母は(今更ながら)心配性
金曜のこの時間に更新するのが一番読者様方の目に留まると思い、元むす更新です。
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そして大小判の新作、「最弱魔王が異世界から地球に戻ったら、勇者がチヤホヤされていたので、最弱クラスを率いて成り上がる」の連載がスタートしました。
元むすの合間に書き溜めていたので、この作品の連載を怠ることもしませんのでご安心を。どうか見てやってくだされば幸いです。
青い霊鳥ベリルと、赤い霊鳥ルベウス。シャーリィたち母娘の生活を囲む存在が増え、一家は少しだけ賑やかになった。
「雑食にもほどがありますね」
「今更なんだけど……ベリルたちって本当に鳥?」
ドガガガガガッ! そんな音すら聞こえてきそうなほどの勢いで、一心不乱にエサ皿を突きまくる二羽を眺めながら、どこか呆れが混ざった表情を浮かべるシャーリィたち。
皿一杯の餌を平らげる大食漢であることもさることながら、なんと言っても驚くべきなのはその雑食性。
飼い始めてしばらく経ってから改めて認識したのだが、この二羽は野菜や虫などを中心に作られた雛鳥用の餌は勿論のこと、スープ類や強烈な酸味を持つ果実、果てには調理された肉や魚なども平気で食べる。
霊鳥と言われれば神秘的なイメージを抱きやすい、事実伝承などでも取り扱われる高位種族だが、頬をパンパンに膨らませながら食事を繰り返す間抜けで呑気な顔を見ると、とても神秘的とは言えない。
「それに気のせいかな? なんか日に日に大きくなってきてない?」
「……もしかして、太った?」
「いえ、信じられない事ですが、別に太っているわけではないようです」
シャーリィは異能で二羽の体内を視る。
「骨が伸びるのと同時に筋肉が発達していますが、だからと言って太っているようには見えませんし」
「でも飼い始めてまだ一週間も経ってないのに、こんな目に見えて大きくなる?」
二羽の霊鳥の体は、最初の雛鳥の時と比べても一回りは大きく成長していた。しかし成長の早い生物は多数存在するし、シャーリィもこの時点では特に気にしてはいなかった。
「鶏でも割と早く大きくなりますし、鳥というのは案外そういうものかもしれません。一応、詳しい人を見つけたら聞いておきますが」
「うん。お願いね、ママ」
「それと前から言っていたように、私はこれからしばらく魔物の調査で少し帰りが遅くなるかもしれません。夕飯には間に合わせるようにしますが、もし間に合いそうにない時はマーサさんに連絡しておきますので」
「ん。分かった」
一緒に居る時間が減るというのは、シャーリィとしては凄まじく不本意ではあるが、どんな魔物が辺境付近に現れるか分からない以上、娘に迫る危険は速やかに排除するべきだ。
(この調査が終われば、この霊鳥たちとこの子たちの間に使い魔契約を結ばせるのも良いかもしれませんね。帝国の事もありますし)
使い魔は主人の目や耳になり、危険な冒険を手助けするだけではなく、主人の危険を他者に知らせるためにも活用される。防犯魔道具……シャーリィを召喚できる懐中時計は持たせてはいるが、それだって常に携帯しているわけではないだろう。
使い魔契約をしていれば、いざ変質者に襲われた時でも、普段は道具箱の鳥小屋に居るベリルとルベウスを自分の傍に召喚でき、逃げる手助けも助けを呼びに行かせることも可能になるというわけだ。
(まぁ、それはベリルとルベウスが成長し、適性を見てからですが)
なので成長が早いことに越したことはない。シャーリィは相変わらず能天気な面構えの二羽を一瞥し、《勇者の道具箱》から出るようにソフィーとティオの背中を優しく押す。
「さぁ、そろそろ登校の時間です。今日からはいつもと違う準備があるのですから、二人とも忘れないようにしてくださいね」
「……あ。そうだった」
「水着どこに置いたっけ? 確か昨日干して乾かしてたから……」
今日から民間学校で水泳の授業が始まる。それを言外に指摘されて、二人は思い出したかのように急ぎ足で梯子を登っていく。
連日続く猛暑日には丁度良い涼となるだろう。熱中症の危険性が下がり、泳ぎも上達することでソフィーとティオが自分を超えていくことに、どこか感慨深いものを感じるシャーリィであったが――――
――――ひゃうっ!?
――――わぁああああっ!? ご、ごめんなさいごめんなさい!!
一回り以上年下の少年との泳ぎの練習を思い出し、シャーリィは少し頬が紅潮するのを自覚する。そして危惧した。ソフィーとティオにも、自分と同じような事が起きるのではないかと。
カイルに関しては別に良い。男でありながら、シャーリィに加えてソフィーとティオの肌に触れての指導であったが、真面目で誠実、それに善良な人柄だし、十五歳という年齢を考えれば、自分のような中年や子供に対して淫らな感情を抱くこともないだろう。
……双子に対してはともかく、自分に対してはそういう感情を抱いていることなど露とも知らず、剣鬼は心の中で断言する。
(しかし学校のクラスメイト……男子生徒はどうなのでしょうか……?)
聞いた限りの学校での話題。授業参観で実際に確認したソフィーやティオに対する男子生徒の態度。それらを加味した上でシャーリィは水泳授業の光景を想像する。
成年にはまだ遠い子供だけ集めた学校という性質上、殆どの授業は男女合同だ。普段よりもずっと手足が露出し、薄い布を纏うだけの水着姿のソフィーとティオが、幼いながらも男女の違いを意識する少年たちの中に放り込まれると考えた時、母の背中に嫌な汗が伝った。
(こ、これはもしや……とんでもなく危険なのでは……!?)
変態少年たちが事故を装ってボディタッチを仕掛けてくる。なんて淫らでふしだらで破廉恥なのだろうか。人のすることじゃない。シャーリィは道具箱の外に出てから慌てる心を必死に抑えつつ、努めて冷静に双子に問いかけた。
「二人とも……やはり私は先に男子生徒全員を駆逐……もとい、欠席になった時だけ水泳に参加すればいいと思うのですが……」
「何言ってるの、ママ?」
あの後しばらくの間、少々冷静さを失って水泳の授業に出るのを止めないかと説得を続けていたシャーリィだが、「いいから仕事に行くように!」と人差し指を立てたソフィーと、「ソフィーの事はわたしに任せて」と無駄に頼りがいのある雰囲気を発するティオに促されるまま、トボトボと落ち込んだ様子でギルドへ向かった。
怪訝な表情を浮かべながら、何があったのかを問いかけるユミナをはぐらかし、ギルドに集められた『奇妙な魔物』の情報を可能な限り得たシャーリィは今、風のような疾走で平原を駆け、辺境の街から少し離れた位置にある森を目指していた。
ギルドに集められた情報では、初めにその魔物を確認したのは、王都を拠点に活動するDランク三人で構成された冒険者パーティだったらしい。
採取の依頼を受けて王国領土北寄りの山岳地帯に赴いていた一行の前に、件の魔物が出現。交戦し、追い詰めたと思いきや、突如衝撃波を生むほどの凄まじい咆哮を上げ、その場から逃走したという。
それからというもの、目撃者は冒険者から商人、農民から森のエルフと多岐にわたり……魔物が徐々に王国住民の生活圏に近づいていることが判明した。
(あまり考えられないですね……食料を求めていると仮定しても、外敵が多い私たちの生活圏に魔物が好んで踏み込んでくるなど)
生きるための道具を求め、もしくは高位のドラゴンと共生したが為に人の集落から宝石類を盗み出すゴブリンのような頭の良い魔物は居るには居る。
しかし話を聞く限り、己の利益を求めてあえて人に近づいている気配も無いくせに、なぜか人里に向かってきているようなのだ。
これが生態系の頂点に位置するほどの魔物ならば理解できる。Dランクという比較的ランクの下の冒険者三人に追いつめられる程度の弱さであるならば、人に近づこうとしないのが魔物に根差した本能のようなものであることを、シャーリィは十年にわたる経験をもって知っている。
人間ですら危機回避能力を持つのだ。野生に身を置き、己よりも強い者の存在に対して極端に敏感になった魔物が、それを直感的に理解しないとは考え難い。
(しかし……騎乗竜が使えないのは嫌ですね。それが生態調査に必要だと言っても)
仕事は早く終わらせて早く家に帰りたいと常々考えているシャーリィが、珍しく騎乗竜に乗らないことも今回の依頼に関係している。
生物というのは基本的に自分よりも体の大きな生物を恐れる。ドラゴンの中でも一番下の階位で一際体の小さい低竜であっても、その体躯は人間よりもずっと大きい。
隠れて様子を探ることにも向かないし、依頼を確実にこなすには仕方がないことだと、シャーリィは走って目的地に向かい駆けているのだ。
しかしそれでも、身体強化魔術と、全身を前へと傾けるような独特の走法による、《白の剣鬼》の疾走は圧倒的だった。
短い距離であれば消えたかのように移動する神速ぶりだが、ただ前へ前へと進む時の彼女は、騎乗竜にも匹敵しうる速さだ。
「ふぅ……そろそろ休憩にした方がいいですね」
それでも彼女が移動の際に騎乗竜を頼るのは、ことスタミナの一点においては騎乗竜に軍配が上がるから。
戦闘においては常に万全を期すことを信条としているシャーリィにとって、体力や魔力を温存することが出来る騎乗竜は無くてはならない、冒険の相棒でもあるのだ。
「太陽は真上……そろそろ昼食としましょうか」
常に風を切るように走らなければ不快になりかねない気温だが、この平原には木陰がちらほらと見られる。
一見手ぶらにしか見えないシャーリィは木陰に座り、《勇者の道具箱》からサンドイッチが入った一人用の小さなバスケットと、よく冷やされた氷水で満たされた水筒を手元に召喚する。
これらはシャーリィが、出発前に作って道具箱の中に収めて置いたものだ。高位の冒険者ともなれば、冒険中の食事にもこだわりを見せ始めるが、その中でもシャーリィの食事は持ち運びと保存状態の点において群を抜いている。
この炎天下の季節、水を持って行っても温くなり、生ものを持って行けばすぐに傷む。暑くもなければ寒くもいない、季節に応じて涼しかったり暖かかったりと絶妙な温度に変化し続ける《勇者の道具箱》は、食料の持ち運びにまで重宝できる。
食料の匂いで魔物を呼び寄せることも、移動や戦闘の際に中身が崩れることもないのだ。開発者であるカナリア自身は戦闘を主眼に置いていたので、そのような使い方は想定していなかったらしいが、この道具箱を初めて手に入れた年にソフィーとティオの三人でピクニックに行った時にこうやって応用して以来、シャーリィにとって最も価値のある利用方法である。
「あむ…………練習を兼ねて普段は使わない鶏肉を使いましたが、汁気が多すぎますね」
尤も、口から出てくるのは自分が作った料理に対するダメ出しだが。いずれ愛娘たちも料理を覚える日が来ることを思うと、今よりもっと上達しておいてそれを伝えたいという願いを込めてのセリフだが――――
「何? なんか誰か凄く贅沢な事を言ってる気が……ごふっ。小麦が喉に……!」
「こんなクッソ暑い中でこんなもん食いながら喋ってたらそりゃな……でも確かに、メッチャ羨ま妬ましい感じがするぞ……?」
「うぅ……水が温くて、飲む度に体温上がってる気が……!」
この同時刻、炎天下の中で小麦粉を固めて焼いただけのような、口の中の水分を容赦なく奪う携帯食料を温くなった水で流し込んでいるEランク冒険者三人が聞けば大激怒するだろう。
しかしそんな彼らの心境と同調するように、シャーリィの表情にも陰りが差した。
「…………何故でしょう、いつも以上に味気なく感じます」
屋外で一人で食事するなどすっかり慣れていたはずだが、ここ最近は賑やかな新人たちと一緒だったからか、昼食は濃いめの味付けにしたつもりなのに、どこか淡白に感じた。
昼食を終えて小休憩を取ったシャーリィは、再び矢の如く走り抜ける。
雪のように白い髪を靡かせながら、自身の身長よりも三倍近く高い木の根を跳び越え、巨木で入り組んだ樹海を駆けるその姿は、さながら一陣の雪風。
蒼と紅に輝く双眸が木々を透視し、視力の許す限り目的の怪物を探し続ける。
件の魔物の最後の目撃情報が、今いる森から一番近い農村、牛飼いの息子によるものだ。見たこともない奇妙な魔物がこの森に入っていくところを見て、その翌日に冒険者ギルドが目撃情報を募集していることを知って報告したのだという。
(もはや人里から目と鼻の先……これは調査よりも討伐を視野に入れた方がいいかもしれませんね)
荷車の用意をしなければならないが、死体を持ち帰るしかない。面倒ではあるが被害を抑えるためだ。
(それにしても、目撃者が揃って奇妙な魔物とだけ報告するとは)
外見についてはシャーリィも聞いている。それこそ、魔物の目撃情報を取り扱うギルドに所属しており、奇妙と称される魔物の情報を大量に見てきたユミナですら筆舌に尽くし難いと言いたげな表情をしていたくらいだ。
十年も冒険者をやっていれば、シャーリィとてそういった魔物は大勢見てきている。一体どういう進化を辿ったのか、全身青紫色で十本足の大蜥蜴に、眼球を寄せ集めたような複眼を持つ海魔。筋肉や皮膚、骨や血管など繋がっていないのではと疑いたくなるほどに高速回転する捩じれた嘴を持つ怪鳥に、全身の八割以上を口腔で構成された大喰い。
この世には信じられない姿形をした魔物がおり、シャーリィが今まで出会ってきたような類ですら、冒険者全体から見れば珍しくもないのだ。
そして、そんな冒険者たちですら〝奇妙〟としか言いようのない魔物は、シャーリィですらも同じ言葉しか出てこない姿だった。
「成程……これは、自然の進化によるものとは到底考えられませんね」
太い木々が密集した森の中で、ちょうど開けた場所にその魔物は佇んでいた。
全身は血の気が引いた人の肌のように青白い……否、それは事実として人の肌としか言いようのない表皮だ。
無数の人の手足と口を寄せ集め、それらを無理矢理にでも人の形にしたかのような外見。文字にすればそうとしか言い表しようのない醜悪さと不気味さを兼ね備えた、とても進化の過程でそうなったとは考えられない未知の怪物。
「ァァァアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
まるで全てを呪うかのような、そんな怨嗟にも似た叫びをあげて、手足の魔物はシャーリィへと襲い掛かった。
第一巻発売前に第二巻の原稿を送ることになりました。うぅん、これが書籍化。
話は変わりますが、一度くらいは用語紹介や人物紹介くらいはしておいた方がいいんでしょうか? できれば笑いが取れる形で。
シャーリィ一人だけ属性てんこ盛りですからね。章を重ねるごとに増えていく予感すらありますし。