プロローグ
七十話到達しました。百話まであと三十もあると思うと、結構長いですね。
そういう訳でタイトル略して元むすです。お気にいただければ評価や感想、登録のほどをよろしくお願いします
魔王。それすなわち、魔族の王。魔を冠する種族なだけあって、漆黒の角と生まれながらにして他種族よりも強い魔力を秘めた者共の中で、最強を名乗ることと同義である称号。
大昔には人間と敵対関係にあり、帝国から大陸各地へ流れたプロバガンダによって、世界を滅ぼす不倶戴天、絶対悪であると広められた天性の暴君……というのは真っ赤な嘘である。
確かに魔族は他の種族よりも強い魔力を宿しているし、王と名乗るだけあって魔王の力は強大そのもの。しかし、彼らは決して野蛮な種族などではない。
人間社会と同じように治世があり、法律があり、役職があり、穏やかな生活があり、何だったら天空の女神への信仰だってある。かつて人間種族と敵対しただけあって他種族との関わりが希薄だが、世界各地で幅広く根深い人脈を持つ《黄金の魔女》によって近年交易が盛んになってきているのだ。
要はエルフやドワーフといった、人間と関わりの深い種族と大して変わらない。まかり間違っても勇者や冒険者たちが魔王を討つなどというのはあり得ないのだが、魔国の首都の中央に位置する城の外壁を縦横無尽に駆けまわる影が二つ。
二人の内の片方、甲高い金属音と共に火花を散らしながら城の壁を走るのは、雪をも欺く美麗な白い髪の女だった。
「ふっ……!」
「ぬぅおおおおおっ!!」
重力も物理法則も無視しているかのように、垂直の壁を足場に走りながら音もなく神速の剣閃を描くのは、冒険者ギルドが誇る《白の剣鬼》。竜王が率いる軍勢にすら打ち勝つと言われるシャーリィその人である。
そしてそんな彼女の剣を魔力障壁で何とか受け止めつつ、砲撃と見紛う極太の光線を連射するのは、魔族特有の黒い角を生やし、長い銀髪をオールバックにした偉丈夫。正真正銘魔国の首脳、魔王その人である。
「これでも食らえぃっ!!」
「……甘いっ」
空気中の塵といった可燃物を摩擦で燃やしながら振るわれる刃が大気を微塵に切り裂き、魔王の周辺に無数に展開する魔法陣から雨あられと発射される砲撃が城を削る。
二人が初めに戦っていた城の中庭にある訓練所は、地面ごとひっくり返されて巨大な土塊の山と化していた。半壊した渡り廊下で意識を失った冒険者仲間であるレイアを安全そうな隅に寄せ、磔刑のように壁に全身が減り込んだクードを必死に剥がしながら、カイルは天に向かって吠える。
「どうして……どうしてこんな事になっちゃったんですかっ!!」
その悲痛の叫びは轟音響く空に哀しく散った。円錐状にデザインされた、複数存在する魔王城の屋根にそれぞれ着地したシャーリィと魔王。その着地すらもそれぞれの特徴が表れており、体格の良い魔王は屋根の石材を踏み割りながら、シャーリィは音すら聞こえないほど軽やかな着地だ。
「……強情な女だ。いい加減認めてはどうだ?」
「そちらこそ、事実を事実として受け入れるべきなのでは? 為政者であるというのなら、その程度の寛容さはあって然るべきでしょう」
「それはこちらのセリフだ。私は常に真実を前にして言動を律している。現実が見えていないのは貴様の方であろう。その魔力が宿る二色の眼は飾りか?」
「……頑迷ですね。どうやら貴方とは、これ以上言葉を交わしても無駄なようです」
「ふっ……その様だな」
シャーリィは二振りの湾曲剣を持つ両手を交差するように構え、魔王は宙空から大槍を出現させる。
「言葉は無用。この一合で証明して見せましょう」
「吠えたな、人間。ならば我が力の限りを以てして、真実を証明しようではないか」
そして両雄は高く跳躍。互いの武具を空中でぶつけ合いながら、二人は決して譲れぬ信念を高らかに叫ぶ。
「「私の娘の方が可愛いに決まっている――――っ!!」」
……さて、なぜこんな事になったのか。時は、夏休み初めまで遡る。
夏休み。それは気怠い猛暑の中、我慢して学校に通い続けた学生たちに与えられる、四十日もの長期休暇だ。
大抵の子供たちは授業や勉強、朝眠い中での登校という呪縛から解き放たれた反動で、朝から晩まで遊び惚けるのが大多数だろう。そして夏休みの最後の方になって、今まで無意識に無視していた絶望と直面することとなるのだ。
そう、夏休みの課題である。辺境の街の民間学校で出される課題の量は、四十日という長期に相応しい量だ。これを残り十日、酷い場合は一日二日で消化しなければならない子供の絶望ときたら、もう匙を投げて開き直るか、親に泣きつくかのどちらかといったところだろう。
「だから、答えは『だが』とか、『要するに』の後に続く文章ってことになるの。それが著者の伝えたいことって事になるから」
「ん……なるほど。わかった」
「おーい、ミラ。この線が引いてある文章と同じ意味の奴ってどれだと思う?」
「んー……私はこれだと思うけど」
しかし、中には夏休みの初めの内に宿題を消化出来るだけ消化してしまおうとする生徒たちもいる。ソフィーやティオ、チェルシーにリーシャ、ミラといった面々がそうだ。
宿題を早期に、集中的に終わらせることが出来れば、残りの休みを全て気兼ねなく遊ぶことが出来る。焦る必要も無ければ親に怒られる心配もない、どちらが得なのかは言うまでもないだろう
濛々とした湿気が蔓延する猛暑とは裏腹に、空調魔道具が設置されたタオレ荘の借り部屋は実に快適だ。蒸し暑い木造の校舎の中での勉強に比べれば、家での勉強など天国同然と言ってもいいだろう。
「……なぁ、なんで私たちは夏休みに入ったにも拘らず勉強なんてしてるんだ……?」
「はぁ……はぁ……禁断症状が……! 休みなのに遊べなくて、手が震え始めた……! くっ! 鎮まれ、アタシの右手……!」
「…………すぴー」
もっとも、ティオとチェルシー、リーシャはかなり無理をしているが。
本当は学校という牢獄から解放された三人は、自由気ままな夏休みを過ごしたいというのが本音だ。一体誰が好き好んで、夏休みに勉強などしたがるというのか。そもそも課題の量からしてやる気が無くなるというもの。
共通語の問題集に算術の問題集が、それぞれ三十ページ以上。それに加えて歴史の問題集に、不審者対策を訴えかけるポスター作り。しまいには一日では終わらなさそうな自由研究に日記まである。
目先の楽しさよりも計画性を選んだ三人の集中力が切れるのは時間の問題だったのだろう。リーシャは光の宿っていない眼をして床に倒れ、能面のような表情を浮かべているし、チェルシーはまるで何かの封印が解けそうといった感じに痙攣する右腕を必死に抑え、ティオは座って両眼を開けたまま眠りに入った。
「もう……それで去年は夏休みが終わるギリギリで泣きついてきたんでしょ?」
「あはは……あの時は大変だったね」
昨年の夏休み。勉強が大の苦手でも、学費を払ってもらっている分真面目なティオはソフィーと共に早々に宿題を終わらせたのだが、二学期まで残り三日を切った日の朝に、リーシャとチェルシーが真っ白な課題を持って泣きついてきたのを思い出す。
その後の三日間は、ミラを巻き込んで地獄を見た。問題集は答えられる問題のみ穴埋めしてから答え合わせするという荒業がまかり通り、去年の粘土で作る自由工作は、太く短い円柱状に形成してチーズと言い張ったりもした。
「でもこの調子じゃ効率悪そうだし、ちょっと休憩にしよっか」
そんな教師役の言葉に劣等生たちが湧きたった瞬間、即座に行動に移した女がいた。
「おやシャーリィ、どうかしたのかい?」
「……少し、休憩の為の菓子を取りに」
ソフィーたちが勉強をしているリビングの様子を、部屋で冒険道具の手入れをしながら聞き耳を立てていたシャーリィである。集中力が途切れて休憩に入った子供たちの為に、音もなく部屋から出て厨房へと向かった彼女は、マーサ監修のもと予め作っておいたアイスクリームを冷蔵庫から取り出す。
「氷菓があるのですが、皆さんもどうです?」
「おぉーっ!? シャーリィさん、あざーっす!」
部屋を出てから戻ってくるまでおよそ三十秒。剣の達人としての身のこなしを無駄に活用しながら戻ってきたシャーリィを、チェルシーは冷えた器を持ちながら絶賛する。
「なんか良いよねぇ。美人でお菓子まで作ってくれるなんて、まさに理想の母親って感じ」
「えへへ……そうかな?」
「ん……そうかもね」
そんな会話を気付かないふりをしていたシャーリィは内心ちょっと嬉しかったりする。気をよくした彼女は、それを悟られないように表情を取り繕いながら、子供たちと視線を合わせるように、少し身を屈めた。
「どうですか、課題の方は」
「ぼちぼちってところかな。今やってる共通語の問題集は今日中に終わりそうだし、日記とか自由研究を除けば一週間以内に終わりそう」
「うわっ、出たよ。優等生的発言!」
「ベ、別にいいでしょ? ちゃんとやれば本当にそのくらいで終わるんだから」
「ソフィー……人間誰しもそういう風に出来ないって知ってた?」
変な方向に悟りを開いたティオ。そんな彼女は、自由研究という言葉を聞くと思案気に首を傾げる。
「でも自由研究どうしよっか? 去年は無かったからどうすればいいのか分からないんだけど」
「あ、それだったらあの子たちの成長記録とかどうかな?」
そういったミラの視線の先には、青い羽毛の霊鳥ベリルと、赤い羽毛の霊鳥ルベウスが、冷たい乳製品の菓子を猛烈な勢いで啄んでいる。とても鳥類が食するとは思えない物を、何かにとり憑かれたかのように食らう食欲旺盛なこの二羽は、それぞれソフィー、ティオと使い魔契約を交わした人工精霊だ。
この二羽がきっかけとなって双子は異能に目覚めてしまったものの、ボディーガードとしては非常に優秀で、グランを初めとする悪漢や面倒な性格をしている無頼を何度か退けている。主にビームとか、死なないように手加減されたビームとかで。
そんな生物の理を超越した二羽だ。自由研究の題材としては悪くないかもしれないが、ソフィーは首を横に振る。
「それは止めておいた方が良いんじゃないかな? 基本的に、何もなければ食べて寝て過ごしてるから、レポートにしても変化があんまりないし」
基本的に有事や用事の時以外は、呑気で何処か気の抜けた様子のベリルとルベウスだ。餌を食べれば眠る、食っちゃ寝生活を送っている二羽を対象とした自由研究は、実に味気ないものになるだろう。非常時などを期待するのも色々と問題がある。
「……ふむ」
実に面倒な課題に頭を悩ませる子供たちを前に、シャーリィは思考の海に沈む。ソフィーとティオの為に、何か丁度いい研究対象はないのか、そして自分に出来ることはないのか。《白の剣鬼》は、これが母親としての夏の課題となることを予感した。
皆さん、夏をどうお過ごしでしたか? 僕は詳しくは言えませんが、書籍化作業が結構忙しく、それでいて充実しています。
新連載、「勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す」もよろしければどうぞ。