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国家元首対談

一度書籍化した方なら分かると思いますが、三巻四巻と出していくのは売り上げによるらしいですね。その為にも公国となるWeb版小説に力を入れていきたいと思います。

という訳でタイトル略して元むすです! 。



 シャーリィからすれば正に背に腹は代えられないとはこの状況を指すだろう。


「帝国への空間転移の行き帰り? しかも皇帝との対談の場を設けてほしいと? なるほどなるほど、つまりシャーリィは偉大なる妾の力に縋りに来たという訳じゃな? どうしようかのぉ~?」

「…………」


 あれから二週間後、王都から辺境のギルドに戻ってきた、今すぐにでも殴りたくなるような意地の悪い笑顔を浮かべるカナリアを前に、シャーリィは鉄面皮を保ちながら「だからこの女には頼りたくなかった」と、強く想う。

 幼い娘たちの考えは、間違いではなかった。意味があるかどうかは分からないが、こちらの意思を周囲に対して明確化することで対応も変わってくる。

 個人……というよりも国民の話だ。帝国の意向が変わらなくても、王国側の人間の対処に変化を望める可能性もある。

 その上、経済面で各界に強い影響力のあるカナリアを引き込めれば、大した対処をしなくてもこれまで通りの生活を保てる可能性が高くなるだろう。

 とは言っても、最優先するべき事項という訳ではない。最悪の場合、実力で排除することもできる。

 カナリアを頼ったのは穏便かつ確実に元の生活を維持できる可能性が高いから。それが叶わないようならすっぱりと見切りを付けようと思ったのだが、カナリアの返事は意外なものだった。


「良かろう、お主の願いを叶えようではないか」

「…………どういうつもりです? 何か、変なものでも食べました?」

「貴様、妾を何じゃと思っておるのじゃ」


 こんなアッサリとこちらの要求を呑むカナリアなど、シャーリィからすれば不気味極まりない。思わず拾い食いの心配をしてしまうほどだ。


「何、実は妾にも利の無い話ではなくなっておる故な」

「というと?」

「うむ、実はの」


 カナリアは滔々と語り出した。



 ルドルフたちが王国兵に逮捕されてから二日後、自国民が他国で犯罪を犯した事でフィリアを始めとする帝国側少数が迅速に対応している最中、アルベルトが余計な事をしでかした。

 外交用の通信魔道具を使って親書を送ってきたのである。これだけならば、何らかの謝罪や今後の身柄引き渡しに関する要求などが書かれているだろうと思うだろうし、実際その手紙を直接見たエドワルドも直前までどんな言い訳を用意したのかと思っていたのだが、そこには信じられない文が綴られていた。


『王国に与する冒険者ギルド代表カナリアが帝国皇女二名を貴国へ連れ去ったことは明白。皇女の身柄を取り戻すという正当な理由で迎えに行った我が近侍に危害を加えた上に、皇女の引き渡しの連絡すらないとは言語道断。至急、皇女二名とルドルフ以下騎士六名の身柄を我が国に引き渡すべし』


 アルベルトが事の詳細を知ったかのような親書を送ってきたのは、使い魔から送られる情報で知ったからだろうとカナリアは断言した。

 そこまで知っておいて言い訳どころか開き直りともいえる内容にエドワルドは怒るどころか呆れ果てる。

 本来、他国に居る皇女の身柄を引き渡して欲しいというのなら人を送るより先に親書を送るのが当たり前だ。

 だというのに、アルベルトは本来取るべき貴人引き渡し手続き、使者入国手続きなど、外交上必要不可欠なプロセスを全て無視して誘拐紛いの行いをした。

 その事に関する謝罪は一切なく、図々しくも罪を犯した者たちに罪は無いと言わんばかりに身柄まで要求する。


「これは王国に喧嘩を売っている……そう捉えるには、余りにも稚拙だな」


 皇帝の座がそうさせるのだろう。初めて出席した大陸国家間会談や今回の一件で、エドワルドがアルベルトに抱いた人物像は、幼稚な万能感が抜けきらない大人だ。

 

「良かろう、ならばこれは軍兵に頼らぬ戦争である」



《黒獅子王》の対応は早かった。即座にスケジュールを調整すると共にフィリアを通じて皇女引き渡しについて話があると帝国に掛け合い、僅か十日で両国元首対談の席まで持ち込んだのだ。


「……遅いですね」

「ふむ……もうじき定刻が過ぎるな」


 大陸には属国というものが存在しない。故に元首同士の対談は立場が対等であるという意味もあって、国境に仮建設されたテントで行われるのが習わしだ。

 遊牧民族が使用するものを参考にした大きな天幕で覆われた対談の場には、エドワルドを始めとした王国の文官や兵士たち、会議を円滑なものとするために呼ばれた枢機卿が姿を現さない帝国側を待ち続けていた。

 対談は時間厳守、十五分前には着席するのが暗黙の了解にもなっているのにかかわらず、アルベルトが現れたのは定刻十数秒前の時間だった。


「まったく、このような場に皇帝を呼ぶとはどういうつもりだい? 皇女の引き渡しがあると聞いて来たが、本来ならばそちらから伺うのが筋ではないのかい?」


 そして第一声がこれである。王国側はエドワルドやカナリアを除いて一斉に眉を歪め、帝国側はフィリアを含めた数人が羞恥で顔を染める。

 憚る事も無く、公人としての常識も無い皇帝では付き従う臣下や民は大変であろうと、エドワルドは重税に課せられる帝国人を痛ましく思った。


(いや……気付かぬ内(・・・・・)に傀儡となった皇帝も哀れよな)


 フィリアから伝えられた情報で、皇帝の暴走の大きな要因を知ったエドワルドの眼には、アルベルトが只々哀れに映った。


「……よく来られた、アルベルト殿。談笑に盛り上がりたいところではあるが、互いに忙しい身。さっそくだが本題に移ろうではないか」

「そうだね。それで、私の娘であるソフィーリアとティオニシアは何処に?」


 首を左右に振って辺りを見渡すアルベルト。


「……そちらが皇女と主張する少女たちの名前は、それぞれソフィーとティオであると記憶しているが?」

「それは娘らの母親がつけた名前だ。皇女には皇女の相応しい名がある。せめて呼び慣れた名前を改良しただけでも感謝してほしいものだ」


 ここに当の本人たちが居れば激怒していただろう台詞を、何の悪びれも無く告げる。周囲が大なり小なり顔色を変える中、エドワルドは一切表情を変えずに答えた。


「成程、そちらの主張は分かった。だが、それに応える理由は我が国には無く、故に件の少女たちもこの場には居ない。其方の近侍を含めた騎士六名もな」

「何だと!? 王国は皇女二人とルドルフたちを引き渡す為に、私を呼んだのではないのか!?」

「余は皇女引き渡しの件について話があるとしか伝えておらぬ」


 たとえ血の繋がりがあろうとも、書類上はただの王国民に過ぎないシャーリィとその娘たち。まずはその事実を盾に牽制するエドワルドにアルベルトは猛然と噛みつく。


「余は一国の長。民を他国に売った王に、どうして臣民が応えよう?」

「そこの魔女が王国に皇女を連れ去ったと知って尚引き渡しを拒否するなど、王国は何時から人攫いの国になった!?」


 それをお前が言うなと、フィリアは内心で口汚く罵った。本人からすれば娘を迎えに行ったという認識しかないのだろうが、厚顔無恥にもほどがある。


「確かに後継問題や皇妃殿の立場で必死なのは理解できる。だが、当時胎に子を宿していたシャーリィ殿のあらゆる繋がりを断ち、これまで子供の認知もしていなかったのであろう? ならば母娘共々既に帝国民に非ず、帝国へ渡す道理も無し。これは国際間の調停を司る聖国も認めたことだ。近侍以下六名についても同様であり、貴国で裁くつもりが無いのであれば王国として身柄を引き渡すわけにはいかない。正義はこちらにあると考えるが?」

「そ、それは……!」


 流石のアルベルトも、王国だけではなく天空の女神を奉じる宗教総本山であり、国家間のブレーキ役である聖国まで出て来られては怯まざるを得ない。

 そして本人は認めたくは無いと思っているが、内心ではエドワルドの言う通り婚約者としての立場を捨てさせ、実家との繋がりも断たせた判断は失敗であると理解していた。

 これではどんなにこちらの主張を押し出しても、王国はソフィーとティオを庇護するべき国民という立場に置いて守る事が出来る。 

  

(だが……言い換えればただの平民。確かに今回は失敗したが、次は戦争を仕掛けてでも奪還すれば良い……!)


 如何に王とはいえ、何百万もの国民に首が回る訳ではないし、何時までも個人にかまけている余裕は無い筈だ。

 自分の事は棚に上げておきながら、相手の弱みには敏感なアルベルトはエドワルドが嫌がる事を察していた。

 目の前の《黒獅子王》は、屈強な軍を持つにもかかわらず戦争を嫌う。それはアルベルトには理解できない、国の常識でもある。

 予算も備蓄も命も、戦争は多大な量を消費する。アルベルトからすれば金や兵など幾らでも使い捨てれば良いと考えているが、エドワルドは極力戦わずに外交を制したいと考えている。

 ならば戦争を匂わせてやれば国民二人と国営を天秤にかけて、後者に傾くはずだ。その手の悪辣な知恵だけは働く皇帝は、黒い獅子を脅してやろうと口角を吊り上げる。


「だが、こうして何時までも言い合って戦争を匂わせられては面倒だ」

「っ!?」


 しかし、そんなアルベルトの考えを予想していたエドワルドのたった一言で口から出かかった言葉は制されてしまう。


「しかし貴国としても侵略で消耗するのは避けたいはず……さて、どうしたものか」

「畏れながら提案がございます」


 挙手したのはフィリアだった。素知らぬ顔を浮かべるエドワルドに対し、怪訝な表情を浮かべるアルベルトは妹に発言の許可を与える。


「……言ってみたまえ」

「王国に理があるのは承知しました。しかし帝国としては皇帝陛下と血の繋がる娘御二人と縁を結び、皇位継承者として帝国へ来ていただきたい。そこで古い形式ではありますが、神前試合を申し込みます」


 神前試合とは、聖国の枢機卿立ち合いの元行われる、いわば国の代理戦争のことだ。

 古い時代には戦争をする余力を無くした両国がそれぞれ代表の戦士を一人選出して武技を競い合わせ、勝利者側の国が領地や人、有利な条約などの権益を得ていたという。

 しかし重要な国家間の取り決めを話し合いを放棄して賭博じみた決闘などで決める倫理的問題から、近年では形だけ残った遺物である。


(これで良かったのですよね? エドワルド陛下、カナリア様)


 そしてこれこそが、フィリアたち三人が画策した罠である。このまま話が平行線をたどれば、両国の被害が広がる戦争を、愚帝は一方的に引き起こしかねない。

 ならばこの神前試合で王国が勝利し、王国への侵略を一切禁止してしまえば良い。幾ら廃れた形式とはいえ未だ効力が生きている神前試合、もし勝利によって決められた条約を破れば、周辺諸国は一斉に敵に回る事になると告げると、アルベルトは悔しそうに歯噛みする。

 敗北時のリスクもあるが、アルベルトが戦争を理由に脅しを仕掛けてくる時点でそれ以上のリスクを負うのだから、そういう意味では同じことだ。


(それに加えて駄目押し(・・・・)もある……そこまでやれば、帝国は姉様たちを帝国へ連れて行く正当性を永遠に失う)


 いずれにせよ、御前試合に勝利してこそ真価を発揮する手札。後はアルベルトさえ承認してしまえば良いのだが……。


「ぐ、うぅぅ……!」

「如何された、アルベルト殿。フィリア殿下の案に何か問題でも? 欠陥の多い取り決めではあるが、侵略よりも決闘の方が遥かに妙案だと思うのだが? 確か帝国は、古くから魔国との折り合いも悪かったな」

 

 アルベルトは悩んでいた。場を好き勝手に制された屈辱もそうだが、自分の思う通りに行かない現実に対して、周囲に内心八つ当たりするので頭が一杯になっている。

 皇帝としてのプライド、妹姫に指揮を奪われる屈辱、悠然と対応する《黒獅子王》。アルベルトが理想としていた、自分が主導権を握っている対談とは正反対の状況に言葉すら出て来ない中、これまで口出ししてこなかったカナリアが呵々と嗤う。


「くははははは! そう苛めてやるものではないぞエドワルドよ。頭の悪い坊やに対して大人気ないからのぅ」

「あ、頭の悪い坊や……? それはもしや、私に言っているのか……!?」

 

 苦悩は憤激に。脂汗が滲んでいた顔に血が集中して火照るのをアルベルトは無意識に感じ取った。

 これまでのアルベルトは人々に憚られながら生きてきた。妹のフィリアは近年対立しつつあるが、それでも彼の味方をする者は多く、尊重されることがアルベルトにとって当たり前の事なのだ。

 故に彼は今日初めて、混じり気の無い悪意と共に吐かれた暴言を受け止めた。


「始めの勢いが瞬時に衰えさせられる様は見ていて爆笑モノであったぞ皇帝(笑)。まぁ所詮は弱小国家のお遊び武芸、王国兵はおろか我がギルドが誇る冒険者の足元にも及ばぬ者ばかりなのじゃろう? 辛いわー、帝国の雑魚どもと冒険者に圧倒的な違いがあり過ぎて辛いわー」

「き、貴様ぁっ!! 私が治める国を侮辱するかっ!!」


 これにはアルベルトも声を荒げさせて激怒し、ルミリアナを始めとする付き従ってきた帝国騎士たちの表情にも怒りが宿る。

 自分たちが誇る騎士の力を遠慮の欠片も無く嘲笑われては当たり前ではあるが。


「まぁ、それもその筈か。肝心の皇帝がこれでは致し方ないこと……先程から黙って聞いていれば己が優先されて当然とばかりの態度にはキモさしか感じられぬぞ」

「キモッ!?」

「そうじゃ。お主はキモい。その想いは今こうして話している時も募るばかりじゃ」


 仮にも一国の長を相手に暴言を吐きまくるカナリア。厳密には何処の国にも属しておらず、経済的にも性格的にも能力的にも手に負えない彼女だからこそ許される蛮行だ。


「このような過剰な自惚れに塗れたお子ちゃまが治める国の戦士など、屈強な王国兵や冒険者の足元にも及ぶまい。それを察するあたりまだ救いはあったかのぅ?」

「……良いだろう……! そこまで私を貶めるというのなら受けて立つ! 私の娘とルドルフたちの身柄を掛けた神前試合、精々我が国の騎士の力に慄くがいい!」


 怒りに身を任せて安易にフィリアの案を受け入れるアルベルト。

 こうして、ソフィーとティオの将来を賭けた戦いの舞台の幕が上がるのだった。



「何か言い残すことはありますか?」

「ぬおおおおおおっ!? 止せ、止めるのじゃ! 剣で頭蓋を削るのは止めるのじゃ! 脳は洒落にならん!」


 辺境の冒険者ギルドの中庭で、カナリアの首から下を地面に埋めて剣の切っ先で頭蓋に切り傷を入れていくシャーリィ。半不死者(イモータル)の弱点である脳を傷付けかねない精緻な斬撃を前に、流石の魔女も悲鳴を上げざるを得ない。


「話は分かりました。後に娘関連で帝国が起こす面倒事に対して王国が牽制してくれる勝負の場を設けてくれたことも、それが外交上、王国が出せる最大の妥協であったということも理解できました。ついでに、帝国側に冒険者の力をアピールする場にしようとするカナリアの魂胆も」

「おお、察しが良いではないか。褒めて遣わすぞ」


 ですが、とシャーリィは蒼と紅の二色の眼に剣呑な光を宿す。 


「そういう事は話を進めるよりも先に私たちに話を通すべきでしょう? エドワルド陛下辺りがその辺りの配慮をしていると思っていたのですが?」

「いや、対談までの間に妾は何度かこの街に帰ってくる用事があっての」

「ならなぜその時に私に伝えなかったのです? 娘や帝国の事があったので、この街から離れていませんでしたが?」

「うむ、妾も街に戻った時にでも伝えるから心配無用とエドワルドに言ったのじゃが……実は深ぁい事情があって事後報告になってしまったのじゃ。聞いたら驚くぞ?」

「何です? 話だけなら聞きますが?」

「実はギルドのシェフが妾の知らぬところで新作のスイーツを開発しておっての。急遽その試食をするという重大な仕事が……」


 メゴリという、何か硬い物が割れた音が青空に木霊した。


「まぁ良いでしょう。いえ、良くは無いのですが……進展ではあります。正直、一国の動きを止めるには国の力を頼らざるを得なかったですし、こちらの要求も通すならそれで」


 相手が誰なのかなど関係ない……ようは勝ってしまえば良いのだ。

 かつてないほどの気炎に燃える《白の剣鬼》は、未だ見ぬ帝国の戦士の幻影を舞い散る木ノ葉に重ね合わせ、音を遥かに凌駕するひらめきと共に切り裂いた。



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― 新着の感想 ―
[一言] アルベルトが哀れとか被害者みたいな事言ってるけど、只たんにシャーリィの事をそこまで好きではなかった。そして他の女に目移りしただけじゃないの?
[一言] フィリアが皇帝を殺して自分が皇帝になれば全て解決だよな。なんでそうしないのか理解できない。この章に入ってからは読んでいてストレスが溜まり続ける。こいつが皇帝の座を降りなければ帝国は良くならな…
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