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母娘の休日 其の壱



 伝説曰く、勇者は何処からともなく道具を取り出し、その数に限度は無いという。

 そんな逸話を再現した《勇者の道具箱》と呼ばれる魔道具が存在する。開発者の好みで一見ただの宝箱にしか見えないが、蓋を開ければ外側の大きさに反した広い空間が広がっており、所有者は宝箱からどれだけ離れた場所に居ても自由に中の物を取り出せるという空間魔術を存分に活用した魔道具だ。

 シャーリィが戦闘時に使用する空想錬金術のタネが正にこれ。発動するのに必要不可欠なオリジナルの貯蔵庫であり、すぐさま手元に呼び寄せることでオリジナルを持ち運ぶ必要が無くなるという、空想錬金術を戦闘で使用するのに極めて相性の良い逸品だ。


「さて、と」


 そして当然ながら、道具箱の中には武器以外の物も当然貯蔵している。

 冒険に必要な各種道具から、先日ジュエルザード鉱山で採掘してきたソフィー用の蒼玉(サファイア)のとティオ用の紅玉(ルビー)という二人の瞳の色に合わせた原石。

 そして、机と椅子、灯りが設置された宝箱の中で今しがた新しいページを書き終えた一冊の日記帳……シャーリィのささやかな趣味である娘の成長記録だったり。


「先日の単語テストの結果……ソフィーは百点。ティオは六十八点ですか。……頑張りましたね」


 依頼で遠出している最中に行われたというテスト結果に、鋼の表情筋と呼ばれる口角が緩むのを止められないシャーリィ。

 安定して高得点、今回に至っては満点をたたき出したソフィーはともかく、ティオの成績は赤点ギリギリと親として喜んでいいのかどうか微妙な点数だが、勉強が大の苦手な娘の片割れの努力はこの目で見ていなくても分かる。

 もちろん、点数が高いにこしたことは無い。出来ることと出来ない事なら、出来ることの方が良いに決まっている。

 しかし勉強だけを突き詰める必要はない。必要なのは将来の選択肢を広げること。そして努力する力を身につけることだ。

 彼女たちが将来どのような道を進むかは分からないが、今の幼い日々が道を切り拓く力になってくれることを切に願う。


「……そろそろ時間ですね」


 机の上で開きっぱなしになっていた懐中時計を懐に、成長記録を棚にしまって空間の壁に設置された梯子を上る。

 行き止まりになっている天井部分を腕で軽く押すと、天井が開いて薄暗かった空間に光が差し込む。 

 梯子を上った先にあるのは住み慣れた借家。シャーリィ自ら配置した家具が並ぶタオレ荘の一室だった。

 魔道具、《勇者の道具箱》から出てきたシャーリィは宝箱に布を掛け直し、部屋着から仕事着兼外行用のワンピースに着替える。


「二人とも、準備は出来ましたか?」

「うん!」

「何時でも行ける」


 足首にまで届きかける長い裾の服を着たシャーリィに対し、娘二人の相部屋から出てきたソフィーとティオが着用しているのは、動きやすさを追及した膝下程度の丈のスカートだ。

 下手に激しく動けば太腿が露出してしまいそうな服は母親として物申したいが、非常に度し難い事に市井のファッションというものは近年露出傾向にある。

 市井に降りてから十年。令嬢らしい露出の少なさを是とするシャーリィからすれば信じられないことに、ギルドでも動きやすさを重視して腹部や太腿を露出する女冒険者は多く、中にはビキニアーマーなる下着同然の格好で往来をうろつく者も居る。

 むやみやたらに肌を露出するなどありえないが……周りから見て余りに野暮ったい恰好と愛娘たちが謗られるのは避けたい。


「ママ、どうしたの?」

「……いいえ、何でもありません」 


 ウチの娘は何を着ても似合ってるから良いのです!

 元令嬢としての貞操観念と年頃の娘の流行の間に発生するジレンマを、親バカな考え一つで強引に自身に言い聞かせるシャーリィ。

 

「ところで、本当に付いて来るのですか?」

「ん。宿題だしね」

「周囲の大人の仕事風景に関する作文ですか……確かに一番身近な大人と言われれば私ですが、冒険者は半ば自由業なので時には仕事しているようには見えない時もあるのですけれど」


 次の冒険の準備をしようと今日は街を回る予定のシャーリィに、メモ帳とペンを持ってその後を付けるソフィーとティオ。

 なんでも、学校の宿題として作文を書いて提出するように言われたらしい。生徒の理解力と表現力、そして読み書きを鍛えるにうってつけの宿題と言えるが、いざ仕事についてくると言われると流石にむず痒いものがある。


「……まぁ、良いでしょう。今日は街の外に出る訳でも無し」


 少し鍛冶屋や道具屋、冒険者ギルドなどを回る程度。もし危険があるとすれば刃物を扱う鍛冶屋だが、それも自分がきちんと監督しておけば、たとえ二人が実際に武器を持って振り回しても怪我をさせることは無い。


「さて、それでは行きますよ。一応仕事なので、くれぐれも他の大人の手を煩わせない様に」

「はーい」

「ん」


 元気に頷く愛娘たち。こうして、母娘三人の休日が始まるのだった。




 常人の目には剣を一閃したことすら認識できないだろう。

 切株の上に置かれた丸太を波状剣(フランベルジュ)で綺麗に縦六分割にすると、軍手をはめたソフィーとティオが薪小屋へと運んで行き、その間に新しい丸太を切株の上に置いて新しい薪を作っていく作業を繰り返す。

 昨今の魔道技術の発展により、生活や作業の自動化は辺境の街にまで及んでいる。現にタオレ荘でも風呂やトイレ、厨房の器具は最新の魔道具を取り入れ、冒険者たちの生活を豊かにしているのだ。

 そんな中、ドワーフの職人の作業は総じて伝統ある手作業に徹している。彼らの技術の深奥は、機械的な作業ではなく鋼打つ一つ一つの力の入れ方に窯の絶妙な温度といった、自動化では決して再現できない極限の〝間〟にこそある。


「ディムロスさん、言われた分の薪割りが終わりましたよ」

「おう」


 ぶっきらぼうに応じる鍜治場の主。

 新しい剣が無いかと、やけに印象に残りやすい顔見知りの客が小さな娘二人を連れて鍜治場に入った時、老練なドワーフは何事かと首を傾げたものだが、事情を聴くと新しい剣の具合を確かめるついでに薪割り作業の手伝いをしてみないかという、粋な計らいを提示したのだ。

 正直、動かぬ的を斬るだけなら剣の扱いそのものの練習にはなりえないが、剣の性質を知るには十分であり、そんな母親の剣技を前にして娘二人は大変満足していた。


「ママ、凄かったね! こう、剣をヒュッてやったら丸太がパカーンって!」

「ん……! 何をやったのか、正直分からなかった」


 興奮冷めやらぬといったソフィーとティオは大人の会話の邪魔はしないと、店に置いてある武器を眺めたり実際に持ってはその重さに振り回されていたりする。

 そんな二人を常に視界に収めながら、何が起きてもすぐに対応できる距離でディムロスと会話するシャーリィは、フランベルジュの刀身を片目で見るや否や呟いた。


「これは物を斬るのに向いていませんね。生物の肉を抉るのに特化していると言いますか」

「そう言いながら丸太をスパスパ斬ってた奴が言う言葉じゃねえが、まぁ確かにそうだな。治せねぇ傷を与えるって意味でも、アンデッドには本来の効果を発揮しねぇ」


 その異様極まる刀身は生物の甲殻を裂くには向かず、もとより治癒能力など存在しないアンデッドには〝特殊な傷をつけて治癒能力を阻害する〟というコンセプトを発揮しない。

 しかし逆に言えば、それらに当て嵌まらない魔物に対しては非常に有効だ。特に対大型の魔物の戦闘を考慮すれば数日に渡る戦闘は頻繁に起こり得るし、治癒魔術を使う魔物も多い。

 そんな怪物どもに癒えない傷をつけるという意味は非常に大きい。傷というのは癒さずに放置すれば毒を発し、やがて壊死や破傷風といった形で冒険者たちの敵を蝕むだろう。

 振った心地は理解した。なら今度は実戦で使おうと、空想錬金術で生み出したフランベルジュを手元から消したシャーリィを、ディムロスは溜息と共に睨み付けた。


「かーっ! 試し切りにまでんな魔術使いやがって! せっかく打った剣が泣いてんぞ!?」

「戦いの度にわざわざ手入れをするのにもお金が掛かるのです。娘の為に使う金銭は出来る限り多い方が良いので」


 以前ディムロスは剣の達人であるシャーリィを売り甲斐の無い客と称したことがあるが、その理由は正にこれである。

 いったい何処の世界に自分が打った剣を使わず、その剣の疑似複製品で戦う剣士の存在を喜ぶ刀匠が居るというのか。


「コレで魔武器の一つや二つでも買えば可愛げがあるんだが、オメェときたら店に置いてるのに見向きもしねぇ。血脂や骨で切れ味が落ちんのが嫌なら、切れ味が落ちねえ武器なんぞ幾らでもあんだろ」

「高額な武器をわざわざ買う気もありませんし、たとえ切れ味が落ちなくても私はあらゆる状況に応じて使用する剣の種類を変えていきたいのです」


 魔鉱という総称で呼ばれる、魔力を宿す事が出来るレアメタルを永続効果のある付加魔術(エンチャント)と共に鍛え上げた魔術を宿した武器……そのまま略して魔武器はベテランの冒険者の必需品のようなもの。

 灼熱の刀身で斬ると同時に肉を焼く剣や貫いた箇所をたちまち凍てつかせる槍。帯電した戦槌に嵐を巻き起こす斧と、特殊な力を宿した魔武器は数多く存在するが、もっともポピュラーなのは切れ味が落ちず、刃毀れもしないという付加魔術が施された武器だ。

 いずれにしても材料の希少性や生産における難易度の高さからおいそれと買えないほど高額なものばかりの魔武器だが、状態を維持するという比較的簡単な魔術が施されただけの武器は、他の魔武器と比べて安価である。

《勇者の道具箱》という魔道具があれば、持ち運びに困ることは無く、様々な種類の魔剣を駆使することも容易い。

 とは言え。


「使う武器全てを魔武器で統一するなどありえませんし、いくら刃毀れせずに切れ味も落ちないからと言っても手入れが要らないという訳ではないでしょう? 柄を外して掃除したり」

「たりめーよ」

「だからこその空想錬金術です。魔武器の性能を再現できなくても、魔力がある限り剣を生み出せるのなら切れ味が落ちない魔武器と大差ないでしょうし、投げても困りませんから」


 そして何より、とシャーリィは続ける。


「魔力で生み出した使い捨てなら手入れをする必要はありませんし、その分娘の為に時間を使えますし」


 ディムロスは大きなため息を零した。自分もかなり偏屈な職人であると自認してはいるが、偏屈さ加減なら目の前の女も負けてはいない。

 

「おー……カッコいい」

「ちょっとティオ―!? なんかプルプルいってるんだけど―!?」


 幸いというべきか何と言うべきか、彼女の娘は魔武器に興味はあるらしい。

 電撃を宿した両手剣を正眼に構えてフラフラと蛇行しているティオから逃げ回るソフィーを見かねて、シャーリィは一瞬で間合いを詰めて刀身を鞘に納める。


「いけませんよ。自分の筋力に見合わない重い武器は怪我の元になります。どうしても手に持ってみたいというのなら、軽い武器だけにするように」

「「はーい」」


 そう言いながらも見た目のインパクトが強い魔武器……特に大剣などの重量級の武器に目が行っているあたり、作り手としては実に可愛げがある。

 この親にしてこの子あり、とはならないようでディムロスは妙な安心感を覚えた。


「さて、話は戻りますが……別に私とて魔武器に興味がない訳でも一切使わない訳でもありません。現に私の〝愛剣〟を含め、所有している魔武器の手入れは全てそちらに任せているではありませんか」

「たりめーよ。あれだけの名剣、ド素人の手入れで間に合うものかよ」


 魔剣の類は遺跡探索などで手に入れているらしく、確かに空想錬金術で生み出した剣のみで戦っている訳ではない。

 しかし彼女が魔術的効果を宿した剣を使う機会など稀だ。Sランク冒険者が率いるパーティが討伐するような古竜を、何の変哲もない鋼の剣で一方的に倒してしまう剣士が、その手の内を見せることはそうそうある事ではない。

 兎を狩るのに全力を出すのは知性無き獣のすること。冒険者たる者、切り札の増産と秘匿にこそ気を使うべきなのだ。


「だからってなぁ、ワシが打った剣を使わねぇってのは気に食わねぇ! いい加減にしねぇと出禁にすっぞ!?」

「むぅ……それは困ります」


 ディムロスは商人である以前に職人だ。見所のある剣士にこそ自らが心血を注いで打った剣を消耗してもらいたく思うのは当然の事。


「そこまで言うのなら、妥協案として私が頻繁に使うような魔剣を作ってください。そうすれば私も買いますし、手入れにも来ます」

「上等だ。テメェが喉から手が出るほど欲しがる剣を打ってやらぁ」


 鍛冶師の血潮が煮えたぎる。ここまで言われて黙っていられない。《白の剣鬼》に相応しい魔剣を一振りでも二振りでも打ってみせる。

 

「おー……燃えてる」

「いやああああー!? 何か剣が燃え出した―!? ティオ、早くしまってぇ!」

「全く、あの子たちは」


 とりあえず、魔武器用の試し切りスペースを作ってからだな。

 ディムロスは心に早急案件として今日の出来事を刻み付けた。


 

いかがでしたでしょうか? お気に召しましたら評価してくださると幸いです。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >娘の為に使う金銭は出来る限り多い方が良いので ドラゴンのお宝を何度もスルーしてる奴が言うセリフじゃないような というかアイテムボックスで全部持って帰れるよね
[気になる点] >ソフィーは百点。ティオは六十八点ですか。 >安定して高得点、今回に至っては満点をたたき出したソフィーはともかく、ティオの成績は赤点ギリギリと親として喜んでいいのかどうか微妙な点数 …
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