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エピローグ

書き残したことが多くて少々長くなってしまいましたが、タイトル略して元むす更新です。

お気に頂ければ、感想評価などをしてくださると幸いです。


 突然の皇城破壊により帝都は今、混乱状態にあった。城内や敷地内に居た者は全て、突然被害領域の外へと移動したために死傷者も怪我人もいなかったが、価値の付けられない皇帝の宮殿の崩壊は財政に致命的なダメージを与えることとなる。

 一方、空中闘技場では、シャーリィによる試合を決する一閃と城の両断のタイミングが重なったことから、彼女に疑いの眼を向けるものが多数いたが、普通に(・・・)考えて剣の一振りで城を両断するなど出来るはずも無いと、帝国側の貴族や重臣は口を開く事が出来なかった。


「あんたがやったんでしょ!? 空間魔術の使い手なら、城を真っ二つにすることもできるわよね!? どうしてくれるのよ! あそこには私の宝石やドレスがあったのよ!?」

「妾は何もしておらぬぞ? どこに証拠があるのじゃ? んー?」


 一方、普段の行いもあってカナリアに詰め寄る者がアリスを筆頭に大勢いた。唾を飛ばしながら捲し立てる帝国側を更に煽るようにニヤニヤと嗤いながら、のらりくらりと言及を逃れる。

 事実、城の領地内に居た人間を空間魔術で助けた証拠なら残留魔力の調査で発覚することは出来るが、純然たる剣技による破壊の証拠など当然ある訳がない。


「それにしてもお主、本当にシャーリィの妹か? 怒り過ぎて化粧が崩れておるぞ? ……実は年の離れた姉とか叔母ではあるまいな? だがあ奴は三十路なのに十代相応の見かけだというのに、何故お主は年齢相応なのじゃ?……はっ、もしや老け面なのかのぅ?」


 自身やシャーリィが半不死者(イモータル)である事を伏せながら、若々しいままの姉に対するコンプレックスを千年生きた見た目童女に盛大に抉られたアリスが声にならない怒号を上げて周囲を困惑させている頃、アルベルトは混濁する思考を抱えながらシャーリィたちを探していた。


(わ、私の城が……おのれ魔女め……私の城を……! くそっ! せ、せめて娘だけでも……!)


 自身の誇りの象徴を物理的に破壊されたことによって怒りや絶望などが一体となった感情を内心でカナリアにぶつけつつ、闘技場内を早足で移動しながらソフィーとティオが居そうな場所を虱潰しに巡る。

 神前試合が決し、正攻法で連れて行くことも侵略して戦利品として得る事も叶わなくなった今、残された手段は盗人のように連れ去るか、本人たちを直接説得して連れて行くしか方法はない。


(大丈夫だ……! 次期皇帝だぞ? 劣悪な庶民暮らしなどよりも、優雅な皇帝としての暮らしを選ぶに決まっている!)


 一体その自信は何処から湧いて来るのか、双子が次期皇帝としての道を選ぶと信じて疑わないアルベルトは、闘技場に続く南側通路に居るソフィーとティオを見つけ出す。

 母の勝利を祝福しに来たのだろう、片膝をついて視線を合わせるシャーリィを飛びつくように抱き締めるソフィーとティオを温かく見守る、カイルにアステリオス、レイアにクードの護衛を引き受けた冒険者パーティ。

 

「あぁ、やっと会えたね! 私の娘たち!」


 そんな心温まる光景に、空気を読まずに飛び込んだアルベルトに対し、双子はビクリと肩を震わせ、シャーリィたちは一斉に彼女たちを背中に庇う。


「どの面下げて来たっていうのよこのクズこ……むぐぅううっ!?」

「お前は黙ってろ! 話がややこしくなる!」


 クズ皇帝と言いかけたレイアを気に留めることも無く、瞳に宿す警戒心と嫌悪感を察することなく、シャーリィの背中からこちらを窺うソフィーとティオに熱い視線を送りながら語り掛ける。


「初めましてだね、私はアルベルト・ラグドール。君たちの父であり、帝国の長だ。気軽にパパと呼んでくれてもいいよ」


 急いで来たためか、額に汗を浮かべながら明るい笑顔でフランクに接してくるアルベルトに対し、シャーリィたちはドン引きしていた。

 それもそうだろう、何せこの男は遠隔呪術をかけるように指示したり、誘拐紛いの方法で帝国へ連れてくるように命じた者なのだ。いきなり現れてパパと呼べなど、不気味にもほどがある。


「今まで卑しい生活をさせてすまなかったね。でもこれには悲しいすれ違いが……そう、憎き《黄金の魔女》の罠の所為でシャーリィは君たちを連れて帝国を出る羽目になったんだ!」

(((え? 何かギルドマスターの所為にし始めたんだけど?)))


 内心で一言一句綺麗に同じことを思いながら素で驚く新米冒険者三人を余所に、シャーリィは怒涛の自己弁護と事実のすり替えにドンドン気持ちが冷めていく。昔の自分はいったいこの男の何処に惚れていたというのか。


「でももう心配はない、これからは私の元で煌びやかな生活が待っているよ。さぁ、一緒に帝国に戻って、輝かしい皇女としての生活を送ろうじゃないか」 


 直接説得して帝国へ連れて行くという意図を理解したシャーリィは前へ出て抗議しようとするが、それよりも先に背後から身を乗り出したソフィーとティオは震える体を抑えながら真っ直ぐに皇帝の眼を見る。


「私たち……帝国になんて行きません」

「…………なんだって?」


 何を言われたのか理解できないとばかりに、アルベルトは茫然と呟く。


「わたしたちはお母さんがいる冒険者の街で、冒険者として暮らしたい。皇女なんてメンドクサイのはゴメン」

「だからもう私たちの前に来ないでください。私たちの家族はママだけ……パパなんて最初から居ないんだから」


 二人並べばシャーリィが居るようだと、カイルは想う。明確な拒絶を示され、しばらく呆然としていたアルベルトだが、急に明るい表情を浮かべたかと思いきや、とんでもないことを宣った。


「そ、そうか! やはり幼い内には母と離れるのは嫌だよね!? ならこうしよう、シャーリィを私の側室として迎えようじゃないか!」


 言っている事が理解できないとはこの事だろう。事実、返事を返されたソフィーとティオも、傍から聞いていたカイルたちも、当の本人であるシャーリィですら、彼の言葉に思考を停止させた。

 これはアルベルトにとっても好機だった。遠くに位置する巨城を一刀両断するほどとは夢にも思っていないが、事実として帝国最強の天才騎士であるルミリアナを倒せるほどの逸材なら手元に置いておきたいし、久しぶりに会ったシャーリィの美しさを見て未練が湧いた。

 客観的に見てアリスとは比べ物にならない美しさ。そんな母の面影を強く受け継ぐ双子の将来にも期待できるだろうし、健全に育てる為にもかつての婚約者を手に入れたいという獣欲からなる欲望が皇帝の頭を満たす。


「アリスから聞いたことがある。君は彼女が私に近づいたことに嫉妬して激しく叱責したと。それほど想ってくれているのなら話は早い、昔は悲しいすれ違いがあったが、皇帝として君の過ちを許し、今度こそ夫婦としてやり直そう。アリスや子供たち同様、君の事を愛するよ」


 シャーリィの男好きする体つきを舐め回すように見ながらアルベルトはエスコートするように手を差し伸べる。

 そんな皇帝に対し、クードは烈火の如き怒りを瞳に宿し、口を押えられているレイアはくぐもった唸り声を上げながら暴れ、冷静沈着なアステリオスですら眉間に皺を寄せる。

 あまりの言い分にシャーリィは何も言えず、ソフィーとティオはただただ沈痛な表情で血縁上の父を見上げた。

 どれだけ無邪気に母を侮辱すれば気が済むのか。婚約者だった母の妹と浮気した挙句、ありもしない罪を被せて耳を覆いたくなるような拷問に処しておきながら、悪びれる様子も無くもう一度結婚を申し込むなど、馬鹿にするにも程がある。

 思わずシャーリィの表情を仰ぎ見る。何も言わず、ただ怒りとも悲痛ともとれない顔をしている母を見て、流れる血の情けなさに涙すら浮かんできた。


「~~~っ! ぷはぁっ! アンタねぇ! いい加減に――――」


 クードの手を振り解いたレイアがアルベルトに噛みつくよりも先に、動いた者が居た。

 身体強化魔術、《フィジカルブースト》を初めて無詠唱で発動させ、一気に懐へと飛び込んだ一人の少年。

 思いがけない行動というのは、動きを察知することに長けた達人であるほど影響力があるという。動きを正確に捉えていたアステリオスやシャーリィは、まさか少年がそのような行動に出るとは思わず呆気を取られ、偶然にも達人の虚を突いた彼の渾身の右拳は、助走の勢いを加えて皇帝の顔面に減り込む。


「ぶがあっ!?」


 余りの勢いにアルベルトの両足が宙を浮く。殴られた勢いで強かに壁に頭を打ち付けた皇帝は鼻血を垂らしながら白目を剥いて気絶、その場に居合わせた者全員が加害者に視線を向けるばかりだ。


「……ど、どうしよう……? 皇帝、殴っちゃったんだけど……?」


 そんな静寂の中心にいる少年……カイルは、自分のした事の重大さに情けない声を絞り出すのだった。



 

 帝都近郊には歴代の皇族を弔う墓が存在する。風の吹く丘の上に建設された宮殿の中には歴代皇族の名が刻まれた石板と、手向けの華が添えられていた。


「ルグランド陛下……エリザベート皇妃……」


 その中に二輪の白百合を混ぜたシャーリィは、瞳に哀愁を滲ませながらかつて父母同然に接していた二人を思い出す。

 先帝夫婦であるルグランドとエリザベート。情熱的で精力的な理想家であり、常に民の為に何が出来るのかを模索しては実行する、まさに一国の長の鑑ともいえる人たちだった。

 未来の義理の娘であったシャーリィにもフィリア同様実の娘のように愛してくれて、当時の彼女に初めて家族の温もりを教えてくれた優しい皇帝と皇妃。実子でありながらなぜアルベルトがあのように育ったのか分からないくらいの人格者でもあった。

 その二人が、自分の知らないところで墓の下に入ってしまったと思うと、胸に穴が開いたかのような妙に気持ちになった。


「……何を躊躇っているのか知りませんが、花を置きたければ置けばよいのでは?」


 石板から目を離さず、シャーリィは後ろに声を掛ける。すると、柱の陰から花束を抱えたフィリアが遠慮がちに現れた。


「ご、ごめんなさい。邪魔をしない様にと思ったのですが、気を遣わせてしまったみたいで……」

「気にする必要はありません。ご両親に花を添えるのに何を気遣う必要があるのです」


 花束を石板の前に置いて黙祷をささげる。そのまま横に並んだまま黙って石板に刻まれた先帝夫婦の名前を眺めるが、気まずい雰囲気を耐えかねたのか、先に口を開いたのはシャーリィだった。


「カナリアから聞きました。お二人は現皇帝と敵対していたと……自惚れでなければ、それは私が原因ですか?」

「それは…………切っ掛けはそうだったかもしれません」


 アルベルトの権威の象徴である城を両断することで、帝国へ帰らないことを示したシャーリィ。しかし、十一年前に清算するべきことがまだ残っていた。

 あの偽りの断罪の際、諸外国を巡っていた先帝夫婦とフィリア。もしも三人がシャーリィが知っているままの人物であれば、シャーリィは何も告げずに長年音沙汰無しの状態になり、多大な心労を掛けたことになる。

 正しく前へ進むのであれば、帝国へ置き去りにしたものにも向かい合わなければならない。それがせめてものケジメと言うものだろう。


「予定通りに帰ってきてようやくシャーリィ様への仕打ちを知ったお父様とお母様は陛下に対して激昂され、皇族は皇帝派と皇太子派の二つに割れました。初めは元々の立場や地盤で勝っていたお父様が有利に進めていたのですが、いざ皇太子廃嫡へと話を進めようとした矢先に」

「暗殺されたのですね?」

「……はい」


 それはフィリアから王国へ、カナリアを通じてシャーリィへと知らされた闇。世間一般では知られてはいないが、アルベルトと懇意にすることで甘い汁を啜ってきた王太子派の貴族たちは、彼が廃嫡になることを恐れ、主君である皇帝に毒を盛り、まんまと飾りである神輿を皇帝の座へ収めたのだ。

 そこからは世間の知る通りの悪評三昧、ルグランドたちが築き上げてきた信頼と栄誉は地に堕ちた。

 

「陛下に幾ら進言しても聞く耳を持ちませんでした。陛下にとっての忠臣である彼らが父と母に毒を盛る等ある訳がない、きっと敵対勢力の差し金だと言って」


 それが事実ならこれほど滑稽な話はない。どう考えても自らを傀儡にしようとする実の父母の仇を自分から懐に入れ、忠臣と懇意にしているのだから。


「……私の事について、何か言っていましたか」


 全てを切り捨てたはずだったし、事実帝国になど興味の欠片も抱かなくなっていた。かつての父母代わりの人を思い返せたのは、己と離れたくないと言ってくれた愛娘の言葉があったからだ。


「……ずっと、気にかけていました。お父様もお母様もシャーリィ様への仕打ちに激怒し、それ以上に悲しんでおいででした。皇太子と敵対することも厭わず、国を動かす傍らで貴女の事を探していましたが、それも重荷を下ろさせて穏やかな暮らしを送って貰う為でした」


 私もそう願っていた……とは言わなかった。ただ、言い訳じみた言葉であろうとも亡き父母の想いだけは何一つ偽らずに答える……それがフィリアが今示せる誠意だった。


「そう……ですか……」


 シャーリィは天井を仰ぐ。実の父母から冷遇されていたシャーリィを温かく迎え、時に厳しく、時に優しく接してくれた義理の父母。

 ソフィーとティオを育てる時も二人の行いを参考にしていた。壮絶な裏切りの果てに多くの者へ憎悪を抱いたが、受けた温もりが偽りなどではなかったことは、ただただ良かった。


「ご息女が皇位継承権を与えられることは、此度の神前試合で帝国は外交上での正当性を失いました。それに加えて、帝国に残っていたシャーリィ様に関する記録は一つ残らず破棄しましたので、血筋での正当性も書類上は失っています」


 それは、シャーリィが公爵家出身であるという事実すらもみ消したフィリアのダメ押し。形だけ残っていた戸籍や出生記録などを全て破棄することで、高貴な血筋などではなく、元帝国人であるという事すら堂々と否定できる……これで幾らアルベルトが血が繋がった親子だからと言っても、それすら否定する事が出来るだろう。


「ではこれでお別れです。今まで、ご迷惑をおかけしました」


 そしてそれは、かつて繋がっていたフィリアとの縁も切れるという事。最早この場にいる二人は未来の義姉妹という関係にあったという過去すら抹消された、完全な赤の他人である。

 姉のように敬愛し、目標としていた人との別れ。しかし彼女を想えばこそ、この別離は必要なのだと心に言い聞かせて背を向けるフィリアに、シャーリィはポツリと呟いた。


「友達が出来たのですね」

「……っ!」


 思わず、足が止まる。まだシャーリィが帝国に居た頃、皇室故に友の居ないフィリアは、その事にコンプレックスを抱えていた。


「私と試合したあの少女騎士……天賦の才以上に、意志を宿した剣に感じました。以前ギルドで見かけた時はどこか親しい雰囲気だったのでそうかと思ったのですが」

「はい……自慢の親友です」


 どうして今になってそのような事を言うのだろう? 必死に涙を隠して別れを済ませようとしていたフィリアは、シャーリィが当時の事を覚えてくれていた事実にただ打ち震える。


「人見知りで知らない人の前ではすぐに私の後ろに隠れていた割には、寂しがり屋の貴女のことをずっと気に揉んでいました」

「……はい」

「素直に私を慕ってくれる貴女は、私にとって本当の妹のような存在で、いつかそうなる時を楽しみにしていました」

「……はい……!」


 何時かシャーリィが本当の姉になる事を楽しみにしていたフィリアと同じ思いだった。目尻に浮かぶ涙は瞳を濡らし、震える声で単調に返す皇女の胸中が満たされていく。

 血縁に味方が居なくなった、孤独な戦いだった。たった一人で味方を作り、民の為に皇室を堕とそうと躍起になっている時に支えとしていた思い出を、憧れの人が共有してくれたのだ。


「これで貴女との縁も消えましたが……今回尽力してくれたことは忘れません。何かあった時は、王国辺境のギルドを頼ってください。これでも冒険者ですから、依頼があれば駆けつけます」

「はいぃ……っ!」


 悲しみではない別の涙を拭うが、後から後から溢れてくる。そんなフィリアにハンカチを渡し、シャーリィはそのまま立ち去って行った。

 かつての縁は確かに断たれた。ここに紡がれたのは冒険者の縁。貸し借り損得がものをいう、シャーリィとフィリアの新しい縁である。


「ありがとう……姉様……!」


 先の見えない戦いを始めたことに後悔はないと、今なら言える。無愛想に縁を新しく結んでくれた……その事実だけで救われたのだから。




「では我らはこのまま公国へと会談に向かうのでな。縁があればまた会おうぞ」


 そう言ってエドワルドやアリシア、兵や文官たちは、カナリアが手配した四頭の巨大な翼竜に繋がれた巨大なゴンドラに乗り、颯爽と青空を駆けて行った。


「見て見てティオ! おっきいドラゴン!」

「ん……! わたしも乗ってみたい」

「そうですね。また機会があれば私が乗る翼竜に乗せても良いですよ」

「ほんと!? 約束だよ!?」

「えぇ」


 帝都を出た平野では飛び去る巨竜に目を輝かせながら空に手を伸ばすソフィーとティオ、それを見守るシャーリィ。


「いやぁ、ようやく帰れる……と言っても、そんなに時間かからなかったけどな」

「いまだに信じられないって言うか、流石シャーリィさんって感じだよね。対戦相手も凄いのは分かるけど、シャーリィさんはそれ以上だったし」

「何事も経験値に勝るものは無しという事ですかな。どうでしょう、帰ったら稽古でも」

「「今日は休みます」」


 青い顔でアステリオスの提案を蹴るクードとレイア。そしてカイルはというと――――


「おやおや、まだ妾の靴が汚れておるぞ? もっとワックスを駆使して輝くほどに磨くが良い!」

「くっ……! 後悔先に立たず……!」


 空中に浮かぶ豪華な装飾が施された椅子に座るカナリアの靴を、頭をグリグリ踏まれながら必死に磨いていた。

 幾らなんでも皇帝を殴るというのは一大事だ。当然の如く騒ぎになってカイルが御用改めと連れて行かれそうになった時、カナリアが気絶していたアルベルト以外の帝国人の記憶を魔術で書き換えて事なきを得たのだが、その代償は割と高かった。


「妾は記憶操作で疲れた。その上帰りの空間転移もあるからのぉ~、何か見返りが欲しいなぁ~……主に人間一人分の労働力とか」

「せ、誠心誠意雑用を務めさせていただきます……!」


 実に屈辱的である。しかし助かったのも事実なので見返りに応じなければ筋が通らない。カイルは仕方なく奴隷のように働くが、そこに救いの手を差し伸べたのが、意外にもカナリアである。


「そう言えばシャーリィよ、この小僧への返礼はどうするのじゃ?」

「む? そうですね」

「えー、何々? 何の話」


 当事者以外が興味を示し、集まり始める。以前、ルドルフに誘拐されそうになった双子を助けたお礼がまだだったと説明すると、レイアとクードはニンマリと深い笑みを浮かべてカイルの腕を引き、少し離れた場所で頭を引き寄せながら背伸びをして耳元で語りかける。


(どーせなら付き合ってくださいって言っちゃいなよ! 昔の男で傷ついた心を癒すのは新しい男っていうのは相場でしょ?)

(え、えぇえええええっ!? む、無理無理っ!)

(バッカお前、そんなんじゃ何時まで経っても男女の関係になれねえぞ?)


 シャーリィ以外のパーティメンバーは、カイルがシャーリィに対して憧れ以上の感情を持っていることに気が付いている。当の本人からすれば極めて遺憾だが、単にカイルが分かりやすいだけで、気付かないのはシャーリィだけだ。

 そんな関係を深めるように促す言葉にカイルは思わず横目でシャーリィを見る。当の本人は頭に疑問符を浮かべて首を傾げるが、その両隣りに居た彼女の愛娘たちは何やら不穏なものを感じ取った。


「ソフィー? それにティオも……急にどうしたのですか?」

「な、何となく?」

「ん……こうしたくなったから」


 それは幼くとも女としての直感か。普段から割と男子に告白される回数が多いせいか。少年の瞳に宿る感情を見抜いた双子は、母の細腰に抱きついたり目の前で両手を広げて立ち塞がったりして牽制する。

 どうやら警戒されたらしい。アステリオスは微笑ましそうにしているが、実際カイルとしてはそんな事を願い出るつもりはなかったし、クードとレイアもシャーリィが聞いていないと思ってこその悪ノリだ。

 この話は決して表沙汰にならず、仲間内だけで終わるはずだったのだが――――


「何と!? シャーリィとお付き合いをしたいとな!?」

「嘘だろ!? 俺ら超小声で喋ってたのに!?」

「ていうか何大声で叫んでるですかぁっ!?」


 そうは問屋が卸さないのがカナリアという魔女である。 

 秘めたる少年の心をシャーリィにまで聞こえるほど大きな声で叫び、母が奪われると一層警戒を強くした双子と羞恥と絶望に染まるカイルの表情を見ながら性悪な笑顔を浮かべるカナリア。


「さぁ、どうするシャーリィ。歳は大分下じゃが……お主って幼気な少年とかに興味あったかのぅ?」

「待って! 本当に待ってギルドマスター! 僕は別にシャーリィさんと付き合いたいわけじゃ――――!」

「だ、駄目ー! マ、ママには男の人と付き合うなんて早すぎるから!」

「そういう事はまずわたしたちに認めさせてからするべき……!」


 喧々諤々と言いたいことをぶつけ合い、悲鳴にも似た喧騒が平野の空に木霊する中、シャーリィはケロリと答えた。


「良いですよ、そのくらい」

『『『えぇええええええええええええええええっ!?!?』』』


 まさかの返答にアステリオスは瞠目し、それ以外は皆絶叫する。カイルからすれば大進展、ソフィーとティオからすれば未来の継父(けいふ)の登場だ。

 

「ちょっ!? お、お主マジか!? まさか本気でこの小僧と付き合うつもりか!?」

「えぇ、勿論。お礼しなければなりませんし」


 焚きつけた本人であるカナリアの困惑した言葉にも平然とし、シャーリィはカイルの瞳を真っ直ぐ見据えながら告げた。


「それで……何処に行きたいのですか? 武器屋? それとも訓練?」


 一行の間に一陣の風が吹く。返事が無い事に困惑し、首を傾げるシャーリィの言葉に困惑していたカイルたち。


(嘘だろ……? 今時こんな返しをする奴いる……?)

(鈍感だったりするのかなって思ってたけど、これは想像以上なんだけど)

(これだけ好意を宿した熱視線を受けておきながらまるで気付いておられないようですな)


 男女関係の付き合うではなく、用事に付き合うという意味で捉える三十路の美女。仮にも婚約者がいて、子供まで生んでいるというのにこの対応……今までどんな男女関係を送ってきたのかが気になるところだ。


「ちなみにお主……この小僧の事をどういう風に評価しておる?」


 しばらく呆れていたが、次に陰湿な笑みを浮かべながらカイルの肩に手を置くカナリア。カイルにはその手が、鼠を掴んだ猛禽の脚に見えてならなかった。


「何ですかいきなり」

「良いから良いから。お世辞抜きで、どう思っておる?」

「……そうですね」


 蒼と紅、二色の眼でじっと見据えられ、カイルは想わず後退る。


「温厚で努力家。少し甘く臆病なところもありますが誠実で、真っ直ぐに慕ってくれている後輩……といったところでしょうか?」

「思ったよりも高評価じゃん! よかったね!」

「い、いやぁ……そんな、そう言ってもらえると……えへへ」

「それに不思議と得難い気分になります。私の家族は娘しかいませんが……〝息子〟がいればこのような気分だったのかもしれませんね」

「ごふっ」


 血を吐いて倒れるカイル。思いの外高く評価してくれているかと思いきや、息子という言葉で遠回しの脈なし宣言。上げて落とすとは正にこの事か。


「……ほっ。良かった」

「? どうかしましたか?」

「ううん、何でも。……これからも三人(・・)一緒に居ようね、お母さん」

「えぇ……それは勿論」


 誤解を招かぬように言っておくが、ソフィーもティオもカイルが嫌という訳ではない。数える程度しか喋ったこともないが、言動から滲み出る誠実さや善良性は察しているし、助けてくれた恩は決して忘れていない。

 恩返しが出来るのなら何でもするつもりだったが、それが母を嫁に出せという事なら待ったをかけざるを得ないのが年頃の子供の心情というもの。

 

(カイルさんへの恩返しは他の事にしてもらわなきゃね)

(ん……お母さんが結婚とかだいぶ早い)


 母は綺麗な人だ。カイルかどうかは分からないが、いずれそういう相手が現れる日が来るかもしれない。しかし今はまだこの強く美しく優しい母を二人占めしたい、マザコンな二人であった。




 一先ずの大団円を迎えた帝国との戦い。しかし、悪意というものはどこまでも粘着質で、どこまでも執念深かった。


「くそっ! あの小僧め……! 未来の名君である私を殴るなど……! これほどの大罪は無いぞ!」


 未だに痛む鼻を抑えながら、アルベルトは強かにテーブルを拳で打つ。城を破壊されて住居を別荘へと移された挙句、生粋の庶民に殴られる、皇位継承者は手に入らず、その為の口実も失い、その上どれだけ周囲に当たり散らしてもカナリアが介入したせいでどうにもならない苛立ちがアルベルトの端正な顔を醜く歪める。


「見ていろ……必ず手に入れて見せる……! 私の娘も、シャーリィも、大陸歴代最高の名君の座も……!」


 強欲は留まる事を知らず、傲慢は折れることは無い。その瞳をドブのように濁らせながら、アルベルトは王国がある南方を睨むのであった。

誰がざまぁの前菜が終わったと……言いましたっけ?

とりあえずこれで二章は終了しましたが、ここで少しシャーリィの属性を纏めてみました。

・巨乳

・白髪

・オッドアイ

・女剣士

・母親

・親バカ

・羞恥心(強)

・永遠の美少女

・元復讐者

・不完全な不死身

・鈍感

話が長く続くと混乱する人も多いのではないかと思って。詰め込み過ぎなのか、更に詰め込むべきか悩みますね。

次回の更新ですが、書籍化の原稿や三章の構想を考える時間が欲しいので予定としては三月から執筆を開始する予定です。お楽しみにしてくださる読者の皆様には大変申し訳ありませんが、出来る限り早めに更新するよう努力しますので、どうかお待ちいただければ幸いです

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― 新着の感想 ―
妹の発言から察するに身長も高めで細いウエストに子供をたくさん産めそうな(というか産んだ)安産型のヒップ、しなやかな筋肉を包む健康的な太もも、それを覆う10代半ばの一番ハリとツヤがある肌なわけでして………
[一言] そしてタグ詐欺という感想を得た。
[一言] あれ?思ったほど「ざまぁ」じゃなかった。
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