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空白の三日間 後編

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 遊技盤の上に投影された戦士の駒が七マス進むと、そこに文字が浮かび上がった。


「えーっと、何々? 勇者に幼馴染の恋人寝取られた上にパーティから追放される。悔しさをバネに伝説の斧を手に入れる……何か、妙に生々しくないか?」

「アタシなんか今、奥さんと子供が魔物に殺されて、復讐に燃える旅に出ている賢者兼槍使いって設定になってるんだけど」


 変に生々しく、重い設定を盛りつける遊技盤を囲みながら、リーシャとチェルシーはチラリと視線を同じ方向に向ける。それは何の偶然か、ソフィーやティオ、ミラが同じ方向に視線を向けるのと同時だった。

 今日は街の外から来た少女を交え、楽しい楽しい一日になるはずだったのに。

 そんな遠い目をしたソフィーたちの視線の先には、涙目になりながら顔を怒りや屈辱、羞恥などが入り混じった赤い顔で喚き散らすのを必死に我慢しているヒルダが遊技盤中央のルーレットに手を伸ばしていた。

 その手がプルプル震えているのは多分、形容しがたく、どうしようもない憤りからだろう。そんな手で回されたルーレットが示した数字は三。遊技盤に投影された魔術師の幻が三マス進むと、そのマスに文字が浮かび上がった。


「……盗賊に襲われ装備と金貨を奪われる。金貨十五枚と、装備があればそれを一つ支払う……ぅ~~~~~~~~~っ!」


 新しく投影された盗賊団の幻が、ヒルダのコマである魔術師の身包みを剥ぐあたり、やけに凝った造りをしているのがよく分かるが、それを感心する場合ではなく、むしろ現状では完全に裏目に出ている。

 両手の拳を上下に小さく振るうヒルダ。本当なら床や遊技盤を殴りたいところなのだろうが、それをしないだけ同年代の子供よりも忍耐力はあるらしい。

 紙に書かれた六人分の金貨所持数の内、ヒルダの分だけ既にマイナス八十四枚。貧乏通り越して、もはや取り返しようのない借金である。


「こ、高貴なるこのわたくしが借金などと……! あり得ません、あり得ませんわぁ……!」

「ゲ、ゲームだから! あくまでお遊びだからね!?」


 恐らく高貴であるであろう魔族の少女は完全に泣きそうだ。しかし、幸運の女神は相当意地が悪いのか、はたまたヒルダの事が嫌いなのか、この状況は今に始まったことなどではない。

 そもそもこの冒険人生ゲーム、運が大きく関わる遊びであるはずなのに、始めた時からなぜかヒルダばっかりが悲惨な目に遭うのだ。他の五人は幸運も不運もほぼ均等に味わっているのに。

 ルーレットで出る数字が小さいのは当たり前、辿り着くマスは損害が出るマスばかり。時たま懐が潤うマスが出てもスズメの涙ほど、損害の方がはるかに大きい

のでプラスに働いている実感は皆無に等しい。


「ん……こっちに進もうかな」


 そんな彼女を見かねて真っ先に接待に動こうとしたのは、この中で一番低い身長の割に妙な大物感があるティオだ。遊びとはいえ不憫なヒルダの影響で重くなった空気を緩和しようと、目的を達成する時間稼ぎをそれとなくしようとしたのだが――――


「……ぐすんっ。そ、その分かれ道は反対側に行った方が良いですわよ……?」

「……そだね。ありがと」

「れ、礼には及びませんわ……! 下々に施しを与えるのは、高貴なる者の使命ですもの……!」

 

 今この場で、どう考えても施しを受けなければならないのはヒルダであるにも拘らず、何故か勝負の最中に助言をする始末。どうやら相手の全力を真っ向から打ち破りたいらしい。

 そして結局、このゲームの最下位は案の定ヒルダ。それも五位とは大差をつけた圧倒的敗北であり、大きな瞳から今にも涙が流れ落ちそうだ。


「そ、そろそろ飽きてきたし、何か別の事しよっか! 主に運が絡まないのとか!」

「おお、それは良いな! 探せば何かあるだろ! 主に運の絡まないやつとか!」

「むぅ~~~~~~~……!」


 これは運を絡めた遊びは鬼門だ。そう直感した彼女たちは他の遊びを提案するが、当のヒルダは涙目をギュッと瞑り、首を左右に振っている。

 どうやら自分が勝つまで諦めたくないらしい。本来であればその姿勢は尊いが、それは今この時に発揮するものではないだろうに。

 これは面倒臭い性格の奴に捕まってしまった、これが接待プレイを失敗したなれの果てか……と、ソフィーたちは上司に媚びへつらうのに失敗した大人たちの気持ちを、いち早く知る羽目になった。



 

 

 そんな彼女たちがいる孤児院の応接室。何も知らずに遊技に興じている(実際には面倒な子供に絡まれた)娘たちを異能の力で覗き見てから、シャーリィは本題に入るように促した。


「ま、お主も知っての通り、ジークフリートは我が子孫である魔王の盟友での。今回はその娘であるグリムヒルダの護衛としてこの街まで来たのじゃ」


 カナリアは千歳を超える魔族であり、大勢の子孫を持っている。しかし、人間であるユミナや、Sランク冒険者である《幻想蝶》グラニアを見ても察することができるように、その子孫は各地で多種多様な血を取り入れ、純粋な魔族の血を保つ子孫はもはや魔国の宗主の一族のみであるという。 


「なぜ魔国の姫君が王国に? それもこんな辺境にまで来て……」

「もうじき夏至祭が始まるじゃろ? 毎年、帝国以外の各国から大勢の貴人が集まるんじゃが、今年の魔国を代表して来訪したのがグリムヒルダという訳じゃ」


 王国の夏の伝統、夏至祭は秋の実りを天空の女神に祈る祭りだ。王国各地でそれぞれ特色のある祭りが開かれるのだが、他の街々より先駆けて開かれる王都夏至祭は、貴族や政府が運営に関わるため、毎年帝国を除いた各国から賓客を招いて盛大な祭りが開かれるらしい。


「まぁ、帝国からは来ないというが、フィリア姫はここ数年お忍びできておるがの。今もその為に王城に滞在しておるし」

「……そうだったのですか」


 帝国で唯一懐かしい気持ちを思い出させる少女を思い浮かべる。


「王都の夏至祭は聖国から司教やらなんやらを招いて式典みたいなものを開くから、妾としては田舎町の夏至祭の方が楽しめることが多いんじゃが……それは今は置いておくとして、本題はコレじゃ」


 カナリアがポケットから取り出したのは一枚のカードだった。それを二本の指でつまんでシャーリィに投げつけ、シャーリィも指二本で受け止める。


「グリムヒルダが王城に到着したその日の夜、それがエドワルドの机の上に届けられておってのぅ」


 縁に艶やかな文様が描かれたカードにはこう記されてあった。


『夏至祭前日である満月夜天の中、魔王の至宝たる姫君を頂きに参上する。 怪盗クロウリー』


 文章もそうであるが、何より差出人の名前にシャーリィは瞠目する。


「《怪盗》、クロウリー・アルセーヌ……!」


 それはシャーリィやカナリアと同じく、大陸でもっとも有名と言われる五人の半不死者(イモータル)の名前であった。

 わざわざ予告状を出すほどに大胆不敵。如何なる警備も通り過ぎて現れる神出鬼没ぶり。あらゆる防犯魔道具も潜り抜ける奇々怪々さ。盗賊系統の職を務める者は数あれど、《怪盗》の名を冠するのはクロウリー以外に存在しない。

 およそ三百年近く活動を続けている現存最古の盗人だが、彼にはある特徴的な一面があった。


「盗賊というよりも、誘拐犯という印象が強い人でしたね」

「うむ。何を考えておるのか妾にも分からぬが、なぜか女児ばかりを狙って攫いおるからの」


 単純に宝玉や歴史的価値のある絵画、彫像を盗むこともあるが、何より頻繁に盗むのは、十二歳以下の女児の身柄ばかりなのである。

 もはや盗むというのには語弊があり、攫うというべきだろう。被害者の共通点は年齢と性別以外見当たらず、犯行の動機も一切不明なのだ。

 そして何より不可解なのは、誘拐された女児は十三歳の誕生日を迎えると同時に親元へ返されるのだという。その女児も誘拐されている間の記憶の大半を魔術か異能かで失っているため、情報が一切手に入らない。


「そしてその誘拐犯の手が、遂に王女にまで向けられたという訳ですか」

「妾を前にしても逃げきるような奴じゃからのぅ。以前似たような状況で(まみ)えた時は撃退してやったが、今回はそれが出来るという算段が立ったということじゃろう」

「それは……筋金入りですね」


 空間魔術を得意とするカナリアからも逃げおおせるなど、並の魔術どころか熟練の魔術師にも不可能だろう。


「ただ……なんとなーく《怪盗》めに既視感あるんじゃよなぁ。以前相対した時以外に、どこかで会ったことがあるかのぅ?」

「そうなのですか?」

「まぁ、気のせいかもしれんが……それはさておき。そこで今回はお主の異能()を頼ろうと思っての。万象を見通すその魔眼ならば、奴の姑息な細工も看破できよう」

「……過度な信頼は控えて貰いたいところですが、私に声をかけた理由は分かりました」


 要は《怪盗》の魔の手からグリムヒルダを守ってほしいという事だ。……だが、しかし。


「肝心の話が抜けていますよ? 夏の思い出作りの話はどこに行ったのですか?」


 シャーリィからすれば、これまでの話は究極的に言えばどうでもいいこと。本題はこっちだ。


「それなんじゃがな、実は妾は夏至祭に新しい風を吹き込もうと思っておっての。要するに目玉イベントの追加なのじゃが」


 そう言って差し出したのは一枚の写真。そこには暗い夜空と思われる背景に、大輪の花のように弾ける火花が映し出されていた。


「これは?」

「妾が新しく開発した娯楽、花火という。爆弾を改良したもので、火薬に金属粉を混ぜることで、炸裂した時に色鮮やかに光り輝く巨大な火花を夜空に咲かせるという代物じゃ。写真なので実物の感動は一切伝わりはせぬが、これが生で観せれば誰からも好評でのぉ。夏至祭を盛り上げるのに各方面から太鼓判を貰ったほどの出来栄えじゃ」


 カナリアはニヤリと、邪悪な笑みを浮かべてシャーリィの耳元で囁く。


「友人、恋人、仲間……そして家族で一緒に見れば、この強烈なインパクトと共に最高の思い出として記憶に深く刻まれること間違いなしじゃ」


 ピクリと、シャーリィの体が揺れる。


「合計にして七万発ほど連続で夜空に打ち上げてやろうと思っておるから、一瞬で終わることはないしの。娘らを連れて行けば、お主への好感度は上限を突破することは最早確定事項といえよう」


 ピクリ、ピクリと、シャーリィの体が揺れ動く。


「じゃがもしも、グリムヒルダを《怪盗》に攫われれば、事態は花火どころではなくなる。あぁ、どこかに神出鬼没なる盗人から姫を守ってくれる、そんな剣士がおらぬものかのぅ?」


 カナリアは依頼書をヒラヒラと見せつける。その内容におかしなところが無いのを確認すると同時に、シャーリィはその依頼書をひったくった。




「という訳で、私は依頼主の一人である魔王に顔を合わせることになりました。何でも、ご息女を任せる相手の顔を見ておきたいとか」

「うん、なんとなくそんな予感はしてたよ」

「むしろそこで動かないのはシャーリィさんじゃねぇよな。それこそ、《怪盗》とかいうのが変装してるって疑うぜ」


 時は戻って現在。事の成り行きを聞いたクードたち三人は、心底納得したような表情を浮かべる。相変わらずソフィーとティオの事になればカナリアの手のひらの上で転がされているようだが、それでこそシャーリィであると。


「最初は魔国へ戻って厳重な警備の中で過ごすという案もあったようなのですが、相手がどんな警備もすり抜けるなら大量のダミー情報を流して撹乱した方が良いということになりまして」

「でも何でそんな大事な依頼を一緒に受けるのが僕たちなんですか? 嫌とかじゃなくて、むしろ光栄なくらいなんですけど、王女様を一緒に守る冒険者なら他に適任が居るでしょうし、わざわざEランクの僕たちに声をかけなくても」


 カイルの疑問は尤もである。もっと高位ランクの冒険者の方が適任なのは言うまでもないし、竜王ジークフリートまで居る状況で、ギルドからの出向はシャーリィ一人でも問題が無いと言えば無いのだ。


「……理由は幾つかあるのですが、一つは護衛対象である姫君にストレスを可能な限り与えない為です。魔王陛下からグリムヒルダ姫が可能な限り王国夏至祭を楽しめるよう配慮するよう、口酸っぱく言われているのだとか」

「あ~……確かに。あんまり年配の大男が近くに居たら、気軽にくつろげないもんねぇ」


 高位冒険者……もしくは、Bランクの中に隠れた実力者は年配者が多い。そしてその殆どが威圧的な外見だ。そんな馴れしたんだわけでもない連中が護衛のためとはいえ、四六時中近くに居ては年頃の少女にストレスを与えるだろう。

 

「可能な限りで若く、子供の相手にも慣れていて、私が声をかけられる冒険者が皆さんしかいなかったんです。私の娘も同行することになりますから、二人に過度なストレスを与えない為にも」

「えぇ!? ソフィーちゃんとティオちゃんが!?」


 娘に対してのみ行き過ぎた心配性となるシャーリィがよく許したものだが、これにも事情がある。


「何といいますか、その……王国に友人が居なかった王女と私の娘たちが知らぬ間に随分と仲良くなったようでして。寂しい思いをしていると聞いた二人が、更に今回の顛末ごと王女本人の口から知ったらしく、帰国するまでの間くらいは一緒に居たいと……」

「? なんでそんなに歯切れが悪いんだよ」


 正確に言えば、姫には王国どころか魔国にも友達がいないというのがカナリアの言だ。魔王はどうやらかなり過保護のようで、大人どころか子供すら不用意に近寄らせない徹底ぶりらしい。

 そんな王女にとって、ソフィーたちは初めて出来た友人なのだ。そんな事を聞けば、流石のシャーリィもほんの少し同情的になり、カナリアが「初めて出来た友と無情に別れさせられるなど、なんと不憫な」とか何とか言いながらウソ泣きして追撃、止めにソフィーとティオの二人が上目遣いで止めを刺して、あえなくシャーリィの意志はへにょりと折れることとなった。

  

「まぁ、霊鳥二羽(ベリルとルベウス)も護衛に加わりますし、私も長期に渡って娘と離れるなど考えられませんでしたから、都合が良いと言えば都合が良いのですが」

「あ、王都夏至祭が始まるまでの一週間は長期の部類に入るんだ。それじゃあ、他の理由は?」

「簡単に言えば、条件の合った人材を集められるだけ集めて数を増やしたかったからですね。相手は底が見えない半不死者(イモータル)ですから」


 …………実を言うと、他のパーティの育成に励んでいるアステリオスを除き、現状を考慮しなくても集められる人材はシャーリィの人脈ではこれが限界なのだが。カナリアを頼るのは後が怖いし。

 そんなことは口に出さず、シャーリィはコホンッと咳払いをして若い冒険者たちを見据える。


「報酬は金貨袋。依頼の結果によって増減しますが、受けますか? 受けませんか?」


 カイルたちは互いに顔を見合わせる。先日、ゴブリン退治の依頼を突如現れた大型の魔物の登場によって失敗してしまったばかりだし、名誉挽回、汚名返上としては王女の護衛というのは実に旨味のある話だ。

 そして何より、自分たちがなんて答えても依頼に赴くであろうシャーリィの事を放ってはおけない。

 今回は異例中の異例ということでソフィーとティオまでついて来るし、何かあった時に冷静に対応してやれる人材が、未熟者とはいえ必要だろう。

 そんな訳で依頼の参加を引き受けたカイルたち。…………しかし、後に彼らはその選択をほんの少し後悔することになる。


  

他のざまぁシリーズも、よろしければどうぞ。

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