誰が為の幸福
頭の中でプロットを練る活動(エ○ゲー)に忙しかった!
皆様、お久しぶりです。ようやく投稿活動に戻れた大小判です。
タイトル略して元むす、何とか一週間以内に投稿できましたので、続きをお楽しみください!
後に、竜王戦役と呼ばれる王国に対する竜王三頭の襲来は、迎撃に出た冒険者たちの勝利で幕を下ろした。
重症者、死傷者を多数出しながらも、民間への犠牲は無し。配下の魔物を壊滅寸前に追いやり、竜王二頭を撃退、一頭を討伐したという功績は瞬く間に広がり、民衆から冒険者ギルドへ送られる信頼はより強固なものとなったと言える。
そして、並み居るSランク冒険者たちを差し置いて、竜王を単独で討伐した剣士の名も世間に響き渡った。
雪をも欺く白い髪と肌。玲瓏な美貌を彩るのは蒼と紅の左右異なる色の瞳。冒険者ギルドが誇る竜王殺しの剣士、《白の剣鬼》シャーリィ。
一度剣を振るえば魅せられる内に命脈を断つとまで言われる美と武技を併せ持つ、人の理を超えた女は今――――
『リーシャ、チェルシーも! おはよー!』
『『おいっすー』』
『おはよ……ふわぁ……んぅ』
『ティオちゃん、歩きながら寝たら危ないよ?』
『ミラ……教室までおんぶ……ぐぅ』
『えぇっ!? ちょ……重っ……!?』
シャーリィと同じ白い髪と肌を持ち、それぞれ瞳の色が違う実の娘である双子を、建物越しにジッと見守っていた。
その視線の先に居るのは、母親の面影を強く受け継ぎ、髪を一房編み前に垂らした円らな蒼い瞳を持つ姉のソフィーと、母や姉と比べて癖の強い髪に申し訳ない程度にヘアピンを付けた、眠たげな紅い瞳を持つ妹のティオだ。
正真正銘、何を隠そう血を分けた自慢の娘の登校姿だが、今シャーリィが居るのは身を隠すどころか視界を完全に遮る建物の裏側。
しかし、それでも彼女の目にはしっかりと娘の姿が捉えられていた。
精神の変質によって欠陥を抱えた肉体復元能力を得た怪物、半不死者の特性によってシャーリィに発現した異能、〝全て〟を視る眼は、障害物を透視して愛娘の姿を映し出す。
普通の職に就く者なら仕事をし始めるこの時間、しかし今日の剣鬼は休みだ。日頃の冒険の疲れを癒すため、気ままにゆっくりと過ごしている。
ソフィーとティオの移動に合わせて建物越しに移動する白髪の美女の図は非常に奇妙なもので、言うなればそれはちょっと危ない人物たちの総称がしっくりと当て嵌まる姿である。
「何か御用ですか?」
一見すると壁から、実際には娘から視線を外さずに背後に話しかけるシャーリィ
「……いえ、何してるのかなぁって思いまして」
「あぁ……ユミナさんでしたか。先ほどから妙にこちらの後をつけて来ていると思ったら」
背後の物陰から出てきたのは亜麻色の髪を後ろで纏めたギルドの受付嬢、ユミナだった。
「それで? さっきから何してるんですか? 傍から見ていてすごく怪しいんですよ?」
「…………」
咄嗟に反論できないシャーリィ。憮然とした表情を浮かべるが、客観的に考えても自分の行動が怪しいのは言い訳のしようがない。
「……娘の姿を見守っていました」
「……壁を凝視しているようにしか見えないんですけど」
「そこは異能で」
「世界一無駄な使い方していますね。ていうか、休日だっていうのに、異能まで使って娘さんのストーキングですか」
失敬な……と、シャーリィは内心で呟く。傍から見ればどうみられるかはさておき、彼女本人からすれば娘を慈しむように見守っているつもりのだ。
それをストーキングなどと言う侮蔑で表現されるのは甚だ不本意である。
「もしかして休日って毎日こんな感じなんですか?」
「いえ、何時もなら娘の休日に合わせるのでこうする必要も余り無いのですが……」
《白の剣鬼》の脳裏に不安が去来する。それは以前、朝食の席での娘の言葉だった。
「どうも二人に色目を使って群がる男性が居るようなので……教師の目が届かない登下校時にそういった輩が表れないかを見張っているのです」
「蠅って……あの年頃の男女なんですから、そう言うこともあるんじゃ……?」
「いいえ、まだ早いです」
ピシャリと、シャーリィは言い放つ。
男女七つにして席を同じゅうせず。貴族の政略結婚でもあるまいし、健全で清廉な友人関係であるのならともかく、今年で十歳になった平民の娘たちに男女関係などまだまだ早すぎる世界だと、母親としては断固として認める訳にはいかない。
「うーん、目に見えたストーカー行為じゃなくて壁を見ているだけですから明確な問題は無いんですけど、それでも怪しい行動は慎んでくださいね? ギルドは信頼第一なんですから」
「大丈夫です。流石の私も学校内部を透視するつもりはありませんから。よほど怪しければ後で教会にでも行って《センスライ》の魔術も受けますよ」
往来ならともかく、プライバシーの塊である建物内部を私用で覗くつもりは毛頭ない。
現に今使っている透視も、建物を完全に透明化させている状態で瞳に映しているので、内部の様子など見てはいないのだ。
だから嘘発見の魔術を使っても問題無いと言い張るシャーリィにユミナは溜息が出る。間違いなく歴史に名を刻める偉業を成した冒険者だが、本人は全く栄誉に興味が無く、猛烈な親バカっぷり。せめてそれらしく振舞ってほしいと思うのは我が儘なのだろうか?
「まぁ、いいです。実は見つけたついでに伝えておきたいことがあるんですよ」
「何です?」
「実は明日、Cランク冒険者のパーティが食人鬼の討伐に挑戦したいと言っているんですけど、それにシャーリィさんにもしもの時の露払いについて来れないかという希望がありまして」
「Bランク相当の魔物をCランク冒険者が……随分思い切ったことをしますね」
竜王戦役以降、シャーリィと冒険者たちの関係は少しだけ変わった。
これまで単独専門とまで言われるほど一人で魔物を討伐してきたシャーリィ。今でも殆どの依頼を一人で請け負っているが、報酬の振り分け次第ではパーティ要請に応じると公言したのだ。
彼女が何を想ってそうしたのかは誰も知る由の無い事だが、それから時々他の冒険者からの誘いでパーティを組むようになった。
今では強大な魔物を倒す時の助っ人や、ランク関係なしに依頼を受けられることを逆手にとって、強い魔物に挑戦してみたいという若手冒険者たちに露払いとして同行させる事が出来る最強の前衛と言うのが、今現在他の冒険者たちから見たシャーリィの認識だ。
「まぁ、支部長は軍や守衛隊にせっつかれてシャーリィさんにはAランクに昇格して欲しそうにしてますけど、それは普通に断ってますしね。私も落としどころが付けられたから容赦なく支部長に反論できますし」
「非常時に義務が発生するAランクやSランクなど、なりたくもありませんね」
切り捨てるように鼻を鳴らすシャーリィの横顔を眺めながら、ユミナは苦笑を零す。
(そう言ってBランクに留まっておきながら異名持ちになる冒険者なんて、シャーリィさんだけなんだけどね)
冒険者はランクが高ければ高いほど個人に当てられた依頼が届くが、その最低ラインは例外の如き少数を除いてAランク以上である。
それよりも更に上のSランクともなれば、キャッチコピーとして異名が付くようになるのだが、Bランクでありながら《白の剣鬼》という異名が付いているのは、他のギルドを探してもシャーリィだけなのだ。
「それで話を戻しますけど、どうですか? シャーリィさん加えて四人パーティ、報酬はこの位なんですけど」
ユミナから渡された依頼書と簡単な報酬見積もりが記された書類を眺め、シャーリィはしばらく考える。
「目撃情報は王都と辺境の中間に位置する関所近辺の森。……兵士が大勢滞在する場所なのに冒険者を頼るのは、何時もの事ですか」
「そうですね。こういうところは王国ならではと言いますか」
冒険者業が盛んな王国では人口が密集する都に魔物が現れるなどと言った非常時を除き、軍と冒険者とは基本的に戦うべき相手が分かれている。
冒険者は人里から離れた地に拠点を構える盗賊やネクロマンサーを代表とする外道魔術師といった無法者、そして主に魔物の討伐を目的とするなら、守備隊や軍隊……一言で纏めるなら王国兵……といった王国直属の戦闘職は治安維持や隣国に対する国防を目的としているのだ。
人の手が届いていない地で、開拓を兼ねた戦闘を請け負うのが冒険者なら、都市や町での犯罪を取り締まり、国外に威圧を示すのが王国兵の務め。
先の竜王戦役で、先んじて冒険者が戦い、王国兵の話題が上がらなかった理由がまさにコレである。
良くも悪くも派手な行動ばかりが目立つ冒険者に対して王国兵は裏方などと宣う輩が居るが、いざという時に国民を守り避難誘導を行ってくれる者たちが居るというだけで、どれだけ多くの冒険者が安心して戦えただろうか?
(もっとも、王国兵が弱いわけではありませんが)
冒険者の活躍が目立ちやすいのは、魔物に困っている依頼主が大勢存在し、それらを恙なく討伐している上に宣伝行為が盛んだから。
一方、王国兵の活躍が目立ち難いのは、有事の際以外はこれといった戦闘行為が存在しない上に、その内容も機密とされるからだ。
実戦経験や個々人の強さ、少人数での戦いならば間違いなく冒険者が上。しかし、王国兵は有事に備えて毎日のように地味で過酷な基礎鍛錬を積み、大人数での活動を目的とした訓練を行っている。
要は需要の違いなのだ。魔物か人か、冒険者と王国兵が相手取る敵が違うというだけの事である。
「それでも両者の関係が上手くいっているのは、カナリアのおかげと言うべきでしょうか?」
「うぅん……普段の様子からすれば信じられないんですけどねぇ」
傍若無人で自分勝手な人物像からは想像もできないが、冒険者ギルド創設以来、カナリアは各国の軍とギルドの折り合いに奔走して今の協力体制を敷いたという。
冒険者が倒したドラゴンが溜め込んだ財宝の一部を国庫に還元するというのもその一環で、特に王室関係者たちとは千年来の付き合いになるらしい。
「まぁ良いでしょう。この要請、引き受けます」
「良いんですか? 正直、結構遠い上に依頼料も分割してしまう形になってますけど」
「構いません。竜退治が続いたおかげで懐にはかなり余裕がありますし、騎乗竜で現地集合してしまえば時間もかかりませんから」
ギルドから貸し出される有料の移動手段なら即日で帰って来られるが、そこまでしてパーティ要請を引き受けるようになったシャーリィ。
その心情は、所謂〝寂しい冒険者業〟を改めるという考えから始まっていた。
心優しく育ってくれた娘二人が、いざ成人して手が掛からなくなった時、空虚で友人も居ない生活を送る母を見ては心配をかけてしまうだろう。
そうなれば母にかまけて自分の幸せを逃してしまう事もあり得る。それではいけない。母親としては、子供には自分の事だけを考えて幸せになって欲しいのだ。
(自身を疎かにしては、母親として娘に自分自身の〝幸福〟とは何たるかを明確に示す事が出来ませんからね)
ならば、ソフィーとティオに心配を掛けないくらいの充実した生活に交友関係を得てしまえば良い。
正直、個人的には実力の高い冒険者と言う保険付きで冒険に出ようとする気骨に思うところがない訳ではないが、そう言った小さなところから始まる交友もあるだろうし、何より最近は若手の冒険者を指導する事も増えて以前よりも冒険者業に彩りが出てきたと感じるようにもなったのも確かだ。
「では明日、ギルドに行ってこのパーティと面談するので」
「は、はい! ありがとうございます!」
不愛想で鉄面皮なのは変わらないが、徐々に冒険者を筆頭とした他者に馴染もうと精力的に活動し始めた《白の剣鬼》。
たとえその動機が全て娘の為であったとしても……それはきっと、良い変化なのだろう。
「それでは私は、娘を見守る活動に戻らせてもらいます」
「……これさえ無ければなぁ」
普通にカッコいい冒険者なのに。そう思うと、何とも言えない微妙な気持ちになるユミナであった。
如何でしたでしょうか? お気に召しましたら評価してくださると幸いです。
動機はともかく、自分の事に対して前向きになったシャーリィさんを表現してみました。
今後は所々に小さなざまぁを表現し、後に盛大にぶちかましてみたいと思っています。