表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/135

双子の遊び場で翻弄される騎士

またの名をフォレスト・アローン。森で遊びながらお留守番

お気にいただければ評価や登録、感想のほどをよろしくお願いします


 金銀脈の鉱山で、シャーリィは地鳴りと共に転がり倒れる巨体……金と銀の甲殻を持つ貴石竜から顔を背け、一人の女から話を聞いていた。


「…………」


 全てを聞き終わった彼女は何も言わない。ただ、鉄面皮はより一層冷たく凍りついている。絶対零度の憎悪を宿す蒼い瞳とは逆に、壮絶な怒りの炎を宿す紅い瞳がシャーリィの逆鱗を逆撫でされたということを物語っていた。

 そんな現状を忘れ、茫然としている彼女の様子を隙と見たのか、起き上がった貴石竜はその大顎でシャーリィの全身を噛み砕こうとするが、音を遥かに超える速さで顎を下から掬い上げるような鞘による一撃が、古竜の牙を割って脳を揺らす。

 ついに意識を手放し、その巨体を地に伏せる貴石の竜。巻き上げられた土煙は、シャーリィの全身から渦のように吹き荒れる魔力に散らされる。

 それと同時に、彼女の蒼と紅の瞳に転移の光が映し出されていた。




「ごほっ!? ぐっ……げほっ!? お、おのれ……餓鬼どもがぁああ……!」


 長時間かけて再生と落涙を繰り返し、生のハバネロとトウガラシのペーストによる辛み成分を落とし終えたグランは、ようやく自分の足を縛り上げる蔓を切って自由となる。

 未だヒリヒリと痛む目や鼻、口の機能は著しく低下しているが、行動すること自体には問題はない。むしろ自分をこんな目に遭わせたソフィーとティオに対する怒りで痛みを忘れることが出来たくらいだ。

 

「こ、この最強の騎士である俺の拘束から逃れたばかりか、両腕を吹き飛ばしたあげくに、あんな屈辱的な仕打ちを受けさせるとは……絶対に許さん! 奴らは俺がぶち殺す!」


 もはや当初の目的も忘れて自尊心を満たすために幼気な少女に殺意を向けるグラン。もはや騎士以前に大人としての寛容さも失っている。

 ……否。幾多の怨念が宿った魔武器に意識を浸食されていなくても、初めからそんなものは無かったのかもしれない。それほどまでに彼の怒りは凄まじい。


「どこに行ったあああああああっ!! 出てこい小娘どもぉおおおお!!」


 両腕を振り回しながら木々を圧し折り、回復し始めた鼻で白髪の双子を探し始める。幾ら広い森と言っても、所詮は子供の足。鼻の調子も元に戻り始めた。匂いを辿ればすぐに見つけ出せるだろうと高を括っていれば、案の定。


「わわっ!? 来たっ!?」

「むぅ……もう見つかったか」


 ギラギラと血走った目で睨まれたソフィーとティオは、二羽の鳥を伴って背を見せながら逃げ始める。十歳の少女にしては足は速い方だが、肉体の変成に伴って身体能力が大幅に上昇したグランの足元にも及ばない。

 更に運までもがグランの味方をしたようだ。枝葉が広い大樹が生い茂る場所を走り抜ける双子の少女だったが、その先は地面が幅広く割れていて実質行き止まりになっている。

 全速で間合いを詰め、今度こそ叩き潰してやろうとしたが、突然ソフィーたちは助走の勢いをそのままに崖を超えようと跳躍した。とても子供では超えられないほど幅が広く、溝が深い地割れ痕だったが、ソフィーとティオの背中に張り付いたベリルとルベウスが回復した魔力を翼に集めて、体格差をものともせず二人を向こう側へと運ぶ。


「小賢しい!! 俺から逃げられると思うなああああっ!!」


 グランならそんな面倒な手間を踏まなくても跳躍するだけで向こう側へ渡れる。地面を踏み締め叩き落してやろうとしたその時、踏み込んだ足裏の摩擦が無くなったかのようにグランは盛大に足を滑らせた。


「ぬおわあああああああっ!?」


 地面に倒れてもなお滑る巨体は地割れへと落下する。なぜ急に足を滑らせたのかと目を白黒させていると、その答えは粘性の汁を纏いながらグランとアリスの頭の上に落ちてきた。

 それはムルメルという、大量の粘液を内包する木の実だ。その皮が剥かれたものが、いくつもグランの上から落ちてくる。

 実はこれもソフィーが考えた罠の一つ。皮を剥いた大量のムルメルを大きな広葉の上に置き、その上から落ち葉でカモフラージュしたものを地割れの手前に設置する。追い詰めていたと思っていたグランは、まんまと子供騙しの罠に引っかかったという訳だ。


「ぬ、ぐ……!? ぬ、抜けんっ!? ク、クソがああっ!! あの小娘共めぇええっ!!」


 その上、地割れの底の方で体が突っかかり、抜けなくなっている。またしても子供に翻弄された三十路の騎士団長は地割れのそこで必死にもがきながら、大人気の無い恨み言を叫ぶことでしか遠ざかる軽い足音と、罠に引っかかって喜ぶ少女たちの歓声を掻き消す術が無かった。




 その後、時間を掛けて溝を削りながら脱出したグランだが、三度に渡って屈辱的な妨害をされた彼に最早冷静さはどこにもない。額に浮かぶ血管が今にも千切れるのではないかと思わせるほど顔を赤く染め、屈辱を咆哮で掻き消そうとする。


「あのクソガキ共がああああああああああああっ!! この世界最強の騎士様をどこまでも愚弄しやがってええええええっ!!」


 もはや醜態以外晒していない彼のどこが世界最強の騎士だというのか。そんな冷静な指摘を告げることの出来る人間は、幸か不幸かこの場には居ない。胴体に取り込まれているアリスは擦り傷を負い、衰弱していて気絶している。


「見つけ出したらただじゃ済まさない……! 卑しい庶民風情が、栄えあるヴォルフス侯爵家の当主をここまでコケにするなど許されんことだ……! まずは手足を引き千切って、声も出せなくなるほど痛めつけてやる……! そして陛下やアリスに俺がどんな目に遭ったのかを全て告げて、物好きな変態の元に送り付け、生涯生き地獄を……!」


 そんな物騒なことをブツブツと呟きながら、再び鼻を鳴らして憎きソフィーとティオを探して走り出す。そう何度も幸運は続きはしない、今度こそ捕まえて目に物を見せてやると、実に大人気のない行動をとるグランだったが。


「「いっせーのぉ……でぇっ!!」」


 突如真横から二重に響く少女の声。ハッとした時には既に遅い、まるでイノシシのように全速力で走っていたグランの足を木に括り付けられた頑丈な蔓がピンッと伸びて引っ掻ける。


「な、何だぁっ!?」


 疾走の勢いをそのままに、空中で前のめりに半回転するグランは、ソフィーとティオが身を潜めていた藪から飛び出すのを確かに見た。


(ば、バカな!? なぜ俺の鼻で気付かなかった!?)


 その答えは、ヤシの葉のような子供を覆い隠せるほど巨大な広葉にある。森に生えている熱帯樹、バファロウの葉には消臭効果がある。その効果は嗅覚で獲物を探す魔物すらも欺くほどで、冒険者たちの間でも重宝される木だ。

 この広い森の中で割とすぐに自分たちを見つけ出しているのは匂いか何かの可能性はないかと気付いたティオは、ソフィーの知識を利用してピンポイントにバファロウの葉で自分たちを覆い隠したのだ。


「やった! 今回も上手くいったね!」

「ん」


 そしてグランが勢いをつけ過ぎて転がった先には、大小様々な岩が無数に転がっている斜面。グランは後頭部からそこに着地し、全身を岩に叩きつけられながら転がっていった。


「ぐわああああああああっ!?」


 いくら肉体が強化されたと言っても、騎士団長とは名ばかりで家名だけで襲名したグランの痛みやパニックに対する耐性は普通だ。連続で強かに岩に打ち付けられる自分の体を丸めて守ることも出来ない彼の転がる先には、不自然に開けられた大穴があった。


「ぶぼぉおおっ!?」


 そしてその大穴に頭から突っ込んだグラン。その穴は、ルベウスのビームによって開けられたものだ。仄かに焦げる匂いに交じってグランの鼻腔に漂うのは、腐敗しきった生の魚介を砂糖と牛乳で煮詰め、更に酸っぱくさせた後で尿を混ぜ込んだものを使い古された雑巾で拭いたかのような……そんな表現をしたくなるほど今まで嗅いだことのないような奇々怪々の悪臭だった。


「おぐぉええええええええっ!? く、臭ぁああああああああっ!? おぼろろろろろれおっ!?」


 あまりの悪臭に吐きながら気絶するグラン。その匂いの正体は、魔物除けに使われることもあるが冒険者の間では忌避されるアルモモという果実だ。途方もない悪臭を放つ果汁と腐ったかのような柔らかい果肉を薄い皮で覆っており、それを穴の底へ幾つも投げ落としていたのだ。


「……ん? ちょ、何よこれ……何か臭い……臭っ!? く、臭あああああああああああっ!? おげろぉおおおおっ!?」


 そしてその匂いは気絶していたアリスを叩き起こし、吐瀉物を撒き散らさせた後でもう一度気絶させるほど。帝国騎士団長と皇妃、不倫関係にある二人揃って頭から穴に嵌り気絶するという醜態を晒すことになるのであった。




 とはいっても所詮は匂い。すぐに意識を取り戻したグランは吐き気を催しつつ穴から脱して再び怒り心頭のまま鼻血を垂らしてソフィーとティオを捕らえるために動き出したのだが、その後も彼の苦難は続いた。

 ムルメルの実を活用して崖から落とされるなど可愛いもので、霊鳥の光線で股間を巻き添えで両足を付け根から抉り千切ったり、落とし穴に嵌って身動きが取れないところに頭に岩を落とされたりと、劣悪な欲望に子供ならではの残酷さで相対するソフィーとティオ。

 元々、この森は冒険者たちが野戦の知識を得るための訓練所としても使われることがあるほど、数多くの有用植物が群生している。身近に冒険者が大勢いる環境で過ごしてきた二人が、子供騙しとは言え数々の罠でグランを対処できたのはそれに由るところが大きい。

 加えて、グランという帝国の騎士の実戦経験の不足にも助けられている。かつて大陸で蔓延っていた混迷期以降、各国の主導者たちによる平和への意思のおかげで戦争を回避し続けてきたが、その分騎士団を始めとする国に所属する軍は模擬戦などで戦争の知識や技術を錆び付かせないようにしている。その中にはもちろん過酷な野戦訓練も含まれているのだが、グランが帝国騎士団長に勤めてからというもの、帝国騎士団の訓練は悪い方向に変化してしまった。

 騎士とは剣を振るって正々堂々と戦うもの。生きるか死ぬかの闘争がどういうものかを理解しようともせず、そんな考えを自国の軍に押し付けて平野での戦闘訓練ばかりをこなしていたのだ。


(何故だ!? 俺は最強の力を手に入れたはずだ! なのになぜ小娘二人を捕らえることすら出来ない!?)


 しかし、それらを踏まえてもこの状況は異常としか言いようがない。ソフィーとティオの仕掛けた罠は本当に子供騙し程度なのだ。もし相手が一人前の冒険者なら悉く見破られているだろうし、いくら頭の悪いグランでも仕掛けた罠全てに、都合よく嵌るなどあり得ない。

 そもそも二人とグランの間には埋めようもない基本能力の差がある。実際幾度もグランの一撃が二人を叩き潰せる場面があったにも関わらず、それらは悉く躱され、ソフィーたちの罠は悉く嵌るなど、幸運と呼ぶには都合が良過ぎるのだ、

 ……それこそ、未来が操られている(・・・・・・・・・)のではないかと思わせるほどに。


「はぁー……! はぁー……! 追い詰めたぞ、小娘どもぉ……!」


 それでも執念深いグランはついに限界にまで到達する。正真正銘の行き止まり、岩壁の如き断崖を背にするまでソフィーとティオを追い詰めたグランは、数々の木の実の汁や果肉、泥や砂で全身を汚しながらも、残虐な笑みを浮かべて二人ににじり寄る。

 この場における優位は入れ替わった。今までは少女たちがグランを翻弄していたが、今度はグランが少女たちを蹂躙する番となるだろう。


「は、ははははは……! まぁ、多少は抵抗できたようだが、所詮は女子供。この俺の足元にも及ばなかったな」

「その割には毎回毎回面白いくらいに引っかかってたけど。何か全然余裕みたいなの無かったし」

「だ、黙れぇっ!! あ、あれはそう! わざと引っかかったんだ! 俺と貴様らと決定的な力の差を誇示するためにな!」


 などと言う事を言っているが、実際はティオの指摘が図星だった為に虚勢を張る、子供騙しの罠に考えなしで突っ込んで綺麗に貶められていたグランは余裕のない表情で唾を飛ばしながら叫ぶ。


「えー……その言い訳はちょっと……」

「ん。ハッキリ言って、カッコ悪いかな」


 そんな格好悪い大人を体現したかのような帝国騎士団長に、未来の担い手である子供二人は白け切った視線を送る。


「何だ貴様ら……? なぜそんな目で俺を……? ……見るな……庶民風情が、女子供風情が、そんな目で俺を見るなぁああああああああああっ!!」


 グランはこれまで男性優位の世界で憚ることなく生きてきた。自分こそ全ての憧憬を向けられるべき強き者のはずなのに、最も力なき女子供にその様な視線を送られることなど到底我慢できない。肥大して爆発しそうなプライドを守るため、グランは駄々っ子のように両腕を振り上げた。


「なんじゃ? なぜ子供に白けた目で見られるのか分からぬのか?」


 その瞬間だった。グランと双子の間に突如現れた、足元まで届く豪奢な金髪と鮮血のような赤い瞳をもつ魔性の美貌を持つ童女が、老獪で残忍な嘲笑を浮かべながら告げた。


「善良なる理に生きようとする者であれ、悪逆な自由に生きる者であれ、童とは強き力と意志に憧憬を抱く者じゃよ。……グラン・ヴォルフス、哀れで愚かな騎士よ。確たる信念もなく中途半端な力を童たちに振りかざすお主は、弱き者じゃ」

「お、お前は……!」


 その正体を口に出す暇もなく、童女の操る魔術に対処する間もなく、グランは光の輪を潜らされ、辺境の森から姿を消した。


早く書籍化情報を更新したいですね。出版社との契約上、時期が来るまで通達するのはダメなので、それがジレンマです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ