冒険者ギルドへ
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かつて政治の深い場所で教育を受けていたシャーリィからすれば、各国の法や規則は現状未完成だと言わざるを得ない。
国家政府や民間組織ごとに各々規則を主張し、中でも冒険者ギルドはその最たるものの一つだ。
あくまで王国法での話になるが、国に流れ着いた浮浪者が、その国での戸籍を得るためには金貨一枚が必要となる。
三人なら金貨三枚。これはギルドの依頼で例えれば、駆け出し用の依頼を2~3回こなして得る事が出来る額だ。
何者でもない、何処の誰の生まれでもない全く新しい個人を作り出すという手続きという名目がある為、そこに一切の前歴は不要となる。
しかし、ただ戸籍があれば働けるという訳ではない。この二百年ほどで庶民の数字計算や識字率が爆発的に増加し、自分は読み書き計算が出来るということを証明することが就職の最低条件となった。
そしてその証明こそが学歴……大人向けの講習会、または九歳から十二歳までが受ける義務教育の修了証の存在である。
講習会でテストをクリアするか、民間学校に三年間通うことで修了証を貰えるのだが、どちらに行くにしてもやはり金が掛かる。
そもそも浮浪者など、金を持っていないのが当たり前で、本来戸籍を用意する金銭も無いのだ。
ならば彼らはまともに働くことも出来ずに、ただ野に朽ちるしかないのか? そんな声に応えたのが、冒険者ギルドだった。
法が関わらない民間同士の取引の下、命の危険が常に伴う代わりに、前歴問わず、無料で登録が可能な超大型派遣組織とも言える開拓団体。
世の冒険者たちが自由と冒険を求めて旅をする者が大半だが、戸籍と学歴を求めて戦う者も少なからず存在する。
しかし、浮浪者を救っている一方で、冒険者ギルドの方針は国が定めた法と真っ向からぶつかり合っている。
幾度となく政府とギルドの間で小競り合いが繰り返されてきたが、金銭的な事情のせいで死者が出ている事もあった為に国は黙認。
先を見据える事が出来る者なら、政府とギルドが互いのルールを主張し、非常時を除いて纏まる事のない状況は、まさに穴だらけの秩序であり、現に犯罪の温床となる事もある。
シャーリィとソフィー、ティオの母娘は、そんな未完成なルールに助けられた形になる。
生活費と学費の為に、何より冒険者が意外と性に合っていることや、娘と過ごす時間を得る為にシャーリィは冒険者を辞めるつもりは無いが、すぐさま金銭を稼げたお陰でソフィーとティオに食事を与える事ができ、去年からは民間学校に通い始めた。
「それじゃあママ! 行ってきまーす!」
「ふわぁ……ん、行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
元気に手を振るソフィーと眠たそうに欠伸をかみ殺すティオの後ろ姿を見送る。
教科書やノート、筆箱が入ったカバンを背負い、瞳の色以外の見分けを付けるためにセットされた、二人別々の髪形が春風に揺れた。
年相応に背伸びをしがちなソフィーは、大人っぽさを目指して髪を一房編み、前に垂らしている。
姉とは逆に無頓着気味なティオは、申し訳程度にヘアピンを付けているが、それ以外の工夫は無い。
シャーリィのように腰まで伸びてはいないが、肩甲骨を超える程度には伸びた白髪は、歩くのに連動して輝きながら舞う。
「ふぅ……行きましたか」
「行きましたか、じゃないだろ? あんたの不始末なんだから、あんたも手伝いな」
日課である娘の見送りを済ますと、マーサが呆れた表情で後ろに立っていた。
「食堂にはあんたが気絶させた冒険者たちがいるんだから、全員ちゃんと起こしてやんな」
「うぅ……」
殺気の制御が出来ずに、思わず何人もの冒険者を失神させてしまったシャーリィは居心地悪そうに肩を窄める。
泡を吹いて意識を手放した彼らと違い、何故かマーサと彼女の夫は平然としていたが、異様に肝が据わっている夫婦であると知っているので深くは考えない。
「すみません。娘に集る害虫が現れたのかと思うと、つい」
「害虫って……」
愛娘たちの学友……正確には、二人に告白した男子を自然な口調で駆除対象呼ばわりしたシャーリィ。
「そうですよね……あの子たちも、そういう年頃なんですよね……」
「まったく、何狼狽えてるんだい。あんたもあの子たちの親なら、どっしり構えてな」
「べ、別に狼狽えてなどいませんっ。私は娘の自主性を重んじているつもりですから……!」
否定しているものの、どんよりとした薄暗いオーラを出したり、図星を突かれて分かりやすいくらいに慌てふためいたりと、どこからどう見ても説得力の無い姿である。
「ただ、まだ未成年なのですからそういうのは早いと思っただけです。貴族なら政略上の問題で仕方ないとしても」
「えぇい、男の一人や二人で情けない! あの子たちがこのまま成長したら、十や二十の男が寄ってくるかもしれないってのに」
「二十人!?」
それは貴族令嬢として人生の半分以上を過ごし、残りは娘と戦いにのみ費やしてきたシャーリィには信じられない事だった。
一人、二人ならまだ分からなくもない。だがしかし、何十人もの男たちが愛娘に集る光景を思い浮かべると、気付かぬ内に殺気を放出しながら二振りのショートソードを握りしめるくらいに、彼女は狼狽えていた。
「ちょいちょいちょい! そんな物持ってどこに行く気だい!?」
「む、娘の所にです……! 護衛と駆除をしに……このままだと危ない……!」
「あーもう! いいから落ち着きなっ! あんた今日ギルドに呼ばれてんだろ? 食堂で寝てる冒険者もまだ起こしてないし、そんな時間は無いんじゃないのかい?」
「うぅ……っ」
自分が気絶させた冒険者たちの事を引き合いに出され、流石に勢いが収まるシャーリィ。
マーサとは九年以上の付き合いだ。初めは関わる事を拒絶していたものの、彼女の強引な性格で関わらざるを得なくなってからと言うもの、口論で勝てた例がない。
「民間学校じゃあ、ちゃんと先生方が見張ってるんだからそんな心配はいらないよ。あの子たちはあの子たちで結構しっかりしているし、こっちは営業妨害受けてんだ。そんな勝手はさせないよ?」
「わ、分かりました……言う通りにします。……ご迷惑をおかけして、すみません」
「うん、分かれば良し。次からはどうするんだい?」
「娘に男が近寄ってきても、対象者にのみ殺気を集中させます」
「んー……もうちょっと穏便にして欲しいところだけど、周りに迷惑かけないなら今はそれでいいか」
すごすごと冒険者たちの意識を覚醒させていくシャーリィ。跳ねるように体を震わせて起きた冒険者が彼女の顔を見るなり絶叫して逃げ出す光景を見て、マーサは大きく溜息を吐いた。
「まったく、アレさえ無ければ大した冒険者なんだけどねぇ」
娘を守ろうと常に必死である為に暴走する事がままあるが、今回の件は過去最大級と言える暴走の前兆に見えてならない。
このまま何も起こらない様にと心中で祈っていると、厨房から出てきた夫が重たそうな麺棒を片手にマーサに問いかけた。
「それで、ソフィーとティオに群がる男ってのは、何処のどいつだ?」
「あんたもかい!?」
パシーンッ! と、平手で頭を叩く音がタオレ荘に響いた。
冒険者……特に接近戦を得意とする職業の防具は甲冑が好ましいとされている。
中には籠手や具足、胸当てのみという軽装の冒険者も居るが、一撃一撃が致命傷になり得る魔物の爪牙や魔術を防ぐには、全身を防具で覆うのは単純かつ有効な手段だからだ。
しかしギルドが誇る《白の剣鬼》の防具は、手足の動きを阻害しない、ノースリーブのシャツのような鎖帷子だけ。
物々しい頑丈なブーツを履いている以外、帷子の上に着るのは簡素なワンピースのみという姿は、街の外を歩いていても彼女を冒険者と思う者はいないだろう。
「……ふぅ……」
大剣を担いだ全身甲冑の大男や大きな荷物を納入することを想定して造られた木製の扉を開けると、中に居た幾人かの冒険者たちがこちらに視線を向けてくる。
詩で世間に知らされているように、ギルドの内部は酒場と共同になっており、朝から大きな骨付き肉を齧る戦士や火酒を呷るドワーフと、見るからに豪胆な者たちが騒いでいた。
――――うわっ。剣鬼じゃん。
そう呟いたのは誰だったのか、シャーリィでもこの喧騒の中では判別できなかった。
そんなどこか非難的な囁きや視線を無視して、シャーリィは受付嬢の元まで歩み寄る。
「そこで俺は敢えて盗賊共の砦を真正面から攻めたんだ! 警戒が全て俺に集中している間に、仲間が魔術で後ろから攻撃して、慌てふためく盗賊の頭に一撃かまし、あとはもう大乱闘さ!」
「へ、へぇ~。それはご苦労様です」
「相手は武器を持った男が十人以上。俺は人数差を自慢の剣で覆してだな」
「そ、そうなんですか。あの、そろそろ私は事務に……」
銅の認識票を下げ、バスターソードを背負った冒険者が亜麻色の髪を後ろで束ねた受付嬢に自分の武勇を聞かせ、熱心に口説いている。
むさ苦しい冒険者ギルドではよくあることで、華である受付嬢を口説こうとする冒険者は多い。
そしてそれが、冒険者の窓口対応を兼任する女性事務職のである彼女たちの仕事の邪魔となっていることも。
「すみません。私も用があるので依頼報告が終わったなら退いてください」
「うげっ!? アンタかよ……」
受付嬢を口説いていたナンパな冒険者は、紛れもない絶世の美女であるシャーリィを見た途端に顔を顰める。
「何か?」
「……ちっ」
何処か矛盾した言動の男を二色の眼で少し強く睨むと、舌打ちを一つして立ち去って行った。
受付嬢は表面上はにこやかに、内心では舌を出しながら男を見送ると、助け船を出したシャーリィに軽く頭を下げる。
「すみません、助かりました」
「別に用があったので話しかけただけです。それより、ギルドの方から話があると伺いましたが?」
「あ、はい。その事なんですけど、奥の方でお話しますので、応接間で待っていてください」
シャーリィを受付の奥の応接間へと案内した受付嬢は、彼女に紅茶を淹れた後、小走りで事務所へ戻って資料を取りすぐに戻るが、扉を開けたところで思わず立ち止まった。
同じ女性でありながら、思わず見惚れてしまったのだ。椅子に座る姿からティーカップを口に運ぶ仕草までの全ての所作が洗練され、安物の茶葉と陶器の器が最高級品にも見える。
「ユミナさん、そんな所に立ってないで座ったらどうです?」
「は、はいっ!」
とても冒険者とは思えない優雅な姿にある種の尊敬の念を抱いていると、シャーリィは受付嬢……ユミナの方に目線すら寄こさずに告げた。
「ごほんっ。……えっとですね、本日お呼びしたのは、先日のゴブリン退治に関することなんです」
「……他の冒険者との冒険接触なら話は済んでいるでしょう? 受注済み含め、ゴブリン関連の依頼全てに介入しても良いと認めたのはギルドではないですか」
「えぇ、そっちは問題ではありません。問題なのは、ゴブリンの巣と思われていた場所にドラゴンが居た事です」
シャーリィは訝し気に首を傾げる。
「確かにドラゴン自体珍しいですが……別にゴブリンの巣に居ても不思議ではないでしょう。どちらも知能の高い魔物なのですから、共生することくらい」
「いえ、そっちじゃないんです。実は最近、ウチのギルドで討伐依頼を出していたゴブリンや悪行狼のような知能の高い魔物の群れを、ドラゴンが従えているケースが他にも三件あったんです」
討伐すること自体が最高の栄誉とまで言われているドラゴンは、他の魔物と比べても数が少ない。
覇者たる種族が似たような状況で、合計四件現れるというのは確かに不自然だ。
「ただの偶然ならそれでも良いんです。ですけど、これらが何らかの理由があっての事なら、原因を突き止める依頼をギルドから強制し、Aランク以上の冒険者さんに突き止めて貰わなければなりません。これ以上無駄な犠牲を出さないためにも」
不意に、先日ドラゴンが現れたことで全滅寸前に追い込まれた若いパーティを思い出す。
今後もアレと同じようなことが立て続けに起これば、確かに悲劇的と言わざるを得ない。冒険に出なくなる者が現れるだろう。
「という訳でシャーリィさん」
「断ります」
「まだ何も言ってないのに!?」
「どうせAランクに昇格してくださいって頼みたいのでしょう?」
「うぐっ……確かにそうですけど……」
ギルド側の思惑は分かり切っている。規約上、Bランクのシャーリィをギルドの意向で義務的に出撃させられないので、何としてもAランクに昇格させたいのだろう。
「AランクやSランクなんて聞こえはいいですけど、要は非常時における軍隊じゃないですか。今の世の中、魔物関係の非常時が週に何回起こっていると思ってるんですか?」
何より、シャーリィは非常時だからこそ依頼より愛娘たちを優先したいと考えている。
対応するにしても、真っ先に娘の元に向かって結界を張るだけでも彼女たちの生存率は大幅に上がる。
命より大事な愛娘の元に行く暇があったら魔物を倒しに行けというAランク以上の冒険者など、シャーリィにとってデメリットが大きすぎるのだ。
「そんなぁ……そう言わずに昇格してくださいよぉ。私だって上の方から実力のある冒険者を何時までもBランクに留めるなってお説教されてるんですから!」
「知りませんよそんな事。大体、私はAランクに昇格する条件を満たしていないでしょう?」
「うぐっ」
非常時には他の冒険者やギルドの連携を重要視されるAランク以上の冒険者の昇格条件は、単なる実績だけではない。
ペア、もしくはパーティでの冒険実績を積み重ね、問題を起こしていないかを魔術を用いて徹底的に洗い出した上で、Aランクに相応しいと判断されて初めて昇格できるのだ。
「自分で言うのもなんですけど、こんな愛想の悪い単独専門冒険者、使えばバッシングを受ける特例でも使わなければ、Aランクになんてなれませんよ」
「それならパーティを組んでくださいよ~……」
「私と戦っても良いという冒険者が居れば、昇格はともかくパーティを組んでもいいんですけどね」
初めに断っておくが、シャーリィは男嫌いでもなければ人嫌いでもない。
過去に盛大な裏切りがあっただけに非常に猜疑心が強く、よく知らない相手に対する不愛想極まった態度こそが、他の冒険者の反感を買い、彼らとの溝を深めてしまっているのだ。
その上明らかにBランクに留まらない強さがあり、依頼も確実にこなすので下手に文句も言えずに余計に質が悪い。
「とにかく、調査依頼ならクエストボードにでも張り出しておいてください。都合が良ければ受けますので」
「都合が良ければ、じゃなくて必ず受けてほしいんですけど……はぁ」
シャーリィは温くなった紅茶を飲み干し、縋りつくような視線を送るユミナを一瞥することも無く応接間から出ていった。
いかがでしたでしょうか? 感想の方で色々指摘して頂いたのを参考にしてみました。それに伴い第五話も少し書き直しております。
お気に召しましたら、評価してくださると幸いです。