剣姫と堕ちた騎士の武闘
寝落ちしてしまい、約束通りの投稿できなくて申し訳ないです……!
こんな作品ですが、お気にいただければ評価や登録、感想のほどをよろしくお願いします
「討伐? 何を言っている? それでは俺が魔物か何かのようではないか」
「……自分が今、どのような姿をしているのか、自覚はありますか?」
グランの巨体に取り込まれたままギャアギャアと喚くアリスを、その場にいる全員が無視する状況下で、フィリアは据わった目でグランに問いかける。
自分の体が偏見無しに見てどう映るのか理解できていないのか、はたまた理解できた上でのことなのか、人間の手足を束ねたかのような怪物となった騎士団長は、誇らしげに右手の《練魔の剛剣》を掲げた。
「当たり前だろう。見ろ、この力強い腕の脈動を! これこそまさに世界最強の力! アリスの騎士としてこれ以上のものはない!」
「はぁっ!? 何言ってんのよ!? いいから早く私を助けなさい!! 帝国皇妃の命令が聞けないっていうの!?」
「もはや貴様のような小娘やシャーリィにも負けはしない! 帝国が頭を悩ませ続けた《黄金の魔女》すら敵ではない! 俺はこの力で、愛も名声も全てを手に入れてみせる!!」
アリスの叫びも届いていない。様々な感情が入り混じったかのような深く濁った眼で醜悪な巨腕を見つめ、悦に浸るグランはとても正気には見えないと、フィリアは呆れを通り越して憐みの視線を送った。
完全に自分の力に酔っている。そして客観的に自分がどのような姿をしており、どのような精神性に至っているのか、最早識別できない状態にあるようだ。狂っているとはいえ、理性もまだ働いている部分があるだけ、今の彼は魔物よりも遥かに凶悪かつ醜悪だ。
「なに話し込んでるのよ!? 私は栄えある帝国皇妃なのよ!? その私が助けろって言ったらすぐに助けなさいよ! このクズっ!!」
そしてこの状況下でまだそれだけ叫べるアリスも、ある意味常軌を逸脱している。必死なだけとも言えるが、得体の知れない力で化け物になった男の体に取り込まれれば、普通の淑女なら恐怖でまともに口が開けなくなるところだろう。
「…………」
別々の意味であまりに見苦しい二人を前に、ルミリアナは片目だけでフィリアに視線を送る。その視線を受けたフィリアは一つ頷き、ゆっくりと安全圏に近づくように後退した。
「貴様は前々から邪魔だったんだ! 俺の武術大会の連続優勝記録を妨げやがって! ……だがそれもここまでだ! 今お前をここで殺して、今年からの武術大会での優勝は俺が頂く!」
そのような姿になってもまだ大会などに出られると信じ切っているグランは、右腕を鞭のようにしならせながら無骨な剣を横なぎに振るう。
人間では到底真似できない剣筋。遠心力で刃が通り過ぎる家具や壁を引き裂きながら、二人纏めて胴体を両断しようとした怪物の剣を、ルミリアナは地属性の魔力で構成された《五元の指揮権》の刃を側面から当て、天井に向かって受け流した。
「ぬっ……ぐっ!?」
屋根裏を突き破っているのだろう。引っかかって抜けなくなった大きすぎる隙を決して見逃さず、ルミリアナは目にもとまらぬ速さで宝剣を四度振るう。
水で、風で、炎で、雷で構成された極細の剣閃はグランの四肢に向かって飛来する。手足を束ねることによって構築された強靭かつ複雑な筋肉繊維のせいで両断とはいかなかったが、それぞれの飛ぶ斬撃は異形の騎士の両手両足を半ばまで切り裂いた。
「ぎゃああああああっ!? い、痛いぃいいいいいいっ!?」
加えて、炎と電撃の斬撃は、灼熱と感電の追加攻撃を与えている。肉を切り裂かれながら焼かれる痛みに悶絶するグランに接近、まずはアリスの救出から試みようとしたのだが、不意に感じる圧力に、ルミリアナは急いで床に転がるように右に向かって跳んだ。
その次の瞬間、屋敷全体が揺れるような衝撃が走り、床が粉砕される。天井から力任せに剣を抜いたグランが、床板に大きな風穴を開けたのだ。
「姫様!」
「大丈夫! 私も結界魔術には心得があるから! 目の前の敵に集中して!」
まるで大型の魔物を相手にするかのような暴威に、ルミリアナが主君の方に意識を向けると、青い障壁で全方位を覆ったフィリアがゆっくりと後退していくのを感じ取る。
姫君という立場で、常に護衛に囲まれているフィリアだが、それと同様に暗殺者からも狙われることが多い彼女は結界や治癒の魔術が得意分野だ。とにかく生き延びることが上手く、戦闘に直接参加しないなら大抵の相手から無傷で逃げ切ることが出来る。
「はぁ……はぁ……は、はははははは! 斬られた腕がもう元に戻っている! やはり俺の力は究極無敵だぁあっ!!」
竜王クラスの一部の魔物が持っている肉体再生や復元能力と似た力だろうか。既に傷跡も残していない醜悪な腕の束を、今度は横薙ぎに振るってきた。壁は棚ごと吹き飛ばされ、天井が傾くその一撃を屈んで回避した姫騎士は、足を発条に見立てて瞬時に間合いを詰め、グランの頭蓋を両断した。
「ぎぎゃああああああああああっ!?」
「いやあああああ! 汚いわねぇ! 私のドレスが血塗れじゃない!」
滝のように滴る血が、胴体と融合したアリスの脳天に降り注ぐ。半不死者を始め、不死や耐久力の化け物と呼ばれる生物の弱点である脳を両断したのだが、驚くべきことに、断面と断面から無数の小さな手が伸びて、二つに別れた頭を接着させた。
「見ろ! 頭をやられてもビクともしないこの再生力! もはやこの世に俺を倒せる奴は何処にもいない!!」
今度は右腕を弓を射るかのように引いて、前方に踏み込む突き。まるで蛇が襲い掛かるかのようなうねる軌跡を描くそれは、もはや真正面に向かって点の攻撃を仕掛けるという突きの常識を大きく逸脱し、斜め下から頭部目掛けて繰り出される。
(厄介な……!)
体を仰け反らせて回避する際に服の胸元が少し裂けたルミリアナは、内心で舌打ちする。人間では到底到達できない剛力もそうだが、伸縮しながらも骨が無いかのような予測しにくい剣筋も厄介極まりない。
加えて頭部すら再生する、常軌を逸脱した肉体復元能力。あれはもはや生物というよりも、条件下では常に力を発揮し続ける魔術そのものに近い。
(だとすると、打ち砕くべきは……!)
ならばその中心となる術式はどこにあるのか。それは十中八九、ダインスレイフにある。先々代のヴォルフス侯爵の話でも、かつての彼らの先祖は、ダインスレイフを王子の手から弾き飛ばしたことで勝利を収めている。
しかし、肝心の剣は腕に腕を束ねて極太となった右手と一体化している。ならばいっそのこと剣身そのものを破壊した方が手っ取り早い。
幸い、斬鉄の心得はある。調子に乗って滅茶苦茶に振り回される右腕を見極め、ルミリアナはクラレントの刃をダインスレイフの剣身に振り下ろした。
「なっ……!?」
しかし、亀裂が入ったのはクラレントの方だった。オリハルコンと打ち合っても簡単にヒビが入ることのない剣が、たったの一合で使い物にならなくなる。ルミリアナは襲い掛かる左手に飛び乗るかのように回避し、剣身を再構築しながら分析を開始した。
(オリハルコンともヒヒイロカネとも違う手応え……! この正体は、もしやそれ以上の硬度を持つ剣だというの!?)
だとするとその正体は限られる。魔鉱を含めた全鉱石の中で最も強靭とされる素材。その名を、剣士であるルミリアナは聞いたことがある。
「アダマンタイトの剣……! 破壊は不可能ってことね」
一部のドワーフが特殊な儀式魔術を使って加工、鍛造しているというが、それは通常の戦闘や火入れでは傷一つつかず、変形もしない事を意味している。唯一の欠点はエンチャントできる術式の少なさだが、それもダインスレイフのように特化した物なら問題にならない。
「壊そうとしても無駄だぁあっ!! 俺の剣は不壊! そして新たな力を得た俺の技は最強至高ぅううううっ!!」
ただ借り物である化け物じみた怪力の腕を無暗やたらに振り回しているだけで技も何もあったものではないが、攻略法が更に限られてしまったことは認めざるを得ない。
もはやグランの再生速度を上回る速さで、ダインスレイフの柄の部分を覆う肉の塊を削ぎ落すしかない。それも暴れ狂うかのように振り回される腕の軌跡を見極めてだ。
「どうしたどうした!? この俺の力に手も足も出ないかぁっ!?」
攻めあぐねているルミリアナを見て有頂天な様子のグランは、更に激しく両腕を振り回し、時折伸縮軌道自在の蹴りまで放ってくる。もはや騎士や剣士の戦い方ではなく、魔物同然の戦い方だ。
相性においても不利。力も耐久力も早さも、全てがルミリアナを上回る難敵であることは事実。一見すれば、追い詰められているのは令嬢騎士に見えるだろう。
「……しぃっ!」
しかし、彼女の心に焦りはない。目で見極めることが困難な攻撃を、相手の思考回路をトレースし続けることによって予知的な回避行動をとるという離れ技をやってのける若き天才は、難なく縦横無尽の攻撃を回避する。
「ぐがぁっ!?」
それどころか、合間を縫って隙を作り出すために顔面への攻撃までしてくるくらいだ。ルミリアナとは対照的に、先ほどまで慢心していたグランの心境に焦りが生まれる。
目晦ましや怯みを狙った顔面への攻撃。すぐさま復元されるが、徐々に削ぎ落とされる部分が多くなっていく右腕。一撃一撃がグランの自尊心を削っていき、ついに彼は余裕の表情を引っ込めて、みっともなく叫ぶ。
「何故だぁっ!? なぜなぜなぜなぜなぜなんだぁッ!? 俺は究極無敵の力を手に入れたんだぞ!? なのにどうして小娘一人を簡単に殺せない!? なぜ俺ばかりが攻撃を受けている!?」
自分が思い描いた勝負はこのようなものではなかった。相手をひたすら圧倒し、叩きのめし、許しを請わせた上で捻り殺す。幾ら治るとはいえ、決してこんな一方的に攻撃を当てられる無様な戦いではなかったはずだ。
なのになぜ自分が一方的に嬲られている? なぜ自分の剣はルミリアナに掠りもしない? なぜ、どうしてと、最高の力を手に入れたにも拘らず思い通りにいかない現実を前にして、まるで子供のように癇癪を起こすグランの剛腕を弾き、体勢を崩す。
「うわぁああっ!?」
「ぎゃああああっ!?」
アリス諸共悲鳴を上げて床に転がされたグランは屈辱に震える。もしやまたしてもルミリアナが卑怯な手を使っているのではないのかと、思考を現実から逃避させて自尊心を必死に守っていると、剣姫は静かに見下ろしながら淡々と告げる。
「なぜ? 決まっているでしょう? いくら他人から奪った力を振り回したところで、使い手が弱ければ話にならないわ」
「……弱い? この俺が弱いだと!?」
力も速さも圧倒的にルミリアナを上回っている。にも拘わらず弱いと断言された。それも今までコンプレックスを抱いていた小娘に。グランは脳が沸騰しそうな怒りを覚えたが、次の言葉で押し黙らざるを得なかった。
「膂力と魔物のような動きばかりで洗練さに欠けた単調な動き……そしてこちらの動きを読むこともしないかのような考えなしの連打。ここ何年も、皇妃殿下に夢中で鍛錬を疎かにしてきたのが打ち合って分かったわ。今の貴方は、ある意味で新米の騎士よりも弱い」
「ぐ、うぅっ!?」
事実だった。アリスに恋い焦がれるようになってから今まで、剣の才能に任せて自分を鍛えることを殆どしてこなかったのだ。自分よりも一回り以上年下の娘の言葉に何も言えなくなるグランに、ルミリアナは更に続けて言い募る。
「貴方は自分が騎士であるといったけれど、私にはとてもそうは見えない。騎士道は守りに死する道……これまで騎士を導き、その道を守り続けた主君の為にその身と魂を盾とするのが騎士の務めよ。貴方にはいるのかしら? そんな身命を捧げてでも守るべきものが」
「お、俺は……! 俺はアリスの為に……!」
「言ってはなんだけど、貴方はただ自分の欲望の為に力を振るっているだけでしょう? それが悪いとは言わないけれど、主君を害しておきながら騎士を名乗るなんて論外だわ。その上、力に乗せられた想いも軽い……だから今の貴方はある意味で謙虚に積み重ねる新米騎士より弱いのよ」
アリスに出会ってから……否、シャーリィという自身の全てを否定するかのような剣才と出会ってから、自分の騎士としての在り方がブレ続けていたグランは、咄嗟に反論することが出来なかった。
力さえあれば名声もアリスも全てが手に入る。そう思い込んで義務とはいえ守るべき民を犠牲にして力を得たというのに、歴然たる技量の差を見せつけられて床に転がっているのはグランの方なのだ。
それでも冷静な思考が既に残っていないグランは認められない。女のくせに、年下のくせに、天才のくせに自分の今までの葛藤を嘲笑いやがってと、床に向かってブツブツと呪詛を吐くばかり。
「せめて貴方にもシャーリィ殿のように守るべきものがあれば……いいえ、今言っても栓の無い話ね。貴方は此処で終わりよ、グラン・ヴォルフス!」
その言葉にグランはハッと気付かされる。そうだ、自分の道がおかしな方向へと向かっていったのは、シャーリィが現れてからではないか。つまりシャーリィこそが全ての元凶。今こうしてルミリアナに一方的に叩き伏せられているのも、アリスが自分に罵声を浴びせたのも、全てシャーリィの謀に違いない! 十一年前にアリスを虐げるだけではなく、俺にまで呪いを掛けるなんてとんでもない女だ!
「シャァアアアアアアアリィイイイイイイイイイイッ!!」
「なっ!?」
本気でそう思い込んだ次の瞬間、グランの背中から三本の腕で骨格を組み上げ、皮で皮膜を構成された一対の巨大な翼が生えた。羽ばたきと共に巻き起こる旋風と共に、背中からガラスを突き破って外へと出てしまう。
このままでは逃げられる。そう直感したルミリアナは、グランよりも高く跳躍して叩き落そうと試みるが、グランの全身から生み出された、人の手足を束ねたかのような奇怪な魔物が一度に十体も生み出されて剣姫を足止めする。
報告書にもあったグランの……ダインスレイフという魔剣の眷属だ。十体もの魔物に妨害されて地面に墜落するルミリアナを見下ろし、グランは王国の方に視線を向けた後、醜悪な意匠の翼で風を漕ぐように飛んで行った。
娘成分が圧倒的に足りないので、次話出します。
今回はざまぁの一環としてグランの醜態を晒してみました。ちなみに、今回のアリスの言動は聖なる焔の光な親善大使様が参考になっております。
もう一本の連載作品、「濡れ衣着せられた令嬢の為なら、俺は最強の魔物になれる」もよろしければどうぞ。