娘たちの行く先
何とか12日中に更新できた! 最近積みゲーの消化で色々余裕がありませんでしたが、少なくとも一週間も開けるようなことはせずに更新したいと思います。
魔術的効果が付加された武器――――総称、魔武器のメンテナンスにはそれ相応の知識と技術を要する。
柄を外して血脂を洗い落とす程度ならば、普通の冒険者でも可能だろう。しかし、一点の刃毀れも見逃さない観察眼や切れ味を復元する研ぎ、武器の歪みの修正は鍛冶職人の領域。
ましてや魔鉱という希少金属の扱いや魔術知識までもが必要とされる魔武器のメンテナンスを可能とする鍛冶職人など、ドワーフ族を置いて他に居ないとされるほどだ。
「メンテナンスが終わったと聞いて来たのですが……私の愛刀は何処に?」
「おう、持っていけ」
シャーリィの問いかけに応えた胸を覆い隠すほどの立派な髭を蓄えたドワーフ……辺境の鍛冶屋を取り仕切るディムロスは手に持つ剣身から目を離さず、ぶっきらぼうに答えながら壁に立てかけてある、それぞれ蒼と紅の刀身を持つ二振りの直刀を指差した。
かつて存在し、今では何時の頃かも分からぬ遠い昔。神代と呼ばれたその時代に君臨した暴君が治めた国の首都を支えた二本の柱、その原型から掘り出し生み出されたという一対の魔剣であり、辺境を竜王より守護したシャーリィが振るった《白の剣鬼》の愛刀は、鋼とは明らかに違う宝石じみた輝きを放っていた。
それぞれ国の守護を意味する《蒼の国壁》、国の権威を象徴する《紅の神殿城》という銘を与えられた二刀を軽く振って感覚を確かめると、シャーリィは満足げに愛刀を異空間へ収納した。
「まったく、毎度毎度面倒な魔武器の手入ればっかり持ち込みやがって……おかげで他の作業をしている暇がねぇじゃねぇか」
「その分お金を支払っているのですからいいではないですか」
「だからそういう事じゃねぇんだよ! 分かれよ、作り手の浪漫をよ!」
鍛冶職人として上を目指すのなら、付加魔術は必須技能だ。昨今、〝武器が壊れない〟という性能のエンチャントが一般的となりつつある魔武器のメンテナンスには、まずその手の性能の取り外しと、終わった後の再エンチャントが必要となる。
それが出来て初めて魔武器の手入れが出来るのだが、中には複数の能力が付加された魔武器も存在し、研ぎや修正中にその能力に影響を与えないようにするという繊細な仕事が待っている。
ようは、武器としても魔術的な意味としても優秀な魔武器であるほどメンテナンスが難しく、それに応じて時間が掛かるのだ。
おかげでディムロスや他の鍛冶職人たちは新作の武器の制作を放り出して、延々とメンテナンスを繰り返していた。
武器は一度使えば逐一な手入れが必要なものだ。それは例え不壊の力を宿した魔武器であっても同じこと。
もし万が一、メンテナンスを怠って次の冒険に出て魔物と戦うその時、武器に不調が出てしまえば笑い話にもならない。
先の竜王戦役では大勢の冒険者たちが駆り出され、その分一斉にメンテナンスの仕事が殺到した鍛冶職人たちは、ディムロスのようなタフな職人などの極一部を除いて全員が部屋の隅で毛布に包まって鼾をかいている。
「大体だなぁ、ただでさえオリハルコンとヒヒイロカネ製の武器は不壊のエンチャント要らずって言われるくれぇ頑丈だってのに、その上で更に不壊のエンチャントを施せなんて、仕事を増やしやがってよぉ」
通常、魔鉱と言うものは軽さと強度、魔力との親和性を兼ね備えたミスリルが一般的だが、世の中にはただでさえ希少なミスリルよりも更に希少……伝説に語り継がれる武器に使用される魔鉱が存在する。
強度を維持したまま、重量や形を自在に変える事が出来るという神珍鐵に、形の無いエネルギーを吸収するヒヒイロカネといった、ミスリルや鋼以上の強度を誇りながら特殊な性質を併せ持つ鉱石より造られた武器や防具は、手入れをするにしても、新しく作り出すにしても、超一流の職人でなければならない。
よって、この辺境でイガリマとシュルシャガナのメンテナンスや強化が出来るのは、必然的に街に一番の職人であるディムロスだけなのだ。
「もしもの時の為です。不備は無い事に越したことはありませんし、壊れないとも限らないではありませんか」
「んな事は分かってらぁ。俺が言いてぇのは、もっと大事に扱えってことだ。同じ武器で一日中ドラゴンと戦うなんて、幾ら武器が良くても潰れちまうぞ?」
付加魔術とて、万能ではない。敵の中にはエンチャントを解除する事が出来る者も居るのだ。
知恵ある怪物ならばそれが出来てもおかしくはない。シャーリィが戦ったベオウルフは高位のドラゴンには珍しく知性を失っていたが、他の竜王が相手ならば冒険者たちの被害はより甚大だった可能性もあり得る。
(やはり私も、まだまだ未熟ですね)
今度は災害をただ斬り裂くのではなく、二次被害が出ない斬撃を練習してみようと、冗談ではなく本気で考えるシャーリィ。
「それで……ティオは其処で何をしているのですか?」
「……バレたか」
やや癖のある髪を揺らしながら、少しだけ後ろめたそうに物陰からひょっこりと顔を出した愛娘の片割れに、シャーリィは溜息交じりに近づく。
当然の話ではあるが、普段は仲のいい姉妹であるソフィーとティオでも四六時中共に行動している訳ではない。
最近の彼女がこうして一人で出歩く時は、大抵冒険者が頻繁に行き来する場所であることを(遠くから観察して)知ったシャーリィは正直複雑な気持ちだ。
「ここは貴女に関係のある物は置いていませんし、仮にあったとしても貴女の所持金で買える品では無いと思いますが?」
壁や棚に飾られた、冒険者としては一般的な……一般人からすれば高額な武器や防具の類を見渡す。それでもティオは全く気にした素振りを見せなかった。
「ん。……でも見るだけならタダだし」
「まぁ確かにそうですが……ウインドウショッピングなら雑貨屋や装飾品店があると思いますが?」
「?」
素で首を傾げるティオ。どうやら年頃の少女らしい小物やアクセサリーにはまるで興味を示していないらしい。
代わりに興味を示すのは無骨な鍛冶屋に怪しげな道具屋。男の子ならそれでも良いかも知れないが、十歳にもなる娘がそれで良いのかと頭を抱えたくなる。
(このまま冒険者になりたいと言い出したらどうしましょう……?)
シャーリィが竜王を討伐してからと言うものの、ティオが冒険者と言う存在に憧れを抱き始めたのは良き変化か悪い変化か。
冒険者業は極めて危険かつ過酷だ。怪我で若くして引退ならまだマシな方……最悪の場合、ただ死ぬだけでは済まない場合もある事をシャーリィは知っている。
そう言った危険は、シャーリィたち母娘が住んでいる冒険者用の宿、タオレ荘在住の冒険者からの武勇伝を幼い頃から目を輝かせて聞いているティオなら知識として知っているはずだが、それでもその道を進みたくなる何かが冒険にはあるのか。
……非常に遺憾ながら、最近になってシャーリィもその事に反論できなくなっていた。
「それに、興味があるのはわたしだけじゃないし」
「っ!」
「あれ? ママにティオ?」
それは数多の戦いで培われた第六感。その派生である母として娘の存在を捉えるセンサーが反応した先には、何故か普通に鍛冶屋に入ってきたソフィーの姿があった。
「ソフィー……やっぱり貴女までですか」
「ん。最近は魔術用の杖に興味があるっぽい」
「ちょっとティオ……!? 一応秘密って言ったじゃない!?」
「でも、もうバレてるし」
そして、もう一人の愛娘もまた然り。双子だから似たのか、おおよそ何処へ行っても優等生としての評価を与えられるソフィーもまた、冒険者への憧れがあることが最近となって如実に表れている。
ティオだけに限らず、ソフィーもまた冒険者たちの武勇を絵本代わりに育ってきた。故に、幾ら品行方正なソフィーも荒くれの多い冒険者ギルドに変な理想を寄せているかもしれない。
実際は無頼と変人の寄り合い所のような場所なのだが、それを言ったら自分まで無頼変人であると娘たちの中で一括りにされてしまいそうなので、口にはしたくないが。
「あのですね、二人とも。一応言っておきますが、冒険者と言うのはそう簡単になる事を決められる職業でもなければ、憧れるほど格好良いかと問われれば首を傾げざるを得ないと言いますか」
それでも諫める言葉を掛けるのが母の務め。評価が下がっても取り返しのつかないことになる前に注意喚起に警告を呼びかけなければ死んでも死にきれない。
「うーん……確かにママの言いたいことは分かるよ?」
しかし、愛娘たちは母の言い分をあっけらかんに認める。
「だって、宿に居る冒険者も酔い潰れてたり小さなことで喧嘩してたりするし」
「この間の宴会騒ぎでも服脱いで踊り始めようとしてたら女の冒険者に殴られてたしね」
「あぁ……」
実際に冒険者と娘の会話に入ったことが無い不愛想なシャーリィは失念していたが、冒険者は良くも悪くも無駄に飾らない。
酒に酔う姿や喧嘩する姿を隠さないし、宴ともなれば男女問わず酒に酔って騒ぎ立てる親父衆と大差が無くなるのだ。
(とりあえず、娘の前で服を脱ごうとした変質者は必ず見つけ出して始末します)
心にそう決めたシャーリィ。
「それに実感はまだないけど、冒険者が危険だっていうのは分かってるつもり」
「ではなぜ? 少なくとも、街で働いている方がよっぽど安全だという事も分かるはずですが」
娘たちと視線の高さを合わせて問いかける母に、ソフィーとティオは幼いなりに真剣な眼差しで返した。
「だって……」
「……ん」
どこか恥ずかしそうに、少し言い難そうにしながらも彼女たちは答える。
「冒険者の人たちに、街の外には信じられないくらい綺麗な光景が数えきれないくらいあるって聞いて……そういうのをママと一緒に見れたら楽しいだろうなって思ったんだもん」
「う……っ」
思わずグラッときた。遥か南西に広がる砂漠の宝石の如き輝きを放つ泉を擁したオアシスに、天から地まで垂れる巨大な蔓を登った先にある雲上の廃都、更には神代の神官たちが作り出した水晶や宝石のみで構成された寺院など、遥か古から現代まで伝わる星や人の神秘の感動を共に味わいたいと言われ、その光景を想像すると思わず意思が揺れた。
「それにわたしも……お母さんみたいな強くてカッコいい冒険者になりたい」
「うぅっ……!」
再びグララッときた。子の憧れを受けて喜ばない親などいない。それが親バカであれば尚の事。
シャーリィは表情には出さず、内心で娘の安全やら将来やらとの間でうーとか、あーとか、悶えながら葛藤を繰り返し、照れて赤くなった顔を片手で隠しながら盛大な溜息を吐いた。
「……正直、私は貴女たちが冒険者になる事は反対です。願望だけで成立するほど甘い世界ではありませんから」
ですが……と、シャーリィは続ける。
「二人が成人を迎えた後……私に冒険者になる事を認めさせるだけの何かを示す事が出来れば、私も先達として貴女たちを全力で応援しましょう」
それが娘の夢に対するシャーリィの最大限の譲歩。命を懸ける場へ飛び込みたいというのなら、母が用意した壁を越えて行けと言うと、ソフィーとティオは一斉に顔を輝かせた。
「ホントに!? 良いの!?」
「げ、現状では勿論認めていません。ですから、成人までは決して魔物と戦うなどの無茶はしないように」
「……でも、認めさせるって何をすればいいの?」
「それは自分で考えてください。それもまた課題の一つです」
力でも、知識でも何でもいい。危険極まる冒険者業を死なずに続けられるだけの素質をシャーリィに証明する事が出来れば親として、冒険者として認めても良いと考える。
「ただし、私の同行も無しに鍛冶屋に入るのは禁止です」
「「えぇーっ」」
「これだけは譲りません。もしも武器が倒れて怪我をしたらどうするのですか」
それでもやっぱりソフィーとティオはまだまだ子供だ。諫めるべきところはしっかりと諫めなくてはならない。
「じゃあ今はお母さんが居るから見て行っても良い?」
「今から仕事なら諦めるけど……」
「……いえ、今日はもう依頼に行ってきた後なので問題はありません」
言うや否や武器を手に取る愛娘たち。なんだかんだ言っても冒険者の子供なのか、陳列棚に並ぶ玩具ではなく武器や防具ではしゃぐのは正直どうかと思うが、もし彼女たちが口にした願いが叶うと思えば不思議と悪い気はしない。
実際に武器を手にして、将来の自分の姿を想像しているソフィーとティオの姿を見て、不意にカナリアの言葉を思い出す。
――――まずは冒険を楽しめよ、小娘。
娘たちと母娘水入らずの冒険や出会いは、なるほど確かに楽しいものだろう。
あの次代の旗手たち、未来そのものと言っても過言ではない子供たちの行く先はシャーリィの眼を以てしても視れないが……もしそうなれば、シャーリィは娘たちの為を想い大きな壁として立ちはだかる事になる。
果たして彼女たちに《白の剣鬼》を超える力が有りしか否か、それを試す時は着実に近づこうとしていた。
如何でしたでしょうか? お気に召しましたら評価してくださると幸いです。