母娘の日曜大工
タイトル略して元むす更新です。この略されたタイトルはどのくらい浸透しているのかが気になりますが。
そんな作品ですが、お気にいただければ評価や感想、お気に入り登録のほどをどうかよろしくお願いします。
学校の休みでもある翌日、トントントンッ! と、木槌で木材を叩く軽快なリズムがシャーリィの鼓膜を震わせる。大の男が抱えるような木材を一人で振り回しながら、木材に開いた穴に別の木材をあてがって、木槌で叩いてはめ込む姿は、彼女の華奢な体からは到底想像できるものではない。
身体強化魔術、《フィジカルブースト》の上位互換であり、高位ランクの冒険者の必須魔術、《ハイライズ》と呼ばれる、自身の身体能力を何十倍にも高める魔術の恩恵だ。
「ティオ、そっち持ってて」
「ん、了解」
重たい木材を振り回す母の隣では、ソフィーとティオが金網を広げて、四角形に組み立てられた木の枠組みに釘で固定していた。
重量のある大ぶりな木槌ではなく、手首の力だけで釘を減り込ませる小ぶりな金槌をどこか危なげに扱う娘二人の方を横目で頻繁に覗き見るシャーリィは、内心怪我をしやしないかと気が気ではない。
「……二人とも、やはり組み立ては危ないので私が一人で……」
「あははは! 大丈夫だってば!」
「釘打つくらいなら簡単だし」
そう笑いながらシャーリィの方に余所見をした瞬間、ソフィーとティオは全く同時のタイミングで自分の釘を持つ手を金槌で叩く羽目になった。
「「~~~~~~……っ!」」
「だ、だから言ったではないですかっ」
手を抑えて悶絶する二人に慌てて駆け寄り、骨などに異常がないかを異能で透視しながら回復魔術を発動する。痛みは一瞬で引いたが、まだ涙目になっているソフィーとティオは、それでも金槌を放そうとしない。
「これで分かったでしょう? 組立作業は思いのほか危ないのですから、今回は私に任せて……」
「ううん、大丈夫」
「これから飼い主になるし、これくらいはやらないとだしね」
生じた責任感ゆえか、少しでも組み立て作業を手伝おうと、今回ばかりは母の心配を振り払う二人を見て、シャーリィも覚悟を決めなおす。
研磨なくして宝石は完成しないように、試練なくして人は成長しない。なのでこうして自発的に苦労を体験しようとするのは良いことではあるが、それで怪我をされてはたまったものではない。
こうなったらいち早く自分の作業を終わらせて、ソフィーとティオの方を手伝いに行こう。そう考えて木槌を振るう手を加速させたシャーリィだが――――
「……っ!!」
木材を抑える手に思いっきり木槌を叩き込む羽目になった。ズシリと重たい木槌が、《ハイライズ》によって強化された腕力で手の骨を割る感触が伝わってくる。
「? ママ、どうかした?」
「いえ、何でもありません」
半不死者になってて良かった。シャーリィは涙目になっている自分を見せまいと顔を逸らしつつ、澄まし顔を取り繕ったまま、何でもないかのように返事をした。
「でも考えたね、道具箱の中に鳥小屋建てるだなんて」
「というか、あんな箱の中がこんなに広い空間が広がってることに驚いたけど」
シャーリィが刀剣を始めとした様々な道具を収納し、瞬時に手元に召喚することを可能とする魔道具、《勇者の道具箱》。刀剣や爆破物などの危険物もしまってあるので、普段は愛娘たちも開けられないようにしてあるが、今回は雛鳥の住まいである籠を置くにあたって、シャーリィが用意したスペースが道具箱に広がる空間である。
元々、シャーリィが机やランプ、棚を置いてこっそりと娘の成長記録をつけるためにも活用する空間だ。水と食料さえあればそこで生活することも難しくはなく、生活のために必要とするのは宝箱一つ分で、小屋も簡単に入る上に木材の持ち運びにも困らない、ある意味うってつけの飼育場所である。
「一応言っておきますが、これからは鳥小屋のある場所には入れるようにしますが、他の場所には変わらず入れないので、私の武器や道具を見に行こうとしても無駄ですよ」
「…………ん」
いつになく長い間が気になるが、それでも安全であるとシャーリィは断言できた。
道具箱のふたを開けて梯子を下りた先には幾つかの扉が設置されており、魔剣名刀が置かれてあるスペースや冒険に必要な道具が置いてあるスペース、そして娘の成長記録を保管するスペースと、用途に分けられた部屋に続いているのだが、今回道具箱の術式を調整して娘たちの立ち入りができるようにしたのは、道具箱の蓋と、新しく用意した鳥小屋が建てられたスペースに続く扉のみ。
魔術による施錠が施されており、一見鍵穴すらない無警戒な扉でも、持ち主であるシャーリィが認めなければドアノブさえ回らない仕組みになっている。なのでいくら武器や道具に興味のある冒険者希望のソフィーやティオも、武器や道具がある部屋には入れないのだ。
「ふぅ……馴れない作業なので思ったよりも手間がかかりましたが、ひと段落はついたといったところですね」
壁や天井のない骨組みだけの状態の小屋と懐中時計を見比べて一息入れるシャーリィ。時刻は午後に差し掛かろうとしていた。
「少し休憩にして昼食にしましょう」
「あ、私も手伝う!」
シャーリィの後に続くように梯子を登り、厨房で手を洗うソフィーとティオ。そんな二人に挟まれ、シャーリィは自分たち用の小さな魔導式冷蔵保存庫に入っている食材を思い浮かべる。
今日は朝食を食べてから作業しっぱなしで、娘たちも空腹になっているだろう。それを考慮しつつ、冷蔵保存庫に入っているベーコンや卵、レタスやトマトなどの食材と、昨日購入しておいた丸いパンを頭に浮かべ、手ごろに作れる総菜パンにしようと決める。
「二人とも、食材を出してもらえますか? ベーコンと卵、それからトマトやレタスなどを」
「ん」
高さが釣り合うように台の上に乗り、まな板の上に並べられた食材を抑えながら、たどたどしい動作で食材を切り分けていく少女二人。
市井において、料理は女の嗜み。曰く、それが出来るか出来ないかだけで女としての価値が変わるという。以前は包丁を握らせることを良しとしなかったシャーリィだが、学校でも調理実習が開始されるようになってから、シャーリィが見ている隣でなら包丁を使うことを認めているのだ。
「……ふっ」
そんな何処か微笑ましい調理風景の隣で、シャーリィは宙空へ放たれた複数の食材に包丁を一閃。適度な大きさに切られた食材が、種類ごとに皿やザルに向かって軽やかに落下した。
「毎度思うんだけど、よくまな板の上に置かずに奇麗に切れるよね。しかもいっぺんに」
「市井に降りてから練習し続けましたから」
「……なんか、練習の方向性間違えてるように見えるのって私だけ……?」
料理の腕自体は客観的に見て普通なシャーリィだが、《白の剣鬼》の異名の本領発揮と言わんばかりに、包丁の扱いだけは異様に上手い。
空中に投げられた魚が三枚おろしになるなど当たり前、なんなら同じように空中に投げたリンゴをウサギ形に切ることもできるし、ニンジンの皮を剥いて薄切りにすることだってできる。
もはや曲芸の領域に達した包丁捌きだが、そこまでする必要はあるのかとソフィーが呆れるのも無理はないだろう。
(まぁ、最初は散々でしたが)
まともに料理をし始めたのはタオレ荘に来てからだが、生まれてからずっと貴族として過ごしてきたシャーリィの調理風景はそれはもう酷いものだった。
包丁を刀剣と同じように扱ったせいで食材をまな板や流し台ごと両断したり、指を伸ばしながら切ったせいで左手の親指以外が全部斬り飛ばされたり、フライパンで食材を炒めれば、攻撃魔術並みの火が上がったりと、半不死者でなければすでに死んでいるのではないかという大惨事が頻繁に巻き起こっていたのだ。上達するまで根気よく厨房を貸してくれたマーサたちには本当に頭が上がらない。
(まぁ、マーサさんたち以外には誰にも明かせませんが。母の威厳の為にも)
父親がいない分、いつだって何事もスマートにこなす、できる女の背中を見せていたい。そんなことを考えつつ、シャーリィはフライパンを熱し始めるのだった。
昼食を終えた後も、多少のトラブルを起こしながら作業は進む。
「ティオ、そこの板をもう二枚ほど持ってきてもらっていいですか?」
「ん、分かった」
「ママ、私たちも登って手伝おうか?」
「いえ、流石に高いところは……それよりも、二人は扉の取り付けをやってみてください。分からないところがあれば言ってくださいね」
作業はいよいよ大詰め。屋根の取り付け作業に精を出すシャーリィの眼下では、扉の開閉用の金具を二人掛りで固定しようとする娘二人。
文化的にも体力的にも、そして体格的にも不相応な作業をしていたので、一般的な男性冒険者が組み上げる平均時間を大幅に超えているが、その分きっちりと固定されている鳥小屋は、強い風が吹いた程度ではビクともしない力強さを発していた。
「今更だけど、こういうのって日曜大工っていうんだよね」
ソフィーが留め具の螺子を回しながら呟く。
「クラスの友達の家は、たいていお父さんがやってくれてるみたいだけど、ウチでやるのって初めてだよね?」
「えぇ、必要なものはタオレ荘に取り揃えられていましたし、私自身もつい先日まで自分が日曜大工など経験することになるとは夢にも思いませんでした」
しかしソフィーの言うとおり、こういうのは男手でやるものではなかろうかと、シャーリィは唸る。
今回のシチュエーションを参考にすれば、父親が子供が拾ってきた犬の小屋を休みの日に木材を切って作り、その様子を母親が昼食を作りながら見守るというのが、シャーリィが聞きかじってきた日曜大工の様子だが、この一家は父はおらず母が娘と一緒に小屋を組み立てている。
やはり片親というのは何かと不便だ。娘の為ならいかなる労力も惜しみはしないが、女の身一つでできることには限りがある。その逆もまた然りだろうが、何よりの懸念はやはり――――
「この間さぁ、私たちのクラスのマルコが自分のお父さんに犬小屋作ってもらったって凄い自慢してて。そしたら毎度のように今度は私たちにお母さんしか居ないことをからかってきて……お前の家じゃそんなこと出来ないだろって」
学校の生徒……特に男子生徒間の問題の一つとして、他とは違う生徒は苛めの対象になりやすいと聞いたことがある。ソフィーとティオの場合ならば片親であることや珍しい白髪だったりするのだろう。
幸いにも友人に恵まれているようだが、それでもどこかで負い目になっている感じは拭えない。それに父親がいるとしても、それは今頃帝国でふんぞり返っているあの男だし、日曜大工などアットホームなことは絶対にやらなさそうだ。少なくとも誇れる父にはなれまい。
とりあえず二人を苛める可能性のあるマルコ少年は要注意、場合によっては娘たちの前から(永遠に)排除した方がいいかと考えていると、ティオは相変わらずの寝ぼけ眼で鼻息を出しながら告げた。
「ん。わたしたちだって怒る時は怒る。だからその次の体育……体力測定だったんだけど、大差つけて半泣きにさせた」
苛めとは縁遠そうな性格で何よりだと、シャーリィは思わず安心した。
「だからさ、こうやってママやティオと一緒に何か作るのって、昨日からすごく楽しみだったんだ。世間の価値観じゃ男の人の仕事かもだけど、物作りの楽しさは性別関係ないし、実際楽しいし!」
「……そうですか」
花のような笑顔を浮かべる娘たちには見えない角度で、シャーリィは薄っすらと笑う。どんなに不便で子供たちからからかいの種にされる家族構成でも、彼女たちが満足ならシャーリィも満足だ。
「さぁ、あともう少しです。夕飯の時間までには済ませてしまいましょう」
「ん」
そして小屋の組み立ては仕上げに入る。小屋を組み終えたシャーリィたちは、中にエサ入れと水入れを設置。止まり木と藁を固めて作った雛鳥の寝床を置いて、最後の仕事としてシャーリィはソフィーとティオに二枚の板切れを渡した。
「これは雛鳥たちの名前を記す表札のようなものですが……雛鳥の名前は決まりましたか?」
「うん。いろいろ悩んだけど、ここはママに倣おうと思って」
ソフィーとティオは、藁の寝床に二羽の雛鳥を置く。コホンと一つ咳ばらいをし、ソフィーは青い羽毛の雛鳥に指をさして――――
「この子がベリルで……」
続いてティオが赤い羽毛の雛鳥に指をさす。
「こっちがルベウス」
「ベリルにルベウス……どちらも宝石からとった名前ですね」
「うん。本当は蒼玉の語源をつけようと思ったんだけど、名前として呼ぶときの語感が悪くて」
それぞれ赤系統と青系統の宝石の中で語感のいい宝石を選んだらしい。確かに可笑しな意味は込められていない、呼びやすくもある妥当なネーミングだ。
「まぁ、途中までは脱線しまくってたよね。一時はササミとかにしようかって話してたし」
「ピッ!?」
「ん。わたしなんて、ヤキトリっていう名前で殆ど決まりかけてた」
「ピィッ!?」
庭の雛鳥……ベリルとルベウスが危機感を感じさせる鳴き声を上げる。どこをどう聞いても食べられそうな名前だ。
「それでは入浴して汗を流しにいきますよ。今日は疲れたでしょうし、入浴の間にマーサさんに食事を用意しておいてもらいましょう」
「賛成~。もう汗でベトベトだよぉ」
道具箱の内部は意外と涼しいが、それでも長時間の作業は汗を掻く。母娘三人が宿の浴場で汗を流すべく着替えを取りに行こうと道具箱から出た時、ティオは思い出したかのようにシャーリィに問いかけた。
「そういえば……お母さんに学校のことで予習しておきたいことがあるんだった」
「……あぁ! ベリルたちのことですっかり忘れてた! もうあと五日後だよね?」
「? 何かあるのですか?」
口ぶりから察するに、学校の新しい習い事を前もって予習しておきたいらしい。そういう事ならと、シャーリィは今から気合が入り始める。
子供たちが自発的に、それも勉強嫌いなティオから言い始めたのだ。その心意気を買ってやるのが親というもの。シャーリィは何でも来い! と言わんばかりの心構えでいると、ティオは何一つ一点の曇りもない瞳で尊敬する母を見上げながら告げる。
「実は今年から、夏の体育は泳ぎの練習になるんだって。だから前もって泳ぎ方を教えてほしいんだけど」
「……………………え? 泳……ぎ?」
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