親バカたちの死闘……?
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あと、この第四章はどちらかというと、コメディ要素が強いです。第五章は三章以前の雰囲気に戻していく感じです。
闘気と闘気がぶつかり合い、振動となって大気を揺るがす。
魔王城の壁と窓ガラスには大きな亀裂が走り、演習場一面の芝生の地面は裂け、煉瓦の通路が割れた。
天を仰ぎ見れば曇天が唸りを上げて大渦を巻き、辺り一面の鳥や小動物は迫りくる大災害を察知したかのように逃げ出す。
全ての元凶である二人を中心に旋風が巻き起こり、カイルたちは両手で顔を覆いながら行く末を見守ることしかできない。それは、鍛え抜かれた魔王城の兵士たちにも言えることだ。
「……私の聞き間違いか? 今、世迷言が聞こえた気がしたが?」
「私は真実を口にしたまでです」
魔王ゼクトル。そして《白の剣鬼》シャーリィ。魔族最強候補と人間最強候補が織りなす殺意と闘志のぶつかり合いは、自然災害の前触れにも等しい緊張感を周囲に撒き散らしていた。
「世界一可愛いのは私の娘に決まっているだろう」
「いいえ、私の娘たちが世界一に決まっています」
……こんな会話の内容でもなければ、素直にシリアスな雰囲気になれたかもしれないが。
「ふー……やれやれ。我が子が可愛いのは仕方ないとしても、客観的事実が見えていない親で本当に子育てが出来るものやら」
「それはこちらのセリフです。私の娘たちを見たこともないのに、よくもそんな大言壮語を」
「「…………っ!!」」
比喩的ではなく、互いの魔力が干渉しあい、物理的にバチバチと紫電が弾ける。
「シャ、シャーリィさん……! 相手は魔王様ですよ……!」
「陛下もです。何時までも来客に見苦しい姿を晒すのはお止めください」
片や一国を預かる者。片や依頼をされた冒険者。本来このような対応は両者共にあり得ないのだが、今の二人は全くもって冷静ではなかった。
元とは言え貴族のシャーリィとて、本来なら最敬礼で挨拶するつもりだったのだ。しかし、自分の娘を下に見られて黙っていられるなら、シャーリィは最強の親バカなどと言われていない。そしてそれはゼクトルも同じことのようだ。
簡単に言えば、双方ともに頭に血が上り、冷静さを完全に失っている。
(なぁ……もしかしてこの状況って)
(うん。ある意味必然だったのかも)
日常でも、俺が最も推すモノが一番だ、いいや私の一推しこそ至高だ、などという実にくだらない喧嘩が始まることがよくある。それは冒険者ギルドでも、飲食店でも、趣味人の集まりでも。
そしてこれは二つ以上の家庭、二人以上の親バカが揃った時に発生する、『自分の子供が一番に決まっているし、周りがそれを認めないなんて我慢できない』という、周囲からすれば実に無意味で無価値な闘争なのだ。
「ならば仕方あるまい。相手は異国の住民とはいえ、私も王として下々を真実へと導いてやろうではないか」
しかし、そんな後になれば笑い話で済みそうな闘争も、敵対し合う者たちが規格外すぎる。
「慄くがいい。これが歴然とした格の違いというものだ」
「シャ、シャーリィさん!」
光の粒を撒き散らしながら、銀色に輝く魔力の渦を巻く。色こそ違うが、カナリアがよく使う空間魔術と酷似した魔術だ。
出てくるのは武器か使い魔か、警戒して身構えるシャーリィと、彼女の危機を察して手を伸ばし、走り寄るカイル。
「見るがいい。そして思い知れ。私の娘こそが世界一可愛いということを」
……が、虚空から現れた物を見た瞬間、カイルは芝生の上に顔面を擦り付けることになった。
ゼクトルの背後に建ち並ぶ本棚、本棚、本棚。まるで屋外に図書室でも出来たのかと疑いたくなるほど無数の本棚には、『グリムヒルダ成長記録』や、『グリムヒルダ専用アルバム』などという文字が背表紙に記された本が、ナンバリングされてギッシリ詰め込まれている。
「生まれた日から今日まで欠かさずために貯め続けたメモリアルブックだ。今回は特別に見せてやろうではないか」
どこか得意気な顔をして本棚から一冊のアルバムを抜き取ると、ゼクトルはシャーリィに見せつけるかのようにページを開いた。
そこには積み木を両手で持っている銀髪の乳幼児が、映写機に目線を送った状態の姿が映し出されている。
「これは我が娘が初めて積み木遊びに興じた時の写真だ。これ一枚で格付けは決まったようなものであろう」
なるほど、確かに愛らしい子供だ。カイルやレイア、クードのみならず、シャーリィ自身もそう感じた。
自分一人では満足に活動できないほど小さい生物の子供というのは、例外を除けば一様に愛らしいものだが、魔王の娘であるという少女には既に将来性のようなものがにじみ出ているように感じる。
「……ふん」
そういう感想を眼差しから感じ取ったのだろう。鼻高々なゼクトルに鼻を鳴らすと、シャーリィは《勇者の道具箱》からあるものを取り出す。
「あっ! シャーリィさんも本棚を!?」
「おいおいおい! まさか対抗する気か!?」
背後に現れたのはゼクトルのにも負けず劣らずの数を誇る本棚、本棚、本棚。
本棚にはナンバリングされた成長記録やアルバムが、ソフィーとティオ、二人分に分けられたものと、二人一緒に撮られた分のアルバムがギッシリ収められている。
「ソフィーとティオが初めて立って歩いた時記念の写真です」
その内の一冊から、今度はシャーリィがゼクトルに自慢の写真を見せつける。
そこには手を握り合って、膝が曲がりきらない覚束ない足取りで家の中を歩く、幼き日のソフィーとティオの姿が映し出されていた。
この時のことを、シャーリィは昨日のことのように思い出せる。仲良く手を繋ぎ、互いを支え合うように初めて立ち上がった二人を見た時、明確な成長の証を示されたような気がして、シャーリィは声を押し殺しながら涙を流したものだ。
ちなみに、泣きすぎて写真どころではなかったシャーリィの代わりに撮影をしたのはマーサである。
「……あくまで認めぬという事か?」
「何度でも言いましょう。一番は私の娘たちです」
他国の王族だろうがなんだろうが知った事か。冷静さを失った頭が開き直り、徹底抗戦の姿勢を見せつけるシャーリィ。
ぶつかり合う視線に魔力的かつ物理的な力が宿り、比喩ではなく本当に電気が飛び散った。
「ならばこれを見るがいい! 初めての茶会出席の際のドレス姿だ!」
「王国伝統の夏至祭、踊り子衣装姿です。二人ともあえてデザインは統一していない。……この意味が分かりますか?」
「二度美味しいという事か……! だが魔国絶景の一つ、大海原を見渡せるオリンポス広陵でのホワイトドレス姿には敵うまい! まさに地上に現れた天使のようだろう?」
「民間学校に始めて通う時に、校門の前で私と三人で並んで撮った写真です」
「ぬぅう……! 気軽に学舎に通うことが出来る庶民ならではの写真という訳か……娘と並んで思い出作りなどとは羨ましい……!」
庶民には庶民の、貴人には貴人だからこそ撮れる姿というものがある。王族である自分たちにはなかなか撮れないシチュエーションを羨ましがるゼクトルだが、それはシャーリィとしても同じ。
互いの火花はさらに激しさを増し、どちらの娘が上かを決める戦い……というか、最早ただの自慢大会と化した見苦しい大人たちの争いはさらに激しさを増すことに。
「グリムヒルダたん六歳のお漏らし記録だ! メイドに慰められながら泣いてしまう娘もまた可愛らしい!」
「ソフィー六歳時にほぼ同じ状況での記録写真もあります。ちなみにこの時慰めたのは妹であるティオです」
「どんどん収拾がつかなくなってきてるぞ!?」
「あのー、ていうかそれ、人前に晒しちゃって大丈夫なの?」
当の本人たちにバレれば大目玉間違いなしだろう。そんな写真も含めた無数のアルバムを自慢げに披露し、数百に及ぶであろうアルバムを披露し終えると、今度は千に届きそうな成長記録を自慢げに披露しあう。
「はぁ……はぁ……ぬぅうう……! 中々に意固地な女のようだな……! グリムヒルダたんの全てを記したと言っても過言ではない我が秘蔵の書物を全て目に通しておきながらまだ意見を改めぬとは……!」
「はぁ……はぁ……そちらこそ、いい加減真実から目を背けるのは止めたらどうですか……っ」
「あ、ようやく終わったみたいだよ」
気が付けば、日は傾き始めていた。あまりに長々と続く自慢大会に辟易とし、暇を持て余したカイルたちは給仕長の誘いを受けて魔王城の見学やら、普段は体験できない上流階級形式の茶会を楽しんだりして時間を潰し、丁度いいタイミングでシャーリィとゼクトルの元に戻ってきている。
「ほらほらシャーリィさん。いい加減話を進めよ? 依頼を受ける時の顔合わせに来たんだよね?」
「このチビに便乗すんのは癪だが、何時までも終わる気配のない論争を続けるのも不毛だろ? 娘さんのところに早く帰らなくていいのかよ?」
「……そう、ですね……」
「陛下もですぞ。魔王たる者、もっと毅然とした態度を示していただかなくては」
ソフィーとティオを引き合いに出され、ようやく頭が冷静になり始めるシャーリィ。給仕長も魔王を諫める言葉をかけるが、当のゼクトルはこんな言葉をシャーリィに聞こえる大きさで呟いた。
「ふん……うちの娘なんか、「大きくなったらお父様のお嫁さんになる」っていうくらい可愛いし」
「こふっ……!?」
その言葉は、物理的な力でも宿ったのではないかという衝撃を伴ってシャーリィを貫いた。
「けほっ……! かはっ……!」
「シャーリィさん!? 何か今にも血を吐きそうなんですけど大丈夫ですか!?」
如何なる敵を前にしても膝を地に付けることをしなかったシャーリィが、片膝を地面に付け、脂汗を浮かべ、胸を抑えながら血を吐いている……ように見えるくらい咳き込んでいる。
羨ましい。それがシャーリィの胸中を占める言葉であった。
法律的に娘と父が結婚なんて無理とか、母と娘なんだから今の言葉を羨ましいと思うこと自体不毛とか、そういう理屈の話ではない。
ただただ羨ましい。自分はそんな言葉を言われたことはないのに。これは理性ではなく本能を揺さぶる口撃である。
「わ、私だって……」
「む?」
「私だって……ほぼ毎日娘たちと一緒にお風呂に入っていますし」
「ぐっはぁああああああああああっ!?」
思わず零れ落ちた反撃に、ゼクトルは吹き飛ばされた。比喩などではなく、巨大な拳で殴られたかのように上空へとかち上げられた。
父親である自分が娘と入浴できなくなってから何年たっただろうか? 父と娘の間柄なのだから、年頃の娘と風呂を別々に入るのは当然なのだが、それでも羨ましいという感情が抑えられず、ゼクトルは打ちのめされた。
「ごふっ!? がはっ!? はぁ……はぁ…………どうやら、貴様と言い争うだけでは……埒が明かぬようだ。最後は我が子を守る為の武力で、どちらの愛が深いか雌雄を決するとしようか」
「え!?」
「望むところです……! この剣の限りを尽くし、私の娘たちが一番であると証明して見せましょう……!」
「えぇっ!?」
両腕に絶大な魔力を宿した業炎を宿す魔王と、再び頭に血が上って両手に湾曲剣を握り締める剣鬼。
もはやぶつかり合う数秒前。そんな二人を止めるという選択肢が出る前に、逃げなければ死ぬという直感がカイルたちの全身を支配した。
「やば――――っ!?」
「皆、逃げ――――っ!?」
そして、激突。
その破壊力は足場である芝の地面を粉々に砕き、吹き荒れる衝撃波は周囲に居る人を全て吹き飛ばした。
給仕長は城壁を囲む水路へ飛び込む羽目になり、レイアは回廊の柱に後頭部をぶつけて気絶。クードに至っては磔刑に処されたかのように壁に減り込む羽目となった。
唯一受け身を取ることが出来たカイルは、もはや自分たちでは割り込むことの出来ない領域に居る二人に悲痛な叫びをあげる。
「どうして……どうして娘自慢でこんな事になっちゃったんですか!?」
そして、話は冒頭へと遡る。
「なーにをやっとるんじゃ? あやつらは」
用事を済ませ、もう魔王との会談が終わっただろうと城へと足を踏み入れたカナリアの第一声はこれである。その表情は呆れとも侮蔑ともつかない、妙に哀れみの籠った無表情であった。
「ギルドマスター! じ、実は……!」
鳴り響く戦闘音を背景に、カイルは事情を説明してカナリアに二人を止めるように説得する。
「なーるほどのぅ。まぁ何時までもドンパチされても面倒じゃし、止めるとするかの。じゃが……その前に」
カナリアは虚空に浮かんだ黄金の魔力の渦から映写機を取り寄せる。その表情には、ありったけの愉悦が込められた嘲笑が浮かんでいた。
「まずはあやつらの醜態を激写してからでも遅くはあるまい」
これが、後から冷静になって自らが仕出かした醜態と向き合い、シャーリィが激しく悶絶する五分前の出来事である。
活動報告に作者の呟きみたいなのを書いて行こうかと思います。特に面白い訳ではないかもしれませんが、小説の後書き感覚で読んでみてくだされば。
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ