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エピローグ

最近眠くて眠くて仕方がない。おかげで予定していた投稿時間から遅れてしまいました。

そんな作品、タイトル略して元むすですが、お気にいただければ評価や感想、登録のほどをお願いします。


 その後、駆け付けた王国兵によりグラン・ヴォルフスの身柄は拘束。不可侵条約を結んだ敵国に騎士団長という身分で乗り込み、あまつさえ暴行未遂という騒動を起こしたが、最重要な貴人でもある帝国皇妃アリス・ラグドール誘拐の罪もあって、先の王国民である女児誘拐未遂の罪で未だ王国の監獄に捕らえられているルドルフとは違い、アリス共々帝国に送還されることとなったグラン。

 しかし、ここで罰しなければ、帝国は重罪人も裁けない無法国家という烙印を周辺国に押されてしまう。そう考えた皇帝アルベルト寄りの貴族は、グランを領地没収や爵位剥奪などの罰を与え、皇室の威光が損なわれないよう秘密裏に処理しつつ、あわよくば手放されたヴォルフス領を自分のものにしようとしたのだが、それよりも先に動いたのがフィリアである。


「罪人、グラン・ヴォルフス騎士団長は皇妃を誘拐したばかりか王国との不可侵条約を破り、皇室によって使用を禁じられていた魔武器を無断で使用、力を得る対価として幾人もの軽罪人や無実の民の命を贄としていました。それは決して許されざる悪魔の如き所業です。誠意を示さず此度の一件を秘密裏に処理しようとしている帝国政府に代わり、あのような愚か者を騎士団長という地位に立たせたことを、この国の長の一族として深くお詫び申し上げます」


 なんと騎士団長の一大スキャンダルという不祥事を国内外に向けて演説を開催し、集まった民衆に向かって深々と頭を下げたのだ。

 そんなことをすれば帝国の治安維持を司っている帝国政府お抱えの騎士団の信頼は地の底に墜ち、ひいては帝国政府、皇室への威光を無に帰してしまう、統治者からすれば愚行と言えるだろう。

 勿論フィリアもそんなことは分かっている。いくら彼女の目的が帝国という国の瓦解にあったとしても、それまでの間は民を守るために治安を維持しなければならない。騎士団という大きな組織への不信は、必ずや混乱を招くだろう。


「故に私は、ここに騎士団の解体と、新たな治安維持体制の発足を宣言します!」


 しかし、元々フィリアは何らかの形で騎士団を解体するつもりではあったのだ。構成する幹部の殆どが政府と同様に上流階級の血筋であり、賄賂や不正の温床となっていた。

 民衆とて愚かなだけではない。横柄な騎士の態度や、貧しい村には見回りにも来ないことから、初めから強い不信感を抱いている。グランによる皇妃との不義密通などの罪でいつでも騎士団の頭を挿げ替えることは出来たが、やるならば新しく一から作った方が民衆も信頼しやすい。

 そして生まれたのが警察という、まったく新しい勢力。フィリアや彼女の協力者たちが各地から集め育てた選りすぐりの戦士や諜報員によって構成されたその組織は、身分制度が根強い帝国にあって実力主義を謳い、定められた法とルールを順守する、一切の不正を許さない鉄の治安維持組織だ。

 罪を犯せば貴族ですら問答無用で刑罰を与える姿勢を取るという宣言も、警察の設立を後押しした。これまでは貴族が罪を犯しても揉み消したり、上からの圧力でなかったことにされたりし、そのせいで一番割を食っていた平民以下の身分の者たちは諸手をあげて喜んだ。


「フィリア殿下! 自分が一体何をしたのか分かっておいでなのですか!?」

「貴女の行いのせいで、我々への信頼は失墜したのですぞ!!」


 勿論、アルベルト派の貴族たちはその事を黙って見ているつもりはなかった。フィリアが警察設立を宣言して、ようやく自分たちの権威が失われたことを悟った彼らは揃って十七歳の姫を責め立てたが、彼女は意に介さない。 

 なぜなら彼女を支えているのが、帝国に幾万人という規模で成り立つ民意なのだ。貴族たちからすれば揉み消すべき特大不祥事を公表する愚行でも、民からすれば不祥事に対して誠実に謝罪し、自分たちの為に出来ることをしてくれる立派な行い。

 その上、それを行ったのが昔から帝国各地で様々な活動をしているフィリアという点が、民衆の支持を彼女に集めた要因にもなった。自分たちを顧みない皇室や貴族の中にあって、積極的に民の為に行動するフィリアに何の落ち度もないというのが、立国以来から政治に参加できなかった平民の考えなのだ。


「私を処したいというのならどうぞご勝手に。しかし、その時民意はどう思うでしょうか? 貴方方は、第二の《白髪鬼(はくはつき)》の再来をお望みで?」


 クーデターを起こされたくなかったら黙っていろ。事実、今帝国民たちからの信頼を集めているフィリアが謀殺されれば、彼らの怒りは限界を迎え、彼女の遠回しの脅しが実現されることとなるだろう。

 流石にそれが分からないアルベルトたちではない。結局、小娘一人に翻弄された屈辱を押し込めることしかできない彼らは、その鬱憤を全ての原因であるグランに向けることにした。


「これは全てアリスの陰謀だ! 俺はあの性悪なブスに騙されただけの被害者なんだ!」

「何が被害者だ! 事実、貴様は大勢の軽犯罪者を手に掛けた紛れもない加害者ではないか!」

「その上、皇妃に対してなんて暴言を! この者は即刻処刑するべきでは!?」 


 実質刑罰が決まった形だけの裁判で、必死にアリスに唆されただけの被害者であると訴えかけるが、当然相手にされることはない。そればかりか、虚言を交えてまで言い訳を取り繕うその姿は余計に反感を買い、余計に立場を悪くするだけだ。


「アルベルト陛下! 我が友よ! お前なら俺の言っていることを信じてくれるだろう?」

「黙れ!! 私の妻を誘拐したばかりか、よくもそんな妄言を吐けたな! 貴様のような男を一時でも友と思ったことが恥ずかしいわ!!」

「陛下っ!!」

「貴様は私が直々に処刑してやるから覚悟しておけ!!」


 かつての友人を恋敵とし、その妻と幾度も肉体関係を結んでおきながら、都合が悪くなれば友情の縁を頼るグランだったが、愛妻を誘拐された挙句にとんでもない売女呼ばわりされたと思い込んでいるアルベルトの耳には、神経を逆撫でする雑音でしかない。

 結局、グランは貴族として最も屈辱的な公開処刑という罰が下されることとなった。帝都の広場に設けられた処刑台の上で拘束され、皇帝自らがグランの腹を裂き、失血死するまでもがき苦しませる腹裂きの刑だ。


「ではな。地獄の底でもせいぜい苦しむといい!!」

「ぐ……ぎゃああがあああああああああああああああああっ!!」


 一体何が真実なのか、それを理解しないままにかつての親友の腹を容赦なく切り裂くアルベルト。

 灼熱すら感じる、皮と筋肉、内臓まで切り裂かれた痛みに、グランは民衆の前で悲鳴を上げた。毒杯という貴族用の処刑方法があるように、死に際まで苦しむ姿を晒されるのは上流階級としては恥辱とされている。

 まさか自分がそのような最期を迎えるなど思いもしなかったグランは、時間をかけて血を失い、徐々に遠ざかっていく意識の中で思い浮かべたのは、どうしようもない後悔だった。


(もし……昔のように……剣に打ち込んで人生を送っていれば……)


 不義などせず、元婚約者と仲を深めていれば何かが変わったかもしれない。このような無様な死を迎えることも無かったかもしれない。最後の戦いで、自分の剣を雑と称されることも無かったかもしれない。シャーリィに勝つことだってできたかもしれない。

 しかしそれは全て訪れることのなかった仮定の話。自らの愚かさを内心で理解していながらも認めることが出来ず、自分の外に原因を求め続けたグランは、腹から流れ落ちる血の海(現実)に沈んで,その命脈を停止させた。




 ガンッ! と、アルベルトはアルグレイ公爵邸に誂えられた私室の机を強かに蹴り上げる。偶然その時に部屋の前を通りがかった侍女は肩を跳ね上げ、触らぬ神に祟り無しとばかりに軽い足音を鳴らしながら走り去るが、彼は今そんな些末事が耳に入らぬほどに気が立っていた。


「くそっ!」


 今年の春から夏にかけて起こった出来事は、まさに帝国にとって踏んだり蹴ったりだったと言っても過言ではない。神前試合での敗北によって諸外国から白い目で見られた挙句、帝位の正当後継者を帝国へ呼び戻すことも出来なくなった。

 自慢の城も倒壊し、建て直すために国民を締め上げ税を上げようとしても尚、予算が足りずに生まれて初めてやりくりに悩んでいる時に、友人だと思っていたグランはアリスを誘拐、しまいには帝国政府関係者の入国が規制されている王国に無断で侵入、王国民に害をなそうとしたところを冒険者ギルドによって阻止されるという、帝国にとって最悪の事態が巻き起こったのだ。

 帝国は条約違反の賠償として、かき集めた城の再建費と南側の領土一帯を王国に譲る羽目になり、その上政敵ともいえるフィリアの息がかかった治安組織が、由緒正しき騎士団に代わって、帝国全土で権威を光らせている。

 

「我が妹ながら、実に忌々しい!!」


 元々、税を上げることを妨害していたフィリアが、皇帝である自分を差し置いて民や地方の有力者から一目置かれ、民意を完全に掌握してしまった。それはアルベルトにとって、皇帝である自分のものだというのに。

 帝国民がアルベルトを暗愚と呼ぶのに対し、フィリアの事を救民の王女と呼ぶことも気に食わない。自分こそが世界を導く、歴史上最も偉大な支配者であるという願望を根強く宿している彼には許されないことだ。


「その上、アリスまで……!」


 擦り傷などは消せたものの、魔物と化したグランと結合したせいか、アリスの両腕と腰から下には火傷の痕に似た醜い傷が残っていた。その事を聞いたアルベルトは愛する妻を労わる気持ちが湧き、なんとしても傷を消そうと思ったのだが、それは以前のような熱病に浮かされたと思わせるほどの激情ではなく、義務感に似たようなものだった。

 アリスは寄せくる年波を誤魔化すように、資金を湯水のように使って自分の美を磨いていたが、手足はおろか顔にまで傷を負ったアリスに女としての価値があるのかどうか。アルベルトの偽善的な部分はそれでも良いと言っているが、本音の部分が認めていない。


「ま、まあ……アリスの傷の治療法は見つけるとして、それよりもシャーリィだ。後継者問題もあるし、やはり彼女には帝国に戻ってきて、私の正し……側室になってもらわなければ」


 まるで言い繕うように呟くアルベルト。しかし、十年以上連れ添った年相応の容姿をしていた妻の体に刻まれた醜い傷を見た時、真っ先に思い浮かんで妻と比較したのは、若々しく神秘的な美貌を誇るシャーリィの事だった。

 アリスの事は変わらず愛していると、口では言えるだろう。しかしアルベルトは無意識にシャーリィと、彼女を娶ることによって付いて来るソフィーとティオの事で頭が一杯になっていた。

 

「元々私の婚約者だったのだ。そして双子の娘は私の実子だ……なら、私たちが改めて家族になることに何の問題がある? そして何より、グランの記憶を見た宮廷魔術師の話では……!」


 あらゆる障害はあるが、それを燃料に燃え上がる何かがアルベルトの心に宿る。妻が文字通り傷物になった途端に、より美しい女を求め始めた皇帝は邪な笑みを浮かべて南の空を見上げるのだった。




 王国辺境の街、冒険者ギルドの応接室では緊張が張り詰めていた。


「五秒あげます。女神への祈りを済ませてください……!」

「いくら何でも五秒は短すぎると思うのじゃが!?」


 今回の事の顛末をカナリアから知らされたシャーリィだったが、話を聞き終わるや否やカナリアの頭を真っ二つにしようとし、カナリアはシャーリィが振り下ろした剣を間一髪白羽取りして耐えている。


「フィリアから凶報を聞いて慌てて駆け付け、お主の娘の危機を救った妾に対してこれは無いじゃろ!? もっとこう、『ありがとうカナリア様! 貴方に一生忠誠を誓います!』的な対応があっても良いはずじゃ!!」

「えぇ、娘を助けてくれたことには素直に感謝しています……! グラン・ヴォルフスに襲われているところを最後の方まで遠くから傍観していなければっ!」

「こ、これには理由があったと言っておるじゃろうがぁあああっ!! そう怒るでない!!」

「如何なる理由があろうと、娘をいたずらに危険に晒して私が怒らないとでも……!」


 刃がカナリアの頭皮を浅く斬る。しばらくの間ギャーギャーと言い争う二人。あまりの騒音にユミナが応接室に怒鳴り込むまでそれは続き、シャーリィは遺憾ながらも剣を収め、カナリアの対面に座り直す。


「それで……本当なのですか? ソフィーとティオに異能が発現したというのは」

「む? あぁ、本当じゃよ。お主と同じ、眼に現れるタイプじゃな」


 あっけらかんと答えるカナリアに、シャーリィは思わず頭を抱える。人間が異能を宿すこと自体がそもそもイレギュラーなのだが、いくら母親に異能が宿っているからといって、娘にまで異能が宿るものなのかと。


「それに、正確には先日発現したのではない。あれは娘らが生まれた時から既に宿っていた力じゃ」

「……信じられません。私の異能でも、あの子たちに異能があるようには見えなかった。カナリア、貴女は何を知っているのですか?」


 シャーリィが聞いたところによると、双子の娘は森の中でグランを一方的に翻弄していたらしい。それは、たかが十歳の少女たちには到底不可能な難行だ。シャーリィが一瞬で片づけたとはいえ、あの時のグランは将竜並みの怪物だったのだから。


「不活性状態だったがゆえに、お主でも視ることが出来なかったんじゃろ。もっとも、妾も知っていることは少ないが。……実をいうと、あの異能は歴史の中でたびたび見かけられた」


 シャーリィは首を傾げる。異能というのは体と同じで、個々によって違いが確かに存在するのだ。それが時代を超えたとはいえ、まったく同じ異能が現れるなど考えられない。


「帝国の革命者、ルシファード……《白髪鬼》は知っておるじゃろ? あやつと妾は知人じゃったのだが、あやつにも娘らと同じ異能が宿っておってのう。お主と同じ蒼と紅の双眸を持つ半不死者(イモータル)だった」

「私と同じ……」

「かつての知り合いとあまりに共通点が多かったが故にお主に興味を持ったんじゃよ。もしや、あの異能までも継承しているのではないかと思っての。実際、今娘らに宿っている異能は、本来お主に発現したはずのものだったと思っておる。あの異能が二つに分かれるなど聞いたことが無い」


 しかし、今回初めてイレギュラーが起こった。胎児を宿したまま異能に目覚めたシャーリィが何らかの影響を与え、母親から胎の中の子供たちに異能が渡ったというのが、カナリアの考えだ。 


「で、その肝心の能力。妾は強い異能特有の魔力を感じ、あの娘らと騎士団長(笑)の戦いを傍観しておったのじゃが……待て待て、いつでも助けられるようにしておったぞ? だからその剣をしまうのじゃ」

「……それで、続きは?」

「えぇい、この親バカめ。……まぁ良い。異能にも魔術にも未来視というものがあるじゃろ? 要はあれの一種なのじゃが」


 星の廻り、その場の状況や行動心理から情報を解析し、訪れる未来を予測する術の事だ。シャーリィの異能でも数秒先の未来を視ることが出来るが、魔術に秀でたカナリアは一日先、一ヶ月先の未来までも予測するという。

 しかし、未来視で知った結末というのは、新しい情報や割り込んできた因子によって大きく変動する。数秒なら問題なくても、十秒も先の未来を見れば、その結果がブレていることなどよくある事だ。


「本来確実な未来視など存在せぬ。精々、訪れる可能性が一番高い未来を予測する程度のものじゃ」


 しかし、とカナリアはどこか楽しそうに(わら)う。


「あの娘らの異能は違う。蒼い瞳は無数に分岐する未来の中で、自分たちにとって最も都合の良い未来を読み取り、紅い瞳でその未来が訪れる可能性を百パーセントに変える。あらゆる実力差と要素すら排除し、因果を捻じ曲げる。妾が知る中でも最高峰に位置する異能じゃ。同じ母胎から生まれた双子ということで霊的な繋がりがあるのじゃろう。異能発動時の二人の両目は共鳴しておった」


 シャーリィは思わず眉を(ひそ)めた。もしカナリアのいう事が本当なら、ソフィーとティオが揃えば全ての生物の未来、これから訪れる人類史すら自由に捻じ曲げる、それこそ神のような凄まじい力だ。シャーリィの異能すら、娘たちの異能の残滓に過ぎないのだろう。

 このまま放置すれば、いずれ異能の力に振り回されることになるのは目に見えている。正直に言って、シャーリィは二人の異能そのものには興味が無いが、これが周囲に知れれば、要らない干渉をされることは明白だ。


「それほどの異能……魔力だけを対価に使っているとは考えにくいのですが」

「まぁ、操る未来の規模にもよるが、対価は寿命や魂といったところかのぅ」

「!? ならすぐに異能の封印を――――!」

「落ち着け。イレギュラーな事ではあるが、それによってお主が考えているほど事態は深刻でもない」


 カナリアはソファから立ち上がり、血相を変えて応接室を飛び出そうとしたシャーリィをもう一度座らせる。


「左右で異なる力を持つ、二つで一つである件の異能は、一つの体で使えば甚大な負担がかかるのじゃが、幸か不幸か二つに分かれることで負担を大幅に軽減しておる。そして極めつけは、娘らが使い魔契約をしたあの二羽の鳥」

「ベリルとルベウスが?」

「うむ。あれは元々、ルシファードが異能の負担を軽減するために生み出した人工精霊での。あやつが死の間際に、次に現れる異能の持ち主を見つけ出し、守るように命じておったようじゃ。なにせ、その異能を手にした者は皆、時代の激動に巻き込まれてきたからのぅ」


 ベキリと、応接室の机に大きな亀裂が入る。白い髪が波打ち、迸る殺気は物理的な力を宿しながらカナリアの全身を打つ。


「ま、娘らを時代の激流に巻き込みたくないのなら守ってみせるといい。異能や魔術で消費された魂は、少なければ時間経過で治るもの。あの異能も、小さな規模なら一日に十回ほど使っても問題ないじゃろ」

「……言われなくてもそうします」

「ふ……精々励めよ、シャーリィ。子を守るのは親の務め……その力が世界の運命を破れるかどうか、存分に示してみせよ」 


 そうニヒルに言い放ちながら颯爽と応接室を後にするカナリア。千年の時を重ね、背丈に見合わない偉大な背中を見届けるように開けっ放しになったドアを数秒ほど眺め、シャーリィもとりあえず夕飯の材料を買いに行こうとソファから立ち上がったその時、廊下から若い娘の怒鳴り声が聞こえてきた。


『お・婆・ちゃ・ん!! また私のお菓子勝手に全部食べたでしょ!? あれ王都の人気店で限定百人にしか売られていないやつで、すっごく楽しみにしてたのに!』

『ぬぉわっ!? お、おおお落ち着くのじゃユミナ!! わ、妾だって買いたくても買えなかったのじゃぞ!? 仕事優先とかぬかしおったどこぞの秘書のせいで!! それにあんな美味そうなスイーツが目の前にあれば、妾の腹の中に納まるのが大宇宙の法則であって……あっ!?』


 カラン、カラカラ……と、廊下から応接室の前まで転がってきた、圧し折られた漆黒の角をみて、シャーリィは深い溜息を吐く。やっぱりカナリアはカナリアだったと。

 先ほどの緊張感が完全に霧散し、なんか色々と馬鹿らしくなって夕飯の支度に頭が回り始めたその時、部屋の窓から二羽の霊鳥や学友たちと共に街を歩くソフィーとティオの姿が見えた。

 主である娘たちの背中を掴んで飛翔する霊鳥と、その様子を見て自分も自分もと楽しそうな喧騒を作り出す子供たち。そのあまりの尊さに、シャーリィは二色の双眸を細めた。

 つい先日、怪物と化した大の男に追い回されて怖かっただろうに。それでもソフィーとティオは変わらず日常を謳歌しようとしている。それこそがシャーリィが望むことであると知った上で。

 図らずとも、強い心を持って育った。ならばただ過保護に守るだけではなく、迫りくる運命とやらがあったとしても、それを打ち破って望んだ明日を掴む力を身に着けるように育て、導くのが親の務めだろう。

 成長に伴い、自身を自力で守る強さを与える時がきたのだ。この成長を、親として喜ばずしてどうすると、シャーリィは自分自身に言い聞かせる。


「本音を言えば凄く……凄く寂しいですけど……………!!」


 尤も、内心はとんでもなく複雑ではあるが。まるで独り立ちの準備を手伝っている気がして、根っから過保護な親バカとしては実に耐え難い。それでも、本当に我が子を想うのなら耐えなければならないのだが。


「今年は、どんな夏になるのでしょうか……?」


 窓から部屋に入り込む暑い日差しから背を向け、シャーリィは部屋を後にし食材市場へ向かった。

 もうじき民間学校も夏休みに入る。祭りに遠出、自由研究に鍛錬と、数多くのイベントを娘と共に過ごす、濃密な日々が。例年よりもずっと騒がしい夏が始まろうとしていた。


チートの娘の異能はドチートだったっていうね、自分に都合の良い未来を、因果律を捻じ曲げてでも確実に引き寄せるチートの持ち主ですが、対価の関係上乱発できずに規模も小さい。そして十全に使ってもシャーリィに敗れないとは言っていない。そんなチートです。

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