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授業参観の行方と黄金の魔女

タイトル略して元むす、記念すべき二十話更新です!



 シャーリィがその事を知ったのは、用事を終えてタオレ荘に戻り、娘の作文を手伝っている時の事。


「ソフィー、この単語の綴り間違えていますよ」

「え? あ、ホントだ」

「ティオは文章がおかしい事になっています。これだと『私は鍜治場で剣になった』と読むことになってしまいますね」

「……難しい。文章ってメンドクサイ」


 文明の進歩とともに発展し続ける共通語の習得は容易い事ではない。文法さえ理解し切ればその限りではないが、今まさにそれを会得しようとしている民間学校に通う子供が読み書きを間違えることなど当然の事。


「出来たっ!」


 分からない単語は辞書で調べ、文法を教えてもらいながら書き上げた原稿用紙一枚分の作文を先に書き上げたのは、ソフィーだった。

  

「……うん、よく出来ています。内容を評価するのは教師の仕事なので私から口を挟む事はしませんが、単語や文法は見た限り間違いはありませんね」

「やった!」

「ん……私も出来た」


 ソフィーの作文の文字に間違いがないかを点検し終えると、遅れてティオの作文が出来上がる。

 

「……途中までは問題ありません。ですが結論部分で何故か私が新人冒険者たちをアンデッドにしているのですが?」

「……? 何か変?」


 心底不思議そうに首を傾げるティオ。少し訓練に付き合った後、カイル達がゾンビさながらに体を引き摺りながら帰っていったことを思い返せば、この誤解を招く文章も間違いではないのかもしれない。


「個人的には面白い表現ですが、わりと冗談では済まない誤解を生みそうなので添削しておいてください」

「むぅ」


 不満気にむくれるが、人為的にアンデッドを作り出すのは法律で禁止されているのでそこは素直に従うティオ。

 ……ちなみに、民間学校では読み書きの宿題の定番であるこの作文、生徒たちの色々と間違えてた面白文章によって毎度教師の腹筋を破壊しに掛かっていたりするのは完全な余談である。


「二人とも、よく頑張りましたね。時間は丁度十五時前、実はマーサさんからクッキーのお裾分けを頂きましたので、良ければどうぞ」

「わぁっ! ありがとう!」


 女の子らしく甘い菓子を好むソフィーは手放しで喜び、紙袋に包まれたクッキーをティオと分け合う。

 穏やかな家族水入らずの時間。美味しそうに甘味を頬張る娘を見て、自分も今度焼いてみようかと考えていると、ソフィーが学校用のカバンを開けた。


「そうだママ。渡し忘れてたんだけど……はい、これ」

「?」


 ソフィーが手渡したのは一枚のプリントだ。丁寧に折り畳まれたそれを開いてみると、一行目に『授業参観のお知らせ』と言う文字が大きく書かれてある。


「五日後の授業を親に見てもらう行事なんだって。もしこれそうならあらかじめ参加しますってサイン貰って来て欲しいって先生が」


 大まかな内容の下には、切り取り線を挟んで保護者の氏名と住所を記入する欄があった。

 

「授業参観……三年に一度……そうですか、こんな行事が王国の学校にはあるのですね」


 帝国では馴染みの無かったし、あったとしても冷え切った親子仲だったシャーリィには縁の無いものである。

 そんなシャーリィにとって、表立った用事でもない限り学校とは不可侵にして忍び込みたい場所であった。

 子供とは些細な理由で他者を虐げる一面を持つ。普段の姿を視たくて学校に忍び込もうとしたことはあるが、もし万が一騒ぎになってしまえば愛娘たちが悪い意味で浮きかねない。

 この知らせはまさに天恵と呼ぶに相応しい。これまで自戒してきた行為を、学校公認で認めるのなら大手を振って二人の学校での様子を拝めると言うもの。


「でもクラスの男子とか嫌がってたよね。恥ずかしいとか何とか言って」

「気持ちは分からなくないんだけどね。普段通りに過ごそうとしても、ママに見られながらだと思うと緊張するし」

「それで、お母さんはどうするの?」

「当然、参加させてもらいます」


 空中に放たれ、ヒラヒラと舞うプリントの切り取り線を手元に出現させた短剣で一切のブレなく切断する。

 参加証明書には、既に綺麗な文字でシャーリィの名前と住んでいるタオレ荘の住所と借家番号が記されていた。


(そうと決まれば、準備を進めなくては)


 地味すぎず、華美過ぎない保護者に相応しい衣服を選ばなければならない。それだけではなく、授業の様子を撮影するフラッシュや音を抑えた最新鋭の映写機もだ。

 他の冒険者が見れば目を疑うほどウキウキとした様子で、五日後が楽しみでならない《白の剣鬼》。図らずして訪れた絶好の機会に、シャーリィは人知れず内心で有頂天になるのであった。




 しかしこの時、辺境の街に居る者は誰一人として気が付かなかった。

 欄然と並ぶ爪牙と雄々しき角を持ち、飛行する勢いだけで大気の流れを逆流される、その群の存在に。

 常人ならば耳にするだけで全身が泡立つ地鳴りのような唸り声を無数に響かせる、強大な怪物どもに。

 王国史上最大の危機と称しても過言ではない、竜の神の首を落とす為の大侵攻に。

 大勢の人々が明日も変わらないと信じる日々は、今まさに崩れ去ろうとしていた。




 シャーリィにとっての凶報を受けたのは、参観日の日程を聞いた翌日の晩の事。

 ユミナを経由して渡された一枚のメモ用紙。そこには嗜好品であるペンと高級なインクによる達筆でこう書かれてあった。


『本日二十二時、ギルドの広場まで来られたし』


 そんな簡素な一文の下には、交叉する剣と杖(冒険者ギルド)の印と、暁を眺める少女を象った印が並んでいる。

 後者の印を使う人物は、シャーリィが知る中ではただ一人。一瞬無視しようという考えが浮かんだが、そうしたらそうしたで余計に面倒な事になりかねないと腹をくくり、夜分にギルドへ訪れた。


「久しいのぅ、シャーリィ」


 昼の喧騒とはかけ離れた静寂に包まれた訓練所に響いた声は、幼さを感じさせながらも老練な口調。

 何もない空間に目に見える歪みが生じ、金色に輝く魔力の光を撒き散らしながら現れたのは、十歳前後ほどの年頃に見える世にも美しい少女だった。    

 足元まで届く金糸を束ねた様な豊かな髪は風に踊り、日の光を浴びたことが無いような白い肌に映える鮮血色の瞳。シャーリィの愛娘にも負けず劣らずの幼い美貌と言う目立つ外見だが、何より目を引くのは、魔族の証である頭の両側から生えた黒い角だ。


「といっても、最後に会ったのは三月ほど前か……歳を取り過ぎると、逆に時間の流れがゆっくり感じてならんのぅ」


 ニィ……と、鋭い犬歯を剥き出しにして笑う少女は、蠱惑的な肉体とは対照的な〝清〟に属する美貌を持つシャーリィとは真逆に、未成熟でありながら魅力的な幼い肢体と対照的な〝欲〟に属する美しさがあった。


「そんなことを話しに来たわけではないでしょう。要件は何です? カナリア」


 少女のような見た目に惑わされることなかれ。目の前の女は千年以上も昔から世界各地で伝説を残し続けた怪物である。

 長命である魔族の半不死者(イモータル)であり、冒険者ギルドの生みの母にして全ての冒険者関連を取り仕切る現ギルドマスター。

 世界通貨の実に三十パーセントを掌握する財界の覇者であり、古今において世に混乱をもたらす《黄金の魔女》の異名を取る世界最強の魔術師である。


「相変わらず話を楽しむことを知らぬ奴じゃ。まぁよい、単刀直入にお主が動かざるを得ない要件を言おう」


 いきなり不穏な発言が飛び出し、シャーリィは思わず身構えたが、次の言葉に愕然とすることになる。


このまま(・・・・)では、お主が楽しみにしておる授業参観が中止となるぞ?」

「…………」


 思わず、思考が停止した。

 カナリアとは十年来の付き合いだ。他人の前では気取られないように気を使っているが、自分が親バカであることは既に知られている。

 民間学校の行事の知らせをカナリアが告げることは……不思議ではあるが問題ではない。彼女は学校の理事を務めているのだから。

 問題なのは……せっかく学校公認で娘の普段の姿を拝めるたった一度の機会である授業参観が中止になるという事。


「…………申し訳ありません。言っている意味が何故かいまいち理解できないのですが? 事の発端から教えてくれませんか?」


 これには流石の《白の剣鬼》もしばらく反応できず、俯いて顔を手で覆いながら絞り出すような声で問いかけた。


「ここ最近、ドラゴンが知恵ある魔物の群れを率いている事件が多発しておるのは聞いたじゃろ?」

「はい」

「実はあれらは全て竜王の斥候での。つい昨日発覚したのじゃが、どうやら《西の竜王》を含め、《南東》と《北西》の三頭の竜王が軍を率い、王都に目掛けて侵攻しておる。ぶっちゃけ、王国史上最大の危機じゃな」


 ドラゴンの階位で上から二番目に位置する竜王とは、世界の八方向を縄張りとする、強大極まる八頭のドラゴンを意味する。

《北》のジークフリート。

《東北》のファフニール。

《東》のスサノオ。

《南東》のヴァリトラ。

《南》のゲオルギウス。

《西南》のアジダカーハ。

《西》のベオウルフ。

《北西》のニーズヘッグ。

 総称、八大竜王。それぞれ方角を異名とする竜の王たちは、一つ下の階位である古竜とは比べ物にならない強さもさることながら、その最大の特徴としてプライドが高い孤高の存在であるドラゴンたちを配下に加える事が出来る力を備えている。

 一体一体が一個師団を壊滅させかねない魔物を率いる魔物と言うのは、極めて厄介だ。人は数と知能、万能性で他の生物を淘汰して勢力を伸ばしてきたが、同じように知恵を持ち数を揃え、単体でも強力無比な魔物が群れとして統括され襲い掛かってくる。

 これは、人がこれまで培ってきたお株を奪われるという、脅威以外の何物でもなかった。


「狙いは間違いなく王都の地下で引き籠っておるアイオーンじゃな。元々龍神の座を狙ってはいたが、人と寄り添うアイオーンは気性の荒い三頭からすれば我慢ならぬものがあるのじゃろう……よもや共謀して襲い掛かろうとするとはのぅ」

「……対策は?」

「無論、既に手は打っておる。王国と、近隣諸国のAランク以上の冒険者は既に集結済みじゃ。……しかし」


 カナリアは伏せ目がちに呟く。


「王国上層部はギリギリまでこの事実を民衆に隠すつもりじゃ。竜王の軍勢が三方向から向かってくるなど、混乱しか招かぬからのぅ」


 その考えはシャーリィにも理解できた。

 天災を超える大天災が迫っているとなれば、まず間違いなく逃げ出そうとするのは情勢に聡い商人だ。

 命あっての物種。逃げ出すことを責めはしないが、物品や食料の売り手を無くし、竜王の群れと言う災害を前にして王国は間違いなく大混乱に陥る。

 その時に発生する損害を鑑みれば、王族貴族の判断は妥当と言えるだろう。たとえ非難を受けるのではないかという疑念があっても、問題にもならない。


「まぁ、(わらわ)と冒険者たちが居れば王国民に被害は及ばぬがの。王国全土を対象とした別空間を応用した守り、竜王如きに破れはせぬのじゃ」


 領域内に存在する全てを別次元へ転移させ、元々居た次元からの干渉を一切受け付けなくさせる魔女の秘術。

 確かに守りは万全だが、だからこそ分からない。そこまで己の術に自信がありながら、なぜこうして警告してきたのか。


「とは言っても王国全土……言い換えれば全ての街や人里に術を施すのには時間が足りなくてのぅ。竜共の侵攻速度や万が一冒険者たちが敗れた時の事を想定し、三日後にはお触れを出して、辺境に住む全ての民をBランク以下の冒険者に妾の守りの内側まで誘導させる手筈じゃ」

「三日後……ですって……!?」


 授業参観日は四日後。ドラゴンの侵攻と思いっきり被っているではないか。


「その上、竜と戦える者の数が足りなくてのぅ。北西に位置する大教会を擁する王国聖都、南東に位置する海外との交易の要である海都、そして前者二つと比べれば圧倒的に人口も少ない西の開拓地方面から向かってくる三頭を前にした審議の結果、この辺境の街の住民だけ(・・)を避難させる事が決定した」


 頭の中に残っていた冷静な部分が、致し方ないことだと告げている。しかしそれも、灼熱の炎に似た怒りや極寒の吹雪のような殺意に呑まれて消えた。


「《西》のベオウルフ……そうですか……北西、南東からくる竜王だけなら他の冒険者で間に合ったのに、授業参観の邪魔をしに来た蜥蜴がいるとは」

「いや、別に参観日の邪魔をしに来たわけではないのじゃが」

「結果的にそうなるのなら同じことです」


 残虐な修羅の一面が表に現れる。娘を連れて逃げるという選択肢はない。住む場所を追われる苦しみを理解しているシャーリィは、それを娘に味わわせないためにも戦う事を選択した。


「つまり、二方向の侵攻で西まで手が回らない妾たちに変わり、お主がベオウルフを討伐するというのじゃな?」

「ええ。こうなったら一匹たりとも逃がしはしません」


 彼女には竜王と、従えられたドラゴンたちの配下である無数の魔物を一体たりとも(・・・・・・)逃さず皆殺しにする術があることをカナリアは知っている。

 しかし、当のシャーリィは竜王の力を見縊ってはいない。討伐するのに竜王単体では一日……それが軍勢となれば三日は掛かるだろう。

 即日出撃したとしても、授業参観には確実に間に合わない。あぁ、どうしてこうなったのか……それもこれも大事な時期に攻めてきた竜王共の所為だ。


「……コロス」


 シンプルな殺意が口から漏れ出る。もはや憂さ晴らしに《西の竜王》あたりを微塵切りにしなければ気が済みそうにない。


「お主が授業参観に出られるよう、取り計らってやろうか?」


 そんな時、天啓ならぬ悪魔の囁きがシャーリィの鼓膜を揺らした。


「お主が一日で竜王の群れを退治し、無事に授業参観に出られるよう妾が尽力しようではないか。実に素晴らしい提案とは思わぬか?」

「……その対価は? 一体何を企んでいるのです?」


 さも善意に溢れたような笑みを浮かべるカナリアに、シャーリィは露骨に警戒しながら後ずさる。

 そもそもこの魔女は何時いかなる時であっても自分本位の混沌を良しとし、大衆の為の理には興味を示さない。

 それがさも王国を助ける様に動いているのは不思議ではないが……絶対に何か企んでいそうな違和感が拭えない。


「別に大した対価は求めぬよ。妾自身は守りの為に動けぬが、ドラゴンの群れの討伐を手助けする程度、造作もない故な」

「先に言ってきますが、助力を貰っても返せるものなどあるとは思えませんが?」


 その言葉は真実であると、シャーリィは確信する。

 カナリアの異名である《黄金》とは、彼女の髪色を指し示すものではない。世界随一と呼ばれる財力と、それに伴う絶大なコネクションからくるものだ。

 彼女の手にかかれば例え死地と分かっていても、何の力も無い一般人が戦場に現れるだろう。

 それを呼吸するかのように行うだけの、あらゆる意味での〝力〟をカナリアは持っている。


「妾もこの街を壊されるのは御免被る。故に、お主に求めるのはただ一つ。お主の時間を一夜貰う……ただそれだけじゃ」

「…………」


 怪しい。この上なく怪しい。何も知らない者が見れば思わず信用してしまいそうな綺麗な微笑みが、余計に怪しい。

 しかも商人でもあるカナリアが、この手の契約を破らない事も確信できるから余計に質が悪い。

 しかしこのままでは授業参観に出られないのも事実。だが対価である一夜の間に一体何をやらされるのかと戦々恐々とする自分がいる。

 保身を取るか、娘の成長を見届けることを選ぶか、内心頭を抱えながら葛藤の天秤を揺らすこと十秒足らず。


「よろしく……お願いします……っ!」


 血を吐くかのような返答。しかし娘に関するイベントに参加できるのなら悔いは無い。

 予想通りの展開に、悪名高い《黄金の魔女》は極めて邪悪な笑みを浮かべるのであった。



いかがでしたでしょうか? お気に召しましたら評価してくださると幸いです。


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[気になる点] その一夜の内容はなぜ聞かないの? 意外とシャーリィはアホなのか? [一言] 良いように振り回されすぎていてイライラする。
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