精霊鳥
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それは、ソフィーとティオがシャーリィに冒険者ギルドへと通勤するように言い渡し、民間学校の授業の真っ最中でのこと。
「へぇ……もうそんなに大きくなってるの?」
「うん。ママは鳥の成長は早いって言ってたから」
民間学校の敷地内に新しく増築された建物の中には、《黄金の魔女》手ずから設計した広々とした水泳訓練所……プールが作られていた。
夏の間だけ臨時で雇われる、指の間にヒレがあり、全身から鱗が生えた半人半魚の亜人、通称魚人の講師によって泳ぎの基礎を教えられた、年端もいかない少年少女たちは、講師の粋な計らいにより、残り時間十五分を自由時間として思い思いに水遊びに興じている。
そんな中で一際注目を集める、雪のような白髪と白い肌を持つソフィーとティオは、無自覚の内に男女問わず注目を集めていた。
元々、シャーリィの意向によって肌の露出が控えめな衣装ばかりを着て、その白い肌の殆どを隠していた学校でも随一の双子美少女。性の違いを自覚し始めた子供たちは、その隠された体の線やしなやかな手足の全貌を今日初めて目にしたのである。
『わぁ……あの二人キレイ……』
『ちぇっ……。何だよ、別にただのツルペタじゃねぇか』
水に濡れた髪と肌は、光を反射して普段とはまた違う艶めかしい魅力を放っていた。
初めて両手足の殆どを露出した姿を目にした同い年の男子生徒たちは素直になれない陰口を叩きながらも、チラチラとした視線をソフィーとティオに送り、普段の体育の度に一緒に着替えをしていた他の女子生徒さえも、水に濡れることによって発揮され始めた幼い色香にあてられる。
彼らは不意に、授業参観で目にした二人の母親の姿を思い返す。あの母にしてこの子あり、年齢的に体の起伏は乏しくとも、人の目を惹きつける素質は既に発揮されているようだ。
「二人の頭の上に張り付いた日以来、見てなかったから気になってたんだよ。あの後、アタシらもティオたちもゴタゴタしてたからねぇ」
「? わたしたちは小屋とか世話の勉強とか水泳の練習とかあったけど、三人は何か用事あったっけ?」
シャーリィがその場に居れば、不躾に娘の体をジロジロと見る男子生徒を殺気で威圧するであろう状況をさほど気にする様子もなく、ソフィーとティオは、仲の良いリーシャたちと共にプールの水に足を浸すように腰かけ、談笑に興じていた。
「ほら、私たちは夏至祭の手伝いしなきゃだろ? 今年も親父がえらい張り切っててさぁ」
「あ、そっか。もうそんな時期だっけ?」
夏至祭は民間学校の夏休み中頃に、王国の各地で毎年開かれる作物の育ちと秋の実りを天空の女神に祈る祭りの一つだ。
とはいっても、辺境の街では太陽の恵みを与える女神への感謝というのはあくまで名目。夏至祭は開かれる街によってその在り方に違いがあり、行事にかこつけて荒稼ぎしたり、楽しく宴会騒ぎを開きたいというのが、この冒険者の街の本音である。
「うちは毎年恒例のバザーで色々ね。当日も店番頑張んないとなんだよ」
過酷な冒険の末に親を失う、または親を失うかもしれない子供たちに思い出を作るためにも、辺境の街の夏至祭は出店が盛んだ。
酒場を経営するリーシャの家は他の飲食店と手を組んで屋台を、チェルシーが住む孤児院は街の婦人たちと協力して、衣服や小物を作って出店を開く。
流石に王都や公爵領のように上流階級が介入するような規模というほどではないが、毎年平民が普通に楽しむ分には申し分のない賑わいとなるのだ。
「ちなみに、私とお母さんもバザーに出品するから、ここ最近は忙しくって」
「ん。わたしたちには無縁の苦労」
生活の場を提供するだけあって、タオレ荘を始めとする街の宿は祭りであろうと基本的に平常運転だ。そしてそれは冒険者であるシャーリィも同じこと……去年はソフィーとティオと共に出店巡りという形で祭りに参加していた為、毎年主催者側に回る三人の苦労は想像するだけのものである。
「お店出すのは興味あるんだけど、冒険者って当日は街の守備隊と一緒に見回りするっていう意味も含めて出店巡りしてるところもあるから。マーサさんもいつも通りの仕事があるし」
辺境に限った話ではないが、祭りに乗じて騒ぎを起こす輩が増えるのは、最早自明の理のようなものだ。
昔は祭りの為に一ヵ所に集められた衣服や食料を狙って、盗賊が現れたということもあったらしい。そんな過去の経験から、冒険者ギルドではギルドでの評価を報酬として、武器を装備して街を回り、不審者に目を光らせることを推奨している。
……ちなみに、シャーリィは編み物や小物作りといった技能を一切持っていないが、それを理由に出店に参加せず、祭りを見て回っている訳ではないというのが本人の談だ。……あくまで本人談であるが。
「で、話は戻るけどさ。私ら今日久々に時間出来たから、雛の様子を見に行ってもいいか?」
「二人の家に置いてる宝箱の中も気になるしねー」
「ん。別に良いと思う」
「うわぁ……話には聞いてたけど、思ってたよりずっと広い」
その日の放課後、一度家に戻ってからタオレ荘に集まったリーシャたちは、ソフィーとティオの後ろに続く形で入った《勇者の道具箱》の中に広がる空間を見渡して、感嘆に似た息を吐いた。
「明らかに宝箱の大きさと釣り合ってないだろ……一体どういう仕組み何だ?」
「……さぁ? そういう難しいの、あまり考えたことないし」
「あぁ、私も全部理解してるわけじゃないんだけどね。宝箱の内側に彫られた術式が契約者の魔力と反応して――――」
至極もっともな疑問に首を傾げる妹や友人たちに、ソフィーはどこか得意気に胸を張り、人差し指を立てて解説する。
運動能力に突出するティオに対し、学習能力に長けるソフィーは、並みの魔術師が聞いても理解不能な術式の八割近くを理解していた。
ここ最近、妹のティオに上手くお姉さん風を吹かせられないことを何気に気にしてる彼女にとって、こういう時こそ名誉挽回のチャンス。余りに難しい部分は出来る限り省略しながら、同年代にも分かりやすいように伝えたつもりなのだが――――
「――――て感じで並べられたルーン文字が空間に干渉、こんな風に箱の中を半異世界化させてるってこと」
「ふむふむ。なるほど」
チェルシーが物知り顔で顎に手を添えて頷き、ティオやリーシャと共に明後日の方向を見ながら呟く。
「「「世の中には、不思議な事があるって事か」」」
「がくっ!?」
「……ま、それはともかくとして、ルベウスたちの様子見に行こっか。こっちの扉から入れる」
(うう……さりげなくフォローされた。ありがたいけど、なんか複雑だよ)
普通の……どちらかと言えば勉強が苦手な十歳三人に対して空間干渉の術式は難しすぎた。お姉さん風吹かせるどころか空回ってしまい、逆にティオによるさりげないフォローで場の空気を変えられてしまい、何とも複雑な思いを味わう羽目に。
「ピーッ」
「ん。ただいま」
「わっ!? 本当に結構大きくなってるし」
シャーリィによって立ち入りが出来るようになった唯一の部屋に入ると、飼い主に気付いた二羽の霊鳥が呑気な顔で出迎える。
そのまま鳥小屋の扉の前に置いておいた餌袋を持って中に入り、二羽のエサ皿に食事を入れようとすると、チェルシーたちが興味深そうに尋ねてきた。
「ねぇねぇ、アタシらも餌あげてみていい?」
「いいよ。はい、これ」
普段動物を飼っていないものほど動物を構いたがる。
ドガガガガガッ! と猛烈な勢いで餌を啄む二羽に思わず引いたり、頭を指先で撫でると気持ちよさそうに目を細める姿に和気藹々としていたその時、ミラがあることに気が付いた。
「あれ? この子たち、さっきより大きくなってない?」
「……ん。そう言われれば」
鳥小屋に入った時と比べて、もう一回り大きくなっている。胃に餌を詰め込み過ぎて太ったとか、そういう次元の話ではない。体全体が骨に引っ張られるように大きくなっているのだ。
「ていうか、現在進行形でデカくなってないか!?」
「ベ、ベリル!? それにルベウスも!? ちょっ、ナニコレー!?」
そして時は戻って現在。シャーリィは娘たちから状況を聞き、腕を組みながら頭を悩ませていた。
「それで、目の前で見る見るうちに大きくなって、最後には飛べるようになっていたと」
「ん。これは流石に驚いた」
そう言いながらもさして驚いていなさそうな、いつも通りの眠たげな眼で淡々と語るティオの頭上では、ルベウスと思われる赤い鳥が翼を羽ばたかせながら飛んでいた。
「でもママ、これ大丈夫なのかな? 普通生き物って、こんな速さで成長しないよね?」
そんな妹とは対照的に、不安そうな表情のソフィー。その頭の上に鎮座して、呑気に欠伸をする青い鳥は紛れもなくベリルだろう。
「……ふむ」
シャーリィは蒼と紅の二色の眼を輝かせ、異能の力で二羽の霊鳥を注意深く視ながら冒険者として得た知識を総動員させて答えを導こうとする。
まず見た目で変化したことと言えば、体や翼が飛行可能になるまで大きくなっていることもそうだが、外見で何より目を引くのはその尾羽。
ベリルからは翆色の、ルベウスからは紫紺の輝くような尾羽が、まるで毛髪のように長く伸びている。いわゆる尾長鳥と呼ばれる種によく見られる外見だ。
そしてその身から溢れる魔力と、この急激なまでの成長速度を鑑みて、シャーリィは一つの仮説にたどり着いた。
「もしかしたら、この子たちは霊的な存在……精霊に近いかもしれませんね」
「「精霊?」」
人間に由来しない自然物には、明確な自意識を持つ存在が多数存在する。
湖に住む乙女、溶岩の中に居る益荒男、地中を自在に駆ける者、風と共に踊る妖精、雷雲で太鼓を叩く武人。五大属性のみならず、森や氷山、小さなものならば平野に咲く花にも宿る霊的な意志生命体を精霊と呼ぶ。
彼らは空気中の魔力を糧として霊格を大きくしていき、災害や恵みを他の生物に与え始める、信仰の対象にもなる高位種族だ。人間を始めとする高い知性を持つ生物の印象から影響を受け、それによって姿形が変わり、高度な知恵も得るという。
「それに見てください。この二羽は大食いの割には、排泄などをしている様子がないでしょう?」
「……あっ。本当だ」
思い返せば、初めて会った時から糞尿をしているところを見たことがない。この鳥小屋にしてもそうだ。
鳥類特有の獣臭さはあるものの、床や寝床を見てみても汚れらしい汚れが見当たらない。これは生物として明らかに不自然だ。
「精霊種にとって食事というのは娯楽であり、魔力供給であると聞いたことがあります。恐らく摂取した餌は全て魔力に変換しているのでしょう。取り込んだ魔力で成長も退化も自在だと聞きますし、この急成長もこれまでの食事量を考えれば納得がいきます」
「ん……それでいつも餌一杯食べてたんだ。少しでも早く成長したいから」
「そうだと思ったのですが……」
ベリルとルベウスはエサ皿にまだ餌が残っていることを確認するや否や、ドガガガガガガッ! と猛烈な勢いで啄み始める。
「……おそらく、娯楽の意味合いが強いのではないかと。何となくですが」
魔力の為というか、食べることそのものに執着しているかのように感じる様子に、シャーリィも言葉が詰まる。精霊と言われれば、数多く存在する種の中でも最も神秘的な存在だが、ベリルとルベウスを見ていると、シャーリィが抱いた確信に似た予感は見当外れのように思えてくる。
(とはいっても、これはこれで都合が良いですね)
実際に精霊使いという職が確立しており、精霊というのは人間の使い魔としてはかなり高等な類だ。どんな格の低い精霊でも能力が高い種が多く、意思疎通も比較的簡単なために、わざわざ精霊を見つけ出そうとする冒険者も少なくない。
(どのような能力にせよ、二人の使い魔としては申し分ありません。これは早々に使い魔の儀を行った方が良いかもしれませんね)
前回の前書きでシャーリィが永遠の処…であることを書いたら、えらい食い付きでびっくりしました。
これは主人公の属性にまた一つ加えるべきかと考えていると、シャーリィはひとたび惚れた相手にはとことん尽くすタイプなんだろうなぁと妄想してみたり。