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何時もの調子を取り戻して

この度、書籍化が正式に決定しました! 出版社様との取り決めでこれ以上の情報は開示できませんが、開示できる情報が増える度に活動報告に書いていく予定ですのでそちらも閲覧してください!



 シャーリィは白魚のような指で包帯を伸ばし、ガーゼを当てたカイルの額の傷を固定する。


『いてて……』

『ごめんなさい、痛かったですか……?』

『だ、大丈夫です。ちょっと傷に響いただけですから、我慢できます』


 あの後、シャーリィの住居であるタオレ荘の一室まで通されたカイルは、娘を守ったことで傷を負わせてしまったせめてもの詫びの一つとして、シャーリィに手当てを受けていた。

 幻想的なまでに整った貌と、蒼と紅の宝石のような二色の眼が顔のすぐ近くまで迫り、女性的な甘い香りが鼻腔から脳へ到達し、酩酊したかのような眩暈を覚える。


『これで良し……終わりましたよ』

『あ、ありがとうございます』


 やがて手当てが終わり、シャーリィの顔が離れると、カイルは緊張から解き放たれてホッとしたような、どこか残念なような気持ちになって心中が複雑になったが、シャーリィは追い打ちをかけるような行動に出た。


『本当にありがとうございます、カイルさん。貴方のおかげで娘は無事でした』

『そんな……いいですって。僕もシャーリィさんに命を助けられたんだから、この位はしないと……』

『私にとっては何よりの恩です。……だから』


 シュルリという、布が擦れる音が聞こえる。何事かと思って背けていた眼を向けると、驚くべきことにシャーリィの衣服が肩と背中が露出するほどはだけていた。


『シャ、シャシャシャシャーリィさんっ!?』

『カイル……さん……私を受け取ってもらえますか……?』

『そ、そそそそんな! お、お礼は私、なんてみたいなこと! ちょっと順序を省き過ぎなんじゃ……!?』


 まるで恋する女のような赤く染まった顔でカイルの胸に凭れるシャーリィ。その白く、豊満な胸の全てが露わになろうとした瞬間――――


「そこで夢から醒めたんじゃよな?」

「殺して! いっそ僕の事を殺して!」


 シャーリィが娘たちとの対談中、恥ずかしくも幸福な夢を全てカナリアの魔術で覗かれ、カイルは冒険者ギルドの長椅子で悶えていた。

 魔術による一斉攻撃を浴びて気絶、その後でシャーリィに背負われるようにギルドまで運ばれたカイルはすぐさま手当てを受けて長椅子に寝かされていたのだが……起きてみればこの有様だ。

 恩人にして憧れの女性で実に居た堪れなくなる夢を見た上に、その事をニヤニヤとした表情で嘲られ、思春期の少年の心は羞恥でズタボロである。


「いくら草食系のような顔をしておっても、所詮は男じゃな。ある意味健康的ともいえるが」

「ちょっ!? どこ見て言ってるんですか!?」


 何故か下半身に視線を感じ、両手で隠すカイル。


「ゆ、夢なんて僕自身制御できるものじゃないんですから仕方ないじゃないですか! これは不可抗力です!」

「知っておるか? 夢というのは本人の欲求が反映されることがあるという学説があるらしいぞ?」

「僕を貶めて一体何が楽しいんだぁああっ!?」


 幾ら夢とはいえ、現在色々と大変な恩人を相手にそういう(・・・・)事に対してオープンになれるほど、カイルは大人ではない。

 嬉しいやら恥ずかしいやら、とにかく自己嫌悪に陥っていると言っているのに、カナリアは実に大人気なく少年の未熟を嗤う。

 こちらの心中全てを察した上で煽っているのが表情から読み取れる分、凄まじくタチが悪い。


「恥ずかしい? 恩人相手に恥ずかしい? おっと、ケーキが無くなってしまったのじゃ。シェフ、ケーキじゃ! チョコレートケーキをお代わりじゃ!」

「僕の羞恥心をおかずにケーキ食べないでくれません!?」


 シャーリィを始め、大勢のギルド関係者がカナリアを煙たがる理由を身をもって実感した。

 恐らくカイルが秘めたシャーリィへの想いに気付いていたのだろう。どんなに些細なからかいの種であっても、見つけた途端にこっちの心境などお構いなしに捲し立てるこの性悪ぶり、まさに狸爺ならぬ狸婆だ。それも大物の。


「折角シャーリィめがお主の願望(笑)どおりに手当てしてくれたというのに、その間ずっと気を失っておるとは悔しいじゃろうなぁ――――がぼろべびばぁあっ!?」

「うわああああっ!? な、何事!?」


 運ばれてきたチョコレートケーキを口にした途端、変な悲鳴を上げながら床をのたうち回り、ピクリとも動かなくなるカナリア。

 毒でも盛られたのかと思っていると、ギルドの受付からユミナがやってきた。


「あ、心配しないでください。ちょっと見るに見かねて対お婆ちゃん用激辛ソースをケーキにかけておいただけです」

「げ、激辛ソース?」

「この人、極端な甘党の代わりに、辛い物が気絶するくらい嫌いですから。いざという時はトウガラシでもぶつければ撃退できますよ」


 笑顔のまま顔に青筋を浮かべる受付嬢はカナリアの角を掴んで引き摺って行く。


「私が楽しみにしてたケーキを勝手に食べて……! 今日という今日は……」


 何やら恐ろしい呪詛を小言で呟きながらギルドの裏手がある方向に向かう。確か其処には焼却炉があったはずだというところまで考え……カイルはその思考を破棄した。

 話に聞くと二人は先祖と子孫の関係、幾らなんでも身内相手にそこまではしないだろうと。


「ん? そういえば僕が枕代わりにしてるこの上着って誰のだろ?」


 遠くから聞こえる悲鳴を全力で無視しながら、男のものにしては小さすぎる上着を見てカイルは首を傾げる。

 何故かそこはかとなく良い匂いまでする。持ち主に返さなければ考えていると、やけにスッキリした表情で戻ってきたユミナにカイルは尋ねた。


「あの、これって誰のか分かります?」

「あぁ、それシャーリィさんの上着ですね。今度改めてお礼しに行くから、その時にでも返してもらうって」


 夢を見た原因がなんとなくわかったカイルだった。


「クククク……今夜はそれでお楽しみという訳じゃな?」

「な、何が!?」


 いつの間にか全身(すす)だらけになりながらカイルの背後から上着を覗き視るカナリア。ユミナの「まだ生きていたか」という言葉は全力で聞かないようにした。


「分かっておる、分かっておるぞ。思春期ならば誰もが通る道じゃ……思う存分昂ると良い。妾はその様子をシャーリィに伝えるから」

「僕の評価を瞬殺する行為を唆すの止めてくれません?」


 牛乳で口直しつつ、さも全てを理解しているかのような優しい表情を浮かべながら思春期を弄る事を止めないカナリアのなんと粘着質なことか。

 カイルは相手がギルドマスターであることを忘れ、激辛ソースがたっぷりかかったケーキを口にぶつけようかとも思ったが、流石にそれを実行するのは怖いので全力で話を逸らすことに。


「そ、そういえば誘拐犯に襲われてた時、ティオちゃんが懐中時計弄ったらいきなりシャーリィさんが現れたんですけど、あれって何だったんですかね!?」

「え~? 聞きたい? 妾の偉大な力の一端なんじゃが、聞きたい?」


 渋りながらもチラチラとこちらを見るカナリアを見て、カイルは畳みかける。


「き、聞きたいです! ギルドマスターの凄い力を知りたいです!」

「仕方ないのぉ……ちょっとだけじゃぞ?」


 どうやら激辛物の他にも煽てることに弱いらしい。若い冒険者は《黄金の魔女》の特徴をまた一つ知った。


「あれは妾が年間特別賞としてシャーリィに渡した最初の魔道具での。三つで一つの懐中時計の内の二つ、娘御が持つ懐中時計には警報を鳴らす仕組みがあり、シャーリィが持つ懐中時計にはどんな遠く離れた地に居ても鳴らされた警報と共鳴し、瞬時に他の懐中時計の元へ空間転移する。しかも用件が済めば元居た場所にも転移できるという、奴のリクエストに対して存分に答えた逸品なのじゃ! この妾が直々に魔道具を作ってやるといって真っ先に娘の防犯装置を頼むあたり、奴も親バカというか何というか」


 自慢気にシャーリィの魔道具の効果をペラペラと喋るカナリア。自分の理解を超えた魔術をサラッと組み込んだ魔道具の存在に眩暈がしたが、新しい疑問が浮かび上がった。


「年間特別賞……? 何ですかそれ?」

「年初めから年末までの一年で、一番活躍した冒険者の方に贈られる景品の事ですよ」


 仕事に一息を入れる為か、紅茶を持ってきたユミナが会話に混じる。


「審査はギルド上層の独断によるんですが、一位を獲得した方には漏れなくギルドマスターによる特注の魔道具が送られるんです」

「へぇ……それじゃあもしかして」

「はい、シャーリィさんはこれまで三回特別賞を受賞してるんですよ!」

「うわぁ……雲の上の話題過ぎて理解しきれないけど、とにかくすごい事だけは分かった! やっぱりシャーリィさんって一流の冒険者なんですね」

「というか、子育て最優先で他のSランク冒険者さんを押しのけて一位獲るシャーリィさんが異常なんですけどね」


 カイルは他人事であるのに、どこか誇らしく感じた。自分が憧れた人は、確かに一つの頂点に位置していたのだと。


(でも……僕はあの人の事何も知らないんだよなぁ……)


 むしろ今回の一件で謎が深まった。ただの目立つだけの一般人だと思っていた双子が帝国の姫……ならば、その母であるシャーリィは何者なのか。

 気にはなる。気にはなるが……それを追求する勇気は、カイルにはなかった。プライベート、デリカシー、様々な遠慮がそうさせたのもあるが、踏み込み過ぎて引かれたら、カナリアの嘲笑とは比較にならないダメージになりそうだったから。

 それになにより、例え何を知ったとしても、シャーリィに対する想いが変わるとはカイルには思えなかった。

 ならば知ること自体は重要ではない……何があっても自分がどう思うか、それこそが重要なのだ。




 街が寝静まる深夜、タオレ荘の一室では一つのベッドに身を寄せ合って眠る三人母娘。

 普段は娘二人の部屋と母の部屋とで……偶に一緒に寝ているが……別れて眠るのだが、今日ばかりは初めから同じ布団に包まっていた。


「……暑い」


 少し火照った顔でティオは呟く。身に纏う夏用の薄い寝間着は、年頃の少女に似合わない……それこそ、年頃の男が着ていそうな青い柄の無い物だ。

 じわりと浮かぶ汗で少し湿る寝間着の襟を抓み、手首を動かしながら肌に風を送り込む。

 

「だから言ったでしょう。もうじき夏も本格的に始まるのですから、三人で固まって眠るのは止めた方が良いと」

「うぅ……でも、今日だけはこっちの方が良いもんっ」


 白い生地にフリルとリボンをあしらった少女らしい寝間着のソフィーは、ティオと同じく簡素な寝間着を纏うシャーリィに敢えて抱きつく。

 襲い掛かる帝国の手によって母の元から離されようとしたせいか、眠りにくくても今夜は母と並んで眠りたいらしい。

 シャーリィ自身、体温の高い子供に左右から挟まれて暑いのだが、耐えられないほどではない。むしろこうして子供が甘えてくれると、自立云々の教育論を棚にあげたくなるくらいには嬉しいものなのだ。

 

(それに、何時までもこう出来る訳ではありませんしね)


 子供は大人になるのが必然だ。ならば、甘えられる内は存分に甘えさせたいと思うのが母の心境と言うものだろう。


「お母さん……起きてる?」

「……えぇ、起きてますよ。どうかしましたか?」

「帝国の人って、また来るのかな?」


 ティオの言葉に、反対側で寝転がるソフィーも反応した。事態の大きさは察しているのだろう、二人とも帝国側が自分たちを諦めていないことを察しており、それは紛れもない事実であると想像するのは容易い。

 帝国は紛れもない大国だ。フィリアの事を考えると様々な思惑があるのだろうが、後継者問題ともなれば王国を相手にしても諦めはしないだろう。

   

「来るでしょうね。まぁ、凝りもせず現れたとしても私が撃退を――――」

「ううん、違うよママ」


 闇の中に光る蒼い眼が、反対側から(あか)い眼が、シャーリィの横顔を見つめる。


「私たち、ママがご飯作ってくれてる間に話したの。これからどうすればいいのかって」

「ん。正直、話が大きすぎてどうすればいいのかなんて全然分からなかったけど、とりあえずこれだけは言わないとってことがある」


 せーのと、息を合わせてソフィーとティオは告げた。


「「母と一緒に冒険者になるから姫にはならない」」


 それは二人が今なお描き続ける、まだ形になっていない夢。いつの日か、戦いに明け暮れる母と共に世界中に散らばる美しき自然を眺めるという、将来の展望だった。


「大人の人たちには相手の都合を無視してやらなきゃいけないことがあるのは分かってるつもりだけど、言うのと言わないのとじゃ全然違うでしょ?」

「だったらちゃんと、わたしたちは辺境の街に残るって伝えないと。……意味があるかは分からないけど、こっちの意思も知らずに連れ戻そうとされるのは気味が悪いし」  


 少しだけ……ほんの少しだけ涙腺が緩みそうになった。十年前のあの日、復讐に身を焦がした鬼の指を握った小さな手の持ち主が、一国の意思を相手に意志を貫こうとするまでに大きく育ったのかと思うと余計に。

 大の男六人に囲まれて怖かっただろうに……その成長が嬉しくもあり、悲しくもあった(・・・・・・・)


(それでも二人が決断した……なら、私もやるべきことをやらなければ)


 その存在を確かめるように、シャーリィは両腕で双子を抱き寄せる。未だ彼女たちが胎の中に居た時の事を思い出した。

 抱き締めるだけで無性に安心できる温もりと鼓動は、あの日と何一つ変わっていない。


「……えへへ」

「……ふふ」


 そんな母の行動に少し驚いたソフィーとティオだが、くすぐったそうに身を寄せてくる。

 暑い暑いと軽口を叩きながら眠ろうとしたその時、ソフィーは眼前に聳える大きな山……もとい、シャーリィの胸を見て跳ね起きる。


「って、そう言えばママ!? 前にティオにだけブラ買うとか聞いたけど、どうして私だけ成長が遅れてるの!?」

「っ!? ケホッケホッ!」


 余りに明け透けな話題に思わず咽るシャーリィ。以前廊下の真ん中で胸の成長云々について騒いでいたが、まだ引き摺っているらしい。


「い、いきなりどうしたのですか? 別に成長が遅れてるという訳ではないでしょう、単にティオは大きくなるのが他より少し早いだけで」

「そ、それはそうかもだけど……ティオにだけ胸が大きくなる秘訣みたいなの教えてないよね?」

「いえ、仮にそんなのがあったとしても私は知りませんが……え? 下着が欲しかったのですか?」

「お、おねだりしてる訳じゃないんだよ? でも……お店で見比べてみたらブラの方が大人っぽかったから……」


 シャーリィの異能による身体チェックに狂いはない。ソフィーの薄い胸囲に合う下着など、果たして辺境の店にあっただろうか?

 ……逆に言えば、ティオの僅かに大きくなり始めた胸に合う下着は確実にあると確信できる程度には並んでいたのだが、それは言わぬが花だろう。


「ん。大人用と子供用とじゃ違いがあるのは当たり前。前にも言ったけど、焦る必要はないと思う。ソフィーもいつかは付けられる様になるだろうし」

「い、嫌味!? それは先に自分がブラ付けられるようになった余裕なの!?」


 布団の中で母を挟みながら険悪さの無い口論を繰り広げるソフィーとティオ。胸の大きさなど特に気にしたことも無いし、ティオの言う通りそのうち大きくなるものだと思うのだが、姉としてスタートダッシュが遅れた事に早くも不満らしい。

 ブラジャーの別名は矯正下着。娘がそんなに悩むのなら、今年の年間特別賞を取ったら魔法のブラジャーをカナリアに作らせるべきかと本気で悩むシャーリィであった。


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