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魔剣の正体

色々な投稿時間を試してみようと、今日は遅めの更新になります。週一投稿は守りましたが。

こんなタイトル略して元むすですが、お気にいただければ評価や登録、感想のほどをよろしくお願い


 グランは頬に走る鋭い痛みも忘れて茫然とした。この嫌悪と侮蔑に表情を歪める目の前の女は一体誰なのかすら一瞬忘れてしまうほどに。


「ア……アリス……?」


 ふと、アリスが退治される魔物の魂の冥福を捧げていたことを思い出した。あれはグランが婚約者がいる身であったにも関わらず、アリスの関心を惹こうと必死だった学生時代、外法魔術師によって操られた見るも醜悪な十の触手を持つ魔物を討伐したという武勇伝を聞かせた時の事だ。


『まぁ、グラン! そんな強そうな魔物を倒せちゃうなんて、やっぱり貴方は剣に愛された騎士なのね!』

『いや、それほどでもないさ。俺もまだ修行中の身……もっと強くなって、どんな敵が来ても君を守れるようにしなくては』

『でも……その魔物も可哀そうね。仕方のない事とはいえ、悪い人に操られてしまった挙句に倒されるしか道は無かったなんて』

『……アリス』


 その言葉に、ただ戦う事しか取り柄の無かったグランは感動した。悍ましいと言っても過言ではない化け物にも慈悲の心を持てるこの少女は、何て気高く心優しいのだと。

 彼女こそ帝国一……ひいては、世界一敬われる高貴な女性になれるに違いない。それゆえにアルベルトに目を付けられ、彼の妃として迎えられてしまったが、この愛と忠誠を生涯捧げ続けようと誓ったのだ。

 ……しかし、彼は表情上の言葉だけを見ていて基本的な事を忘れていた。アリスが零した慈悲の言葉は、実際に魔物を目の当たりにせず、伝聞だけで口から出したものに過ぎないということを。

 そして人というのは、時に自分に良い印象を持ってもらうためならば、心にも思っていないことを平然と口にする生き物であるということを、陰謀渦巻く貴族に生まれながらも、真に気高いと勝手に理想を押し付けて勝手に舞い上がり、忘れていたのだ。


「アンタから容姿を取ったら脳筋以外何も残らないじゃない! 私が何のためにアンタを囲ってやったと思ってるのよ! こんな化け物みたいな体になって、アンタみたいな馬鹿と懇意にしてやった私の名誉にまで傷を付けたらどうするつもり!?」

「え……あ……え……? アリス……何を言って……?」


 怒りと侮蔑に表情を歪めすぎて、若く見せるつもりで厚めに施した化粧が盛大に崩れるアリスを、信じられないとばかりに瞠目するグラン。

 なぜならこうなるとは微塵も考えなかったのだ。この体が身に溢れる力に見合う姿形に初めて変化した時、グランが思い描いていた理想のアリスならば、異形となった自分に対して優しく気遣ってくれるに違いないと。

 そして姿形が変わっても、変わることのない自身の騎士道にアリスは感動し、愛し合う二人は武運を祈って熱い口付けを交わす……というところまで妄想し、それが現実になると信じて疑わなかったグランにとって、アリスのこの態度には、まさに青天の霹靂に似た衝撃を受けた。


「何よ、その呆けたバカ面は? まさか、自分の姿を鏡で見てないっていうの? 今のアンタの姿、見ているだけで吐き気がするくらい気持ちが悪いのよ! 私の視界に入らないでくれる!?」


 一方、醜悪な異形と化したグランを前に強気な罵倒を連発するアリスではあったが、その表情は冷や汗で白粉が溶けて酷いことになっている。

 今の彼女の心境は、プライドが邪魔して退くに退けないと評するのが正しいだろう。これまで取り巻きの美男や周囲の人間の関心を引くために、どんな悪人や醜悪な魔物に対しても心優しい言葉を口にしていたアリスだが、実際は悪人と言葉を交わしたことも、醜悪な魔物を目の当たりにしたこともないのだ。

 中身が伴わない軽い言葉を脆弱な催眠魔術で取り繕い今まで凌いできたが、口から飛び出した言葉を消すことはできない。アリスはグランに対する生理的嫌悪感により、初めて取り巻きに本音を曝け出してしまったのだ。

 普通ならばここで苦しくても言い繕うべきなのだろうが、仮にも血の繋がった姉を無残に貶め、二人の姪を脂ぎった変態貴族に売り渡して自身の地位を盤石にしようとした女はあらゆる意味で普通ではない。


「衛兵! 衛兵ぃぃっ!! 早くこの化け物を処分してよ!! アンタも早く私の前から消えなさいよ! 私の言う事が聞けないっていうの!?」


 自身の命を救うために、下手に出て言い繕うべきであると理性と本能は訴えている。しかし、これまで自分を彩る単なるアクセサリーとしか見ていなかったグランに前言を撤回して命乞いするかのような真似は、アリスの肥大しきったプライドが許さない。

 言うべきことを言って死ねる覚悟もないままに、ただただ自分の不満を口にするだけのアリスの言葉に、グランはこれまで積み上げてきたものが音を立てて崩れさるのをを感じた。


「ア、アリスがこんな事を言うはずがない……これはきっと……何かの間違いで……」


 喚き散らすアリスには聞こえない小さな声でブツブツと現実逃避に走るグラン。彼の脳裏には今、これまでアリスの為に喜んで捨ててきたものが浮かんでは消えていた。

 生涯を通して守り抜くと誓ったアルベルトへの忠誠。共に切磋琢磨してきたかつての友人にして現恋敵たち。アリスの寵愛を得るために捨てた、今は公国に嫁いだかつての婚約者の涙と嘆き。

 そんなかつてのグランが持っていたものを喜んでドブに捨ててまで得たものが、単なる偽りの愛であると知り、明かされた実態から必死に目を背けるグランの狂える思考は、おかしな方へと向かっていく。


「そうだ、これは誰かの陰謀なんだ……でなければ、心優しいアリスがこんな事を言うはずが……!」

「はぁ……? アンタさっきから何言って……」


 もはや善人面を繕うこともせず訝しむアリスに、グランは不自然なほど爽やかな笑みを浮かべた。


「大丈夫だ、アリス。君の騎士として、君を貶めようとする奴から守って見せるから」


 アリスを脅して自分に酷い言葉を投げかけさせた輩がいると妄想し、何故かそれが現実であるという結論に思い込んだグラン。

 すると今度は右腕だけではなく、全身から手足が無数に生え蠢き、身に纏っていた衣服類全てを引き裂きながら肥大化していく。唯一変化のない端正な顔は、首から下の醜悪な姿と釣り合わず、余計にその姿を不気味に見せていた。


「ひっ……ひぃぃっ……!?」


 ここにきてようやくプライドが引っ込み、自身の失言に取り返しのつかないことが起きていると察したアリス。恐怖のあまりに鼻水と涙を流しながら、その股座から異臭を放つ汚水を床に垂れ流す。

 そんな醜態をさらす愛する女の様子を慮ることもせず、グランはその胴体から無数の腕をアリスに伸ばし、自らの体へと取り込んでいく。


「ぎ……ぎゃあああああああああああああああっ!?」


 無数の腕から分かれる五指がアリスの肌に張り付くのではなく、同化する。仮にも皇妃という立場にいるとは思えない、品の無い悲鳴を上げるアリスの腰から下と両腕はグランの巨体に呑み込まれ、彼女は異形の騎士と文字通り一心同体となったのだった。


「いやあああああああっ!? このクズ! 離しなさいよぉぉおおおおお!?」

「大丈夫、大丈夫だよアリス。俺と一緒に居ればずっと安全だから」


 アリスの心からの罵声も、グランの都合の良い耳を通した心には響かない。明らかに正気ではない彼はこのままバルコニーから外へ出ようとした矢先、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。


『姫様、今何やら悲鳴が……!』

『アリス皇妃が通された部屋はどちらですか!?』

『こ、こちらになります。今、旦那様が対応を……』


 バンッ! と、蝶番を引き千切るような勢いで開けられた扉の先から、既に宝剣を抜いたルミリアナと、その後ろに続くようにフィリアとヴォルフス家の家令が飛び込んできた。


「ひぃっ!? だ、旦那さま!?」

「っ! この場は私たちに任せてください! あなたはこの館に居る者たちの避難を!」

「は、はいっ!」


 フィリアの言葉を受けて、家令は逃げるようにその場を後にする。油断なく正眼の構えでグランを見据えるルミリアナに、アリスは一筋の希望を見たと言わんばかりに表情を輝かせた。


「あぁっ! 私を助けに来てくれたのね!? 早く私を助けてちょうだい! たとえ血が繋がってなくても、家族は家族を助けるものでしょう? さぁ早く!」


 血が繋がっていても、喜んでシャーリィを貶めたのはどこの誰だ。フィリアは内心で舌打ちをしながら勝手なことを言うアリスを鋭く睨む。

 正直な話、このまま不幸な事件に巻き込まれたという形で亡き者にしたいところだが、《センスライ》の魔術がある限りそれも難しい。それに、アルベルトとアリスの愚行は帝国の権威を貶めるにも有効だ。皇妃を助けなかったら助けなかったで今後の活動の正当性を疑われるし、フィリアは渋々アリスを助けるようにとルミリアナに囁く。


「ヴォルフス騎士団長……貴方は自分が何をしているのか理解できているのですか?」

「何を? 俺はただ、愛するアリスを守ろうとしているだけだ。何故そんな責められるようなことを言われなければならない?」

「いえ、究極的に言えばその女はどうでもいいんです」

「ちょっと!? それどういう事よっ!?」

 

 先ほどまで善人面を張り付けて助けを乞うていたアリスは思わず素を出してしまい、慌てて取り繕ったかのような悲しい表情を浮かべるが、フィリアはそれを無視して話を進める。


「先々代のヴォルフス侯爵が教えてくれました。その右腕から生えている剣の詳細と、それに纏わる逸話を」


『コスモスの花冠の作り方を教えた貴女へ』。そんなシャーリィとの思い出を宛先代わりに記された手紙を受け取ったフィリアは、急いで帝国外れに隠居しているグランの祖父、先々代のヴォルフス侯爵に事情を説明し、話を伺ったのだ。

 隠居しているとはいえ、本来侯爵家の人間ともなれば自身の家の秘密や醜態は必死に隠そうとするものだが、貴族の生活に嫌気がさしていた彼は、引退と共にヴォルフス家と縁を切り、帝国の端で冒険者をしていた。

 そして自分の孫がしでかしたことを知った彼はフィリアたちに伝えた。ヴォルフス家が代々受け継いできた魔剣、その正体を。


「その剣で倒した魔物の魔力を吸収し、自身の身体能力や魔力を微量でありながら半永久的に向上させる事が出来るそうですね。能力としては破格でも、それだけ見ればそのような姿になるはずもないし、この短期間で魔力をそこまで増やせるわけがない」


 人の魔力と魔物の魔力は本来融和しない。あの剣に組み込まれた術式によって、倒した魔物の魔力の九割以上を代償にして、残り一割未満の魔力を人の魔力に融和させるようにし、担い手に取り込ませるのがヴォルフス家の宝剣の真価だ。


「ですが、魔力を融和させる必要のない同種族を斬ることで、大幅に自身を強化することも出来る……貴方は当主としてそれを知っているはずだし、それによって起きた悲劇も教えられていたはずです……!」


 古い時代、この魔武器を使って愚かな皇子が実際に引き起こした惨劇がある。

 強さばかりを追い求めていた皇子は、試しに死刑囚を魔武器を使って処刑したのだが、その時に得られた魔力が魔物を斬った時と比べ物にならない量であることを知ってしまった。

 しかし、本来の使用用途である魔物を倒すことによって得られる魔力が少なくなる術式はストッパーでもあったのだ。ほんの少しずつ、適量の魔力を体に浸透させることで一切のデメリットもなく担い手を強くすることが出来る利点。

 それを無視して人を斬り、術式の条件を満たせなくなった魔剣は、斬った人間の魔力を怨念ごと担い手へと無理矢理融和させてしまうという、造りだした鍛冶師本人も知らない性能があったのだ。

 その結果、高負荷の魔力と怨念に耐え切ることが出来なくなった皇子は正気を失い、その姿を化け物へと変え、自身の眷属となる魔物を斬り捨てた人の数だけ作り出し、帝都を恐怖で陥れた。  

 最後は皇子は討たれ、後に皇室から二度と同じことが起きないように剣の管理を任せられることとなる初代ヴォルフス侯爵に下賜されたが、時を経て、今度はヴォルフス家の当主によって惨劇が繰り返されようとしている。


「帝国や王国でも、人の手足を束ねたかのような魔物の出現情報が相次いでいます。その姿と合わせても、決して言い逃れすることはできませんよ」


 フィリアは空のような碧眼に義憤を燃やし、グランを睨む。


「ヴォルフス家当主、グラン・ヴォルフス。魔武器《練魔の剛剣(ダインスレイフ)》の無断使用及び、殺人の罪により、貴方を討伐します」

 

今のグランは全裸です。股間は肉が盛り上がって見えないって事にしといてください。

誤解を与えないように言っておきますが、僕はアリスを簡単にフェードアウトさせるつもりはありませんし、理性崩壊なんて言う生ぬるい逃げ道をグランに与えるつもりもありません。グランファンの方には申し訳ありませんが。

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