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魔族の少女、グリムヒルダ

皆さん、大変長らくお待たせして申し訳ありません。これまで実に長い特大スランプに陥り、延々と新作書いたりゲームしたりと脱線しまくっていたダメな作者ですが、この度ようやく復帰の目途が立ちました!

それもこれも、書籍化情報を美麗なイラスト等等をで更新できたのがきっかけだと思います。詳しくは活動報告にて。


 庶民でも一目見れば仕立ての良いと分かるドレスに品の良い日除け傘を装備した、自分たちと同じくらいの年の少女だが、彼女が周囲から浮き上がるように目立つのは装いが理由ではなく、その類まれな容姿のおかげだろう。

 自領から出ること自体が珍しい魔族を証明する黒い角もそうだが、今はまだ幼くとも将来性を大いに感じさせる整った顔立ち。ややツリ目がちな翆色の瞳に、輝くような銀髪は物語に出てくる姫や令嬢のような緩く螺旋を描いている。

 客観的に素材だけで見れば、ソフィーやティオにも劣らない絶世の美幼女だ。むしろ辺境の開拓地では、一目でやんごとなき身分であると分かる格好と、彼女の少し後ろで控えている執事服の青年のおかげで、双子よりも目立つと言ってもいい。


「あれ? アテム兄ちゃんじゃん」


 そんな少女が田舎の店屋台で何を騒いでいるのかと気になってみていると、チェルシーが今気が付いたとばかりに反応した。


「あの屋台の人? 知ってるの?」

「うん。うちの孤児院の卒院生で、今は確か……石鹸とか化粧品を売ってる商売してるんだって」


 そう言いながら騒ぎの渦中へと足を進めるチェルシー。割と頻繁に起こる喧嘩や乱闘といった冒険者らしい荒っぽさが際立つ騒ぎとはまた違うように見えるが、この程度の事なら大体何時もの事ということで無視しようとしていたのだが、友人の知り合いが渦中に居れば捨て置けない。

 チェルシーの後を追って屋台に近づく四人。距離が縮まるにつれて、少女とアテムの話の内容が聞こえてきた。


「ヴィーナソープが無いとはどういうことですの!? いくら辺境とはいえ、仮にも美容品を取り扱う店ならばそのくらい売っていて当然ですわ!」

「そ、そうは言われましても……」


 謝るのでもなく、どうしようもない事態に直面したと言わんばかりの様子のアテム。どうやら目当ての品が無くて少女の方から一方的に突っかかっているらしい。一見すると只のクレームなのだが、相手は客であり、客は神様であるという認識に囚われた若い商人は対応に困っているようだ。

 

「アテム兄ちゃん、どうしたの?」

「あ、チェルシー? いや、何でもない、大丈夫だから――――」

「あら? 何ですの、貴女たちは?」


 妹分とその友達を厄介ごとから遠ざけようとしたアテムだが、それよりも先に少女がソフィーたちに関心を示す。


「そこのうだつの上がらなそうな兄ちゃんの妹みたいなもんだけど、何かあったの?」

「うだつの上がらないって……」

「ふんっ。丁度良かったですわ。貴女たちにも聞きたいことがありますの」


 サラリと、ごく自然な口調でいてシンプルに、十は年下の妹に貶されたアテムに同情的な視線が向けられるが、騒ぎの当事者の内の一人である少女はその事に気が付く様子も無く、やや大仰な仕草で長い髪をかき上げてから、辺境の子供たちに問いかける。


「な、何?」

「故あってわたくしは数日この地に滞在することとなったのですが、慌てて支度を済ませたせいで大事なヴィーナソープを持ってくるのを忘れてしまいましたの。そこで現地調達をしようとしたのですが……この店ときたら、ヴィーナソープ一つも満足に置いてませんのよ!?」

「? ……それ以前に、ヴィーナソープって何?」


 至極当然の疑問を口にするティオ。その言葉に他の四人も無言で肯定するが、少女はそれを信じられないと言わんばかりの表情で見つめる。


「何を言っていますの? ヴィーナソープなど、最早文明人にとって必要不可欠な日用品ですわ! それを知らないなんて、この街はどれだけ田舎なんですの!?」

「そ、そんなに!?」

「ミラ、知ってる?」

「ううん、私もちょっと分からないかも……」


 謎の日用品ヴィーナソープの存在に一同疑問符を頭に浮かべていると、少女は恐怖にも似た戦慄の表情を浮かべ、じりじりと後退る。


「ま、まさか……この街ではお風呂に入っても体を洗う習慣がありませんの!? そこまで文明が及んでいなかったなんて……ふ、不潔ですわぁーっ!!」

「し、失礼な!? 洗ってるよ!」


 十歳とは言えども、うら若き乙女に向かってあんまりな暴言に、一気に場が姦しく、騒ぎの火がより激しくなった。


「人を原始人みたいに言いやがって! 縦ロールな髪がそんなに偉いのか!?」

「お嬢様っぽい見た目してるからって、下々見縊るなよー!!」

「んな!? ベ、別に髪型で権威を誇示してなどいませんわ!! わたくしは、貴女方があまりにも不衛生だからこうして――――」


 話がおかしな方向にヒートアップするのを苦笑しているミラと並んで遠巻きに眺めながら、ティオはアテムに問いかけた。


「ねぇ、ヴィーナソープって結局何?」

「そうそれ! 結局この縦ロールが欲しがってるのってなんなのさ?」

「ですから、ヴィーナソープはヴィーナソープですわ! そんなこと、一般常識だというのに!」

「それ絶対に一般常識じゃねぇだろ!?」


 先ほどまで「うだつの上がらない」発言に両手両膝をついていたアテムに視線が集中する。

 事の発端はアテムの屋台にヴィーナソープとやらが仕入れてなかったことなのだが、その正体を知ろうにも少女自身はヴィーナソープなど知っていて当然と言わんばかりの態度だ。

  

「あー……ヴィーナソープっていうのは、要するに石鹸の事なんだけど……」

「? そこの棚に一杯並んでると思うけど……?」


 屋台の商品棚には数種の石鹸がそれぞれ十数個置かれている。安ければ一つで銅貨一枚、高ければ三枚といった具合の、ソフィーたちが日々使用し、すっかり見慣れたものが包装紙に包まれているのを見て、少女は鼻を鳴らす。


「何を言ってますの? そんな〝せっけん〟とやらなどに用はありませんわぷっ!?」

「話がややこしくなるから黙って」


 少女の口を手のひらで塞ぐティオ。


「え、えーと……簡単に言えば高級な石鹸の事なんだ。それも王族御用達の」

 

 おうぞくごようたし。子供の耳にはなぜか別次元の単語に聞こえた。


「……ちなみにそれって……いくらくらいするの?」

「俺も取り扱ったことがないから聞きかじった話だけど……確か一番高い奴なら一つで金貨一枚くらいするらしい」

(たっか)!?」


 銅貨百枚と金貨一枚が同価値である。それを聞けば少女が求めている石鹸、ヴィーナソープが庶民の……それも子供の金銭感覚でどれだけ法外に感じる値段かが理解できるだろう。


「……これがブルジョワ」

「せ、石鹸一つで私たちのお小遣い一ヶ月分なんだ……」

「私ん()の場合、五ヶ月分だぜ……? この女、どんな金銭感覚してやがる……!」

「な、何ですの? 先ほどから訳の分からない事ばかり言って……私にも分かるように説明してくださらないかしら?」

「ダメだコイツ……早く何とかしないと……!」

「えっとね? この石鹸ていうのが――――」


 格好からそうなんじゃないかと思っていたが、想像以上に世間ずれしているらしい。ソフィーたちがまるで見たこともないような生物を見つめる中で、ミラが懇切丁寧に分かりやすく事態を説明する。


「な、なんということですの……ヴィーナソープが石鹸と呼ばれるものの一種だなんて……。まさか庶民と我々が使っている物にそんな違いがあるなんて……知りませんでしたわ」


 ここにきてようやく事態を把握した少女はカルチャーショックを受け、石鹸を手にとってマジマジと見ながら打ちひしがれていた。


「……宿泊場所に着いた時、ヴィーナソープが無いと言われて散歩がてらに買いに行き、そこでも見つからないからどういう事かと思っていたのですが、まさかそんな真相があっただなんて……」

「そりゃあそうだろ」

「そもそもこの街と他の街とじゃ、売ってる物にも違いがあるってお母さんが言ってたしね」


 王族御用達の品というが、何も王族に対してだけ売るという訳ではない。貴族や資産家は勿論のこと、少し裕福な平民にでも購入が可能な物なのだが、作り出す職人の少なさと値段の問題から、置いてある店は酷く限られている。

 その上、この辺境の街は冒険者の開拓地。技術は集まるものの、それは戦闘や冒険、魔術に関するものばかりであり、それ以外の品は二の次となっているため、品揃えという点では他の街に劣る。


「……と、とりあえず、騒ぎ立ててしまったことを謝罪しますわ。たまには庶民の品を体感してみるのも一興……この屋台で一番質の良い石鹸を頂きますわ」

「は、はい! お買い上げ、ありがとうございます!」

「そんじゃアテム兄ちゃん、アタシたちはこれで……」

「お待ちになって」


 居丈高ではあるが謝罪し、顔を羞恥で真っ赤にしながら石鹸を購入する少女を見届けてからその場を後にしようとするが、なぜか呼び止められた。


「何?」

「貴女たちはこの街に住んでいるのでしょう? 対してわたくしは今日この街に来たばかりで、地理に明るくありませんの」


 少し緊張したような上ずった声で、少女はその薄い胸を張りながら居丈高にソフィーたちに告げる。


「こうして出会ったのも何かの縁……貴女たちには特別に、このグリムヒルダ・アイゼンクォーツの側近として街を案内する栄誉を授けますわ!」

「「「え? やだ」」」

「即答!?」


 ガーン! という擬音すら聞こえてきそうな少女……グリムヒルダの様子にも気に掛けることなく、この炎天下で参っているティオとリーシャ、チェルシーは各々口を開いた。


「だってこんなクソ暑い中で歩き回るなんてやってらんねぇし。私たちはな、早く冷房の効いた部屋に行きたいんだよ。大人と一緒みたいだし、少なくとも迷子にはならないだろ」

「そ、そんな……」

「そだね。あんまり知らない人と一緒に居ると、お母さんに余計に心配させるかもだし、宿題も終わりかけだし、早くチェルシーの家に行ってボードゲームでもしたい気分」

「ボ、ボードゲーム?」

「ちなみに家、皆でワイワイ遊べるのが結構多いから、それだけじゃないんだけどね」


 少しだけわざとらしく言いながら背を向けると、グリムヒルダは日除け傘の柄をギュッと握りしめながらソフィーたちを見つめる。


「……うぅ……」


 恨みがましくはないがじっとりと粘着質で未練がましく、それでいて迷子の子供のような寂し気な涙目を向けるグリムヒルダを見て、ソフィーは三人を軽く諫める。


「もう、三人とも。あんまり意地悪しちゃダメでしょ?」

「はいはい、分かってるって」

「……ん、ちょっとからかい過ぎたかも」

「え? え?」

   

 事態についてこれず、目を白黒しながらソフィーたちを見渡すグリムヒルダに、辺境の子供たちは手を差し伸べる。


「遊ぶんだったら人が多い方がきっと楽しいと思うから。流石にこんな暑い日に出歩くのはアレだけど、家の中で一緒に遊ぶなら歓迎だよ。だから一緒に遊ばない?」

「……あ……」


 パアァ……と、魔族の少女の表情が明るくなる。しかしそれを自覚した瞬間、彼女は再び羞恥やら何やらで顔を赤くしながら、居丈高に髪をかき上げた。


「し、仕方ありませんわね! 庶民の生活を知るのも高貴なる者の務め! 貴女たちのお遊びに付き合って差し上げますわ!」


 そう言いながらも歓喜が隠しきれない表情を浮かべたグリムヒルダは、後ろに控えていた執事服の青年に顔を向ける。


「と、という訳ですので、わたくしは彼女たちと遊びに……じゃなくて、彼女たちを通じて下々の暮らしを学びに行きますが、よろしいですわね? ジークフリート(・・・・・・・)

「…………」


 青年はただ一度だけ、緩慢に頷いた。



他のざまぁシリーズもどうかよろしくお願いします。

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[気になる点] 空白の三日間と三日間の空白 空白と三日間入れ替わってるのはわざとですか? [一言] この物語を読んでいて、時々思います。10歳って幼女かなぁ?と。
[気になる点] 感想欄見てみたけど、だれもジークフリートの名前に反応してないみたいで、わざわざ強調するように「・」を振った作者様が哀れに思えた。
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