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白い双子vs帝国騎士団長

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「ぐぎゃああああああああああああっ!?」


 炭化する間もなく消滅した両腕、その焼けた傷跡が脳に伝える痛みにグランはのたうち回る。一瞬、この小さな使い魔たちが何をしたのか理解できなかったティオだが、すぐに冷静さを取り戻して懐中時計を取り戻そうとしたのだが、落ちている場所はグランの近く。凄まじい勢いで両腕を再生させている彼に近づくとどうなるのか。

 その答えは、あの長い剛腕に自分の小さな体が薙ぎ払われるという映像が目に映ることで知ることとなった。


「っ……! ソフィー、こっち」

「わわっ!?」


 仕方ないと見切りをつけて、未だ呆然としてる姉の手を引いて森の奥へと逃げ去る。以前、ルドルフというシャーリィの元専属執事が騎士を引き連れ自分たちを誘拐しようとした時はロクな対応が出来なかったが、帝国関係者があからさまな害意を持って自分たちの前に現れるという経験が二回も起これば、ティオは大人顔負けの冷静な思考を巡らせることが出来る。

 普段眠気眼でのんびりとした性格の十歳児からは想像もできない、特異な才能だった。


「な、ななななにあれぇっ!?」

「分からない……分からないけど、多分帝国から来た変質者だと思う。お母さんが会った事もないのに声を掛けてくる男の人がそれだって言ってたし」

「それママが言ってたのとは絶対に違うよね!? 私の考えてた変質者とは、ちょっと違い過ぎるんだけどっ!?」


 若干涙目になりながらも、正気を取り戻して懸命に逃げるソフィーに、努めて冷静になりながら返答するティオ。グラン自身の事は知らない二人だが、巨体に埋め込まれているアリスの顔は知っている。

 本当なら街へ戻りたかったところだが、最短ルートはグランの目が届く道筋だ。ならば迂回してグランを撒くためにも森の奥へ進んだのだが、ここから先は大人に行かないようにキツく言い含められていた場所。つまり土地勘が無い。


「……ゴメン。撒くためにこっちに逃げたけど、正直迷子になると思う」

「あ、それは大丈夫! 今日は雲が無いし、影の向きで街の方向は分かるから!」


 ティオは思わず目を丸くした。色んな知識をため込む姉であると知っていたが、そんな事まで知っているとは思わなかったのだ。


「日暮れまでに街に戻りはじめれば迷わなくても済むけど……あの人? ていうか魔物? はどうしよう……?」


 とりあえず今は撒いてしまうことが最優先だ。幸いにもここは深い森の中、体の小さな彼女たちでも姿を晦ますことは比較的簡単だが、相手は人外の巨躯を持つ化け物。自分たちの理解を超えた手段を使ってくるかもしれないということを、魔物との戦いの話を冒険者たちから聞き育った、年齢の割に聡い彼女たちは楽観視できない。


「見るからに力とか強そうだし、木を圧し折って向かってきたり、臭いで追ってきたりしたら面倒」

「そ、そうだ! ベリルたちなら何とかなるんじゃない!? さっきのビームも凄かったし!」


 普段の間抜けな様子からは想像もできないが、あの巨椀を一瞬で消し飛ばした二羽の霊鳥ならば、そのままグランを倒せるかもしれない。そんな期待を込めて頭上を見渡すが、肝心の二羽が見当たらない。


「あ、あれ? ベリルとルベウスは? も、もしかして、はぐれちゃった? だったら再召喚を……」

「違う。ソフィー、これ」

「え? ……って、あぁああああああっ!? なんか真っ白に燃え尽きてる!?」


 ちょんちょんと、人差し指で自分の頭の上を示すティオ。異常事態に狭まっていた認識が広がり、妹の白い髪の上を見てみると、そこにはなぜが淡い微笑みすら浮かべていそうな様子で、赤い羽毛を真っ白に染めているルベウスの姿が。


「ちなみに、ベリルもソフィーの頭の上に張り付いてる」

「うわぁっ!? ほ、ホントだ! 全然気付かなかった!」


 自分の頭の上に手を向けてようやく気付く。ベリルも同じように微笑みながら死んだかのように真っ白になっていた。  


「も、もしかして魔力切れ? ルベウスの体の色がちょっとずつ戻ってきているみたいだし、今は私たちの魔力路と同化して回復してるんだと思う」

「よく分からないけど、初めて会った時みたいに?」

「うん。多分ね」


 となると、この二羽にグランを倒させるのは厳しいとティオは考える。グランの回復速度は尋常ではなかったように見えるし、魔力を充填しながら攻撃しても、向こうも回復されては意味がない。


「じゃあ、やっぱりこのまま遠回りして街に戻った方が良いよね?」

「ん。冒険者だって多いし、きっと何とかしてくれる」


 そう決めて行動に移そうとした矢先、とある映像イメージが二人の瞳に映し出される。

 それは無事に街へ戻ってきたソフィーとティオの姿。しかしそんな彼女たちを追って、すぐさま街へ侵攻を開始したグランが、冒険者の到着を待つ暇もなく、住民たちに暴虐の限りを尽くす。

 その中には、リーシャやチェルシー、ミラにマーサの姿も混じっていて……。


「ま、また変な光景が……!」

「……でも、このまま街に戻ったら本当に同じことが起こりそうかも」


 二度に続き三度まで、彼女たちの宝石のような瞳に突如映し出される最悪のイメージ。白昼夢や嫌な予感と言うには鮮明過ぎるし、仮に気のせいだと割り切っても、今のイメージが現実のものとなる可能性は十分にある。


「どうしよう……このままじゃ戻れない……」


 友人や祖母代わりの人を失ってしまうかもしれないという迷いが、街へ向かう彼女たちの足を止める。どうすればいいのかと、ふと森の奥へ視線を向けると、再び瞳に映像が浮かび上がった。

 それは絶望や最悪を示唆するものではない。ただ得体の知れない〝何か〟が少女たちを導こうとしている。何の保証も無い、下手をすればただの都合の良い白昼夢かもしれないその光景だが、こうも連続して起きれば気のせいでは済まない。

 どうするべきかという悩み。その答えは、遠くから聞こえてこっちに向かってくる木々を薙ぎ倒す音が打ち払った。ソフィーとティオは互いに顔を見合わせて頷く。

 

「……ティオ」

「ん。行こっか」


 白い双子は自分の直感を信じて森を走る。ただ逃げるのではなく、最善を掴む戦いへ向かうために。




 煙を上げ、血肉が焼けた痛みに脂汗を掻きながら腕の再生を終えたグランは、先ほどまで浮かべていた余裕の笑みを消し去り、憤怒の表情で双子が消えた森の奥を睨んでいた。


「おのれ小娘どもめぇぇええ……! よくもこの俺に手傷を負わせてくれたなぁ……!」


 帝国から空を経由し、王国辺境の森へと降り立ったグランは、自分を貶めた……少なくともグラン本人はそう確信している……シャーリィを見つけ出してから無残に殺し、アルベルトの娘二人を帝国へ連れて帰るために街へ向かっていたのだが、いくつもの怨念を取り込み本能がより剥き出しになっていたせいか、理性では一切認めていない考えが浮かんでいた。


 ――――このまま挑んでも勝てないのでは?


 誰よりも絶大な力を得たはずの自分は、ルミリアナに一方的に翻弄された。そのルミリアナよりもさらに高みに座す剣士を前に、一体どうして勝てるというのだろうか?

 勿論、グランの理性はそんな事実を一切認めていない。しかし本能というのは時に狡猾なもので、偶然森でソフィーとティオを見つけたグランはこのような結論に至った。


『そうだ! より確実な手段として、卑劣なシャーリィを逃がさないための人質とすればいいではないか! 俺は騎士として主君に確実に栄光を届けなければならないからな、あの小娘共は多少傷つくだろうが、我が騎士道を貫くためには必要な犠牲というものだろう!』


 逃がさない為と言ってはいるが、実際はシャーリィの身動きを封じて一方的に痛めつけるための人質である。それはシャーリィに対して根付いた恐怖と、魔武器の影響によって混濁した意識、そしてグランの肥大したプライドが導き出した最悪の選択だった。

 いくらソフィーとティオに才覚があったとしても、本格的な訓練も積んでいない十歳の少女。凶悪な魔物同然と化したグランに抵抗する術もなければ、逃げ切る術もありはしない。それは純然たる事実だ。

 その上、グランは不意打ちのように背後から腕を伸ばして双子を拘束しようとした。これで人質を確保し、シャーリィに目に物を見せてやれるとほくそ笑んだのだが、驚くべきことに二人は一斉に横へ跳んでグランの魔の手を躱したのだ。

 彼はその事に驚き動揺したのだが、すかさず手を伸ばす。運よく不意打ちを回避できても、肉体的に勝っている自分が彼女たちを取り逃すなどありえない。そのはずだったのだが、ソフィーたちは二人ではなかった。

 彼女たちの傍らを飛んでいた二羽の鳥が光線を発射してグランの両腕を消し飛ばし、その隙にソフィーとティオは逃げ出してしまったのだ。痛みにのたうち回っている間に彼女たちは森の中へ姿を消した。


「ゆ、許さん……! 女子供の分際で、よくもこの俺を侮辱するなど……!」


 子供に反抗されたことも我慢できないどころか、危険からの抵抗すらも許容できない狭量なグランは再生された右腕の先から、肉体の核となっているダインスレイフの刃を突出させる。


「所詮はアリスを虐げ、この俺に呪いを掛けて貶めたシャーリィの娘という事か。母親に似て性悪だな……!」


 なぜかそういう認識になっているらしいグランは、気を取り直すかのように鼻を鳴らし、子供たちが逃げた方向へと走り出す。血走った目で右腕の刃を舐めながら、彼は嗜虐的な笑みを浮かべる。


「こ、これはもう……手足の一本や二本斬り落としても問題ないだろう」


 帝位継承者として、仕えている国がマークしている子供の手足を斬り落とすという、騎士とは思えない発言をするグラン。その表情には冗談という色は一切見当たらない。屈辱を受けた借りは必ず返すという、大人気の無い中年男がそこに居た。


「それにしても、あの小娘どもはどこへ行ったんだ? くそっ、無駄に木なんか生えやがって……鬱陶しい!!」


 隠れるには遮蔽物が多いに越したことはないというのが常識だ。この木々が生い茂る森の中は、子供二人が隠れて過ごすにはうってつけのフィールドである。中々標的を見つけることの出来ないグランだが、彼もただ闇雲に探しているわけではない。


「この匂いは……ククク、こっちか……!」


 肉体の異形化に伴い、五感が極限まで高まっている。犬ほど優れていないが、それでもある程度近づけば先ほど接近した時に覚えた子供二人と鳥二羽の体臭を辿ることが出来る。

 広い森なだけあって探し出すのに苦労したが、自分に手傷を負わせ、まんまと逃げおおせた憎き二人と二羽は近い。匂いの発生源に向かって木々を薙ぎ倒しながら最短ルートで突き進むと、そこには背中を見せて逃げ走るターゲットたちの姿が。


「見つけたぞ小娘どもぉっ!!」


 悪辣な騎士の魔の手が、再び幼子たちに迫る。大人と比べても比較にならない速さで迫るグランだったが……急に彼の視界が上下反転することとなる。


「な……何だぁっ!?」


 予想だにしていなかった突然の出来事に目を白黒させるグラン。そんな彼の片足には、輪っかになるように結ばれた太い(つる)がグラン自身の体重で足首を締め上げていた。

 ティオは森へ行く時、藪をかき分けるための鉈を持って行く。それで切り取った蔓と、太く背の高い、それでいて非常に柔軟性と反発力が強いトネリコの木を活用した古典的なトラップだ。

 ソフィー設計、ティオ作成の初歩的な罠に引っかかったグランは、さながら同じ罠にかかって逆さ吊りにされたイノシシのよう。野を這う獣と同じ扱いを図らずとも受けた帝国騎士団長は現実を受け入れきれずに呆然とし、双子はその隙を見逃さない。


「今がチャンスっ」

「えぇーいっ!!」


 ソフィーとティオは二十センチはあるであろう広葉の上に山盛りになっている紅いペーストを一斉にグランの顔にぶちまける。咳き込む異形の男。次第にその口や鼻、目に強い痛みと熱を感じ始め……。


「ぎ……ぎゃあああああああああああああっ!?!? い、痛いっ!? 熱いっ!? か、辛いぃいい!!」


 口内、鼻腔、眼球の粘膜を痛烈に苛む、この赤いペーストの正体は、森に大量に自生しているハバネロやトウガラシだ。それをソフィーとティオ、飛べる程度には回復したベリルとルベウスでかき集めて潰し、グランの顔に叩きつけたのだ。いくら肉体復元能力があっても、辛み成分の元となるペーストまで巻き込みながら復元すれば、無限に傷みと熱が続くという地獄を味わうこととなる。


「や、やった! 作戦成功!」

「んっ。早く逃げて次に行こう」


 十歳の子供二人に翻弄されて逆さ吊りになりながらもがき苦しむ三十路の騎士団長を尻目に、作戦が上手くいってハイタッチを交わしたソフィーとティオは、使い魔である二羽の霊鳥を再び頭に乗せて森の中へと姿を消した。


双子がついに本領を発揮し始めます。グランへのざまぁも開始され始めます。どうかお楽しみに。

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