母娘の対立はあっけなく
タイトル略して元むす更新です。皆さんの評価や感想が創作意欲の糧となりますので、評価などをしてくださると嬉しいです。
この日、珍しい光景がタオレ荘の一室で繰り広げられていた。
「じ~……」
「…………」
手のひらに青い雛鳥を乗せてシャーリィを上目遣いで見つめるソフィー。わざわざ擬音を口に出しながら何かを訴えかけている。
そんな姉の隣で赤い雛鳥を頭に乗せて、無言で母親を見つめるのはティオだ。どこまでも澄んだ、純粋な瞳で何かを訴えかけている。
「ねぇママ、良いでしょ?」
「……駄目です」
「…………」
「そ、そんな目で見ても駄目です」
そんな愛娘たちの前で油汗を流しながら必死に目を背けているのは、ギルドが誇る最強の剣士、《白の剣鬼》シャーリィだ。
普段は竜の王だろうが万夫不当の怪物だろうが恐れる事無く見据える冒険者だが、この時ばかりは相手が悪いと足の裏が後ろに向かってズレそうな感覚を味わっている。
(あぁ……どうしてこうなったのでしょうか……?)
普段は仲の良い三人母娘だが、実はこの時に限って、三人は母と娘に分かれて対立していたのだ。
似たような経験がこれまで一度もあったことが無いとは言わない。何せ十年近く共に暮らしているのだ、夕飯は何にするとか、宿題を何時やるのかとか、小さなぶつかり合いなら何度かあった。
しかし今回は違う。今回は生活を大きく変え得る重大な案件であり、母親としては慎重になりたいところだが、娘たちは思い切って変化を受け入れたいと考えている。
「ねぇ、どうしてもダメ?」
「ん……わたしたち、ちゃんと面倒見るから」
「うぅ……っ」
だが戦況はシャーリィにとって芳しくない。潤んだ瞳で見つめ上げられ、まるでドラゴンを前にした新人冒険者のようにたじろいでいる。
普段は聞き分けが良いソフィーとティオが、なぜこうも頑なになって母と対立しているのか……それはタオレ荘に帰ってきた時まで遡る。
現状解決方法はなく、シャーリィの異能を使った見立てでも危険は無いと判断され、二羽の雛鳥を双子の体にくっつけたままタオレ荘に戻ってきた。
離れない以上はしばらく面倒を見る他ないのだが、それを聞いてリーシャやチェルシー、ミラは不安げに告げた。
『えっと、大丈夫なんですかそれ? ソフィーやティオの家って宿屋ですよね?』
『普通、動物飼うのって無理なんじゃない?』
『それだったら、二人はしばらく私たちの家に泊まれないかお父さんたちに聞きますけど……?』
そんな友達甲斐のある台詞を聞いた母娘だったが、実はそれに関してはあまり問題は無かったりする。
確かに普通の宿や下宿で動物……特に犬や猫など、ある程度大きな生物を飼うのは原則禁止とされていが、タオレ荘は冒険者の為の宿屋だ。
戦士などの前衛職ではあまり見られないが、斥候や魔術師を始めとした特殊性のある職では動物を飼育するのは極めて一般的と言える。
人の脚では進めない難所の偵察から、一部の獣人以外では嗅ぎ取れない臭いを発する採取物の調達。魔術の開発の為に実験用に、呪術の媒介とするための使い魔など、こと戦う事において動物はこの時代では非常に身近な存在なのだ。
「問題ありません。タオレ荘でも鳥を使い魔にする冒険者が何人かいますから」
冒険者の為の宿屋、タオレ荘もその辺りの事情には抜かりが無い。流石に宿屋なので犬や猫のように抜け毛が激しい上に、宿の中を好き勝手に出歩く動物には控えてもらっているが、鳥や虫の様に体の小さな生物ならば問題はない。
飼い主にはきつく世話と掃除をこまめに行うように言いつけられているが、タオレ荘では鳥は勿論のこと、蜘蛛や蛇、更には超小型の低竜と割と幅広い動物が冒険者たちの部屋で生活している。
「という訳で、しばらくこの二羽を私たちの部屋で飼う事になるのですが……」
「成程ねぇ……別に構いやしないさ、気長に引っぺがす方法を探すといい。しかし、あんたらはつくづく可笑しなことに巻き込まれるねぇ」
そうカラカラと笑いながら快諾するマーサ。
「……笑い事ではないのですが」
「あぁ、ごめんよ。あの様子を見てるとつい、ね」
マーサの夫であるタオレ荘の主が持ってきた乾燥豆の粗挽きを手のひらに乗せて、どこか楽しそうに雛鳥たちに与えるソフィーとティオを横目で眺める。
「猛烈な勢いで食べるね。……お腹空いてた?」
「かもね。というか、何かご飯の時だけ様子が……あ、手がちょっと痛い」
ドドドドドドッと、二羽の雛鳥は親の仇を見たかのように軽く山盛りとなった乾燥豆を啄む。そこに呑気で毒気を抜かれる普段の様子はない、まるで修羅に取り憑かれたかのようだ。
そんなえらく食い意地の張った雛をどこか呆れたように見てから、シャーリィは鳥の使い魔を持つ冒険者に話を聞きに行こうとした時、こんな会話を耳にした。
「ねぇねぇ、名前どうしよっか?」
「んー……ゲンゴローとか?」
「え~、可愛くなーい」
「「ピーッ! ピーッ!」」
奇抜な名前を付けようとしたティオに不満の声を発するソフィーと雛鳥たち。
「というか、何でゲンゴロー?」
「商国出身の冒険者が、そんな感じの名前を鳥に付けようとしてたのを聞いたことがあったから」
「……あの、水を差すようでなんですが……」
流石に口を挟まずにはいられないと、シャーリィはおずおずと口を開いた。
「名前を付けたら別れる時に別れ辛くなるから止めておいた方が良いのでは……?」
「「え?」」
「「ピ?」」
「……え?」
パチクリと、眼を見開く二人と二羽を見て、シャーリィはギルドで抱いた予感が的中していたことを直感的に理解する。
それすなわち、「この子たち、もしかしてペットとして飼う気なのでは?」という、大抵の親が一度は直面する展開に他ならない。
「……飼いませんよ?」
「うぅ……でも……」
とりあえず飼う事を反対しておくシャーリィ。生き物を飼うというのは、単なる道楽ではないことを知っているがゆえに、幼い我が子には荷が勝ちすぎるだろうという親心だ。
普段の彼女たちであれば、大抵の事に関してはシャーリィの言葉に従うだろう。理に適わぬことを言ったつもりはないし、事実ソフィーとティオも意味なく反対するような母ではないことを知っている。
しかしこの時ばかりは違った。母と雛鳥、そして隣にいる自分の分身ともいえる姉妹を見て、二人は互いに確認し合うかのように一度頷いてからシャーリィに問いかける。
「ねぇママ」
「この鳥、飼ったらダメ?」
やっぱりか。そんな諦観に似た感情を抱きながら、シャーリィは出来る限り冷静に告げる。
「元居た場所に戻しに行きましょう」
「……元居た場所?」
「じゃあ、ここだね」
そっと、自分の頭の上に雛鳥を乗せる双子。それと同時にカァンッ! と、甲高いゴングが脳裏に響いた。今この時、拾ってきたもとい、頭に堕ちてきた動物を飼いたい子供と、それに反対する母の戦いが幕を開けるのであった。
所変わってシャーリィたちが借りている部屋の一室。普段は三人で談笑をしたり、宿題をしたりして過ごすテーブルに向かい合いながら座り、沈黙が母と娘の間に流れる。
「言っておきますが、私は反対です」
「えぇー」
「むぅ……」
先手必勝とばかりに告げると、二人は不満げな表情を浮かべた。そんな娘たちに対してシャーリィは溜息を吐くと、努めて落ち着いた声で問う。
「今日に限って随分と頑なですが、一体どうしたのです? 離れないから致し方なくというのなら、私が何としても引き剥がしますよ?」
「そういう事じゃなくて……だって可愛いんだもん」
「……可愛い、ですか?」
真ん丸とした体形に糸目で何を考えているのか分からない顔をしている雛鳥を訝し気に見る。……ギリギリ不細工ではない感じで、可愛いかと言われれば首を傾げざるを得ない外見だ。
これを見て可愛いと言うソフィーの美的感覚に一瞬疑問を覚えたが、シャーリィ自身子供から見た可愛いものというのがいまいち分からないのでそこには触れないようにする。
「とにかく、可愛いだけでは生き物は飼えません。まだ雛ですから、里親が見つかるまでなら面倒をみますが、継続的に飼うというのなら私も簡単に頷けません」
「でも何か理由があってわたしたちにくっ付いたんだとしたら、無理に他の人に引き渡すのも可哀想だし」
普段から眠たげな瞳で勘違いされがちだが、ティオは知識も無く物事の核心を突く言葉を口にする時がある。
シャーリィとて理由も無しに上空から雛鳥が落ちてきたなどとは思わない。現状あくまで直感に過ぎないが、高い知能を持つこの鳥たちが二人を狙って魔力路を同化させたと考えている。
「ですが、それとこれとは話は別です。先ほども言いましたが、感情だけで飼うことは出来ません」
しかしここはピシャリと言っておかなくてはならない。生き物を飼うというのは考えるだけでも難しいものなのだ。
「いいですか? 生き物を飼うという事はその命に責任を持つという事です。ただの一度も世話を怠る事は許されません」
この母娘は贅沢こそしないが裕福な家庭なので金銭的な事情による反対では決してない。冒険者としてドラゴンを討伐するシャーリィからすれば、たかがケージやエサ代、治療費など大した出費ではないのだ。
では何が問題なのかというと、飼いたいと言い出した本人たちが継続して世話をし続けられるかどうかである。
シャーリィ自身、自分の時間を費やして娘たちを育ててきた身だ。鳥の世話と娘の世話を同列に扱うつもりはないが、本質的には同じ。
その大変さを身に染みているからこそ、命と生活を預かる責任の重さを知っているからこそ、簡単に首を縦に振ることは出来ないのだ。
「毎日自分で餌を与えることは出来るのですか? 日々の体調の管理は? 様々な問題をクリア出来ると誓って初めて飼えるのですよ?」
毅然とした態度で実際に立ち塞がるであろう壁を次々と挙げていく。これを前にして堂々と乗り越えて見せるという気概が無ければ話にならない。シャーリィはまず自分自身が壁として立ち塞がる事で二人に諦めさせようとしたが――――
「餌なら私たちが世話するから。ねぇ、良いでしょ?」
「……うっ」
潤んだ瞳でジッと見つめられながら懇願され、早くも意思に罅が入る。表には出さないようにしてはいるが、元々娘にはかなり甘い性格のシャーリィにはこの戦いを制するのはかなり厳しい。
「掃除とかもちゃんとするから」
「……うぅっ」
二人掛かりの説得。無垢な瞳で真っ直ぐに見つめられ、ちょっとくらい妥協しても良いのではという考えがシャーリィの脳裏に過るが、必死に首を左右に振ってその想いを振り払う。
「だ、駄目です。体調の管理はどうするのです? 病気や怪我は医師に頼っても問題ありませんが、その変化に気付けるのは飼い主だけなのですよ?」
「頑張って勉強するから。良いでしょ? ママ」
「学校の勉強も家の手伝いもサボらないから」
思いの外強情なソフィーとティオに思わず仰け反る。今思えば先程餌を与えている二人に親近感を覚えたのだが、あれは庇護するべきものを見る眼だ。
幼いながらも、雛鳥というか弱い存在に触れて庇護欲に目覚めたのだろう。もしやこの鳥が魔力路を介して変な魔力干渉でもしているのかと考え、異能でくまなく調べてみるが、おかしなところは一切見当たらない。
黙っていても子は親に似るという。シャーリィは気付いてはいないが、如何なる理由があれど自分を頼る者に対する庇護欲の強さは間違いなく彼女譲りだ。
「どうしてもダメ? お小遣い貯めてるからケージとかなら買えると思うんだけど」
「ん。掃除とか洗濯とかも手伝うから」
「……うぅぅっ」
そもそも、この二人がこうして我が儘を言ってくること自体、極めて珍しい。冒険者として日々生死の最中で戦い、その精神に掛かるストレスが甚大であることを知っているソフィーとティオは、シャーリィの負担にならないように心掛けてきた。
そういう風に他者を気遣う事が出来る娘に育ってくれたことは親として涙が出るほど嬉しいが、それでも時には子供らしく、欲しい物は欲しいと言ってほしかったし、嫌なものは嫌だと拒絶してほしい時がある。
(女一人冒険者をしながら育てたせいか、子供の割には随分と物欲が乏しくなってしまいました)
物心つく前から母が過酷な生活を送っている所為で欲しがることをしなかったのは、シャーリィにとっても負い目であった
だが子が親に遠慮をする必要はない。全ての欲求に応える訳にはいかないが、言うだけならばタダであり、シャーリィはそれを鷹揚に受け入れるくらいの余裕はとうの昔に出来ているのだ。
それでも特に欲しがることをしなかった二人が、娯楽欲求からだけではなく、内から生じた庇護欲によってどこから来たかも分からぬ雛鳥を受け入れようとしている。
その上で、今まで大した贅沢もさせて来なかった負い目を言及することもせず、真摯に、誠実に説得を繰り返しているのだ。
「~~~~っ! 分かった、分かりました。私の負けです」
「え? という事は……」
「ただし、しばらく様子を見させてもらいます。ちゃんと世話が出来るのであればそのまま継続して飼って良し、出来なければすぐにでも里親を探しますので、そのつもりでいてください」
「わぁっ! ありがとう、ママ!」
「ピィーッ!」
「ピー!」
歓喜の鳴き声を上げる二羽の雛鳥。左右から抱き着いてくるソフィーとティオを受け止め、シャーリィは結局こうなるのかと溜息を吐いた。
勿論世話を怠れば言った通りにするが、継続して世話をするというのならシャーリィもある程度は手伝うつもりでいる。
なんだかんだ言っても、結局は娘の言う通りにしてしまった上に自分も出来る限りの事をしようと既に考えているシャーリィは、有言実行できなかったことに頭を抑える。
「良かったぁ! 今日から一緒だね!」
「ピィーッ」
「ん……! さっそく名前考えないとだね。とりあえず、ゲンゴローがダメならダイゴローで……」
「だからそれは可愛くないってば」
しかし、実に嬉しそうに戯れる二羽と二人の姿を見て、シャーリィは人知れず鉄面皮を緩めた。
(……まぁ、良いでしょう)
姿形どころか、種族も異なる家族が増えた。これも娘が居たから手に入ったものだと思うと、不思議と悪い気がしないシャーリィであった。
結局こうなってしまった。まぁ、親バカなら是非もないですよネ!
ただこの展開に持って行ったのは良いんですが、ここで問題発生。……この鳥二羽の名前、本気でどうしよう? こういう時、誰にアドバイスを貰えばいいんだ……!?
何とか知恵を振り絞って考えておきますので、次話をどうかお楽しみに。