《白の剣鬼》からの依頼
最近眠気に勝てなくて困っていますが、新しく投稿しました。
お気に召しましたら評価してくださると幸いです。
「少しの間、私は休暇を取らせてもらいます」
「え? どうしたんですか突然?」
訓練を終えた後、いきなり受付の前までやってきたシャーリィの言葉にユミナは首を傾げる。
元々冒険者は任意で依頼を受ける為、休暇と言うものは個々人で決めるのだが、有事の際に義務が生じるAランク以上の冒険者やパーティ要請が頻繁に起こる冒険者は受付嬢などの事務員に一言言っておくのが通例なのでシャーリィの言葉そのものは何らおかしな点は無い。
しかし、五年にもなる付き合いで、シャーリィが何の理由もなく休みを入れる人物ではないという事をよく理解しているユミナは、もしかして、と前置きをして告げる。
「また娘さん関連の行事とかですか?」
「いいえ、行事はありません」
「ならストーキング?」
「貴女は私を何だと思っているのですか?」
親バカと答えようとしたが、シャーリィの何処か深刻気な顔を見て、ユミナも顔を引き締める。
「少し厄介そうなこと事がありまして……それが偶然か必然かを調べる時間がいるんです。ギルドの事務員以外には話せません。確証も無く騒がせるわけにはいきませんから」
先ほどの黒い靄……魔術的干渉を思い出してシャーリィは苦い表情を浮かべる。
他の冒険者には目もくれず、真っすぐにソフィーとティオに向かってきたソレは異能と剣技の合わせ技で断ち切っておいたが、依然脅威であることには変わらない。
シャーリィは魔術を齧っただけの剣士で、高度な解呪などや耐呪に関する技術が無い。自分が不在の間に愛娘たちが魔術的干渉を受け、危害を加えられては事だ。
そう考え、そっとユミナに耳打ちをする。
「実は先程、魔術干渉が私の娘たちに向けられていました。元々ギルドを狙ったものかどうかは私にはわかりませんし、楽観的に見ればどこぞの魔術師の失敗とも捉えられます」
「……シャーリィさんは、娘さんが狙われる形で関わっていると?」
「それを調べる為でもありますが……正直、杞憂であって欲しいですね」
件の魔術が娘を狙ってのものなのかは判然としないが、今傍を離れるのは危険だと判断したシャーリィ。
もし、仮に、ソフィーとティオを狙ってのものならば、術者には相応の報いを与えなければならないと心に決める。
……実際、一人目の術者は報いを受けているんだが、それはシャーリィからすればどうでもいい話だ。
「杞憂であればそれで良し。ですが、ギルドにも魔術干渉対策を呼び掛けてください」
「分かりました。それで、どのくらいのお休みが必要ですか?」
「未定ではありますが、様子見は最長で一週間ほど。次に同じような事が起きれば、私から依頼を出すのでそのつもりで」
そう言い残してソフィーとティオと共にタオレ荘へ戻るシャーリィは人知れず深い溜息を吐いた。
娘と共に前向きな人生を志して早々に襲い掛かる不穏な気配に心底うんざりさせられるが、それを可及的速やかに取り除くのが母の務め。
(せめて失敗で対象を間違えた……などという顛末なら良いのですが)
他者に害意を向けられるようなことなどしていないと、シャーリィは愛娘たちを信じている。
しかし、害意だけが呪いを筆頭とする魔術干渉を行う動機ではない。中には背筋も凍るような欲望を愛と心底思いこんで実行に移す輩が居てもおかしくは無いのだ。
(せめて杞憂であることを願いましょう)
しかし、非常に残念な事に天空の女神は人の願いを叶える存在ではない。
母の切なる願いは無常にも届かず、二日後にはまた黒い靄が双子に襲い掛かったのだった。
対象である当の本人たちの与り知らぬところで迫る呪いを冷酷な殺意と共に断ち斬ったシャーリィは、ソフィーとティオに道具箱に入っているだけの対魔術効果を持つ装飾品を持たせた。
「お母さん、いきなりどうしたの?」
「ごめんなさい、二人とも。今日はこれを持って家を出ずに過ごしてください。何が起きているのかは後で説明しますから」
そう言い残してギルドへ直行したシャーリィは、すぐさま依頼書の制作に取り掛かる。
「まさか私自ら冒険者に依頼することになる日が来るとは」
少し前まではそうはせず、自分の力でどうにかしようとしていただろうが、人生とは本当に分からないものだ。
そう自嘲にも似た表情を浮かべるシャーリィだが、使える手段は使うべきだと開き直ると、書き上げた依頼書を受付のユミナの元へともっていく。
「依頼内容はご息女に向けられた魔術的干渉の調査……呪術や暗示に詳しい魔術師を希望で、可能なら術者の調査もして欲しい、と」
「依頼料金はこれで足りますか?」
ズシャッと音を立てる布袋一杯の金銀貨を確認するユミナ。
「えーと、合計で金貨十五枚分ですね。はい、これならAランク以上……場合によってはSランクの魔術師を雇えますよ。……ところで、やっぱり例の魔術は娘さんを狙った?」
「……どのような魔術かは分かりかねますが、眼で視た限りの指向性は同じでした。一回目なら偶然もあり得ましたが、二回目になれば必然でしょう」
心底忌々し気に答えるシャーリィ。一体何処の変質者なのか、まだ十歳の少女に対して呪術を掛けようとする輩が居るのかと思うと殺意を覚えざるを得ない。
「こういう時はカナリアを締め上げてでも犯人を見つけ出したいのですが……今彼女は王国には居ないのですね?」
「ええ。秘書をしている従姉妹に耳を引っ張られて、東の海を跨いだ商国に居るそうです」
「ここぞという時に居ませんね」
普段は居ればただただ面倒な性格最悪の妖怪女だが、世界最強の魔術師たらしめるその実力と知識は本物だ。
言う事を聞くかどうかはともかく、彼女がその気になれば術者を見つけ出すばかりか逆に暗示や呪いをかけてシャーリィの前まで連れてくることも容易いだろう。
「報告の手紙は出しましたけど、届くには時間が掛かりますね。通信魔道具も流石に海を跨がれると圏外ですし」
「そうですね……とりあえず、引き受ける冒険者が現れるまでは私も娘の傍を――――」
「おや? 珍しいですな、シャーリィ殿が依頼を出すなど」
離れないようにすると言いかけた時、後ろから声を掛けてきたのは、アステリオスが率いる新人育成パーティだった。
「うわ、ホントだ。えぇっと何々?」
「おい、いきなり依頼書を見る奴があるかよ」
横から依頼書を盗み見るレイアにクードが苦言を呈するが、当のシャーリィは構わないとばかりに依頼書をレイアが見やすい向きに変える。
「……え? 何? 娘さんたち狙われてんの? 何で?」
「それが分かれば苦労はしませんが……」
「あれだけの容姿ですからな、質の悪い奴隷商に目を付けられたこともあり得ますな」
「ちょっ、アステリオスさん!」
「構いません。そう言う可能性もあり得るでしょう」
相手の動機が分かれば容疑者はかなり絞り込める。例えばアステリオスが言ったように奴隷商に目を付けられたのなら、国内に潜伏している組織全てを叩き潰せば済む話だ。
あらゆる種族と友好を結ぶ王国において、奴隷と言うのは徹底的に禁じられているので、会敵必殺も認められるだろう。
「まぁ、確かに奴隷商が相手ならむしろギルドから依頼を出したいところなんですが、その可能性は低いかも知れませんね」
「? なんでだ?」
「ここ最近、王国兵が犯罪組織の一斉検挙を行ってましたから、多分今はどの犯罪者も警戒してるんじゃないかと」
守衛隊を筆頭とする王国直属の治安維持組織は極めて優秀だ。人海戦術による情報収集能力もさることならがら、その行動力と迅速さ大陸に轟いており、王国で大きな犯罪を犯した者は《怪盗》以外の全員が牢へ送られている。
「となると、王国もマークしていない単独犯とか、王国兵の能力を侮っている人に限定されてきませんか?」
「あるいは……王国の力が及ばない場所から堂々と干渉しているか、ですね」
「おや? その物言い、シャーリィ殿には心当たりが?」
シャーリィは首を左右に振る。
「心当たりと言うほどではありません。何一つ確証の無い、嫌な直感が働いただけです」
「?」
「話を戻しますが、依頼を受ける気はありますか? 皆さん四人とも術師ですし、達成できる可能性はあるのではないかと」
依頼書を抓みながら問いかけるが、一様に渋い顔をするパーティ。
「吾輩は干渉を防ぐ手立ては幾つも持ち合わせておりますが、それの調査となると畑違いですな。相応の専門知識が必要となりますゆえ、結界術師よりも生粋の魔術師の土俵でしょう」
「ア、アタシも全く全然」
「レジストやその場の戦闘での魔術ならともかく、そんな複雑な正直自信がねぇな」
「僕もその手の魔術は……」
皆一様に悔しげな表情を浮かべる。しかしアステリオスの言う通り、今回の依頼は高度な逆探知魔術や専門知識を必要とする魔術師向けの依頼だ。
魔術の専門職と言える者が居ないパーティでは流石に厳しいかと考えていると、アステリオスが手のひらを拳で軽く叩いた。
「そう言えば、吾輩の知り合いにその手の魔術に詳しいものが居りましたな」
「その方は冒険者なのですか?」
「ええ、それもSランクの冒険者です」
冒険者ランク最上位が話に持ち上がり、Eランク三人に戦慄が走る。
「人呼んで《幻想蝶》の異名を取る冒険者なのですが、彼女が新人の頃に指導したことがありましてな」
「あぁ、あの北西の街を拠点にしてるという歴代最年少Sランクで有名な」
その異名に心当たりがあるシャーリィは、確かに彼女ならこの依頼にはお誂え向きだろうと考えているが、Sランクともなると忙しさに定評がある。
辺境のAランクの魔術師の予定が開くのを待った方が早いかと悩んでいると、ユミナがおずおずと手を挙げた。
「あのー、その人私の親戚です。おば……じゃなくて、ギルドマスターの直弟子の」
「ということは、《幻想蝶》もカナリアの血族ですか?」
更には最強の魔女の血統という追加情報。これは確実性に関する期待も否応が無しに上昇するが、面倒事は早く済ませたいシャーリィとしてはやっぱり悩む。
「なんでしたら、私から声を掛けましょうか? 私からの伝手になれば少しは優先してくれるかもしれませんし、アステリオスさんさえよければ名前を貸してくれるとより確実です」
「吾輩は構いませんぞ」
「……では、声を掛けてもらっても良いですか? 依頼料なら多少上げても構いませんし」
ユミナは飛び切りの営業スマイルを浮かべると、通信魔道具の元へと小走りで駆け寄った。