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嵐の前の静けさ

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「くっ……! 逃げられた……!」


 フィリアは大破したテラスから遥か空の彼方を進むグランを憎々し気に睨みつける。向かっている先は東南……すなわち、王国がある方角だ。


「さっきの叫び声……もしかしなくても、明らかに姉様を狙っている! 早く伝えなくちゃ!」


 このままグランを野放しにするわけにはいかない。帝国の威信を失墜させて滅ぼすには良いネタかもしれないが、それで守るべき民が傷ついては意味がないのだ。それはフィリアに手を貸す王国側としても同じだろう。

 瞬時に頭の中でするべきことを纏めた瞬間、下の庭から氷柱が、火柱が、岩の槍がグランが生み出した化生を閉じ込め、呑み込み、貫いていく。ルミリアナが魔物を一匹残らず始末すると、二階まで跳躍してフィリアの前で片膝をついて項垂れた。


「申し訳ありません、姫様……逃がしてしまいました……!」


 その声色は悔恨に尽きない。そんな騎士に首を軽く横に振って宥める。


「いいの。それよりも今は、為すべきことをしよう。ヴォルフス侯爵があの状態で王国に入ったら大騒ぎになる!」


 手の届かない高度ではあるものの、飛行速度はそれほどでもないように見える。今から対応すれば、人的被害が出る前に対処できる可能性だって十分にあるだろう。そう自分に言い聞かせて走り出そうとしたその時、一人の栗毛の侍女が戦闘によって崩れた瓦礫に足を取られながらも必死に駆けよってきた。


「ひ、姫様ぁ! ご、ご無事ですか!?」

「ハンナ? 危ないから外で待っているように言ったでしょう?」


 侍女は最近雇ったハンナだった。彼女は最近までアルグレイ公爵家に勤めていたのだが、アリスの横暴な欲求に対処しきれず解雇されてしまい、昨今帝国に蔓延する就職難のおかげで幼い病弱な弟共々路頭に迷いかけたところを、就職安定のために町役場を訪れていたフィリアと知り合い、無事に給金を得られるようになった経歴の持ち主である。


「も、申し訳ありません。姫様の事が心配になってつい」


 そういった経緯もあってか、ハンナはフィリアに対して強い恩義を感じている。付き合いこそ未だ短いが、フィリアは高いレベルの技術が求められる公爵家に仕えていた彼女を信頼していた。


「過ぎたことを何時までも嘆いていても始まらない。今はただ、迅速に対応するだけ! 今から急いで本拠であるレグナード邸に戻って通信魔道具でこの事を王国に伝えるから、ルミリアナは馬車を返すのと同時に飛竜の手配を、ハンナはそれまでの間に関係各所に送る書類用紙の準備を!」

「「はい!」」




「うぅ……外がうるさい」


 辺境の街周辺に広がる広大な森。その一部がタオレ荘のすぐ近くにも群生しているのだが、木々に留まるセミの数は、この季節になると数え切れなくなるほど多い。

 ただでさえ夏の暑さで参っているというのに、そこに止めを刺すかのような喧しく耳障りな夏特有の騒音には、流石のソフィーも気が滅入りそうになる。


「鳥はいいよねぇ……そんなモコモコしてるのに、欠片も暑そうにしてないんだから」

「ピ?」


 ソフィーの身長よりも少し高い位置にあるポストの上に留まるベリルにジトーッとした視線を送る。

 ペットを飼い始めて分かった事だが、どうにもこの炎天下の中でも彼ら動物というのは大して気にしてなさそうに見える。最初は表情が分かりにくいのかと思ったが、どうやら違うらしい。羽毛をかき分けた先にある皮膚は、少しヒンヤリしていた。


「でもティオもこの暑さは嫌みたいだし、こういう時はお姉ちゃんの私が率先してやってあげないと!」


 むん! と気合を入れ直し、水が満たされた大きなジョウロを持って、宿の前に飾られてある花が植えられたプランターに水を掛ける。

 燦燦と降り注ぐ日光に反射し、小さな虹を作る細い水流の束を目の保養にしながら、全てのプランターに水をまき終えた丁度その時、ルベウスを頭に乗せたティオが扉を少しだけ開けて告げる。


「ソフィー、終わったならちょっと休憩にしようってマーサが。アイス作ってくれてるみたい」

「ホント!? やったぁ!」


 年相応の喜びを見せながら宿の中に戻ると、外気で熱された体を冷房魔道具によって冷やされた室内が心地よく冷やす。少し汗を掻いた双子の姉を見て、厨房にいたマーサは右足を引きずりながらゆっくりと近づいてきた。


「あぁ、ご苦労さんソフィー。悪いね、手伝ってもらって」

「ううん。マーサさんにはいつもお世話になってますから」

「ん。怪我した時はお互い様」


 今、彼女の右足首には包帯が巻かれてある。天井の照明魔道具を取り換えようとした時、足場の上で背伸びをしてしまい、そのままバランスを崩して転倒してしまったのだ。その際に足を軽く捻ってしまい、それを聞いたシャーリィたち母娘は日頃の恩も兼ねて手伝いを申し出たのだ。

 ちなみにソフィーが水やりをしている間は、ティオは廊下のモップ掛け、シャーリィはタオレ荘の裏で竈焼き用の薪の準備をしている。 

 

「今アイスの準備してるから、シャーリィを呼んできてくれるかい? そろそろ終わる頃だろうし」

「ん。分かった」


 一つ頷いてからタオレ荘の裏口に回るソフィーとティオ。勝手口を開ければ、そこには背負い籠を傍らに置いたシャーリィと、眼前に置かれた一本の太く大きな丸太。


「……ふっ」


 一呼吸吐き出し、身体強化魔術ハイライズで脚力が底上げされる。それと同時にしなやかな足が丸太を宙へ蹴り上げ、シャーリィは手にしていた湾曲剣を振るう。

  

「わわっ!?」


 突如、夏の熱気に似つかわしくない冷たい風が空中の丸太を中心にまき散らされ、三人の雪のような髪が舞い上がり、ソフィーは捲れそうになったスカートの裾を慌てて両手で抑え込む。

 それは湿気の多い熱気を切り裂いて伝わってきた刃の冷気そのもの。その陣風に晒された丸太は、宙空で手のひらほどの大きさを持つ無数の木片となって、一つ残らず背負い籠の中に納まった。


「……こんなものですね」

「おぉー」


 籠の中の木片を一つ、手で転がしながら呟くシャーリィに、ティオは静かな歓声を送る。調理用の窯に使う薪と、鍛冶の窯に使う薪とでは切り分け方が違う。出来る限り嵩張らないように細かめに斬り、それを木炭にして完成なのだが、それはタオレ荘の厨房で腕を振るっているマーサの夫の仕事だ。


「ママ、マーサさんがそろそろ休憩にしようって」

「分かりました」


 籠を厨房まで持って行き、娘二人と霊鳥二羽と共に食堂のテーブルに座る。そんな彼女たちにマーサがトレイに乗せて持ってきたのは、小さなガラスの器にミント、チョコレートを添えられた白く冷たい自家製のアイスクリームだ。


「うちの宿も季節感を取り入れようと思ってね。暑い日には女冒険者も喜びそうなのを作ってみたんだけど、良かったら試食しておくれよ」


 この暑い時期に食べる牛乳と砂糖を主成分とした氷菓はなんとも魅惑的だ。基本甘いものは好きなソフィーとティオは満足気で、食べ物と見れば正気を失ったかのように啄み続けるベリルとルベウスは、本当に鳥類なのかと言いたくなる食いっぷり。


「んー! 美味しいっ」

「理事長とかがいかにも好きそうだね」

「まぁ、カナリアはそれが目当てで砂糖の大量生産を成功させた歴史で最初の人物ですからね」


 無表情でありながらも満更ではない様子で舌鼓を打っていたシャーリィが補足するように呟く。

 かつて砂糖や胡椒などは、元となる植物の栽培が当時の技術と知識では難しく、金と同価値で取引されていた時代があったという。その当時から甘味の魅力の虜になっていたというカナリアは栽培法を確立、今や食文化に関しても歴史に名を刻むほどになったのだ。


「それはそうとお母さん」

「どうしました?」

「さっきの体を早く動かす魔術、わたしにも教えて?」

「…………」


 ジッと、一点の濁りの無い透き通った紅い瞳で見つめられ、シャーリィはなぜかバツの悪そうな気持になりながら、そっと明後日の方向に顔を向ける。


「んんっ。……急にどうしたのですか?」

「前から思ってたんだけど、あれ使ってみたら面白そうだし」


 軽く咳払いをしてからティオと向き合う。元々身体強化の魔術は、肉体面であらゆる意味で劣る人という種が、魔物との実力差を埋めるために編み出された魔術だ。

 普通では到底真似できないバカげた跳躍や疾走は、ただの人間からすればさぞ爽快だろう。ティオの得意分野を考えれば興味があるのも頷けるのだが。  


「あ! じゃあ私も! あの魔術があれば、急いでいる時とか便利そうだし!」

「ソフィーまで……貴女たち、さてはそういう小さなことを理由にして、冒険者になるための予習をしようとしていませんか?」

「「……」」


 双子の娘はクルリとそっぽを向く。


「あっはははははっ。あんたたち、そういうところが似てるねぇ」


 似たリアクションを取る母娘を見てマーサが楽しそうに笑うが、こういうところは別に似なくてもいいのではと、シャーリィは溜息を吐く。

 

「身体強化の魔術は、体が未成熟すぎる時に使えば。筋肉や筋を痛めてしまいますから駄目です」

「「えぇー」」


 しかしいくらシャーリィとしては断りにくい円らな瞳で見つめられたとしても、単純で簡単な基礎魔術とは一線を画する、下手をすれば大怪我にも直結する危険な魔術を教える気は毛頭ない。親として、そういうところだけは譲ってはいけない。


「……でもそうですね。簡単な基礎魔術だけなら教えても良いですが」

「え?」


 心底意外そうに母の顔を見る。あまり自分たちが魔術や冒険者に関することを学ぶことは賛成していない節があったからだ。


「また夏休みになれば友人と外へ遊びに行くことも多いでしょう。そういう時、自分で日焼け止めや簡単な治療の魔術が使えれば便利でしょうから」

「ん。じゃあ、約束」

「わ、私も! 私にも教えてね、ママ」

「えぇ、約束です」


 そう、何て事はなさそうに答えるシャーリィ。勿論言っていることに嘘はない。事実、去年の夏休みはシャーリィがいない間に日焼け対策する間もなく外へ遊びに行って肌が赤くなったり、涼をとる意味で浅い川で遊んでいる時、岩で足を少し怪我をしたこともあるのだ。

 自分の目が届かない場所で、対処も出来ない状況に陥るのは非常に心臓に悪い。ある程度自力で対応できるようにした方が良いと思うのは当然だろう。決して冒険者になることに賛成しているわけではない。


(娘たちと初めての魔術の勉強……契約の時は私が一方的に結ばせましたが、今回は母として娘に物を教えることが出来る……!)


 尤も、自分の子供に技や魔術を伝授するというイベントを見逃せない親バカ心も多分に含まれているが。以前、グラニアに先を越されてしまった形になるので余計に。


「あぁ、そうそう。シャーリィ、あんたに手紙が届いてるよ」

「手紙? ……もしかして」


 そんな事を考えている時、マーサから渡された手紙の封を切って、誰にも見られないように中身を確認する。

 手紙の送り主は、ターナー宝飾店と記されていた。


新作、「冤罪を被せられた令嬢の為なら、俺は最強の魔物になれる」のほうも、よろしければどうぞ。

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