母娘の休日 其の弐
ギリギリ日を跨ぐ前に投稿できました!
タイトル略して元むす更新です!
冒険者ギルドの酒場を通る時、幾人もがシャーリィたち母娘を見てギョッと目を見開く。
唯一そうならなかったのはタオレ荘に住む冒険者たちだけ。それ以外の者は特徴的な雪のように白い髪と強い共通点を持つ面影が三つ並んでいる光景に、ジョッキを傾け肴に伸ばした手が止まる。
『おい、剣鬼って妹がいたのか?』
『いいや、聞いた話だとあれは娘らしい』
『似すぎだろ……見た目はともかく、娘が居てもおかしくない年だけどよ』
一見すると姉妹にも見える彼女たちは視線が集まる中、真っ直ぐにクエストボードに向かう。
軽く視線を受け流すシャーリィとは対照的に、ソフィーとティオは冒険者たちの好奇の視線をくすぐったそうにしながら母の後をしっかりと付いて行った。
「……さっきからジロジロ見られてるね」
「うぅ……ギルドって初めて入るけど、やっぱり子供がいるのは変なのかな?」
実際には何度も冒険者ギルドに入ったことはあるものの、それは物心がつく前の昔の話なので、実質初めて味わうタオレ荘とはまた違ったギルド特有の喧騒とした雰囲気に若干押され気味の二人。
しかしそこは未来の冒険者志望。品定めするような無頼の視線を押しのけて、何でもないと言わんばかりに虚勢を張る。
「お母さん、これ何?」
「クエストボード……冒険者への依頼書を張り出している掲示板なのですが、今日の内に明日の依頼をキープしておこうかと思いまして」
冒険者は依頼を受注し、必ずしも即日出向くという訳ではない。依頼の内容次第では数日準備に費やす事もある為、割の良い依頼をあらかじめキープしておくことは良くある事だ。
先日のドラゴン退治は例外と言ってもいいだろう。バッドボノボの群れを倒す為の物以外、大した準備もせずに竜退治に赴けるのは辺境の街ではシャーリィくらいなものである。
「へぇ……色んな依頼があるんだ。えっと……スライム退治に盗賊団の殲滅。虹色鳥の尾羽の採取なんてのもある」
「ん。ソフィーこれ見て」
他の冒険者の邪魔にならない様に張り出された依頼書に目を通していると、ティオは駆け出し冒険者がよく受ける薬草採取の依頼書を指差した。
「コレならわたしたちでも出来そうな気がしない?」
「そうだね。言われた草を採ってくるだけなら……」
「そんな簡単なものではありませんよ」
シャーリィはピシャリと、双子を諫める。
「少なくとも危険だから冒険者に依頼しているのです。街の外……開拓が進んでいない場所での薬草採取はどのような魔物と遭遇するか分かりませんからね。二人とも、くれぐれも真似してはいけませんよ?」
「だ、大丈夫だって! ママったら心配性なんだから!」
「……そんな危険な事はしない」
嘘である。実はちょっと真似してみようと考えた。魔物が出る危険が高いと言われれば流石にその気を無くしたが。
そんなどこか微笑ましいやり取りに粗暴な冒険者が野次を飛ばさないのは《白の剣鬼》を恐れてか、はたまた雰囲気に毒気が抜けたからか、珍しく子連れの冒険者はまるで何事も無いかのようにクエストボードから依頼書を引き剥がす。
「ママ、それってどんな依頼?」
「近隣の牧場に熊が出たらしいので、明日その退治に行こうかと」
日帰りで終わらせられそうと言う理由で選んだ依頼書。実際にはその熊はオーガベアと言う角が生えた魔物だが、シャーリィからすればどちらも大差ない。
明日にでもギルドから騎乗竜を借りてサクッと終わらせようと思い、依頼書を受付に座るユミナに手渡すが、彼女は何故か半眼でこちらを睨んでいる。
「牧場に魔物退治……それも明日ですか」
「何か不都合でも?」
「いいえ、別に。冒険者さんが受ける依頼にケチを付けたくありませんから。ただ、もっと報酬の高い依頼があるんだけどなぁって」
ユミナはシャーリィの耳に口を寄せ、そっと呟く。
「実は王都に天災級の魔物……アークデーモンが現れたんですけどね」
「はい」
「……Sランクのパーティが戦ってるみたいなんですけど、これが手古摺っているらしくて」
「そうですか」
「…………そこでシャーリィさんには、今から助っ人としてそのパーティに一時加入する形で王都に行ってくれないかなーなんて……」
「お断りします」
何の興味も抱いていないようなにべも無い返事。
「件のパーティも負けたわけでもありませんし、今日は娘の宿題を見ると約束しているので」
「……ですよねー。娘さんたちを連れている時点で何となく察してました」
ガックリと受付嬢は項垂れ、ソフィーとティオは何だかよく分からないが可哀想なものを見るような目を向ける。
ユミナはシャーリィが娘を溺愛していることを知っていたが、物事のあらゆる最優先事項が娘の事と言うのは流石にどうかと思う。
「……あ。二人とも、シャーリィさんの活躍とかに興味は」
「娘から懐柔しようとするの止めてもらえませんか?」
痛烈な舌打ちをするユミナ。どうやら支部長からの催促は依然激しいままらしい。
「まぁ、時と場合によってはまたパーティを組んでもいいですけど」
「言質、取りましたよ?」
確証の無い口約束に一縷の望みを託すしかない中間管理職は、今日もまた深い溜息を吐いてストレスが暴食に向くことになるのであった。
木剣と木剣、鋼と鋼がぶつかり合う音が響くのに双子が興味を抱いたのは必然だった。
ギルドの敷地内には何もない広場がある。来年には専用の施設が建設されるであろう其処は、冒険者たちの自由なトレーニングスペースであり、冒険に出ていない駆け出しからベテランまで、ほぼ毎日のように賑わいを見せている。
『ぬぅんっ!』
『うわああああっ!?』
『ちょぉっ!? 今本気で斬りに来ませんでしたか!?』
愛娘たちを連れて覗きに行ってみると、訓練所にはアステリオスが率いる新人パーティが実戦形式で鍛錬に励んでいた。
ミノタウロスからすれば手加減された……新入りからすれば本気にしか見えない横薙ぎの一撃がカイルとクードを襲い、二人は命からがらと言った体で這いずり回るように逃げ回る。
「だ、大丈夫なのあれ!? 斧で思いっきり襲い掛かってるよ!?」
「問題ないでしょう。彼も殺す気は無いようですし」
「……とてもそうは見えないんだけど」
シャーリィからすれば速さも殺気が伴わない、明らかに加減された一撃だが、それが分からない者からすれば正に殺し合いさながらの迫力に見えることだろう。
そんな偽りの気迫の前に立たされた彼らは、まさに生死を分けた刹那の攻防を体感しているわけだ。
この経験が彼らの死期を伸ばすかどうかは定かではないが、それでも彼らなりに得るものがあるのなら、きっと無駄ではないのだろう。
『そこ。足運びがおざなりですぞ』
『ぐえっ!?』
斥候と言うにはあまりに余裕のないクードは足払いで軽く転がされ、まるで蛙が潰れたような声をあげると同時にズボンがずり下がらない様に抑えていた紐が外れ落ちる。
『アッハハハハハ! ぐえっだって! パンツ丸出しだし! あははははははは!』
「お母さん? 前が見えないんだけど?」
「な、何? 何が起きてるの?」
「見てはいけません」
ここぞとばかりにクードを指差して大笑いするレイア。あまりに見苦しい醜態にソフィーとティオの目を覆い隠し、自身も顔を背けた。
『おや、レイア殿は随分余裕そうですな? 折角なので、貴女も参加してみては?』
『え!? いや、アタシは弓兵だから前衛の間合いには入らないし』
『はっはっはっ、何を仰る。後衛だからこそ前衛の間合いに入ってしまった時の対処法を学ばなければならないではありませぬか』
訓練所にレイアの悲鳴が追加される。Aランク冒険者によるEランク冒険者たちへの訓練が激しさが最高潮へと達した時、ティオはポツリと呟いた。
「……今気付いたけど、あのミノタウロスの人凄いね。あれだけの速さで斧を振ってても、当てないように加減してる」
「え? そうなの?」
ソフィーの視線に頷き、無言の答えを返す。
いくら訓練、刃を立てないようにしているとはいえ、重量武器である戦斧の直撃によるダメージは尋常ではない。
当てる気は無いのに当てようとしている様に周囲に思わせる見せ方をティオが短時間で見破ったことに内心鼻が高いシャーリィ。
戦闘という危険な行為に対しての才覚には正直複雑ではあるが。
「おや? これはこれは、シャーリィ殿ではありませぬか」
「……どうも」
訓練に一段落が付いたのか、ぜぇぜぇと息が荒い駆け出したちとは対照的に涼しい顔をしているアステリオスがシャーリィたちに気が付く。
「そちらの愛らしい娘御たちは、貴女のご息女ですかな?」
「えぇ。二人とも、挨拶を」
「は、初めまして! 私、ソフィーです!」
「……わたしはティオ」
視線を合わせる様に膝を地面に付けるアステリオスは穏やかに笑いながらゆっくりと頷く。
「吾輩の名はアステリオス。貴女方の母君とは以前、冒険を共にしたことがあるのですが……それにしても大きくなられましたな」
「え?」
「あの……私たちのこと知ってるんですか?」
「ええ。十年ほど前にシャーリィ殿がギルドにお二方を――――」
再会……と呼べるほど面識はないが、共通する人物の話に意外と花が咲く。筋骨隆々としたミノタウロスと麗しい美少女二人という、なんともミスマッチな光景ではあるが。
「ところでシャーリィ殿。これも良い機会です、一緒に訓練などはいかがですかな? あの子らも吾輩とばかりでは妙な癖が付きそうですし」
カイルたちはギョッと目を見開き、揃って首を左右に振る。
「いえ、私は――――」
娘と行動しているので、と言う言葉は出て来なかった。
下から視線を感じ、何事かと思って愛娘たちの顔を見ると、何やら期待しているかのように瞳を輝かせている。
シャーリィは仕方ないと言わんばかりに息を吐き、返答の代わりとして両手に剣を出現させた。
訓練である以上手加減はするつもりだが、娘の手前無様な姿を晒すつもりはないし、何より少し良い恰好をしてみたく思う。
この後、若き冒険者たちの絶叫が響き渡ったのだが、そこは敢えて割愛する。
平穏無事……とはいかないまでも、シャーリィは戦いを繰り広げながらそれなりにゆっくりとした三週間を過ごしていた。
そんな時、彼女にとって一大イベントとも言うべき行事がソフィーとティオから知らされることとなる。
民間学校の三年間において、たった一度だけ存在する親が子の普段の様子を拝む一日……子供からすれば緊張で集中できなかったりする憂鬱な日の名前は、学校曰く授業参観日である。
いかがでしたでしょうか? お気に召しましたら評価してくださると幸いです!
あらすじ部分、ようやく回収できてスッキリです!




