プロローグ
遂に始まりました、第二章のざまぁ編! これからどんな風にざまぁを行っていくのか、僕自身のプロットをベースに、皆さんの希望や他の作品を参考にしながら進めていきたいと思いますので、遠慮なく感想に書き込んでくだされば幸いです。
現在確認されている中では最大規模を誇る大陸は、王国、帝国、公国、聖国、魔国の五つの国で構成されており、その内の一つ、帝国に彼女たちは居た。
ピュンッ! と、鋭く風を切る華美な装飾が施された片手剣が流麗な軌跡を描く。
豪奢な館を擁する庭園で、まるで流れ踊るような剣舞を披露するのは背中に届きかけるほどの赤髪をポニーテールにしている一人の令嬢。
帝国の最東部から近い地に領土を持つレグナード侯爵家の娘、ルミリアナは十七歳という若輩にして女性には珍しい皇女直属の騎士を務める強者だ。
見るからに気が強そうな赤いツリ目は男を遠ざけそうな雰囲気を醸し出しているが、幼さを残しつつも整った貌とは不思議と調和している。
「お嬢様、御飲み物をお持ちしました」
「ん。ありがとう」
一人の侍女がトレイに乗せて持ってきたコップには冷たい水で満たされており、ルミリアナは一気に胃の中へと流し込む。
水分を補給すると同時に訓練で熱された体が冷えていく感覚に心地よさを感じながら、家宝にして魔術的効果をエンチャントされた魔武器でもある剣を鞘に納め、首筋を伝う汗をタオルで拭った。
「殿下は今どうされているの?」
「資料室でお勉強中でございます。先ほどお飲み物をお持ちしましたら、机の上に数十冊ほど資料を置いておりましたので、読み終わるにはまだ時間が掛かるかと」
「そう。わかったわ」
帝国は今、渦中にある。七年前に先帝の嫡男である皇太子が当時二十三歳の若さで帝位を継いでからと言うもの、民を顧みない徴税搾取が徐々に広がりを見せている。
その全ての原因は現皇帝の妃であるアルグレイ公爵家の娘にあるとされ、彼女の欲求を叶えるために毎晩のように夜会が催され、国外の希少な宝石やドレスと言った高級品を、血税である国庫から払い出す暴君となってしまっていた。
ルミリアナの主君であり、同い年の親友である皇帝の妹は先細りつつある帝国の未来の為に、実の兄を討つ反乱も辞さないといった覚悟でレグナード領を拠点に自分の味方を秘密裏に、着々と集めている。
滅びに向かう国に巻き込まれる民を救う為なら、皇室が失墜しても構わないと決意を決めた姫君は、これから多くの者に命を狙われる事だろう。
そんな気高き主君を守るため、最後の瞬間まで傍を離れず身を挺してお守りする。まさに騎士の本懐ともいえる決意を固めた令嬢剣士は時間の許す限り訓練に励もうとした矢先、侍女の世間話に耳を傾けることとなる。
「そういえばお嬢様、聞きましたか? 王国で活躍している冒険者の話」
「冒険者?」
ルミリアナは形の良い眉を歪めた。
かつて帝国貴族を苦しめた革命家、《白髪鬼》の逸話には、冒険者ギルドの創設者である《黄金の魔女》が手助けしたという話が有名だ。
彼女自身は帝国貴族に珍しく、《白髪鬼》に対して思うところは無い。むしろ貴族が民を圧制で苦しめていた時代を終わらせてくれたものとして好意的に捉えている。
しかし《黄金の魔女》はどうしても好きになれない。直接会ったことは無いものの、莫大な財と最強の魔力をもってして今なお騒乱を起こし、愉悦に浸っているという話は有名だからだ。
そして、そんな魔女が作り出した冒険者と言う存在もまた然り。帝国にも貴族の力が及ばないような、国外寄りの辺境に冒険者ギルドはあるが、ルミリアナからしてみれば冒険者など報酬を重要視する、武装した無頼の集まりでしかない。
格式と正道、救護心を備えた騎士の足元にも及ばない邪道の戦士。数ばかり多い魔物の対処を率先して引き受けるから需要があるのは認めるが、以前相見えた時の下品な態度に、彼女はどうしても拒否感が先立つようになった。
「王国を三方向から襲った竜王の内の一頭を単独で討伐した冒険者が居るのだとか」
「何ですって!?」
竜王と言えば、世界に八頭しか存在しない最強クラスのドラゴン。その内の三頭が王国を襲って、冒険者ギルドにより二頭が撃退、一頭が討伐されたという話は聞き及んでいる。
竜殺しは冒険者や騎士を問わずに称賛を浴びる武功。それを竜王相手に、たった一人で討伐した冒険者が居るという事にルミリアナは驚愕を隠せずにいた。
「確か……《白の剣鬼》という、白髪の女剣士が竜王を倒したのだとか」
「《剣姫》ですって?」
ここに来て、盛大な文字の認識違いが発生する。
ルミリアナは、毎年帝都で開かれる伝統的な武術大会で優勝を収め、主君である姫を守る女騎士という意味を込めて《守護の剣姫》という異名で呼ばれている。
貴族令嬢が姫と呼ばれるのはどうかと思うが、彼女にとって《剣姫》と言う異名は誇りそのものだ。
それをただの冒険者が名乗っているというのは、同じ女だてらに活躍していると思うよりも先に、非常に面白くないという感情が沸き上がってきた。
「でも、それ程の剣士が居るのなら帝国に伝わっていてもよさそうなものだけど」
「仕方のない事です。彼女は冒険者ですから」
冒険者の評判は冒険者へ伝わり、その一部が民間へ流出するもの。必然的に冒険者の数が極端に少ない帝国では、冒険者に関する情報が伝わり難い。
これがSランクと言った民間にも分かりやすい肩書があるのなら話は別だが、件の剣士は昇格をせずにBランクに留まっているというではないか。
「それはもう、非常にお美しい容姿をしているらしく、蒼と紅の二色の瞳をしているそうですよ」
オッドアイである所まで《白髪鬼》と一緒。付き合いの長い侍女に乗せられたのを自覚しつつも、ルミリアナはその女剣士に興味が湧いた。
帝国と王国、それぞれの国での最強の女剣士が剣を合わせればどちらが上に立つのか、この際相手が冒険者であることを度外視してでも競いたくなる。
「ねぇ……本当に白髪でオッドアイの美しい女性が王国に居るの……?」
「殿下?」
震える声に振り替えると、そこに立っていたのは陽光に煌く金髪を揺らし、空色の瞳を見開いた麗しの主君。
「もしかして、その人の名前は――――」
所変わって、皇帝が居を構える帝都の中央、荘厳にして巨大な皇居とは別に建設された離宮では、三十路に差し掛かりつつあるピンクブロンドの髪の貴婦人が、実に機嫌悪そうにティーカップを口元に傾けていた。
現皇帝の正妃、アリス・ラグドール皇妃。元は帝国の名門貴族であるアルグレイ公爵家の次女であったが、十一年前に当時はまだ皇太子だった夫の婚約者である姉を排除し、皇帝の心を射止めた女怪の如き女である。
かつては実に愛らしく妖精のようだと持て囃された素顔は歳と共に瑞々しさを失っていき、薄い化粧で誤魔化しているものの、それが逆に寄る年波に勝てていないことを証明していた。
「どうしてこんな事に……途中まで、途中までは上手くいっていたというのに!」
ガチャリ! とソーサーに叩きつけるようにカップを置くアリス。
労力を重ねて愛する皇帝の心を奪い、無事に皇妃の座に就いたのは良かった。本命以外にも自分に尽くす美男は大勢いるし、後ろ盾である実家も大きな力を得ている。
しかし、それら全ての栄光に綻びが生まれたのは何時からだっただろうか?
「子供さえ……子供さえ身籠れば私の地位は盤石だというのに……!」
子を身籠れない先天的な病。それは、世継ぎを産むことを最も重要視される皇妃として致命的な欠陥に他ならなかった。
皇帝本人はアリスを一途に愛し、操を立ててくれてはいるが、二十九の石女であるアリスに世継ぎを期待する臣下は今となっては殆どおらず、側室を娶る事や離婚を勧められている。
忌々しい義妹に至っては、それを理由にアリスを排除しようと画策している節さえみられるのだからタチが悪い。
現に十一年前、姉を排除した時に彼女に味方していた人間の多くが、義妹側に付いている。
今となっては皇帝と義妹、どちらの味方が多いことやら。
「どうしたんだい、アリス。そんなに声を荒げて」
「アルベルト様」
そんな焦燥に駆られる妻に心配そうな声を掛けるのは、アリスの夫にして皇帝の座に就いたアルベルト・ラグドールだった。
アリス同様年を取ると共に細かな皺を刻んでいっているが、男の特権と言うべきか、それがダンディズムな魅力となっている。
「……実は私、何時までも世継ぎを産めぬことに皇妃の資質をまたしても疑われていて……このまま世継ぎを産めぬのなら、これ以上アルベルト様に迷惑が掛かる前に身を引いた方が良いのではないかと……」
「あぁ、可哀そうなアリス。大丈夫、君を苦しめる者が居るのなら、私が排除してあげるから」
先程とは打って変わってしおらしい態度をとると、アルベルトは慰めるように優しく妻の体を抱き締めた。
夫は昔から変わらない。少し庇護欲を煽ればそれに応えようとする姿は変わらぬ安心感があり、実に扱いやすくもある。
こうして二人が気に入らない者を遠ざけることで、徐々に求心力を奪われていっていることに気付きもせずに、皇帝夫婦は政務も忘れて愛を確かめ合う。
やがて夜の帳も下りた頃、ベッドの上のアルベルトは隣で寝転がるアリスに優しく告げる。
「アリス、子供の事ならば心配する必要はないよ」
「え?」
「実は先の王国に襲来した竜王の事件を帝国の方で独自に調査して偶然知ったんだが、驚いたことにシャーリィは生きていたらしい」
久々に聞いたその名前に、熱に浮かされた意識が一気に冷めていくことをアリスは自覚した。
陥れ、拷問にかけて見るに堪えない無残な姿になった忌々しい実姉。突然全ての傷が無くなったと拷問係が妄言を吐いていたが、その直後に脱獄して既に何処かで野垂れ死んだものと思っていたのに、どうやらしぶとく生き残って王国で暮らしているらしい。
「気になって調べて見たところ、どうやら今彼女には十歳になる双子の娘が居るらしい」
「十歳……もしかして」
「ああ。恐らく時期的に考えて、私の子供である可能性が高い」
アリスの胸の内から黒い靄のような感情が沸き上がってきた。
自分は子供を産めないのに、これまで散々見下してきた姉はアルベルトの子を産んで幸せそうに暮らしていると思うと、すぐにでもその幸せを壊したくなってくる。
その心の根底にあるものが、自分には無いものを持っている姉への嫉妬であるという事から目を背けていると、アルベルトは妻の様子に気付かずに告げた。
「そこで考えたんだが……その娘を皇位継承者として帝国に連れてくれば、君がこれ以上後継者問題で苦しむ必要はないのではないかと思うのだが」
「それで? 先の竜王戦役の後始末は終わったのかのぅ?」
またまた所変わって、王国王城の執務室。足元に届く長い金髪を揺らす黒い双角の魔族、《黄金の魔女》の異名を持つ全冒険者ギルドのマスターであるカナリアは、国王が書類仕事に励む机の上に腰掛け、実に意地の悪い笑みを浮かべていた。
「あぁ。カナリアが余に押し付けた民への戦後報告は勝利の二文字、不必要な混乱は極力抑える事が出来た。……毎度毎度、地味で面倒な事ばかり余に押し付けおって」
「それが国王の仕事じゃろう? 元来王を始めとする政治家など国の裏方なのじゃからな」
違いないと苦笑する愛嬌の中に威厳を宿した獅子のような黒髪を持つ壮年の男は、王国の現国王であるエドワルド・ペンドラゴだ。
通称、《黒獅子王》。《黄金の魔女》の盟友である王国において、歴代類稀に見る賢王と名高い統治者である。
「それにしても、これまで何度か竜殺しの現場に兵を遣わせる過程で、ドラゴンを退治した冒険者の情報はある程度聞いていたが、まさか本当に彼女が《白の剣鬼》と呼ばれるようになっているとはな」
「そういえば、お主らは面識があったらしいのぅ」
「あぁ。その身に降りかかった不幸を聞いた時は耳を疑ったものだ」
名君足らしめる記憶力は、当時まだ交流を持っていた帝国で行われたパーティの様子を今でも鮮明に思い出させる。
この世のものとは思えぬほど美しい顔立ちに雪すら欺く白い髪。そして宝石を嵌め込んだかのような蒼と紅の二色の眼が特徴的な少女は、婚約者の隣で幸せそうに微笑んでいた。
エドワルドも妻を愛する身として当時の彼女の気持ちがよく理解できた。それだけに、皇太子の不義によってその愛が失われてしまったことを酷く惜しんだが、今彼女は冒険者という過酷な職に就いていながらも娘二人と幸せそうに暮らしているという。
国王としても、個人としても、実に喜ばしいことだ。
「それはそうとカナリア、今回竜王との戦いに活躍した冒険者たちへの受勲式なのだが、どれだけの冒険者が参加を表明している?」
「あぁ、それならこれを見ると良い」
カナリアが手渡したのは、三方向から迫る竜王との戦いに参加した冒険者のリストだった。
エドワルドは名前の隣にバツ印を記されている者とそうでない者を目を通し、軽く眉根を寄せる。
「思っていたよりも少ない……十人にも満たないではないか。これは余の威光が不足している証か?」
「冒険者など、元々堅苦しい規則を嫌っている者が多いからのぅ。むしろ参加を表明したものはギルドの中でも変わり者じゃ」
「国としても、何らかの形で彼らに報酬を渡したいところなのだが……一番分かりやすい金銭は既にカナリアが支払っているからな。どうしたものか」
「酒と食い物でも奢ってやればどうじゃ? 堅苦しい場で送られる栄誉よりも喜ばれると思うがのぅ」
呵々と笑うカナリアの言葉を割と本気で考慮する国王。栄誉を求める割には堅苦しい場を嫌う冒険者たちの絶妙な匙加減に頭を悩ませていると、件の人物の名前の隣にはバツ印が記しており、それを見てエドワルドは嘆息する。
「やはり彼女は来ないか。妻も久々に彼女と会えることを楽しみにしていたのだが……竜王の撃退ではなく、討伐を成し遂げた者など何処の国に行っても重宝される人材。どうにかして勲章を受け取って欲しいのだが、どうにかならぬか?」
「いやぁ、無理じゃろ」
魔女はニヤリと嗤う。
「この予定してある勲章式の日、あ奴からは『娘にクッキーの焼き方を教える日』といって断られたからのぅ。無理に連れてこればどんな目に遭う事やら」
如何でしたでしょうか? お気に召しましたら評価してくださると幸いです。
今回のテーマはですね、ざまぁへの予兆です。これからざまぁされる者と、第二章の重要な部分に関わるもの、切っ掛けになる者を分けて書いてみました。