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夏の出会い

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 王国王都、国王エドワルド・ペンドラゴの権威の象徴にして住まいである、見る者を圧巻させるほど美しい白亜の居城。その中でも王妃に選ばれた一部の人間しか入ることが許されない、この国で最も高貴な茶会の場は、王都を一望できる空中庭園にあった。


「キュモール? 確か王国の名家シュトラール公爵家の嫡子でしたね。その彼が辺境の冒険者に痛めつけられて引き籠ったと?」


 王家からの信頼も厚い、王国でも選りすぐりの庭師によって整えられた季節の花々に囲まれた日除け屋根の下で、夏らしい薄手でありながらも煌びやかなドレスを華麗に着こなす銀髪の美女……国王の正妃であるアリシア・ペンドラゴの言葉を聞いて、フィリアは空色の瞳をパチクリと瞬かせる。


「えぇ。何でも、辺境のある女性冒険者に無理やり迫って、その反撃を受けたのだとか。領民を顧みなくて頭を悩ませていた息子がすっかり大人しくなったと、シュトラール夫人はどこかホッとしていたわ」


 彼女たちが向かい合うように座る、清涼感を与える果物を駆使した茶菓子が置かれた円卓。その脇にはティーポットや茶葉などをカートに乗せた侍女が控え、更にその向かいには帯剣したルミリアナが辺りを警戒しながら控えている。

 優美でありながら爽やかな香りで包まれる王国の茶会の席に、敵国と同義と言っても過言ではない帝国の姫君がいるのはアリシアからの秘密裏の招待。帝国という大国の崩壊を目論む売国奴たる姫君からの近況報告ついでに、しばしの休息として姦しい談笑の場の提供の為だった。


「前々から頭を悩ませていたみたいよ。シュトラール公爵家と言えば代々公明正大で知られる一家なのに、嫡男であるキュモール殿は各地で浮名や悪名を流して家名に泥を塗っているって。むしろ家から出ないのなら好都合かもしれないわね」

「はぁ……ところでアリシア王妃殿下、何故それを私に?」


 先に言っておくと、そのような自国貴族の醜聞を曲がりなりにも他国の人間に話すのはどうかという話ではない。貴族のドラ息子やバカ娘が、特権階級に胡坐をかいて平民に被害を与えるのは、階級制度が存在するすべての国に共通で起こりうることだ。

 帝国などその典型で、アルベルトの代になってからというもの、貴族が平民の人権を無視するかのような行いが多発し、周辺諸国から白い目で見られている。そして悲しい事に、民なくして国は成り立たないという教訓が浸透している王国でも、身分に傘を着る輩というのは点在するのだ。


(シュトラール公爵家の嫡子の噂話なら、私の耳にも入っている。……傷害沙汰にしては、気分爽快と評判だったけど)


 事件は大衆の面前。情報の発信元の一つともいえる冒険者ギルドの中で巻き起こった。そこから人から人へ伝達され、評判の悪かったキュモールが大人しくなったと、被害を受けた平民は勿論のこと、彼の行いにいい顔をしなかった貴族たちも胸が空いたといった様子だったのだ。

 そんな貴族にありがちな醜聞を今更帝国の人間に……それもその帝国を瓦解しようと企むフィリアに、聞かせたところで何の問題もない。なのでこの話は単なる世間話で終わるのかと思ったが、世間話のネタにするにも不適切すぎる。

 その事を直感したフィリアは探るような目つきで穏やかに微笑む王妃をまっすぐ見据えると、アリシアは優雅な所作でティーカップを傾け、どこか楽しそうに告げた。


「幾ら王国が貴族の横柄を許していないと言っても、身分制度は存在する。だから私も被害を受けた……今回の場合は与えた側でもあるけれど、キュモール殿に言い寄られていた平民に少し興味が出て渦中の人物を探ってみたのだけれど、その人がシャーリィだって聞いてもうビックリしたわ」

「…………」


 扇で口元を隠しながらコロコロと笑うアリシアを見て、フィリアはビックリしたという言葉は嘘であると理解する。

 辺境の街に居る女冒険者で、貴族の男の目に留まるような条件を揃えていそうな人物と言われれば、二人の共通する知り合いであるシャーリィであると決まっている。その事はキュモールが辺境で女冒険者に……と聞かされた時点で、フィリアの脳裏に白髪の女の姿が浮かび上がったのだから、アリシアも確信を得る前からある程度予測できたのだろう。キュモールがシャーリィの怒りを買ったと。


「これは擁護するべきかしらと思ったのだけれど、幸いシュトラール公爵はこれを機にご子息を再教育しようとしているみたいでね。迎えに来たときは怪我らしい怪我も無かったから、シャーリィに対してはいくら言っても自分を正そうとしない息子に灸を据えてくれたと認識してるみたいで、咎める気はないみたいよ」


「陛下の政策の賜物かしらねー」と、どこか呑気に呟くアリシアを見ながら、フィリアは内心でほっと息を吐く。またしてもシャーリィが上流階級の厄介ごとに巻き込まれたのかと心配したのだが、王国の貴族は帝国と違って良識派や厳格な人物が多いようだ。


(だとすると……何故私にこのような話を……?)


 まさか本当に世間話なのだろうか? そう思った矢先、話は案の定続いていた。


「その話を聞いた時に思い立ったの。あの件、任せるならシャーリィが最も適任なんじゃないかって」

「あの件……もしや、予告状(・・・)の?」

「そう……聖国に公国、果てには商国にまで手を伸ばし、今度は魔国の王、魔王の至宝を狙うあの男を捕らえる為にね」




 辺境。ミンミンと騒がしいセミの鳴き声を聞きながら、リーシャはペンを机の上に軽く放り投げて、勢いよく背もたれにもたれかかった。


「あ~~~っ! やぁっと終わったぁ……!」

「長かったぁ……でも、ここからはアタシたちの時代だ……!」

「夏休みの宿題を終わらせたわたしたちは、もう誰にも止められない……!」


 苦節五日間。夏休み初めから日中に遊ぶことを我慢して遂に課題を終わらせたティオたち三人は、清々しい解放感を全身で感じていた。残りの夏休みの日数は何の気兼ねもなく好きなことに費やせる……これはある種の快感にも似た高揚だ。


「お疲れさま、三人とも」

「飲み物持ってきたよ」


 そんな彼女たちよりも一日早く課題を終わらせていたソフィーとミラが、厨房から冷えた果実水を持って部屋の中に入ってくる。夏の暑さを吹き飛ばしそうなほど酸味の強い柑橘類の香りが口一杯に広がり、ようやく一息ついたチェルシーは、机に向かっている時の暗鬱といった様子など微塵も感じさせないほど上機嫌に、この場に居る全員に問いかけた。


「ねぇねぇ、明日からどうする? もう後は遊び放題だよ!?」

「何言ってんだ! 遊ぶなら今日からだろ、今日から! 日もまだあんなに高いし!」

「ん。森辺りなら遊んで帰るには十分すぎる時間」


 普段は眠たげなティオの目つきも、今ばかりは力が入っているように見える。よほど宿題が終わったことが嬉しいのだろう、これから始まる学校も授業も宿題も、苦手な勉強に関わる全てが存在しない楽しいことだらけの日々に興奮しているようだ。……表情や口調自体は、殆ど変わっていないが。


「まぁ、まだ自由研究が残ってるんだけどね」

「「「…………」」」

「な、何? そんな暗い目でこっちを見て」


 心なしか、「空気読め」とか、「楽しい気持ちに水を差すな」とか、「これだから優等生は」とか、様々な非難の視線を向けられるのを感じたソフィー。そんな視線が非常に居心地悪いのか、ゴホンと一つ咳払いをしてから改まったように言う。


「で、でもまぁ今日くらいは楽しまないとね! 自由研究なんて始めてみればすぐに終わるだろうし!」

「だよねー! 何たってあと三十日以上残ってるし!」

「去年と違って残る宿題はあと一つ! 最終日にやっても十分間に合う量だ!」


 そう言いながらも結局は忘れてしまう。そんな未来(フラグ)を感じさせながらも、今日ばかりは遊ぶことを選択した五人。とは言っても時間は半端も半端、昼食は既に食べ終え、買い物に出かけたシャーリィに離れた場所まで連れて行ってもらおうにも、到着した頃には帰り始めなければならないような時間帯だ。


「どうする? 学校のプールに忍び込むか?」

「そこは普通に先生に許可取れば良いんじゃないかな!?」

「それ以前に、休みの間は水抜かれてると思うけど」

「こんな暑い日に水遊び以外で外に出たくないなー」


 森は日陰だらけで比較的涼しいが、それでも暑い事には変わらない。勉強で疲れた体で行くのは少し酷だ。これが宿題もせずに遊び惚けているであろうクラスの男子生徒なら炎天下にも負けずにボール遊びに興じるのだろうが、生憎自分たちはか弱い少女だ。……灼熱レーザーを放射したりする鳥を使役し、魔術の使用制限などの手加減を抜きにすれば、同年代の男子など物の数にもしない双子がいることを置いておけばだが。


「それじゃあさ、孤児院来る? ウチのボードゲームとか色々あるし」


 となると、することといえば屋内で出来ることに限られてくる。幼くとも女らしく、いつまでもお喋りに興じるか、パーティグッズを楽しむか。チェルシーが考案した後者を採用することにした四人は、タオレ荘を出た瞬間に襲ってきた、いつも以上に暑く感じる熱気に少し怯んだ。


「うわっ!? 今スゲェむわっとしたなぁ……!」

「体冷えた後に外に出る瞬間が一番暑いよね」


 それは空調魔道具が開発、普及されて以降、夏によくある事の一つに数えられるだろう。外に出て早々汗ばみ始めた肌を不快に感じて孤児院まで歩くことになった五人だったが、ソフィーの頭の中にある方法が思い浮かんだ。


「あ! そうだ! ……え~っと……術式はこうすればいいから……《全身・周辺・冷却》」


 三節の詠唱が唱えられる。するとソフィーの体を覆うような形で外気が冷やされ、それが鎧のように彼女の体を包み込む。昨晩の夕食時、食堂で夏の暑さに困っていた魔術師が開発した、術者の全身を冷たい空気の鎧を纏う魔術、《クールアーマー》を教えて貰ったのだ。

 

「わぁ……! 初めて使ってみたけど本当に涼しい! これなら夏の間どこに行っても大丈夫だね!」

「えぇえええっ!? 何それズルい!」

「私らにも! 私らにも同じ魔術を!」


 しかしそんな一人だけこの暑さから逃れようなどということは女の友情が許さない。冷たい空気を纏う親友に、リーシャとチェルシーが両側からソフィーに抱き着いた。


「ちょっと二人とも!? そんなに引っ付かれたら暑苦しいんだけど!?」

「うはぁ~! 何だこれ超涼しい!」

「一家に一人欲しいくらいヒンヤリしてるぅ~」


 いくら魔術で冷たい空気を纏っていると言っても、こうも密着されては意味がない。ソフィーは何とか二人を引きはがそうとするが、そんな彼女の首に後ろから腕を回す双子の妹が、そのままソフィーの背中に乗っかった。


「自分一人だけズルい……わたしにも教えて欲しかった」

「ちょっとティオ!? 乗られたら流石に重いって……!」

「頼むソフィー! これからもずっと私と一緒に居てくれ!」

「その台詞はもうちょっと別の展開で聞きたかったー!」


 やいのやいのと姦しく騒ぐ四人と、それを苦笑いと共に見守るミラ。そしてそのまま市場を通り過ぎて孤児院へ向かおうとした矢先、鋭く幼い声が空に響いた。


「それはどういうことですの!?」


 何があったのかと、ソフィーたちは思わず声がした方へと顔を向ける。そこには日除け傘を差し、豪華なドレスに身を包んだ、同じくらいの年頃で頭から黒い角を生やした少女が屋台の店主に向かって吠えていた。




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