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魔王と親バカ

活動報告にて、元むす書籍に関する情報を更新します。今話投稿時間から少しお待ちください。

お気にいただければ評価や感想、登録のほどをよろしくお願いします。


 何もない虚空から金色の魔力の粒子を撒き散らしながら現れたのはカナリア……だけではなく、シャーリィに加えてカイルたち三人のパーティだった。


「も、もう着いたのか?」

「ということは、ここが……」

「うむ。ようこそ、我が祖国へ」


 依頼を正式に受けた後、準備を終えたシャーリィたちはカナリアの転移魔術によって国境を一瞬で超え、遥か北の国へと辿り着いた。

 大陸の北方にある魔国は南に位置する王国よりも気温が低く、夏の真っただ中でも清涼な風が山から吹いている。そして何より目を奪われるのは、その街並みの豊かさ。


「他国との関わりが薄いって聞いたから、もっとこう……田舎っぽいかと思ってたんだけど、そうでもないんだね」

「あぁ。むしろ大都会だぜ」

 

 上質な石材と木材が使用されて建てられた高い建築物が、機能的かつ景観的な美しさも兼ね備えながら建ち並び、その中央には王都や帝都の絢爛な城とはまた趣が違う、防衛や戦争時での効率を重視した、まさに城塞のような巨大な城が君臨していた。


「でも魔族の人ってばかりじゃないっぽいよ? ほら、時々別種族の人も居るし」


 魔国に存在する人種の九割は頭から角を生やした魔族だ。しかし、レイアの言う通り頭が犬の獣人もいれば人間もいる。何だったらエルフやドワーフもいる。その割合が、王国よりも偏っているというだけだ。


「なんか建物の感じも王国とはだいぶ違うし、全然知らない国に来たって実感できてちょっとワクワクするね。帝国の時はゆっくり観光なんて雰囲気でもなかったし…………ん?」


 王国辺境の田舎者三人は異国の都会の前に完全に浮かれている。傍から見れば旅行に来た学生といったところだろう。

 シャーリィも年長者の余裕として少しの寄り道くらいなら大目に見るべきかと軽く付き合っていると、カイルが一軒の店の前で立ち止まった。立て看板を見る限り、そこは菓子屋らしい。


「……カナリア焼きって……なに?」

(わらわ)をモチーフにした菓子じゃが、それが何か?」

「そんなのまであるの!?」

「ふはははははは! どれ、久しぶりに食べてみようかのぅ! 店主! カナリア焼き全メニュー一つずつじゃ!」

「あぁ、これはカナリア様! お久しぶりです」

  

 どうやら地元なだけあって顔見知りもいるらしい。なぜか上機嫌にカナリア焼きなる菓子を購入した《黄金の魔女》は、カイルたちに見せびらかすようにそれを掲げた。

 どうやら小麦粉を水で溶いた薄い生地の中一杯にチョコレートやカスタードクリームといった種類豊富な甘味が詰まった菓子らしい。その上にはカナリアの顔を模したと思われる焼き印が押されている。


「うむ! 七百年続いて食べ馴染んだ伝統の味! 新しい菓子というのも良いが、故郷の甘味というのも良い物じゃ」

「へぇ……美味しそう」


 ご満悦に自らの顔の焼き印が押された菓子を頬張るカナリアを、レイアを始めとした若手三人が若干羨ましそうに眺める。

 ……普通、大人なら若輩に奢るくらいの器量を見せるところだろう。何せあの小さく細い腹に入るのかと疑いたくなるくらい購入したのだ。彼女たちは決して催促するようなことをしないが、心の何処かで大人の気遣いを期待する自分たちが居た。


「え? 何を見ておるのじゃ? このカナリア焼きは全て妾が妾の為だけに買ったものじゃぞ? 食いたければ自分で買えばいいんじゃないかのぅ? 店主や、全てのカナリア焼きを在庫の材料分併せてテイクアウトじゃ! 他の客には一つたりとも渡すでないぞ!」

「ちょっ!? 自分で買えって言っといてそれかよ!?」


 が、そこはやっぱりというべきか。それどころかカイルたちの口に入らないようにしてから優越感に浸った表情を浮かべて嘲笑った。


「くはははははははは! 権力と財力は他者の悔しがる顔を拝むために使うのが真の贅沢というものじゃ! なぜかって? 理由などない! ただお主らの羨ましそうな視線を浴びながら見下しながら食いたいだけあばふっ!?」

「子供相手に大人気ないことしないでください」

  

 カナリアの頭を剣の腹で叩き、ついでに財力にものを言わせた大人買いも阻止したシャーリィ。

 他の年長者まで同じ視線を向けられるのがなんとなく嫌なので、三人分のカナリア焼きを購入。食べながら再び城への道を進むことにした。


「にしてもまさか菓子のモチーフになってるなんてなぁ。王国とかじゃ結構な悪名で名を馳せてるってのに」

「確かに他国……特に帝国ではカナリアは極悪な魔女で通っていますが、魔国からすれば大戦時の大英雄ですからね。こういう扱いもあるのではないかと」


 もう千年近く前になるが、魔族は自分たち以外の種族と大規模な戦争を繰り広げていた。それこそ現代でも勇者と魔王が揃えば宿命の対決を連想させるほどの、大陸史上最大の大戦だったという。

 その闘争に終止符を打った立役者の一人がカナリアだ。元々他種族を寄せ付けないほどの高い魔力はあっても長命が仇となって出生率が低く、大戦によって人口を著しく減らしていた魔族からすれば、彼女は絶滅の危機から救った救世主であるのだ。


「それに史実の英雄が観光地の土産屋のネタになることがよくありますよ。王国東部の海沿いにある観光地でも、商国との貿易を築いたダイダロス将軍饅頭なる菓子が箱で売っていましたし」

「へぇ……ちょっと気になりますね」

「ちなみにその菓子の発案者は妾だったりするんじゃよな。商国の甘味を大陸に広めた時の反応が見たくてのぅ」

「マジかよ!?」

「ていうか、シャーリィさんって土産屋に入ることあるんだ。そういうのに興味ないって思ってた」

「辺境の近くに依頼が無く、稀に遠くへ遠征する時、娘たちへのお土産は欠かさずチェックしているので」

「なるほど、納得した」


 目に見える物が何もかも新鮮で、寡黙なシャーリィを交えるにしては珍しく話のネタに困ることなく会話が弾む。

 そうして道すがら会話を続けていくと、話題は今回の依頼に関することになってきた。


「でもさ、今回お姫様を狙ってるっていう《怪盗》、かなり厳重な警備なのに本当に出てくるの? ギルドマスターにシャーリィさんまで揃ってるんだよ?」

「さてのぅ。アレの手口は未だ謎が多いのじゃが、考えられる手段の一つとして向こうも人材を揃えるといったところかのう。無論、妾もそうはさせまいと裏の人脈を動かしておるのじゃが……一人、気掛かりなのの行方が全く掴めなくて困っておる」

「気掛かり? それってどういう意味だよ?」

「分かりやすく言うと、シャーリィを近接戦闘で単独撃破しうる男じゃ」


 カイルたちは思わず瞠目し、呑気にソフィーたちへの土産を歩きながら見繕っているシャーリィに視線を向ける。

 竜王殺し。遠くにある巨城を一刀で両断する女。近接戦闘では敵なしと信じて疑わなかった彼女に伍する前衛職が居るなど到底信じられなかったのだ。


「《黒の聖槍》、マリオン。武術と密接する前衛職の間では《白の剣鬼》と並び称させる、生きた伝説とまで謳われた槍使い。名誉にも武勲にも頓着のないシャーリィよりかは大分有名なんじゃが、如何せん神出鬼没での。《怪盗》めも手に負えんと優先度は低いから特に気にしてはおらんのじゃが……と、着いたぞ」


 城の門前まで辿り着いた一行。固く閉ざされた門の両側を固める魔族の兵士に、カナリアはまるで友人の家を訪ねるかのような気軽さで近づいた。


「これはカナリア様。魔王陛下より話は聞いております」

「うむ。この四人が件の冒険者じゃ。後は頼むぞ」

「あれ? ギルドマスターは行かないんですか?」


 早々に城から背を向けて街の方へと足を進めるカナリア。


「今回妾が来たのは城の連中と話しを通すため……顔パスみたいなものじゃ。妾はこれでも多忙な身じゃからのう。帰る時には姿を現すゆえ、それまでに魔王との顔合わせを済ませるんじゃぞ」


 そう言い残すと、金色の魔力の粒子を撒き散らし、カナリアはその場から姿を消す。その直後、門が重々しい音を立てながら開いて、中から初老の外見をした燕尾服を纏った魔族の男性が現れた。


「お待たせいたしました。(わたくし)、魔王城の給仕長を務める者でございます。これより皆様を魔王様との会談の間へとご案内させていただきますので、どうぞこちらへ」 


 給仕長を名乗る男性の後に従い、シャーリィたちは魔王城の中へと足を踏み入れた。

 要塞然とした外見に違わず、外壁と城の間には景観を彩る置物や木、花々は一切存在せず、通路である煉瓦の道と、それ以外のスペースである短い芝生だけがどこまでも続いている。

 

「うわぁ~……おっきい城……!」

「俺ん家の何倍くらいあるんだ?」

「これの管理とかどうしてるんだろ……? 家賃凄いことになってそう」


 妙に庶民染みた感想を述べる三人。

 辺境の街で大きな施設といえば民間学校か冒険者ギルドくらいなものだ。見上げるだけで首が痛くなるような建築物の目の前に来ることなど、彼らには初めてだろう。

 

「見上げてばかりいないで行きますよ」

「あ、はいっ」


 しかし元貴族令嬢で皇太子の婚約者であったシャーリィからすれば、城など見慣れたもの。観光気分から仕事時の状態へと精神を切り替えるカイルたちを促し、広い城の外側を進んでいく。

 魔国の兵士たちが訓練に励むのを横目で眺めながら給仕長の後に付いて行くこと数分。元より顔合わせだけで終わる用事、このまま何事も無く終わるのだろうとすら思い始めたその時。


「グリムヒルダたん、萌えぇえええええええええええええええええっ!!」


 そんな嬌声に似た咆哮がシャーリィたちの鼓膜を揺らした。

 一体何事かと、声がした方に振り返ってみると、そこにはベンチの上に何百枚にもなる写真を積み重ね、一つ一つ丁寧に皮の装丁が施された本に挿し込んでいく、長い銀髪をオールバックにした、黒い角を生やした魔族の偉丈夫の姿が。


「……アルバム?」


 それはシャーリィだからこそすぐさま直感で理解できた事だ。あの偉丈夫は今、周囲に悶々とした雰囲気をばら撒きながらアルバムを編集している。つい昨日の自分とやけに重なる姿だ。


「へ、陛下!? このようなところで何をされているのです!? ほら、すぐそこにお客人が通っています、編集はお部屋で……!」

「えぇい、離せ!! 我が愛娘がこの城を離れて早数日が経っているのだぞ!? 少しでも娘分を補充しなければ、頭の中身が耳から飛び出てしまうわっ!!」


 姿だけではない。言っていることまで妙な親近感を感じるシャーリィ。あの偉丈夫から、目の前の剣鬼に近しいものを感じたのか、カイルたちは恐る恐るといった様子で給仕長に尋ねる。


「あ、あのー……何か今陛下って聞こえましたけど、もしかしてあの愉快な人は……」

「………………遺憾ながら、我らが主、ゼクトル・アイゼンクォーツ魔王陛下にございます」

「あれ魔王様なの!?」


 何という既視感を感じるのか。言動にこそ大きな違いはあるが、よく似たような雰囲気を目の前の女から頻繁に感じる時がある。


「グリムヒルダ姫様の事を大層溺愛しておいででして……しばしばあのような姿を」

「ま……まぁ、シャーリィさん見てて分かりますけど、自分の子供って言うのは自分自身より可愛いってよく聞きますし」

「シャーリィさんだって、ソフィーちゃんとティオちゃんの事世界で一番可愛いって思ってるよね?」

「……当然です」


 何を今更と言わんばかりに鼻を鳴らすシャーリィ。彼の魔王にとって息女がどれだけ可愛かろうが、シャーリィにとって世界で最も可愛らしいのは自分の娘たちに他ならない。

 尤も、それを口に出して張り合うことをするつもりはない。それはシャーリィの性格ではないし、自分の価値観を一方的に押し付けるような事をするつもりもないのだ。


「私の娘の方が圧倒的に可愛いに決まっている」

「……………」

 

 一体どこから話を聞いていたのか、突然話に割り込んでくるや否や、さも世界の真理だと言わんばかりの口調で言い残して小走りで去っていく魔王ゼクトル。

 その背中を無言かつ真顔で見送るシャーリィ。その表情が、カイルたちにはやけに恐ろしく映った。


「じ、自分の子供が一番可愛いって話だからな!? 俺たち結婚とかもしてないからよく分からねぇけど」

「そ、そうそう! 要は自分がどう思っているかが重要なんです! 自分の好き嫌いや好みに他人からの評価が入る余地はありませんよ!」

「……無論、分かっています。親にとって、自らの子こそが一番可愛いもの。他家の子と優劣をつけるなど全く持って無意味でしか――――」

「仮に比べたとすれば、私の娘こそが世界一に決まっているがな」

「…………」


 折角フォローを入れたのに、またしても余計な事を言うだけ言って小走りで去っていくゼクトル。

 その背中を無言かつ無表情で見送るシャーリィの肩は、小さく震えていた。


「も、申し訳ありません! 陛下はその……姫様の事になると妙に負けず嫌いになると申しますか……」

「シャ、シャーリィさん抑えて! 相手は一国の王様だから!」

「……大丈夫、問題ありません。他の家の子とあの娘たちを比べるなんて不毛なこと、私がするはずが――――」

「比べればグリムヒルダこそが世界一の娘であることが証明されると、私は確信しているがな」


 またまた余計な事を言って小走りで去っていくゼクトル。今度は止める暇も無く、シャーリィは一瞬でゼクトルの前に先回りするや否や、地獄のように底冷える声で呟いた。


「世界で一番可愛いのは、私の娘たちに決まっているでしょう……っ」



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