三日間の空白 前編
少しずつ、小説執筆を習慣づけて、かつてのペースを取り戻したいですね。
こんなタイトル略して元むすですが、よろしければ評価や感想、登録のほどをよろしくお願いします。
冒険者たちは常に死の危険が付き纏う。そして辺境の開拓地で冒険の最中に命を落とした彼らの子供たちは皆、《黄金の魔女》が支援する孤児院へと入るのだ。
世界通貨の三割以上を掌握するカナリアによって支えられるこの孤児院は、他の街や国の孤児院と比べてもかなり小綺麗で大きな建物だが、基本的に孤児院と言うのは節制、信仰を教える教会……天空の女神の信仰の影響を強く受ける。
故にチェルシーが住まうこの孤児院は、カナリアという巨大なスポンサーがいるにも拘らず、金銭の類を受け取っていない。精々各方面への口利きがしやすく、タチの悪い不動産、地上げ屋に狙われる心配がない程度だ。
住まう子供たちは皆、朝になれば礼拝堂で祈り、揃って家事の手伝いをし、畑を耕し、年少組の面倒を見る。一般家庭同様に善行を積めば褒められ、悪戯をすれば叱られる。内職に従事し、経営の手助けだってする。贅沢らしい贅沢は殆どないが、非常に活気のある場所と言えるだろう。
世の中は経営苦、心無い貴族や地上げ屋によって不当に苦しめられる孤児院があるのだから、この辺境はかなり恵まれているのだ。
「という訳で、こないだ理事長先生から寄付された新作の遊技盤持ってきた。その名も、冒険人生ゲーム」
もっとも、カナリアとて支援者。暇潰しの娯楽の品はたびたび送られることがある。
チェルシーの私室……というか、チェルシーがその他四人の孤児院生と共同で使っている部屋に通されたソフィーたちは、チェルシーが持ってきた折り畳み式の大きな遊技盤を見て、頭に疑問符を浮かべる。
「何それ?」
「えっとね、まず予めに幾つかある目的とルールを決めておいて、ルーレットを回しながら出た数と同じだけコマを進めていくんだけど」
開かれた遊技盤の中央……山を模したオブジェの中央に設置されたルーレットの更に中央、青く輝く玉石を押すと、淡い光と共に魔力の燐光で綴られた文字が空中に浮かび上がった。
遊びにこそ手を抜かないカナリアは、遊具に対して魔武器より遥かに複雑怪奇な付加魔術を込めて作る。
そんな魔女のこだわりを示すように、チェルシーが空中の文字を指で動かす度に、盤上のマスやオブジェが目まぐるしく変化していく。
「あら? これは……」
遊技盤の様子を歓声と共に見ていたチェルシー以外の面々の中で、グリムヒルダが一人何かに気が付いたように口に手を当てるが、それに誰も気付くことなくルールの解説が進められる。
「例えばこのゴブリン退治を目的に設定すると、直接ゴブリン退治に行くんじゃなくて、まずギルドに登録しに行ったり、必要な道具を集めたり、技術を習得するためのマスを目指して進むわけ。その後で一番最初にゴブリン退治に成功した人の勝ちってわけだけど、決められたターン数の間に達成しないとゴブリンが大群になって押し寄せて全員ゲームオーバーになるんだって」
「へぇ……なんだか面白そう」
「男の子が好きそうだね」
ゴールには小さな巣穴のオブジェと、その前に佇む三体のゴブリンが実体のない投影が浮かび上がっていた。その他にもマスの大きさに見合った宝箱や突き刺さった剣などの映像が投影され、見ている分にも楽しい造りとなっている。
「あとこれ、どのルールでもお金が関わってくるんだけど、そこらへんは自分たちの方で計算してってさ」
「そこらへんは適当なのかよ!?」
一応、遊びながらでも頭の運動を促すという名目らしい。……製作者が制作者なだけに、単なる嫌がらせと言う可能性が捨てきれないのが悲しいところだが。
「まぁ使う計算なんて精々掛け算割り算だし。そこら辺はソフィーに任せるとして……」
「私!?」
「ま、まぁまぁ。同じ紙に皆の分を書かないといけないし、わたしも手伝うから」
ちなみに、不正防止として金額計算は公開されるのがルールだ。
「あら? わたくしの分は必要ありません事よ」
「そう?」
そんな役割分担に少し訂正を入れたのはグリムヒルダだった。
「この程度の計算式、わたくしには息をするのと同じくらい容易な事。わざわざ他者に頼るまでもありませんもの」
「おぉ! 何かよく分からんが、無駄に頭が良さそうなオーラ出てるな」
なぜかドヤッ! という音が聞こえそうなくらい自信満々な笑みと共に胸を張るグリムヒルダに、算数が苦手なティオ、リーシャ、チェルシーは感心したような視線を向ける。
「何でしたら、わたくしが貴女たちの金銭の計算をしても良いくらいですわ! 貴方たちの懐事情を、わたくしが管理してさし上げます!」
「おー、じゃあ頼んだ。グリンヒルド」
「これで心置きなく遊べる。ありがと、グランヒルデ」
「そんじゃあ後よろ~、グリーンピース」
「誰ですのそれは!?」
三者三様で名前を間違えられ、グリムヒルダは顔を真っ赤に染める。
「わたくしの名前はグリムヒルダですわ! ちゃんと覚えてくださいまし!」
「いや、悪い。長い名前だからつい」
平民の間ではなじみのないネーミングセンスと長さとはいえ、相手の名前を間違えたことを片手で拝むのようなジェスチャーで謝罪するリーシャ。
「でも名前長いのは確か。それが悪いってわけじゃないけど、短く略した方が呼びやすい」
「あだ名っていうこと?」
「あ、あだ名? そ、それは伝え聞く…………の間だけにあるニックネームと言う……!?」
グリーンピースとまで呼ばれて未だ怒りが冷めない様子だったグリムヒルダだったが、ミラの言葉に意識の全てが持ってかれ、ブツブツと小さな声で呟く。
「よし、それじゃあ今からヒルと呼ぼう」
「お、女の子相手にそれは止めておいた方が良いんじゃないかなぁ……? ちょっと嫌な生き物を連想しそう」
「じゃあ、ヒルヒル?」
「二匹に増えたよね!?」
「もう単純にヒルダで良いんじゃない? 会ったばかりでちょっとアレだけど、どう?」
「ふぇっ!?」
会ったばかりで馴れ馴れしいが、親愛を込めてそう呼んでもいいかと言外に問うティオにグリムヒルダは変な悲鳴を上げ、口角がつり上がり、目尻を垂れ下げる。
「……はっ!? し、しし仕方ないですわね! 本来なら不敬罪に問われても仕方のない事ですが、特別にそう呼ぶことを許して差し上げますわ!」
そんなだらしのない表情になりつつあるのに気が付いたのか、彼女は両手を使ってまで表情を毅然としたものに正……そうとしても顔の緩みが隠せていないが、それでも胸を張って居丈高な態度を示す。
「なぜ不敬罪……? でも、そう呼んでも良いなら私も遠慮なく」
「え、ええ遠慮など必要ありませんわ! 下々にも寛容に接するのが高貴なる者の余裕! の、のぶれす……おぶりーじゅ? ですもの!」
真っ赤な照れ顔で告げられた言葉。その中にある聞き慣れない単語に、田舎の十歳児たちは一様に首を傾げる。
「のぶれす……なんだって?」
「ソフィー、聞いたことある?」
「ううん、私も知らない。その〝のぶれすおぶりーじゅ〟って何なの?」
「ちょっとやってみてよ、その……のぶれす何とかってやつ」
「えぇ!? こ、ここでですの!? 今!?」
どこまでも澄んだ疑問の瞳にタジタジと踏鞴を踏むグリムヒルダ……改め、ヒルダは冷や汗を流しながら困ったような表情を浮かべる。
退くに退けない状況に陥った者の心理状態を表しているのが手に取るように分かる顔だ。彼女のプライドがそうさせるのか、ヒルダは恐る恐るといった様子で両手を胸の前で交差させて――――
「の……のぶれすおぶりーじゅっ」
この時、ソフィーたちは確信した。ヒルダは意味も分からず聞きかじったばかりの格式高そうな用語を言っただけなのだと。それと同時に理解した。そこを深くツッコめば、ヒルダは絶対に泣くということも。
未だ十歳の少女とはいえ、土地柄の関係上、子供よりも大人が圧倒的に多い辺境の地で生活を送ってきた。それなりの処世術というものは体で理解している。ここで取るべき選択肢が、五人の中で完全に一致した。
「じゃ、じゃあさっそく始めようか」
「そだね。いつウチの男どもが横取りに来るかも分からないし」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 何のリアクションもありませんの!? 折角わたくしが貴女たちの為に恥を忍んで〝のぶれすおぶりーじゅ〟を実践しましたのよ!?」
「ま、まぁまぁ。時間も限られてるし」
一斉に今のくだりを無かったことにし始めたソフィーたち。それに納得のいかない様子のヒルダだったが、遊びたいという気持ちが勝ったのか、大人しく遊技盤の前に座る。その隣には、ゲーム内金銭の計算用に紙と鉛筆が置かれていた。
「よーし、最下位の奴は罰ゲームとかにしようぜ!」
「えー、あんまり酷いのはやめてよ?」
「ふん。望むところですわ! 高貴なるわたくしの前では、下々の民がどれほど集まっても敵わないということを証明してさし上げますわ! 罰ゲームなど有りにして、最後に泣き顔を晒すのはそちらですわよ?」
かくして、夏休みのある日。辺境の少女たちと魔族の少女による真剣勝負が幕を開ける。
……その二時間後に泣かされることとなる少女の姿を、ジークフリートと呼ばれた燕尾服の青年はじっと見守っていた。
一方その頃。
王国南西に位置する森。太古の昔に打ち捨てられたという、罠もない小さな遺跡の中では、若い三人分の悲鳴が木霊していた。
「死ぬ気で走れチビ! このままじゃ死ぬぞ!」
「分かってるよ! ていうかチビっていうなハゲ! 後で酷いからね!?」
「どこがハゲだコラァッ!?」
「こんな時にまで喧嘩しないで! 正直、僕が言えたことじゃないかもだけど!」
カイル、クード、レイア。青銅の認識票を身に着けたEランク冒険者三人組は、今日も今日とてDランク昇格を目指して依頼をこなそうとしてた。
そう、こなそうとしていたのである。依頼内容は最低ランクらしいゴブリン退治。最近遺跡に住み始めたゴブリンが鶏を盗んだ、このまま規模が大きくなり、女子供を攫って食われでもしたら目にも当てられない。そんな近隣の村からの依頼だ。
大百足も倒したことのある彼らからすれば物足りない相手ではあるが、ランクの昇格には、実力もさることながら信頼が必要だ。
法に縛られない怪物どもを制するのが冒険者。自然災害ともいえる魔物に怯える人々や、国からの信頼が無ければ成り立たない。
ランクを維持するだけならば、シャーリィのような活動も可能ではあるが、ランクを上げようと思えば緊急性の高い依頼からどんどん消化していく必要がある。そして現在、彼らがこなせそうな依頼で最も緊急性が高いのがゴブリン退治だった。
(あぁ……なんでだろう? なんで僕って、ゴブリン退治に行く度にこうなるんだろう……?)
カイルは心の中でさめざめと涙を流しながら、脇目を振らずに走り続ける。
アステリオスの指導と、これまで潜り抜けてきた経験を基に、彼らは決して驕ることなく、着実かつ堅実にこなそうとしていたのである。
大きな穴という穴から毒煙玉を幾つも投げ込み、クードの地属性魔術によって入口以外の穴を塞ぎ、濛々と立ち込める毒煙に燻り出されたゴブリンたちを待ち伏せして始末。
毒煙玉の効果が切れた後、遺跡の中を斥候であるクードがゴブリンが仕掛けた稚拙な罠を解除しながら進み、その後ろをレイアがボウガンを構えてカバー。最後尾をカイルが後ろからの奇襲を警戒しながら攻略を開始する。
途中倒れているゴブリンは一匹残らず止めを刺し、毒煙が及んでいなかったゴブリンを少しずつ慎重に退治しながら進んで、巣穴の主であるゴブリンクイーンに止めを刺そうとした瞬間、ソレはカイルたちの前に姿を現した。
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
遺跡の壁を突き破り、並みの成人男性よりも体格のあるゴブリンクイーンの胴体を一噛みで食い千切った巨大な獣のような化け物。血と唾液に濡れ、筋肉と内臓が絡まった無数の牙を見た時、カイルたちは一斉に踵を返して走り出した。
『また予期せぬ遭遇!?』
『ゴメン! 別に僕が悪い訳じゃないけど、なんかゴメン!!』
『あんなのに勝てるか! とっとと逃げるぞ!』
こと人間よりも遥かに巨大な怪物を相手にするには、Cランク以上の冒険者が目安だ。引きどころをしっかりと弁えていた彼らは身体強化魔術、《フィジカルブースト》を発動させて、脱兎の如く逃げ始めたという訳だ。
「アイツ、結構足が遅いぞ!」
「でもそれって引き離せるって事にならないよね!?」
不幸中の幸いというべきか、乱入してきた魔物の頭部は胴体とほぼ同等なくらい大きく、それに見合う顎を持ってはいるが、四肢が短いだけではなく、全身のバランスが悪いせいで動きがドン臭い。
加えて人が行き来することを前提とした通路や部屋の多い遺跡の中、優に三メートル近くある巨体の動きは大きく制限されている。
だが、ゴブリン退治は巣穴に居るゴブリンの全滅が達成条件だ。見落としていた分は致し方ないとしても、視認した個体の生死が分からないでは話にならない。
真偽を看破する《センスライ》を使う神官が同席する、教会の一部屋を借りたギルドの依頼報告室で嘘を吐こうものなら、信頼が置けない冒険者とされて昇格は夢物語となるだろう。
そしてあの魔物が残りのゴブリンを食い殺してくれることを期待するのは甘すぎる。魔物とはいえ所詮は野生生物。人間の思い通りの行動をする訳が無く、今のカイルたちでは今自分たちを追いかけている魔物の分厚い毛皮の鎧を貫く術も無く、視認できた未討伐のゴブリン約十体の生死も確認できない。
つまりは――――
「い、依頼は失敗だぁああああっ!!」
結局、三日後の朝に辺境の街に帰ってきたカイルたちは、遺跡に住み着いた魔物の調査、討伐……ついでにゴブリンたちの後始末をアステリオスに引き継ぐことしかできなかった。
不幸な出来事とはいえ、なかなか依頼達成が上手くいかずに意気消沈する彼ら個々人を指名して持ちかけられた依頼は、実に意外なものだった。
「私と一緒に魔国まで来てくれませんか? これも娘たちに必要なことなのです」
民間学校が休みの時は冒険に出ない。そんなスタンスが知れ渡っているシャーリィの余りにも意外過ぎるパーティ要請と、冒険への誘いに彼らは愕然とすることとなる。
いったい自分たちが街を離れている間に何が起きたのか……時は、三日前に遡る。
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