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夏の辺境

予定を少しオーバーしてしまいましたが、タイトル略して元むす更新です。

お気に頂ければ感想評価のほどをよろしくお願いします。


 森は新緑生い茂り、灼熱の太陽が最も近づいているとされる夏真っ盛りの辺境の街。《黄金の魔女》カナリアが熱中症対策にと室内冷却用の魔道具を普及させてから数百年が経過しているが、それでも屋外に出た時の暑さは変わらない。

 容赦なく降り注ぐ不快な陽光と、ジリジリと熱気を吸う地面や建物の相乗効果によって外で働く住民たちは汗を流し、通学する子供たちは不平不満を零しながら帰路につく。


「あっつぅ~……」

「溶けそう~……」

「氷菓子食べたい……厨房の冷蔵庫に入ってるのが」

「それ私のだよね!?」


 学校帰りのソフィーやティオ、学友であるリーシャやチェルシー、ミラも冷房が効いているであろう家を求めて歩くが、その歩みは気だるげで何時もよりも遅い。

 気温の低い朝の通学ならまだいいが、真昼の屋外は日除け傘をさしていても、苛立たしいまでの高温高湿で少女たちを責め立てる。


「もう夏だねぇ。でもこういう時って川で遊んだりしたらすごく気持ちいいと思わない?」


 この中でも良識的な二人の片割れであるミラが、暗鬱とした雰囲気と共に「暑いぞ太陽の馬鹿野郎」とか、「夏の間は雲に隠れてろ」とか、「冬の間しか出て来なくていい」など太陽に向かって呪詛を吐くティオやリーシャ、チェルシーの気分を良い方向にもっていこうと、控えめな笑みを浮かべて告げる。


「去年はシャーリィさんに引率して貰って近くの川に遊びに行ったけど、涼しくて気持ちよかったね」

「あぁ、ママがすっごく張り切って整備してた場所! いいね、夏休みになったらまた皆で遊びに行かない?」


 去年の夏休みに何処か涼しく遊べる場所がないかと母に尋ねた時、一日待って欲しいと告げてシャーリィはその夜に姿を消したことがある。

 翌朝になって帰ってきた彼女に引率されて、周囲が森林に囲まれた渓流に訪れて見れば、そこには万が一怪我しないように、あたり一面の砂利や岩を地形変化魔術で滑らかな石床に代えた挙句、水流を操るという魔剣や魔術を駆使して即席遊具が大量に作り出されていたのだ。

 水を操る魔術師や魔武器の担い手が居る水場はちょっとしたテーマパーク。疲れ果てるまで遊び、川魚を捕まえて食べたりと、充実した夏の1ページを綴ったのだ。


「あぁ、確かにそれは賛成だ。……だがアタシたちは冷房の効いた部屋の中で菓子を食べながらゴロゴロする夏を希望する!」

「引き籠り過ぎて親に叩き出されるまでは涼しい部屋から出たくないんだ!」

「ん。夏に外で遊ぶのはそれからでも遅くないと思う」

「な、なんて自堕落なの……っ!? 冷房点けっぱなしにして外に一切出ないダメ人間の発想だわ……!」


 目の焦点が合っていないあたり、彼女たちの本気具合が伺える。


「でもわたしは夏嫌い。日焼け止め忘れたら肌がヒリヒリするし」

「まぁ、確かにそうだけど」


 雪のように白い肌を持つソフィーとティオにとって、夏の陽光は天敵だ。日焼けするのではなく、ただ赤くなってヒリヒリと痛むのだ。

 今でこそ毒や熱気、冷気から肌を保護する魔術、《ガードスキン》と似たような効果がある魔道具、薬が多く存在するが、一度忘れてしまうと後で酷い目に遭うという体験をしている。


「ほら見ろ、体育の申し子のティオだってこの様だ。私たちは所詮、冷房が無いと生きていけない生き物なんだよ」

「だからこれを機に学校は教室にも冷房を付けるべきだと思う。アタシらが熱中症で倒れるより先に」

「あ、結局そこに繋がるんだね」

「うぅん、確かにあの理事長ならそのくらいは出来そうだけど」


 夏の教室は地獄である。立地の問題のせいか、基本教室は風通しが悪い上に日当たりが良い。暑さに耐えかねた生徒は冷ました机に顔を押し付けたり、休み時間の度に風通しのいい日陰に移動したりして涼をとっている。

 そんな学校で空調用の魔道具があるのは職員室と用務員室のみ。寝泊りをする必要のある用務員室はともかく、教室で生徒が熱さで呻いているというのに教師は職員室で涼んでいるかと思うと腹が立つというのが、夏の被害者たち一同の意見だ。

 ならば学校の理事長を務めるカナリアに金を出してもらって空調を付けろと言いたくなるのが人の心と言うもの。何せ相手は金などあり余っている。彼女が一声かければ、すぐにでも魔道具が取り付けられるだろうが――――


『おやおやどうしたのじゃ? そんな干乾びたゾンビの様に呻いて! ……え~? 空調魔道具を入れてほしい~? そんな事は認められぬのじゃ(キリッ)。子供の内から何でもかんでも魔道具に頼っておっては将来駄目な大人になるからのぅ。あー、それにしても夏に飲む最高級のオレンジを使った冷たいジュースは格別じゃのー!』


 と、実に腹立たしい嘲笑を浮かべながらガンガンに冷房が効いた部屋の中でジュース片手に暑いと呻く生徒たちを見下ろすのが目に見える。 本当に学校の理事長なのかと言いたくなるが、カナリアならそれくらいはするだろうとソフィーとティオは疲れた表情を浮かべた。


「でも夏休みまでの間はまだマシになるんじゃない? 今年からでしょ? あの授業」

「ん。正直、そんなお金出すくらいなら冷房欲しいんだけどね」

「あはは……でも私、ちゃんとやったこと無いからちょっとだけ不安かな?」


 ミラの言葉に一同は無言で同意する。なにせ件の授業、王国史上初の試みなのだ。


「まぁ、私たちは授業以外でもママに――――」


 教えてもらうから……そう言いかけた時、ソフィーとティオの頭目掛けて青と赤の光が真っ逆さまに落ちてきた。


「ちょっ!?」

「ソフィーちゃん!? ティオちゃん!?」

「二人とも、危な――――!」

「ふぇ?」

「???」


 ゴッ! という、軽めの音が夏の街に響いた。




 冒険者にとっても、夏は過酷な季節だ。ごく当たり前の話だが、戦闘は過酷な運動であり、全身の水分は汗となって体外へと流れ出てしまい、その結果、冒険先で身動き取れずに最悪死んでしまう冒険者は少なくない。

 昨今はクーラーポーションという、体温の上昇を抑える霊薬が冒険者や兵士の間で重宝されているが、それでも貧乏な新米冒険者が節約の為だと、熱中症を甘く見て倒れることなどよくあるのだ。

 冒険者ギルドが誇るBランク冒険者、シャーリィにもそんな時期があった。愛娘二人の衣服を買い揃える為にクーラーポーション代をケチったせいで、巨大な虎のような魔物との戦闘中に不調を起こして右半身を食い千切られたことがある。

 あの時ばかりは自分が不完全ながらも復元能力を持つ半不死者(イモータル)で良かったと心の底から思ったものだ。

 ……完全に余談だが、服も半分無くなったせいで、体の見えてはいけない部分が外で露出して大変な目に遭ったが。

 そんな実体験が伴う教訓を、クーラーポーション代をケチろうとした交流の深い新人三人に事細かに伝え、熱中症の恐ろしさを存分に伝えた後に霊薬を買わせ、依頼に赴いた三人を見送ったのが昨日の事。

 

「何ですかコレ?」


 シャーリィは今、ギルドの酒場スペースのテーブルで、対面に座るユミナと挟むように置かれた物体を冷めた半眼で見下ろしていた。


「こんな公衆の面前で下着を広げるなど、はしたないと思わないのですか?」

「いえ、これ下着じゃなくてビキニですし」

「ビキニ? その様な名前の鎧? がありますが……下着と何が違うのですか?」


 元貴族令嬢にはまるで違いが分からなかった。確かなのは、両方とも上下に分かれ、それぞれ乳房と秘部、臀部を隠す衣類であること。

 見た目もよく似ている。黒い生地で胸元にフリルをあしらい、下衣はリボン状の紐で繋げる、大人っぽいデザインだ。

 

「これ水着ですよ? 知らないんですか?」

「みずぎ……? 水着っ!? これがですか?」


 信じられないと、シャーリィは瞠目する。彼女が知る水着というのは、胴体部分に加え膝上まで隠された、泳ぐに適した衣服の筈だ。 

 個人的には肩まで見えるというのはどうかと思うが、泳ぐための服ならば致し方ないと許容できる野暮ったさ。こと露出には厳しいシャーリィが、去年の夏に愛娘が外で着用するのを認めさせる逸品だ。


「まさかこれを外で着るというのですか? こんなの着たら背中どころか、お(へそ)や足の付け根まで見えてしまうではないですか」

「いや、最近じゃこれくらい普通ですよ、普通」

「何処の世界の常識ですか? 王国は何時から変質者の国になったのですか?」


 触ってみると確かに水着特有の感触。しかしこんな下着同然の水着など、ビキニアーマーといい、世のデザイナーたちは一体何を考えているのかと シャーリィは痛くなってきた頭を抑える。


「オシャレですよ、オシャレ。夏場となると、湖や池、海での依頼を受ける冒険者さんも多いでしょう? なら見た目にも拘りたくなるじゃないですか」


 水棲の魔物や水中ならではの採取に時期は特にないのだが、冬ではなく夏に活動したくなるのは人として当然の事。

 そういった理由で水着は主に冒険者装備の一種として数えられるのだが、野暮なデザインは女性に受けが悪く、デザインの改善は随分前から進められている。

 もちろん、そんな事情を現在の野暮ったい水着にご満悦のシャーリィが知る由も無く、今時の若い女性の考えは理解できないと二色の眼で雄弁に語る。

 

「拘り方が間違えていると思うのですが」

「前から思ってましたけど、シャーリィさんって古臭……もとい、古風な人ですよね」


 古臭い考えですよねと言いかけたユミナを殺気混じりの視線一つで黙らせる。古き良き品位は既に上流階級だけのもので、平民は伝統や品位よりも流行を重視することはここ十年で理解しているが、どうしても共感する事が出来ないシャーリィ。

 

(だって、恥ずかしいものは恥ずかしいですし)


 平民の生活を送るようになって久しいが、そこだけは唯一馴染めない。自分がこんなタチだから、娘たちが流行に乗り遅れてはいないかと不安ではあるが、肌を見せるよりかはマシであるとシャーリィは考える。


(だってあまりにハレンチな姿をしたら、何処の誰とも分からない変質者が娘に集るではありませんか)


 シャーリィにとってソフィーとティオは地上に舞い降りた天使である。そして天使に惹かれない者などいない。穢れ無き美しさを汚そうとする不逞の輩が跋扈するこの時代、露出が男を引き寄せることくらいは知っている母が心配するのは当然だろう。

 ……シャーリィの場合、少し行き過ぎではあるが。


「それで、この水着モドキをなぜ私に?」

「あぁ、実はこれギルドマスターに……」

「絶対嫌です」

「まだ言い切ってないのに……」


 カナリアが出てきた時点で条件反射的に断るシャーリィに呆れながらも、祖先の性悪ぶりを考えれば仕方ないと諦観のユミナ。


「まぁ、最後まで聞いてください。実はこれ、私の従姉妹が特注で買った品なんですけど、どうやらサイズの記入ミスがあったみたいで」

「ユミナさんの従姉妹というと、カナリアの秘書をしている?」

「ええ、その従姉妹です」


 世界最強の魔術師、《黄金の魔女》の耳を引っ張って仕事をさせる剛の者だ。


「サイズが合ってないからって捨てるのも勿体ないし、どうしようかと考えてる時に、丁度シャーリィさんのサイズとピッタリだってことに気付きまして、良かったら貰ってくれと従姉妹から」

「むぅ……正直、着る機会は無いと思いますが」


 この貰わなければ捨てるしかない水着を仕方なく受け取ってから、魔道具《勇者の道具箱》に瞬間収納するシャーリィ。用事が終わったのなら帰ろうと席を立ったその時、ギルドの扉を勢い良く開けて二人の少女が飛び込んできた。


「シャーリィさんいる!?」

「一大事一大事!!」


 愛娘の友人、リーシャとチェルシーだ。普段は冒険者ギルドに顔など見せる事のない娘の友人の来訪に驚きながら、シャーリィとユミナは小走りで駆け寄る。


「一体どうしたのですか?」

「あの、実はソフィーちゃんとティオちゃんが……」

「……娘たちに何かあったのです……か……?」


 同じく娘の友人であるミラが、オドオドとしながら後ろにいるソフィーとティオに視線を向ける。シャーリィは釣られて娘たちに視線を向け、思わず固まった。


「あー……ママ。これ……」

「ピーッ!」

「……どうしよっか」

「ピー!」


 困ったような苦笑を浮かべながら頭の後ろを掻くソフィーと、上目を剥いているティオの頭。白く、触り心地の良い髪の上に堂々と居座る、それぞれ青と赤の羽毛が生えた、真ん丸とした体形でどこか間抜けな顔をした雛鳥が呑気に鳴いていた。

 

二十話くらいで総合評価五万とかいく凄い作者様が居ますけど、色々見習いたいですね。


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