帝国騎士団長の最後
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黄金の魔力光を撒き散らし、何もない空間に生じた歪みから突如現れたグランは、悪態をつきながら周囲を見渡した。
「くそっ!! くそがぁッ!! あのガキ共め……一体どこに行った!? ここはどこだ!?」
壁や天井、床までもがゴツゴツとした岩で覆われたこの場所は、見たところ洞窟なのだろう。やけに広々とした通路の真ん中に放り出されたグランは、辺境の森の中から見知らぬ洞窟に突如移動したという事実に戸惑い、興奮が引っ込んで目を白黒させていると、後ろから幼くも妖美な声をかけられた。
「ここは王都近郊の鉱山都市にある金銀鉱山の中じゃよ」
勢いよく背後を振り返る。しかしそこには誰も居ない。確かに背後から声がしたはずなのに。
「妾がお主をここに送ったのじゃが……流石は騎士団長様(笑)じゃのう。空間魔術に不用心に突っ込むとは」
次は真横から声が聞こえ、両腕を振り回すが悪戯に大気を乱すだけでなんの手応えもない。
「誰だ!? いい加減姿を現せ!!」
「え~? か弱い乙女に怒鳴るなんて、妾怖~い」
言葉だけで口調はわざとらしく、嘲笑っているのが隠せない。その事に気付いているのか、グランは額に血管を浮かべ、顔が真っ赤に染まる。
「この臆病者め! いつまでも姿を隠すとは何事か! 騎士たる俺と正々堂々相対するがいい!!」
「子供狙って来た奴が言う事かのう」
一転、素に戻って冷静なツッコミを入れる幼い声。
「だ、黙れ! あれは作戦なのだ! 卑怯者のシャーリィを逃さぬための……!」
「ぬははははははっ!! 作戦!? あんなお粗末に人質を取ろうとしていたのが作戦!? ぬはははははははっ!!」
「な……なぁ……!?」
何の遠慮もない哄笑にグランは唖然とする。言葉の端々に侮辱が伝わるようにしているのが分かるだけ、余計に性質が悪い。
「いくら森の中とはいえ、あんなに木々を薙ぎ倒しておっては目立ちまくっては妨害されるじゃろ? 現に街の冒険者は異変に気付いて森に入っておったし。その上……ぷーくすくす! 子供にあんな良い様にあしらわれるとは……ぶはははっ! も、もう思い出しただけでも爆笑ものじゃ! ふははははははははっ!! 帝国の騎士団とやらは、治安維持を目的としておるにも拘らず犯罪手段も知らぬのかのう!?」
グランは顔が熱くなるのを自覚する。自分は騎士団長なのに、子供二人の子供騙しの罠に全部引っ掛かり、醜態を晒した。それを全て見られていたのだと言外に告げられて、肥大化したプライドは再び破裂する。
「き、ききき貴様ぁッ!! で、出てこぉい!! 人の悪口など、最低だと思わないのか!?」
「だからお主が言えた事じゃないじゃろ」
ルミリアナにあしらわれ、双子にからかわれる様に翻弄され、しまいには突然鉱山に移動させられた挙句にデリケートになっている経緯を遠慮なしに嘲笑われるなど耐えられないと言わんばかりに暴れるグランの姿は、まさしく癇癪を起す子供そのもの。
「もっとも、魔武器に意識を呑まれてはまともに受け答えも出来ぬかもしれぬが……それがお主の本性でもあるのじゃろうよ」
一通りグランをおちょくり倒して満足したのか、声の主は遂にその姿を現す。何もない空中でソファーに座るような楽な姿勢で浮かぶのは豪奢な金髪と、頭の両側から生える、魔族の証である漆黒の角。鮮血色の瞳と形の良い口元には、ありありと嘲笑が浮かんでいた。
「久しいの、小童。先の会談の時以来か?」
「貴様は……カナリア!?」
金髪の童女……《黄金の魔女》カナリアは物理的にも心理的にもグランを見下ろす。その事が気に入らない彼は、唾を飛ばしながらひたすら喚いた。
「やはり冒険者など、帝国騎士とは違い下賤な存在のようだな! 降りてこい、この卑怯者!! この俺が成敗してくれる!!」
「出来るものならやってみせい」
そう低い声で呟くのと同時に、グランの視界が突如暗闇に覆われる。足も地面から離れ、呻き声も出せないことに困惑していると、次に呼吸すらできないことに気付いた彼は必死に手足を振り回して暴れると、岩を砕く音とともにようやく闇から解放された。
「ぶはぁっ!? い、一体何が……!?」
「うーん、駄目じゃな。お主の体で愉快なオブジェを作ってやろうと思ったのじゃが……こうも素材が少な過ぎてはのぅ」
カナリアは一枚の写真を見せびらかす。そこには、洞窟の天井に一切の破壊なく首から上を埋め込まれているグランの姿が映っていた。
そして愚鈍な思考回路に浸食された彼は本能的に察する。空間魔術を得意とするカナリアは、今の一瞬でグランの顔が岩の中に埋め込まれる形で転移させたのだと。
「次は、オリハルコン鉱床の中に鼻以外の全身を埋め込んでみるのも良いかもしれんのう。題して、《愚者の琥珀モドキ・永遠の孤独》じゃ。寿命で逝くまで身動き一つとれず、喋ることもままならない冷たい鉱石の中で、延々と放置するというのも良いと思わぬか? 妾は今、商国で〝わびさび〟なるものにハマっておるのじゃが……」
「ひ、ひぃいいいいいっ!?」
カナリアの口が三日月を象る。吹き荒れる莫大な黄金色の魔力光に圧倒的な威嚇の意が乗せられてグランに叩きつけられた。先ほどの威勢の良さはどこへやら、生物的本能が鋭敏化したグランは堪らず情けない悲鳴を上げながら逃げ出した。
「おやおや、逃げるのか? よいぞ、見事そやつから逃げ切れば見逃してやろう」
そんな声も届かず必死に逃げるグランは曲がり角を曲がると、急に全身を凍りつかせるような殺気を浴びせられ、体が硬直する。
そこには何の変哲もない一本のレイピアの切っ先を地面に下げるように携え、凍りつくような蒼い瞳と、焼き尽くすような紅い瞳でグランを睨むシャーリィが佇んでいた。
「お、お前は……!」
「久しぶり……というべきでしょうか? そちらは随分様変わりしたものですね」
まるで世間話でもするかのような平坦な声が、この状況下では底冷えするほど恐ろしく感じた。前門の剣鬼に後門の魔女、グランは正に絶体絶命の窮地に追い込まれたのだが、そんな彼に対してカナリアが鶴の一声を掛ける。
「ほらほら、どうしたのじゃ? そやつを倒せばあとは逃げるだけじゃぞ? 妾は何もせぬから安心するがいい」
ただでさえ理性が混然としている上に、極限状態に追い込まれたグランは嘘か真かもわからぬ魔女の甘言を信じてしまった。
しかし、これは実際にチャンスであるには違い無い。シャーリィについてはある程度下調べが付いている。彼女はひとたび傷を負えば膨大な魔力と体力で強制的に脳を除く自らの体を復元させる半不死者だ。
対してこちらは絶対破壊不可能の金属といわれるアダマンタイトでできた魔剣、《練魔の剛剣》を核として、内包された犠牲者の魂から延々と情報を引き出し、無制限に肉体を復元する。
簡単に言えば不死性において圧倒的に有利なのだ。こと接近戦で戦えば、長期戦にもつれ込ませればこちらの勝利は確定すると言っても良い。手間のかかるドワーフの技術が無ければ変形させることすら叶わないアダマンタイトの剣を砕くなど不可能……必然、グランの顔に喜悦が浮かぶ。
「は……はははははっ! やはり天は俺を見放さなかった! この俺こそが世界最強の剣士であると証明せよという思し召しに違いない! 今こそ貴様を殺し、我が糧とした後で、あの小生意気な小娘の手足を斬り落として陛下に献上してやる! そうすれば、アリスも目を覚まして俺との真実の愛に気付くはずだぁあああっ!!」
剣士としての矜持、かつてシャーリィに対して抱いた畏怖、かつての親友への忠義に盲目的に信じてきた愛。それら全てを乗せた剣が、シャーリィの脳天を目掛けて振り下ろされる。
体格差がある以上、鍔迫り合いにはならない。せいぜい避けながら斬りつけるくらいだろうと高を括っていたグランだったが、驚くべきことにシャーリィはか細い刺突剣で迎撃してきたのだ。
少し鑑定眼が確かな者が見れば名工が手掛けたものであると分かる立派な造りだが、材質はただの鋼である上にレイピアという武器の性質上、刀身は軽くて細い。巨腕の先から生えた無骨な剣に叩き潰されるのが目に見えるが、シャーリィの全てを視る異能を宿したオッドアイに一切の迷いはない。
「全てにおいて……雑っ!」
グランの渾身の一閃をそう評したシャーリィの両目が妖しい輝きを放つ。そして全身を発条にし、弓のように体をしならせた体勢から岩を割る踏み込みと共にレイピアによる一突きが放たれる。
切っ先は幾度も音速の壁を超えては無数の波紋を生み出し、ダインスレイフの刃を穿つ。刃と切っ先、互いにミリ単位を下回る一点を正確無比に捉えたシャーリィの一撃は、体格差や筋力差を超えてグランの一撃を制止させる。
「ぐぎゃあああっ!?」
そればかりか、シャーリィの突きの衝撃はグランの右腕を蹂躙し、肩から血肉が弾け飛ぶ。その衝撃は洞窟を貫き、鉱山を貫き、厚雲に風穴を開けて宇宙空間へ。闇を漂う隕石に綺麗な丸い穴を開けた、理から遥かに超越した飛ぶ斬撃。
しかしそれほどの一撃をもってしても、アダマンタイトには傷一つつかないだろう。事実、シャーリィもただの剣技で斬ろうとしてもそれは不可能というものだ。
……しかし、それを可能とするのが彼女の異能。
「ば……馬鹿な……!?」
バキリと、金属に大きな罅が入る音が鳴る。その発信源が自身の右腕の先であると気づいた時、グランは戦闘中にもかかわらず呆然と呟いた。
「アダマンタイトだぞ……? 世界最高硬度の魔剣だぞ……? なのになぜ……どうして……!?」
見る見る内に広がる亀裂。そして遂に不壊の魔剣は細かな金属片と化しながら、その刀身を半ばまで原型を消失させる。
「なのになぜ壊れる!? 我がヴォルフス家の家宝、ダインスレイフがそんな細いレイピアに負けるなど!! 貴様、一体何をしたぁああああああっ!?」
到底信じられないとばかりに絶叫するグランだったが、シャーリィは魔術を使ってダインスレイフに干渉したわけではない。
全ての形ある物質には綻びがある。それは目にも見えない針先のような小さな一点でしかないが、その一点を個々で定められた角度、定められた力で穿たれれば最後、その物体は形を保つことが出来ずに崩壊を始める。
シャーリィの異能はその破壊の一点を見破り、人知を超えた技の冴えは激しい剣戟の中にあってその一点を絶妙な力と角度で貫く。かつて娘が頑丈な部屋や牢獄のような場所に閉じ込められたと仮定した際に生み出した、対物破壊に特化した《白の剣鬼》の秘剣、《虫喰》が幾多の怨嗟を宿した剣から、無残に斬り殺された帝国民たちの魂を解き放った。
魔武器の崩壊と共にグランの全身を覆っていた太い手足の束も腐肉となって崩れ落ち、アリスとグランは共にグズグズになった柔肉の中に沈んだ。気力は根こそぎ失われている。それに伴い混濁していた理性が正気に戻り、グランは自分の行いを顧みて激しい自己嫌悪に襲われることとなった。
前年度の武闘祭でルミリアナに敗れた焦りから禁忌とされ封印されていた魔剣を手に取り、償うことの出来る軽罪人も、何の罪もない無辜の民も大勢魔武器の餌として己の糧に変えてきた。
かつて気高い志と共に邁進していた自分はどこへ行ったのか。何時からこんな間違いを犯し始めてしまったのか。たとえシャーリィの天賦を見せつけられたのが切っ掛けだったとしても、届かぬと知りながら研鑽を積み重ねていれば、少年時代に夢見た穢れの無い騎士道を歩めたかもしれないというのに。
(……アリス……)
それでもどこかでやり直せる道は残っていたはずだった。なのにもう十数年以上もの間、怠惰な泥沼に嵌って後戻りできなくなったのは、アリスと出会ってからだ。
魔武器の呪縛が解かれ、アリスの本性を知ったが故に気付いてしまった。自分はこの真の意味での悪女の本性に一切気付かず、貴重な成長を遂げるための青春時代を全て腐らせてしまった道化であるということに。
「お前のせいだ……! お前が……お前が俺を誑かしたから……!」
それでも長年他者を下に見て自分が高い場所にいるようにすることでプライドを保ってきたグランは、この結果も全てアリスのせいであると思い込もうとする。本心では自分の未熟さが招いた結果であるという事実から目を背けられないが、こうでもしない限り自我を保てる気がしない心身共に弱い男は、十数年愛を囁いた女にありったけの呪詛を送る。
「クソ……! 死ね、死んで償え……! お前さえ、お前さえ現れなければ……人並みの幸せが……貴族としての幸せがあったかもしれないのに……!」
失っていた分の反動か、理性はこの後に訪れる自分の結末を察することが出来た。不干渉条約を敷いた敵国に、決して関わってはいけない双子の少女に、帝国騎士団長という身分でありながら危害を加えようとした。
爵位没収、騎士解任で済めばまだマシな方。最悪拷問の末に屈辱的な公開処刑も十分にあり得ると悟ったグランは、迫りくる恐怖とアリスに対する憎悪、そして取り返しのつかない後悔に目の前が真っ暗になり、そのまま意識を暗転させた。
シャーリィって、異能と剣技を複合させて、疑似的な〇死の魔眼状態なんですよね。
次回あたり、第三章のエピローグです。第四章、第五章もすでに展開を考えているので、変わらないペースで更新できるかと。