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親バカの葛藤

本当なら12月31日中に投稿したかったのですが、年末年始の忙しさと冬で温かくなる部屋が俺を抗い難き眠りの淵へ誘ったんです……! それでも一週間以内投稿は守るぞ!

それでは本文です。お気に召しましたら評価してくださると幸いです。


 という事があり、幸か不幸か丁度ペリュトンの群の討伐依頼が出されていたので、冒険者ギルドが有料で貸し出すドラゴン、翼竜の騎乗竜(ランギッツ)に乗って群の目撃情報地点に急行、雲霞の如き怪鳥共を発見するや否やその上空へ回り込み、騎乗竜から飛び降りてあっという間に殲滅させたシャーリィ。

 魔力を持つ魔物の肉体は儀式や魔道具の素材として大変重宝される代物で、特に角は尤も価値がある部位だ。

 古来より角は知恵や権力の象徴として信仰を集めてきた。歴史を紐解き元を辿れば、ドラゴンを筆頭とした角を持つ魔物の多くが、魔力を角に集める生態であることが起源だという。

 それはペリュトンも同じことで、人型の生命体を殺める鳥影の魔力、その大本は雄鹿の角にあるのだ。

 

「さて……三本もあれば良いと言っていましたね」


 太く立派な角を三つばかし切り落とし、ロープできつく一纏めにしてから飛竜の背中に乗せて、更に(くら)に固定する。

 

「休みも挟みませんが、もう一飛びお願いしますね」

「クワアアアアア!」


 昼食代わりに餌の燻製肉や木の実を与えると、一口で頬張り咀嚼した翼竜は嘶く。

 それを肯定と受け取ったシャーリィは鞍に飛び乗り、手綱を引くと、翼竜は冒険者を乗せたまま咆哮をあげ、腕代わりの両翼を力強く羽ばたかせて宙に舞う。

 天空に吹く風に白い髪が波打ち、地表よりも冷たい風を全身に浴びるが、一刻も早く娘の元へと戻らんとする母にはそんなものは障害にはならない。


(時刻は丁度十二時……このまま何事もなく戻れば夕刻には間に合いますね)


 懐から取り出した懐中時計を開く。空を飛んで地上の障害を横断するアドバンテージを持つことから、ギルドが貸し出す騎乗竜の中でも最速の呼び名が高い翼竜だが、ここは辺境からも遠い平原。

 幾ら犯人を見つけ出すためとはいえ、あまりソフィーとティオの傍を離れられる状況ではない。


(まして、幾らマーサさんがいるとはいえ、昨日今日会ったばかりの人にも娘を頼むことになるなんて、私も丸くなりましたね)


 かつての自分ではありえないことに、この変化を喜んでいいものかどうか戸惑う。

 そもそもグラニアを完全に信用している訳ではないし、最悪の場合、シャーリィにとっての敵と密通している可能性もあり得るのだ。

 それでも、娘たちが魔術に依って狙われている現状は、剣士であるシャーリィには守ることは出来ても、解決しきれないことでもある。

 魔術の問題は魔術師の手を借りるしかない。こんな事になるのなら呪術や暗示に対して勉強しておくべきだったという後悔が去来した。


(私はまだ甘い……こんな甘えた人間の手では、何も守れはしません)


 更なる高みへ。全ては娘の為に、今自分にできる最善を手探りで見つけていくしかないのだと、シャーリィは改めて決意した。




「わわっ!? 出来たっ!」

「ふふふ……そう、上手ねぇ。貴女才能あるわよぉ」

「本当!?」


 そんな覚悟を決めたシャーリィがタオレ荘に戻ったのは午後十五時。ペリュトンの角を持って部屋に戻ると、ソフィーが何やらグラニアと楽しそうに談笑しているではないか。

 思わず隠れて物陰からそっと二人を覗き視ると、ソフィーの手の平には小さな水球が浮かんでいる。

 魔術を操る複雑な術式を分かりやすく丁寧に教えるグラニアと、それを忠実に再現していくソフィーは実に仲睦まじく、有り体に言えばその姿は年の離れた姉妹か、あるいは……と想像した時、シャーリィは目に見えて動揺し始めた。


「あ、あわわわわわわ……!」


 ヨロヨロと、《白の剣鬼》と謳われた剣豪とは思えない生まれたての小鹿のような足取りで、何故か食堂まで足を進めるシャーリィ。


「ん? どうしたんだい?」

「っ! ……っ!! っっ!?」

「いや、何言ってんのか分かんないから」


 丁度手が空いていたのか、何やら尋常ではない様子で無言で何もない壁……正確には部屋がある場所を指差すシャーリィをマーサが宥める。


「母親としての……母親としての立場の危機が……っ!」

「はぁ? あんた何言って……あぁ、そういう事か」


 得心がいったとばかりに頷くマーサ。


「ただ待つだけなのも暇だからって、グラニアがソフィーに魔術を教えてるだけだよ。そんな目くじらたてる事でもないだろう」

「そんな……魔術の基礎くらいなら私にだって教えられます……! それを一番初めに……ソフィーの初魔術を私を除け者にして……!」


 どうやら一番初めに教えるのが自分でなかったこと、大人の女性という印象を体現するグラニアが教えていたことで母親としての存在意義を揺り動かされたらしい。

 元々親の元を離れて勉強をする学校とは訳が違うので、シャーリィの言い分を共感できなくても理解は出来たマーサは、慌てふためく一人の母親を先達として諫める。


「なにそんな事で動揺してんだい。あんただって、ソフィーやティオに魔術を教える気はあまり無かったんだろ? だからソフィーが他の魔術師に教えてもらっただけじゃないか」

「それは……そうですが……」


 魔術に限った話ではなく、元来エネルギーの扱いと言うものは危険が伴うが、長い研究の末に魔力の暴走などの危険性を極限まで無くした訓練用の基礎魔術と言うものが存在する。

 コップの中の水を動かしたり、部屋の中で風を吹かせたりと、攻撃性の無い小規模な魔術。本職ではないとはいえ、シャーリィも魔術を操る冒険者だ。

 基礎魔術は心得ていたし、教えようと思えば教えることは出来たのだが――――


「……ソフィーもティオも、冒険者になってみたいと言っていました」

「うん」

「ですが二人はまだ子供です。同じ方向にばかり傾倒させて、他の将来を見据える機会を潰してしまうのは勿体ないではないですか」

「そうだね。分かるよ、その気持ちは」


 何故か深夜のバーのカウンター席で延々と愚痴を溢す客と絶妙な相槌を打ちながらアドバイスをしているバーテンダーみたいになっているが、周りから見て下らなくてもシャーリィ本人は割と深刻だ。

 命の危険が伴う冒険者よりも、平和な街で平穏に暮らして欲しいと思うのは当然の親心。

 以前は根負けして十五歳になってからシャーリィを納得させるだけのものを見せる事が出来れば冒険者になる事を許しても良いとは言ったが、それとこれとは話は別。

 幼少期に抱く将来への展望だけではなく、成長してから見えてくる夢も切り捨てないで欲しいとシャーリィは願っていたからこそ、彼女は愛娘たちに剣も魔術も教えて来なかったのだ。


「それでも……いつか教えることになる時があれば、その時は私が教えてあげたかったんです……!」

「そっちが本音かい」


 母娘三人の初々しい修行風景とか一人想像して、それも悪くない、それどころか良いとすら思ったのは内緒である。

 しかし、それをグラニアに先を越されて、シャーリィが密かに抱いていた願望は木端微塵になってしまった。

 誰が悪いという訳でもないのだろうが、この釈然としない気持ちを落ち着かせないと冷静ではいられない親バカは、こうして食堂まで気持ちの整理する時間を取りに来た次第なのだ。

 

「娘たちの為に出来ることは全てしたいと常日頃から考えていたのに、こういう形で先を越されると母親としての自信が……だからと言って止めに入って嫌われたら私生きていけません……」

「気にしなくてもあんたは十分立派な母親だよ。今回の事は、ソフィーが自主的に魔術を習った。ただそれだけじゃないか」


 色んな葛藤があったのだろう。それでも最後には娘の意思を尊重した見た目に伴い精神も若々しい半不死者(イモータル)の頭を優しく撫でる。

 

「それにグラニアだって下手に危険な事は教えてなかったから、こうして食堂まで来たんだろ?」

「…………」


 無言の肯定を返すシャーリィ。カナリアの直弟子と聞いて身構えていたが、ユミナやアステリオスが勧める程度には良識がある冒険者であったことには安心したが、こんな想定外のダメージを受けるとは思いもしなかった。


「あ、ママ! おかえり!」


 明らかに機嫌のいい声に俯いていた顔が上がる。満面の笑みを浮かべてシャーリィの元へと駆け寄るソフィーの手には水で満たされたコップが握られていた。


「……えぇ、ただいま戻りました。それでどうしたのです?」


 可能な限り何時もの鉄面皮を浮かべるシャーリィ。傍目から見れば凄まじい変わり身だが、内心は娘に情けない姿を見られてはいないかとハラハラしているが、それに気づいた様子もなくソフィーは上機嫌のままだ。


「うん、このガラスのコップ戻しに来たんだけど……そうだ! ちょっと見ててね」


 コップをテーブルの上に置き、両手を向けると、ソフィーは小さく呟く。


「《水》……《球、体》……えぇっと……《浮遊》……っ」


 かなりたどたどしいが、それは紛れもない魔術の詠唱……自己に暗示をかけ、通じて世界の現象を変革させる奇蹟の具現化だ。

 独りでに振動し始めた水がゆっくりと浮かび、やがて空中で球体を成してソフィーの手の平の上を漂う。俗に《ウォーターバレット》という、極めれば鉄をも穿つ水の弾丸を撃ち出す初級魔術の基本だ。


「出来たっ! ねぇママ、凄いでしょ!? グラニアさんに習ったんだ!」


 普段は背伸びして大人びた態度を取ろうとするソフィーも興奮を隠し切れないとばかりに、初めて使う魔術を真っ先に母に自慢する。

 それはついさっき見た上に、初心者特有の詠唱や暗示にかかる時間の遅さで、無詠唱で刀剣を疑似的に生み出し高速戦闘を得意とするシャーリィには見ていられないほどお粗末な魔術だったが、この輝かんばかりの笑顔を見せられると、不思議とその手がソフィーの頭の上に伸びた。


「えぇ、まだまだ荒いですが、初めてにしてはよく出来ていますよ」

「えへへへ」


 柔らかな白髪を撫でられる感触をくすぐったそうにしながら避けようとしないソフィー。

 親と言うのは子供が喜ぶ顔を見るとそれで良いと思えてしまえるくらいにチョロいのだと、シャーリィは内心溜息を零すのだった。




「…………」

「んー……何かしらぁ? そんなに見つめられると作業し辛いのだけどぉ?」

「別に何でもありません」


 その日の夜、ペリュトンの角を触媒として術者の検索作業に取り掛かったグラニアの背中を、蒼と紅の二色の眼でジットリとした視線を送るシャーリィ。

 やがて葛藤を押し殺すかのように呻くと、その重たい口を開いて告げた。


「あの……ありがとうございます。ソフィーがお世話になったようで」

「あぁ、魔術の基礎を教えたことかしらぁ? 気にしなくていいわよぉ、私も暇だったから」


 帰って来た時の事はまだ引き摺っているが、それでも娘に指導してくれたことに感謝するのが筋だと、一言礼を述べるシャーリィ。

 しかしそんな彼女の心境をからかうかのように、グラニアは形の良い唇の端がつり上がるのを隠すように手で覆うと、ころころと楽しそうに笑った。


「でも貴女、お嬢ちゃんたちに魔術を教える時は自分が教えたかったんじゃないかってくらい可愛がってたから後になってどうしようかと思ったけど、怒られなくてよかったわぁ」

「……ぅっ……!」

「その反応……図星なのねぇ。ふふふ……可愛いわぁ。とても私より年上……三十路とは思えないくらい」


 図星を突かれてたじろぐ《白の剣鬼》を見てますます愉快になるグラニア。前言撤回、やっぱり彼女はカナリアの直弟子で血縁なのだと、妙な勘の良さと見え隠れする意地悪っぽさで再認識した。


「……それより、犯人は特定できたのですか?」

「えぇ、これから始まるわぁ。見てて」


 露骨に話を逸らした依頼主を追求せず、グラニアは一枚の羊皮紙と指先でつまんだ糸の先に垂らされた円錐を見せる。

 ペリュトンの角を粉末にし、円錐形に凝縮させたダウジング型の魔道具に、術者の情報を封じたという黒い染みが広がる羊皮紙だ。

 グラニアはダウジングを羊皮紙の上のぶら下げると、円錐が淡い光を放ちながら羊皮紙の黒い染みを操っていく。

 まるで生きているかのように動くダウジングと黒い染みはやがて文字の形を取り、忌々しい術者の情報をシャーリィの二色の目に映させた。


「術者の名前はグレイス・バーンズ……苗字があるという事は貴族のようだけれどぉ、心当たりは?」

「ありません。……続きは?」


 促すと更に揺れ動くダウジングと蠢く染みが次々と情報を露わにしていく。


「歳は二十七、どうやら幾つかの論文を発表している割とマイナーな魔術研究家で、性格は見立て通りのマニュアル人間。身長は百七十センチで体重は五十六キロ。好物は茹で卵付きのモーニングセットで趣味は――――」

「そこまで細かな個人情報はいりません。もっと確信的な情報は?」

「せっかちねぇ……どうも男爵家の四男で成人してから五年で独り立ち、以来実家の領内に屋敷を構えて研究に勤しんでいるみたいよぉ。それで娘さんを狙った動機だけれど、個人的なものでは無くて依頼を受けたからみたいねぇ」


 シャーリィは思わず眉間に皺を寄せる。術者を捉えたのは良いが、黒幕が別に居たのでは解決には至らないからだ。


「依頼主の正体や目的は不明……でも術者の位置から依頼主の所在もある程度分かるんじゃないかしらぁ?」

「グレイス・バーンズの居場所は?」

「帝国帝都の近郊にある男爵領……その街の一際大きな館の中ねぇ」


 帝国帝都。それは術者の所在よりも大きな衝撃をシャーリィに与える情報だった。

 

戦闘では最強でも親としては悩みの尽きない母を表現してみました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ペリュトンの角を粉末にし、円錐形に凝縮させたダウジング型の魔道具に、術者の情報を封じたという黒い染みが広がる羊皮紙だ。  グラニアはダウジングを羊皮紙の上のぶら下げると、円錐が淡い光を放ち…
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