本、夏至祭終了までの間は王城で滞在し、王都から出ることはまずないと言っておこう。しかし冒険者が王城で活動するのは色々と面倒が多くてのう。王国兵とか、政治家とかが。どんな事態になっても領分だのなんだの、めんどくさい奴らじゃ」
「じゃあどうするんですか?」
「簡単に言えば、王城で働いても文句を言われる筋合いのない状況にしてしまえばいい」
首を傾げるカイルたちに、カナリアは裏表を感じさせない薄気味悪い笑顔で告げた。
「お主ら、ちょっとの間、別人に生まれ変われ」
元々、義務教育を修了しなければ雇用されないという法律がある王国では、冒険者ギルドとの兼ね合いが悪い。
ギルドマスターであるカナリアが王家と懇意にしており、浮浪者問題や魔物の被害の解決に多大な貢献をしていることから目に見えて邪険に扱われてはいないが、互いにルールや規則を主張し合うため、緊急時を除けば折り合いが悪い。
そして緊急時においても、冒険者という身分の者に、王宮警護や国防といった不可侵的な領分を侵されて黙っていられるほど、王国政府も一枚岩ではいられないのだ。
「だからと言って、まさか戸籍を偽造することになるとは」
そんな現体制の中、冒険者たちが王城で過ごすグリムヒルダを警護するためにカナリアが用意した策は、冒険者ではなく、衛士としての戸籍を持つ全くの別人にシャーリィたちをでっち上げるというものだった。
正体が冒険者であるという事実は変わらないが、書類上では今のシャーリィたちは政府が設けた試験に合格し、賓客警護の任を任された衛士ということになっている。
正体不明の手口で目的の少女を悉く攫うクロウリー対策としてシャーリィを警護に当たらせる為、王国政府にできる最大限の妥協とこじ付けだ。
「陛下や宰相、大臣と話は付けたから大丈夫みたいなこと言ってたけど……気持ち的には犯罪者気分で落ち着かないよ」
「まぁ、なるようにしかならねぇだろ。にしても、騎士服って言うのは肩肘が張るもんだな」
「まぁ、慣れちゃえば普通に動けそうだけど……普段着慣れない感じの服って、なんか緊張するね」
王国王都の白亜の王城にて。
グリムヒルダが城に移るのと同時に警備として配置されたシャーリィたちは、着慣れた冒険者装備から支給された衛士服に袖を通してその着心地を確かめていた。
兵士のような戦闘前提の無骨な鎧甲冑ではない。城内で貴人と共に行動するのに相応しい、適度な装飾が施された紺色を基調とした軍服であり、装備も武器のみと最低限のもの。
カイルもクードもまだ十五歳で、その幼さがまだ残る顔立ちでは服に着られている感じはまだ拭えないが、不思議と身が引き締まる感覚を覚えた。
「へぇ……結構似合うじゃん! まぁ、クードは見るからに不良が更生して公務員になりました、みたいな感じが凄いけど」
「褒めてねぇだろそれ。お前こそ何だその小さい衛士服は? ガキのコスプレか?」
「アタシ用にギルマスが作ってくれた特注品だけど、それが何か……!?」
「お前に合うサイズのが無かっただけだろ……!? チビすぎてっ」
「二人とも……王城まで来て喧嘩しないでよ」
ゲシッ! ゲシッ! と互いの脛を蹴り合いながら口喧嘩を始めるクードとレイア。
カナリア手製というだけあって、レイアの衛士服は他とは少し違う。上着は同じデザインだが、穿いているのはカイルやクードのような長ズボンではなく、彼女の快活さに良く合うショートパンツだ。
「改造制服ってやつじゃないのか、それ? 大丈夫なのかよ?」
「昨今は女性衛士も増えているようで、数種類のデザインの違いがあるようです。それを担当したのが、カナリア傘下のデザイナーだとか」
そう言いながらシャーリィは腰の左右に支給された騎士剣を差した。
「おおー! 似合ってるよ、シャーリィさん!」
「……ありがとうございます。しかし、十年ほど昔は男性の職であった衛士の服を着るというのは、なんだか妙な気分ですね」
健康的な太腿を大胆に露出しているレイアと違い、肌の露出が苦手なシャーリィが選んだのはロングスカートだった。
暗めの色をした衛士服に怜悧な白い美貌が良く映える。長い白髪は後ろで一つに束ねられ、普段よりも凛とした雰囲気を醸し出している。
「それにしても、この剣いる? 正直言って邪魔なんだけど」
社交と政治の場である王城では、衛士は見栄えの為にも儀礼剣を標準装備することが義務付けられている。偽造戸籍によるものとはいえ、シャーリィは勿論、普段剣など使わないクードやレイアも腰に儀礼剣を差しているのだ。
王の居城でもある城で正装をしないということは、王家や政府が軽んじられているともいえる。ここで警備にあたる以上、定められた正装を崩すわけにはいかないのだ。
「それを含めての正装ですから。本来の得物は持ちましたか?」
「おう。《インビジル》でな」
メイスやボウガン、短剣を城の中で見せつけながら移動する訳には行かない。そこで思い至ったのが、実戦での有効性と両立したクードの魔術、《インビジル》である。
光の屈折率を操り、姿を消す魔術の事だが、局所的に使えば武器だけを隠し、不意を突くことも出来る。
「なら後はソフィーとティオですが……」
「ママ、お待たせ」
「着替え終わった」
噂をすれば何とやら。侍女用の更衣室から現れたのは、伝統的なエプロンドレスに身を包んだソフィーとティオだった。
シンプルであるが故に着る者の素材が試される。今でも将来の花嫁修業の為に貴族令嬢の奉公用の衣服として用いられ、清楚と貞淑を求められる侍女服は、双子の娘に文句なしに似合っていた。
「……っ!」
その瞬間、シャーリィはその場の誰にも気付かれないほどの神速で動く。
《勇者の道具箱》から最近とうとう我慢できずに購入、改造した娘用の映写機を取り出し、メイド衣装に身を包んだ実に希少な姿のソフィーとティオをありとあらゆる角度からそれぞれ十枚以上激写。ツーショット姿を二十枚以上激写した。
その間僅か一秒ほど。授業参観時よりもその動きは洗練され、更に速く、正確に、実に愛らしく姿を美しく映写機に収めていく。
「どうかな? この格好」
「似合う? お母さん」
「ええ。とても良く似合っていますよ」
「えへへ」
今回の依頼の報酬はこの姿を目に焼き付けた、ただその事だけで良いと思えるほど充実した想いを、シャーリィは微笑みと共に簡素に、しかし素直に言い表すと、それが嬉しかったのか、二人はシャーリィの細腰にキュッと抱き着いた。
「ママもすごく似合ってるよ!」
「ん。何時もの格好も良いけど、こっちはこっちでカッコいいしね」
「……そう、ですか」
こそばゆくはあるが、娘たちにそう言われると、この服も悪くはないと思えてくる。カイルたちの生暖かい視線が少し気になったが、シャーリィはこの際抱き着いてきた二人の頭に手を回し、その感触を堪能した。
「あら、皆着替え終わったようね」
「アリシア殿下」
そこへアリシアがヒルダを伴って現れる。衛士服を身に纏ったシャーリィたちは両腕をそれぞれ体の前後に回し、ソフィーとティオは左足を引き、右足をやや曲げて背筋を伸ばし、軽く頭を下げる。
シャーリィから全員に指導した、それぞれの身分に合わせた敬礼の作法だ。その姿に満足したようにアリシアが頷くと、ヒルダが前に出て居丈高に告げる。
「今日から帰国までの間、栄誉な事に貴方達はわたくし付きになりますわ! 誠心誠意仕えることを許します! 無礼の無いように、魔国の王女付きの侍女に相応しい振舞いを心掛けることですわね! オーホッホッホッ!」
「分かりました、グリムヒルダ殿下!」
「…………た、ただし、公の場でなければ、いつも通りに……と、友……ち……として接することを許してあげなくも……」
「そう?」
しかし、いざ敬語で話されると、途端に寂しそうな表情でボソボソと呟き始める。その様子を微笑ましそうに見ていたアリシアは、シャーリィと視線を合わせると懐かしむような顔を浮かべた。
「懐かしいわね。まさか貴女と城で会う日が再び訪れるなんて」
「……そうですね」
「それにしても綺麗どころが集まると華やかね。話したいことも色々あるし、今回のお仕事が終わったら、ここに居る女性でお茶会をしない? 貴女のご息女は勿論、そっちのハーフエルフの娘もね? 何だったら、ドレスも用意するわよ?」
「え? アタシも?」
「王妃殿下……流石にそれは」
「失礼」
茶目っ気の強い笑顔でそう提案するアリシアにどう答えるべきか悩んでいると、通路の奥から長身かつ筋肉質な、屈強な男が歩み寄ってきた。
「ご機嫌麗しゅう存じます、アリシア王妃殿下。そして冒険者の諸君はお初にお目にかかる。私は王国軍元帥、グロリアス・アルダートンという者だ。此度の夏至祭警備への助力、感謝する」
「げ、元帥……!?」
突然の王国軍トップの登場にシャーリィ以外の冒険者たちは思わずたじろぐ。
「アルダートン元帥? 今日はどうしたのかしら? また対帝国に関する国防について、陛下に追加予算の打診を?」
「これは耳が痛い。しかし今日は冒険者たちに用がございまして」
「え?」
グロリアスは四人の冒険者……もっと言えば、シャーリィをジッと見つめる。
「貴女がシャーリィという冒険者……で間違いないかな?」
「それが何か?」
「噂はよく耳にしている。一目会いたいと前々から思っていた」
「……社交辞令を言いに来た、という風には見えませんが?」
シャーリィの「用事があるなら早く言え」という遠回しの言葉にグロリアスは苦笑する。
「互いに忙しい身なので単刀直入に言おう。実は君が訪れたと聞いて、試合の申し込みが王城の兵士から多数上がっている。陛下には既に話を通しているので、グリムヒルダ殿下の許可と君の同意があれば話を進めたいのだが……如何かね? 《白の剣鬼》殿?」
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ。