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白の剣鬼 前編

し、仕事から帰ってきてみれば、日間ランキング一位になってて、嬉しい通り越して怖くなってきました。皆様の評価、本当に、本当にありがとうございます!

一応この小説、ハイファンタジーなので冒険者としての視点と母親としての日常を主眼に置いてます。前回までの話と雰囲気が変わりますが、温かく見守ってくださると幸いです。




 この世には、人智を超えた怪物たちが跋扈している。

 雷雲を(ねぐら)にする怪鳥に火焔を纏う骸骨巨兵。無差別に呪いを放つ邪竜や魔王の軍勢。

 基本的な能力に劣る人間たちが鍛錬を重ね、武器を手に取り、徒党を組むのは当然の事だろう。

 そんな王国の辺境……と言っても、開拓拠点であるその街は名声を上げるために訪れた冒険者や、彼らに武器防具や道具を売りつけて一獲千金を狙う職人たちで賑わっていた。


「すいません、冒険者登録しに来たんですけど」


 辺境の街とその周辺地域の守護の要も担う冒険者ギルドの扉を、年若い見習い魔術騎士は叩く。

 茶髪の少年の名はカイル。拾われ育った孤児院の経営を助ける為という、ありがちな理由で魔術と剣の腕を磨いてきた。そして冒険者の唯一の登録条件である成人年齢……十五歳を迎えた今日、冒険者の道を歩き出そうとしている訳だ。


「はい、分かりました! それでは登録書への記入をお願いできますか?」

「は、はい!」


 亜麻色の髪を後ろで束ねた受付嬢が営業スマイルと共に差し出された書類に名前や年齢、職業や過去の持病や怪我の有無などを記入していく。

 

「ではこれをお渡ししておきますね」

「青銅の認識票……ですか?」


 書類と交換するように渡されたのは、Eという大きな文字と、その裏には十桁の番号や登録したギルド支部の名称が刻まれた青銅製のタグだった。


「これは貴方がEランク冒険者であるという身分を証明になります。駆け出しの冒険者はまず一番ランクの低いEランクから始めてもらうんですよ」


 ギルドごとに規約に微妙な違いはあるが、どのギルドでも共通する制度の一つが冒険者のランクだ。

 上からS、A、B、C、D、Eと六段階に分けられ、上に行くほど腕の立つ冒険者であるということが一目で分かるシステムになっている。


「これは昇格時にお話しすることになりますが、金の認識票を下げたSランク冒険者や銀の認識票を下げたAランク冒険者の方には非常時に依頼を義務的に引き受けてもらうことになります。世間一般に自由な冒険者というのは、銅の認識票を下げたBランク冒険者までですね」

「へぇ。依頼は冒険者の任意で受けれると思ってたんですけど、そういうのもあるんですね」

「ええ。魔物が蔓延る世の中ですし、やっぱり高位の冒険者の方には非常時にこそ動いてもらわないと被害が拡大するので」


 そこで受付嬢は、どこか遠い目をしてカイルに聞こえないほどの小さな声で呟いた。


「……まぁ、そういう理由で中にはすごく困った冒険者もいますが」

「? 何か言いました?」

「いいえ、何も?」


 受付嬢は即座に営業スマイルを張り付ける。咳払いを一つ、神妙な顔になった受付嬢はしっかりと目を合わせて告げた。


「この認識票は冒険の最中に何か(・・)があった時、貴方の身元を照合するのにも使いますので、肌身離さず持っていてくださいね」

「……っ!」


 含みのある言葉にカイルは身を固くする。自分が死と隣り合わせの冒険者になったのだと、改めて思い知らされた気持ちだ。


「登録は以上です。今後の貴方の活躍を祈り、期待していますね」

「あ、ありがとうございます」

「依頼を引き受ける際は、あちらのクエストボードから自分に見合った依頼書を取って受付まで来てください」


 壁一面の掲示板には無数の依頼書が難易度や緊急に分けて張り出されていた。

 新米であるカイルはまず、手軽で簡単そうな依頼から始めようと依頼書を物色する。

 山への薬草狩りに地下水道の巨大蜚蠊(ジャイアントバグ)の駆除。変わったものでは、来年予定している新人冒険者育成施設に配属する養成員の練習台など、様々な駆け出し用の依頼書が張り出されている。


「なぁ、君。もしかして駆け出し?」


 どれにしようかと悩んでいると、隣から気さくな声を掛けられた。

 振り向くとそこには、自分と同じ年頃の槍使いの少年、僧侶の少女、弓を携えた獣人の娘のパーティの姿。

 三人の首からは青銅の認識票が下げられている。冒険者になって日が浅い、もしくはなりたての若者たちなのだろう


「俺たちも新人なんだけど、良かったら一緒に組まないか? 今から依頼を出して冒険するところなんだ」

「え!? そ、それはむしろ有り難いけど……何の依頼なの?」

「ゴブリン退治よ。新人の定番でしょ?」


 ゴブリンは人間の子供程度の体格と知恵しかない、スライムと並ぶ最弱の魔物の一種として有名だ。

 しかしその悪辣さもまた有名。人家や畑から金目の物、農作物を盗むのはまだ可愛いもので、時には女子供を攫ってしまう事件も起こる。

 ゴブリンに限った話ではないが、数も多く退治の依頼は後を絶たない民衆泣かせの魔物だ。

 駆け出しの冒険者が腕を上げるために先ずはゴブリン退治、というのは有名な話で、彼らもその例に漏れずにゴブリンで経験値を積もうという腹積もりらしい。

 そしてそれは、カイルにとっても実に美味しい話だった。


「うん、それなら僕も一緒に行こうかな。冒険は初めてだから誰かと一緒に居た方が安心だし」

「よっし! そうと決まればすぐに行こうっ!」


 こうして、前衛の槍使いに中衛の魔術騎士、後衛の僧侶と弓兵という、バランスの取れた新参パーティが組まれた。

 男女比も均整が取れており、他の冒険者から不要なやっかみを受けることのない、構成だけなら理想的なパーティだ。


「う~、いくらゴブリンと言っても、緊張するね」

「大丈夫よ。たかだかゴブリン程度、子供の頃にコイツと追い払ったこともあるんだから」


 ほんの少しだけ不安そうにつぶやく僧侶を、獣人弓兵が槍使いの背中を叩きながら快活に言う。

 そう、たかだかゴブリン程度、子供でも追い払える弱い魔物だ。何一つ恐れることなく、悠々と目撃情報のあった森へと向かう。

 ゴブリンは洞窟や打ち捨てられた建物を住処にすることが多いが、今回の依頼は森に放置された戦時の砦を拠点としているらしい。

 廃砦にゴブリン退治。冒険者らしくなってきて気分が高揚してくる一行。廃砦に入った後も、どこかそんな気楽さを滲ませながら淀みのない足取りで進んでいく。


「がっ!?」


 ゴッという鈍い音の後、獣人弓兵が頭から血を流して倒れるまでは。


「だ、大丈夫!?」

「一体どこから!?」


 床に突っ伏して気絶する獣人弓兵。

 突然の事だった。背後からの奇襲。何時の間にか獣人弓兵の後ろに居たゴブリンが、投石紐(スリング)を持って醜悪に笑いながら仲間を呼んだ。


「ゴ、ゴブリン!? 後ろを取られたのか!?」


 すぐさま剣でゴブリンを袈裟懸けに斬る。血を噴き出し、骨と内臓を露出させて絶命する小鬼。


「ギャギャギャギャッ!」

「ゴブッ! ゴゥッ!」


 前後から迫るゴブリンの群れ。それぞれ棍棒や石斧、刃毀れや錆が目立つ古い武器を手にして若い冒険者たちに迫る。


「くっそぉ! よくもぉっ!!」


 まず初めに激高したのは、幼馴染を傷つけられた槍使いだった。

 怒りに身を任せ、縦横無尽に槍を振るい、ゴブリンの腹を貫く。幸い戦闘も考慮された砦の内部は槍を振っても差し支えが無いほど広く、彼はその技を存分に子鬼どもに見舞う。

 カイルも槍使いに背を向ける形で後ろからくるゴブリンを斬り、時には盾で武器を防ぎ、得意の火球魔術で遠くのゴブリンを焼き払う。

 

「しっかり……! 今治すから!」


 前後を守られた僧侶は患部に手をかざし、獣人弓兵に治癒魔術を施す。まだ気絶からは目覚めないが、傷が塞がるのを盾を構えながら確認し、カイルはほくそ笑んだ。

 やはりゴブリンなんてこの程度。これで獣人弓兵も意識を覚醒させれば、後方からの攻撃でサポートしてくれる。

 後はゴブリンたちを倒して万々歳。予期せぬアクシデントを苦い思い出にし、依頼の達成をギルドに報告しに行くだけ。

 ゴブリンを十体ばかり仕留めたその時まで、そう思っていた。


「グオオオオオオオオオオッ!!」

「なぁあっ!?」


 岩を砕く音とゴブリン以外の何か咆哮に混じり、槍使いの悲鳴と太い木を力任せに圧し折るような音が聞こえた。

 振り返れば、そこには牛ほどの大きさの魔物。腹這いになって移動する姿はトカゲやワニを連想させるが、後ろ足は無く、代わりに異常に発達した太い前足と槍を噛み千切った大きな顎。


「ど、どうして……!? お、俺たちはゴブリン退治に来たはずだろっ!? な、なのに何で……何でドラゴンが出てくるんだよぉっ!?」


 ドラゴン。それは伝説に多く語り継がれる怪物。その内の一つである、地中を掘り進む地竜と呼ばれる種だ。

 大きさから見てまだ子供のようだが、それでも相手は至上の魔物の子。Eランク冒険者が敵うような敵じゃない。


「い、いやああっ!? 来ないでぇっ!!」


 そして、前衛に出ている二人がドラゴンに意識を裂き過ぎたのが致命的な隙だった。

 討ち漏らしたゴブリンが僧侶と獣人弓兵に襲い掛かる。カイルは素早く詠唱を唱えるが、槍使いと僧侶を見比べ、その動きを止めてしまう。

 彼は中衛の要、魔術騎士だ。前衛での接近戦から後衛での遠距離戦まで、幅広い選択肢で仲間をサポートする職業だ。

 故に彼は、その選択肢によって動きを封じられてしまった。地竜に襲われている槍使いを助けるべきか、それともゴブリン共に襲われている僧侶たちを助けるべきか、そんな思考の混雑が一生の後悔を生むことになる。


「ぎっ……ぎゃ……っ!」

「ぎゃぁ……! や、やべ……! ぶっ!?」


 どちらか片方は、助けられたかもしれない。そんな一瞬をまんまと見逃し、槍使いは地竜に喉笛を噛み千切られ、僧侶はゴブリン共に寄って集って武器を振り下ろされる。獣人弓兵も同じ末路を辿った。


「…………ぁ…………」


 狂気に呑まれる、という言葉が冒険者にはある。 

 人間の徳からは遠く離れた残虐な野生の恐怖に足が竦み、身動きが取れなくなるという意味だ。

 理性で行動を律し、道徳を学んだ者ほど殺しと言うものを忌避する。それは戦いの経験の浅い者だと尚更で、純然な殺意を向ける徳を知らぬ怪物を前に無抵抗に食われる者は後を絶たない。


「ひっ……!? く、来るなぁ……!」


 二口で噛み千切られた槍使いを腹に収めた地竜の眼がカイルを睨み、ゴブリン共が下卑た笑みでにじり寄る。

 自分を残してパーティは全滅。周囲にはゴブリンの群れと、自分よりも遥かに強い地竜の子供。

 絶望的な状況とは正にこの事。腰を抜かしてその場に尻もちをついたカイルは荒い息を吐きながら汗や涙、涎に鼻水、果てには尿まで漏らすという、実に哀れな姿だった。  

 

 このまま自分も無残な死を遂げるのだろうか? 

 なぜ地竜はゴブリンに襲い掛からないのだろうか?

 一体どうしてこんなことになった?

 自分たちはただ、弱いゴブリンを退治に来ただけなのに。


 この窮地を脱するには関係のない事ばかりが頭を支配する。恐怖に震える哀れな若者を弄ばんが為に、醜悪に口を歪めてゴブリンは武器を構えた、その時――――


「ギャギャ?」

「……っ……?」


 カツン、カツンと、石畳を踏み鳴らす音が通路の奥から聞こえてきた。

 曲がり角のその先、徐々に近づいてくるその音に、その場に居た怪物たちは一斉に顔を向ける。


「……え……? あ……」


 カイルはこの時、恐怖を忘れた。

 種族問わずに目を引き寄せられずにはいられないほど玲瓏(れいろう)で。

 この死地には場違いにも見え、それでいてしっくりくるほど儚い。

 これまで見た事のない、恐ろしいほど美しい、白い女がそこに居た。




お気に召しましたら評価してくださると幸いです。

いきなりゴブリンに殺されそうになる新人冒険者視点を皆様がどう思われるのかは分かりませんが、これらは伏線なので必要な事だと思って頂ければ。

ちなみに娘たち(幼女)の登場は後少し待っていてください。

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