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母娘の朝


順調に評価ポイントが増え、感激の極みであります!

今回の話は日常とギャグパートです。

そして皆様お待ちかね、幼女の登場です。




 雪は解け、王国に春が訪れた。

 五里先には既に未開の地が広がる辺境の街も徐々に暖かくなり、春花が蕾を開き始める。

 風呂と玄関、食堂が共同の冒険者用の宿屋、その一室で目を覚ましたシャーリィは、体の両側から豊かな胸を抱きながら眠る二人の少女をそれぞれ一瞥した。


「……自分の部屋があるのに、どうして何時も私の布団に潜り込むのでしょうか」


 寝ぼけてたのか、それともワザとなのか、十歳にもなって自分に引っ付いて眠ろうとする少女たちに嘆息を一つ零す。

 しかしその言葉とは裏腹に、見つめる二色の眼には煩わしさの欠片も無い。どこか優しい、慈愛を帯びた眼差しだ。

 

「さて、と」


 日は昇り、朝日が窓から差し込む。

 起こさないように、ゆっくりとベッドから降りたシャーリィは二人に布団を掛けなおし、自分と同じ白い髪を優しく撫でた。

 二人揃って自分の面影を強く受け継ぎ、それでいて趣の違う瞳は瞼に閉ざされている。普段鋭く研ぎ澄まされた目尻を一瞬だけ緩ませ、シャーリィは寝室を出てから顔を洗い、寝間着から着替えて共同スペースである食堂へと足を運んだ。


「おはようシャーリィ!」

「おはようございます、マーサさん」


 朝から活力に満ちた笑顔で出迎える恰幅の良い茶髪の中年女性は、宿屋を経営する夫婦の片割れであるマーサだ。

 歳は今年でちょうど四十路。シャーリィよりも十年上の彼女は愛想の悪い素っ気ない声色を気にした様子もなく、腰まで届く長い髪を後ろで纏め、エプロンを身につけて厨房に踏み入るシャーリィを温かく迎えた。


「それでは、厨房をお借りしてもいいですか?」

「あいよ」


 冒険者用の宿屋、タオレ荘は名前に反して小綺麗で広い造りになっている。

 厨房の隅で黙々と下拵えをしているマーサの夫の祖父……創設者が何を思っての事か、面白可笑しい名前を宿に付けたらしい。

 自宅を持たない冒険者の為に部屋を月払いで貸し、料金を払えば食事も出してくれる宿屋の朝は、大勢の冒険者が食堂で硬貨を払うが、それを払う事が出来ない冒険者が自炊する為に、厨房の一角には住人用の流し台やコンロが設けられている。


「にしても、あんた疲れてない? 昨日はゴブリンの巣を潰し回ってたんだから、今日くらいはウチで食べていきゃいいのに」

「いえ、疲れは特にありません。何時もの事なので」

「そりゃあ、そうだけどさ」


 トーストに目玉焼き、焼いた燻製肉にサラダと定番の朝食メニューを作り出す。最初に食事の準備をし始めた頃は何度も手傷を負っていたものだが、長年の経験で今は慣れたものだ。


「ただでさえ毎日命懸けだってのに、二人の為にご飯用意するなんて感心するよ。普通、冒険者には気持ちの余裕は無いもんだけどねぇ」


 日々、魔物や悪人を相手に命のやり取り。肉体的というよりも、精神的に疲労する冒険者は少なくない。

 マーサの言う通り、そうした理由で日常を怠惰に過ごす冒険者は多く、食事を作る気力が無い故に宿の食堂は何時も賑わいを見せている。

 実際、住人の中で厨房を使っているのはシャーリィだけ。しかし、彼女が厨房に立たない日は滅多に無い。


「……毎日、命を懸けているからです」


 作業から目を離さず、シャーリィは呟く。


「こんな世の中、冒険者だろうが一般人だろうが、いつ死ぬか解りません。してあげられることを、生きている内にしてあげたいんです」


 本心を吐露したからか、少し恥ずかし気に頬を染める。

 本当なら冒険者ではなく、もっと安全な職が数多く存在する。しかし、駆け出しの時代はともかく今は安定して依頼をこなし、並の一般家庭よりも多く稼いでいる。

 彼女は様々な事情を抱えているが、今更転職しても月の稼ぎが下げるばかりか、娘と過ごす時間を減らしてまで一定時間拘束されるのは御免被りたいというのが理由の二つ。

 そして何より、シャーリィは帝国から流れてきた犯罪者だ。幸い、帝国と王国との間に犯罪者引き渡しの条約は無いが、前歴を明かせない元浮浪者を簡単に雇うほど、王国の雇用条件は甘くはない。


(もっとも、誤算はあまりに大きかったですが)


 元来、冒険者というものは身元不明の浮浪者や釈放された犯罪者への救済措置に、前歴不問で登録できる。つまるところ、何をどう足掻いてもシャーリィには冒険者以外の道は無いのだ。

 ただ、Bランクに留まっているにも拘らず、名前が広まり過ぎたことを危惧しているだけで。


(それを言えるだけでも、大したもんだと思うけどねぇ)


 そんな彼女の心境を知ってから知らずか、マーサは感心する。

 マーサとシャーリィは九年以上の付き合いになるが、若輩のような見た目が変わらなくても、彼女がれっきとした母親であると改めて思い知らされる。


「ママ、マーサさん、おはよ~」

「あぁ。おはよう、ソフィー!」

「おはようございます」


 マーサがシャーリィを温かい目で見守っていると、雪のように白い髪の少女二人が食堂に現れた。

 シャーリィの鋭い目つきとは違い、蒼い円らな瞳を持つ美少女は、正真正銘シャーリィが産んだ双子の片割れの姉である。

 すでに食堂に集まる冒険者……特に男の眼が向くのも無理はない。幼さに見合う体型であっても、彼らの守備範囲を引き下げられずにはいられない、未完成であるからこそ完成された美がそこにある。


「って、ティオ! 私に凭れ掛かってないで自分で歩いてよ、もう!」

「ん……おはよう、お母さん」

「ええ、ティオもおはようございます」


 そして、半ば寝ぼけながらソフィーに引きずられるように現れたのは、寝起きの悪い双子の妹であるティオだ。

 姉を天使と称するなら、彼女はさながら妖精といったところか。母とも姉とも違う、平常時でも何処か眠たげな紅色の眼と姉に勝るとも劣らない魅力的な容姿は、彼女の物静かな性格と相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。


「少し待っていてください、すぐに出来るので」

「あ、私お皿とお水出すね」

「じゃあ、わたしも」


 率先して母を手伝う二人の姿を見て、マーサは酷く感心したように彼女たちの頭を撫でた。


「二人とも、いつもの手伝いをして偉いわねぇ。まったく、ウチの娘共に爪の垢を煎じて飲ませたいよ」


 マーサには娘と息子がそれぞれ二人ずつ居る。いずれも成人して独り立ちしているか、宿屋の後を継ぐ為に修行に出ているのだが、娘二人が結構な放蕩娘で、散々手を焼かされていた。

 そんな娘が居たおかげか、マーサや彼女の夫は二人の事を非常に可愛がっている。ソフィーとティオも二人に懐いており、シャーリィも比較的安心して愛娘たちを預ける事が出来る。


「いやぁ、それ程でもないですよ」

「……照れる」


 ソフィーとティオが褒められる一方、シャーリィは誰にも気付かれないよう、自慢げに鼻を鳴らした。

 どんな些細な事であったにしても、愛娘が褒められて嬉しくない母親などいない。

 大袈裟だの親バカだの言われそうだし、自分でもそう思うが、どんな事でも娘が評価されるのは嬉しいのだ。

 とはいえ、それを表に出すつもりは毛頭ない。母の威厳を保つため、思わず目尻が下がって口角が上がりそうになるのを必死に耐え、黙々と朝食の準備を終わらせる。


「それでは、いただきましょう」

「うん!」

「いただきます」


 その光景は、宿屋には場違いにも見えた。

 良く言えば小綺麗、あえて悪く言えば質素な宿屋の食堂、その片隅で食事を始める麗しい白髪の母娘に、朝食を食べに集まり始めた冒険者たちは目を奪われる。

 食事を摂る姿すら一々絵になる三人は、事情を知らぬ者たちからすれば年の離れた姉妹に見えるだろう。

 簡素な食事やテーブルすら彼女たちを引き立てるその美貌に女性は羨み、男性は思わず視線が釘付けになる。

 窓から差し込む陽の光が照らす食卓は、まるで巨匠が描いた絵画のよう。そんな神秘的で眠たくなるほど穏やかな光景は、ティオの一言で終わりを告げた。


「そういえばさ、昨日他のクラスの男子に告白されてたけど、ソフィーは付き合ったりするの?」

「ふえっ!?」


 その瞬間、食堂……いや、宿屋全体が炎とも氷とも例えられる壮絶な殺意に呑まれた。

 食堂に居る冒険者たちは勿論、まだ部屋で過ごしている者も突如として襲い掛かる大瀑布の如きプレッシャーに体が震え、ガチガチと歯を鳴らす。

 寝ている者すら飛び起きる殺意を放つ者は一体誰なのか? 何とか動ける一人前以上の冒険者はその出所を探す。

 この平和な朝食の場に相応しくない、ありとあらゆる全ての存在を斬り殺さんばかりの威圧を放つ者は、食堂の片隅に座っていた。


「な、ななな何で知ってるの!?」

「偶然。偶々見かけただけ。校舎の裏だからって人が来ないなんて思ったら大間違い」

「……へぇ、そうなんですか」


 殺意の出所は、何でもないと装う風に、しかし実際には地獄の底から響く様な低い声で呟くシャーリィだった。

 並み居る冒険者たちを震え上がらせるプレッシャーを前に、幼い少女たちが平然としているのは、そのプレッシャーが決して彼女たちに向くことが無いからか。

 一体何が彼女をそうさせているのか、度胸のある冒険者たちは殺意に耐えながら聞き耳を立てる。


「その事なら断ったよ。よく知らない男子だったし」

「ふぅん。良い雰囲気になったら邪魔かと思ってそのまま帰ったけど、無駄な心配だったかな」

「…………ほっ」


 不意に殺意が霧散する。

 剣鬼の怒りが収まったのかと、冒険者たちが恐る恐る視線を向けた。


「それを言うならティオだってラブレター貰ってたじゃん! 私ばっかりに答えさせるのは不公平だと思わない?」

「むぅ……そう来たか」


 しかしそうは問屋が卸さない。

 再び押し潰されるような殺意に呑み込まれるタオレ荘。今度は白い修羅に斬殺されるという恐ろしい幻視まで見え始め、宿屋に居る者たちは恐慌状態だ。

 

「それでそれで? 相手は誰なの?」

「一学年上のケビンって人」

「それって女子の間ですっごい人気の人でしょ!? やっぱり付き合ったり……?」

「返事はまだしてない」


 話が進むにつれて濃密になっていく殺気。この時点で食堂に居た半数の冒険者は泡を吹いて気絶した。

 

「………そうですか。そんな男子がいるのですか。これは親として、見定めなければなりませんね」


 ポソリと何事かを呟く声がやたらと怖い。

 彼女の愛娘は二人揃って非常に可愛らしい。あれだけの容姿なら、多少ませた子供が特別な関係になろうと迫るのも理解できる。

 そしてその前に父親が立ち塞がり、母親は娘の見る目を信じて温かく見守るということも。 


(((でも、あんたが父親(そっち)側でいいのか!?)))


 しかしあの母親の場合、立ち位置が完全に逆転しているらしい。

 冒険者たちは早く終わってくれと願い、それが出来ないのなら早く食事を済まそうと朝食を口に詰めるが、どうしても喉が通らない。

 遂には末期の祈りを捧げる者まで現れ始めたが、終わりは始まりと同じように唐突に訪れる。


「ま、断るけど。正直今はそういうの考えられないし、お母さんが一番って感じだから」

「えへへ、私もー」


 二人がシャーリィの腕に両側から抱き着いた瞬間、殺気は霧散して代わりに嬉しいような、恥ずかしいような雰囲気を醸し出し始めた。


「コラ、止めなさい。食事中にはしたないですよ」

「「はーい」」 


 言っていることとは真逆に、その声は明らかに一オクターブは高い。

 先ほどまで濃密なプレッシャーを放っていた姿はどこへやら、必死に隠そうとしているものの、今は完全に娘に甘えられて嬉しがっている親バカそのものである。

 後に、タオレ荘の住人である冒険者たちは、魔物の狂気に対する強い耐性を得るという噂が広まるのだが、それはまた別の話。 

  



如何でしたでしょうか……?

何分、日常もギャグも幼女も大勢に見てもらうのは初めてですので、勝手がわかりません。それでも頑張って書いてみました。もしお気に召していただけたら評価をくださると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 住んでいたら、殺気で倒れそうですね。(遠い目
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