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雄弁は銀、沈黙は金

途中眠気に負けましたけど、何とか十六日中に更新できました! 過去最多文字数を更新しましたよ。今回は凝ったバトルシーンになるので、皆様のご意見を承りたく思います!




 倒れかけた巨体は岩を踏み割る前脚によって支えられ、自ずと剣を握る手に力が込められる。

 上位の竜にとって、自己再生能力を有する個体は少なくない。それは巨体であるが故か、はたまた戦いに身を置く本能を持って生まれたからか、古竜以上のドラゴンともなるとそのしぶとさは一つ下の階位に位置する将竜とは比べ物にならない。

 故に、以前戦った階位五位の戦竜に位置する地竜なら致命的な一撃でも、古竜なら自己再生で耐え切ることが出来るなど、さほど珍しくも無いのだ。

 しかし、自己再生は生態ではなく術者の認可の元に発動される古い魔術の一種。一瞬で絶命しうる一撃を受けては、そんな物に何の意味も無いのだ。

 そしてシャーリィが今しがた古竜の首を裂いた一閃もまた絶命の太刀。彼女が断ったのは重要な血管のみにあらず、剣を振り抜いたことで副次的に生じた真空波によって脊椎を切り裂く一撃なのだ。

 血管と脊椎、この二つを断たれるという事は首を刎ねられることとほぼ同義。いかに相手が古のドラゴンであったとしても、生物である以上、自己再生を使う間も無く絶命するしかない筈だった。


「これは……随分と珍しい個体に遭遇しましたね」


 しかしどういう訳か、首に横一文字に刻まれた傷は再生や治癒を通り越した、復元ともいえる尋常ではない速度で塞がっていく。

 どこか見覚えのあるその光景に、シャーリィの確信ともいえる予感が肉体復元の正体を理性に告げていた。


半不死者(イモータル)のドラゴン……また面倒なのと予期せぬ遭遇(エンカウント)したものです」


 その言葉が格下の魔物の討伐をするつもりが想定していたよりも強い魔物と遭遇することを指すのなら、この状況も十分そう言えるだろう。

 人とは比べ物にならないほど長い寿命というのは、精神に異常をきたすことが比較的多い。それ故半不死者になるのは人間以外の長命の種族であることが多いのだが、それでも古竜以上のドラゴンという希少な個体に加えて半不死者というのは真に稀だ。

 そして、人間などとは比べ物にならないエネルギーを持つ古竜が復元能力を有するという厄介さも理解できる。

 人ならば四回も致命傷を与えればエネルギー切れで動けなくなるところだが、途方もない魔力や生命力を有する上位のドラゴンなら全力戦闘を行いながら人の何十倍もの回数の致命傷を受けても復元できる。


『ククク、どうした? そのような呆けた顔をして』


 致命傷を与えたにも拘らず瞬時に復元されたシャーリィの心情を察してか、古竜は嗜虐心に満ちた声で語りかけた。


『少々素早いようだが、その様な小手先の力、我には無意味で――――』


 またしても言い切る前に古竜の首を斬るシャーリィ。


『貴様……! 一度ならず二度までも我の言葉を遮るとは……!』

「貴方のつまらない話に付き合うつもりはありません」


 血泡を吹きながら傷を復元し、殺気を放つ古竜を一瞥もせず、シャーリィは懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。


「午前中に貴方を仕留め、本題を終わらせれば明日の夕食は娘と一緒に食べれそうです。という訳で、その命サクッと頂きます」


 シャーリィはもとより、ドラゴンなど眼中に無い。目の前の古竜など、鉱山に埋まっている娘の成人祝いの材料採掘のついででしかないのだ。


『何と不遜な人間だ……! 我を前にしてここまで減らず口を叩いた者はいないぞ……!!』


 そして、自身を物のついでのように扱い、手っ取り早く倒すという宣言は竜の逆鱗に触れるどころか、毟り取られるほどの怒りをプライド高い竜に与えた。


『その傲慢! その不遜! 精々あの世で後悔するがいい!!』


 その巨体を浮き上がらせるには小さすぎる竜の翼には、浮力の魔術が宿るという。

 四枚の翼を羽ばたかせた事で発生する暴風で砂埃を巻き上げながら、古竜は天空に舞い上がる。

 ドラゴンという種がなぜ最強と呼ばれるのか。それは潜在的な魔力や膂力、耐久力という点も大きいが、それと同様に恐るべきは攻撃力と耐久力、巨体を維持したまま容易く位置の利を得られるという点にある。

 元より水中で戦う水竜は別として、体重を感じさせない飛行能力を持つ翼竜に地中を自在に駆け回る地竜といった、本来人の手に届かない場所こそが土俵の怪物が強襲に奇襲、ブレスによる飽和攻撃を繰り返せばどうなるか。

 ただでさえ素の力で圧倒しているというのに、位置の利まで生かしたドラゴンにたかだか地表でしか移動できない人間に何が出来るというのか。


「…………」

『何っ!?』


 だからこそ、シャーリィが自身と同じ高さに居るという事に驚愕を隠し切れない古竜。

 飛翔の魔術を使ったのではない。地表から天高くせり上がる巨人族が持つような大剣、その柄に掴まって竜と同じ視線まで昇ってきたシャーリィはその背中に飛び乗って、硬い鱗をものともせず二対の翼の付け根に深々とレイピアを突き刺した。


『グォオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 突剣と呼ばれるに相応しい貫通力で翼の機能を失い、痛みに悶えながら岩の巣へ落下する古竜。しかしシャーリィの攻撃はそれだけでは終わらない。

 突き刺した剣をそのままに、新しく両手剣を手元に出現させて巨体の上を駆け抜ける。天から落とす為の四連撃など囮、目指すは半不死者共通の弱点である脳が詰まっている頭だ。

 長い首を一飛びで越え、後頭部から頭蓋を切り裂いて脳を潰そうとするが、その斬撃は突如目の前に展開された光の障壁に阻まれた。


「……む」


 アステリオスが使う物とは多少違いはあるが、同じ結界術だ。上位種のドラゴンが魔術を使う事は何ら不思議ではないが、障害物に阻まれた斬撃は結界を切り裂いたものの、頭を傾けることで剣筋を逸らされ、竜の硬い頭蓋を割るには至らなかった。


「あくまで頭を守りますか」


 頭蓋を守るように展開され続ける結界は、半不死者の急所を徹底して守るもの。ならばと、シャーリィは落下中の古竜の全身を壁走りの要領で駆け回り、深々とした切痕を刻んでいく。  

 鋼よりも固い鱗を鋼の剣で切り裂き、重要な血管から四肢を動かす腱に至るまで、外側から斬れるであろう生体維持に必要な組織を復元が追い付かないほどの速度でその悉く断っていくシャーリィ。


『き、貴様ぁ……! いい気にな――――』


 最後に喉を切り裂き、三度言葉を遮る。翼への攻撃から十秒足らず、夥しい鮮血の尾を引きながら巣に墜落した古竜。

 巨体が天から落下した際の衝撃で骨は砕け、内臓が潰れる感触が背中越しから伝わり、更なる追撃をしようと新たに剣を出現させるが、全身から迸る魔力の波に押し返された。

 

「ふむ」


 シャーリィは怪訝そうに顔を顰める。今しがたの連続斬りは古竜に十数回は致命傷を与えたのだが、復元によって消費しているはずの魔力が消費しているようには見えないのだ。


(いいえ、これはむしろ回復している?)


 秒刻みで魔力が急速に充填していき、体力をも回復していく気配を感じる。これは幾らなんでもおかしい。

 魔力と言うものは休養か専用の道具や薬で回復するが、目の前の古竜はシャーリィが知る三つの回復手段を用いずに、減った傍から膨大な量の魔力をその身に供給し続けている。 


「なるほど……それが貴方の異能ですか」


 半不死者に宿る魔術に依らない超常現象。どういった理屈かは不明だが、この古竜のそれは魔力の自己回復であると睨む。


『クハハハハ! 地脈より魔力を無制限に供給する我が異能を前にして、絶望を悟ったか! 半不死者にとってその異能が意味することは理解できよう?』


 半不死者の復元回数は魔力などのエネルギー量に比例する。生物ではどうしても有限となる魔力も、無尽蔵に魔力が沸き上がる地脈からノーコストで供給し続ける事が出来るならそれは無限に極めて近く、その上で頭を守り切れるなら真の不死者に等しい。

 シャーリィとて、目の前の古竜を舐めてかかっている訳ではない。障壁を突き破るに必要なほんの刹那の瞬間で頭蓋を割られないように対応できる程度の事はやってのけた。

 ドラゴンにしては臆病ともいえる対応だが、それはこの戦いに勝利するには最も確実な手段でもある。


『こちらは延々と傷と疲労を癒す事が出来るのに対し、貴様はただ疲労を蓄積していくのみ。午前中に我を倒すなどと言う戯言をほざいていたが、このまま貴様が動けなくなるまで戦い続け、嬲り殺すことも出来るのだぞ?』


 実際、このまま千日手を繰り返せば敗北するのはシャーリィだ。そしてこの狡猾なドラゴンは、その状況へと持ち込もうとしている。


『加えて貴様の魔術も既に把握済みだ! 貴様が出現させている剣は全て、空想錬金術によるものだろう?』


 その上、古より重ねられてきた知識は、冒険者ギルドでもほとんど把握されていない彼女の手の内を解き明かした。 

 物体から同じ量の別の物体を作り出すのが錬金術だが、その秘奥は無から有を生み出すこと。空想錬金術とは、手元(・・)にあるオリジナルを魔力で劣化複製するという、秘奥に近づこうとしたもののなれの果てだ。

 魔力から作り出した物である以上、術者の手から離れれば数十秒で跡形もなく消え去る。その上、魔力を宿した武器などを性能までは再現できず、ただ何の力も宿していない張りぼての武具しかだせないという、剣士としてなら有用だが錬金術としては無価値の烙印を押された他の誰も使いそうにない魔術だ。

 その証拠と言わんばかりに、古竜の背中に突き立つレイピアも、シャーリィを天高くへと運んだ巨人の大剣も霞のように消えてなくなっている。


『手元にオリジナルとなる剣が見当たらないが、それもオリジナルを貯蔵している空間魔術に由来する魔道具があれば――――』

「先程から自慢気に語っていますが」


 見聞の姿勢は、目の前の敵の手の内と、どの程度こちらの手の内を知ったかを図る為のもの。

 無尽蔵の魔力供給による肉体の復元は確かに脅威だろう。魔術の正体を暴かれたのは妨害の有無を問わず不利となったことは否めない。

 それでも、古竜の一撃一息を掻い潜り、全身諸共喉笛を切り裂いて四度言葉を遮ったシャーリィの剣には、突き付けられた圧倒的不利に全く恐れが表れていない。


「冒険者の間では、自分や相手の手札を詳らかにすることを敗北の旗……死亡フラグというのですよ。知っていましたか?」


 全力で一部に集中させた結界でなければ対応する時間すら稼げない斬撃が古竜の頭部以外を滅多切りにする。

 そう、一瞬でもいい。体がまともに動かせなくまで切り刻む。聞いてもいない情報を自己顕示欲に促されるままに喋ってくれたおかげで、シャーリィには斬るべきものがはっきりと視えて(・・・)いた。


「……そこっ!」


 戦闘中、初めて見せた鋭い烈気。湾曲剣を手に、深く腰を落とした脇構えから何もない空間を斬ったかと思えば、肉体の復元を終えた古竜の体が……無尽蔵に魔力を吸い上げ、疲れというものを知らない古竜の体がグラリと疲労で傾く。


『……き、貴様ぁ……! 一体何をしたぁっ!!』

「それは貴方が一番よく分かっているはずです」

 

 いつも通り素っ気ない口調で、《白の剣鬼》はなんてことは無いかのように告げた。


「異能によって出来た貴方と地脈の繋がり……無尽蔵の魔力の供給を断ち切った。ただそれだけです」

 

 古竜はシャーリィに一撃たりとも与えられなかったが故に気付かなかったが、彼女もまた半不死者にして異能者だ。

 その力の全ては、蒼と紅の二色の眼に宿った。忘れもしない、かつて愛した人からの指示で拷問を受け続けた牢を抜け出したあの日から、彼女の目には文字通り全て(・・)が視えていた。

 肉眼では捉えられない速さで動くもの。

 遮蔽物のその先に存在するもの。

 概念や呪い、加護などといった色も形も存在しない〝力〟。

 果てには数秒先の未来までも。

 ただただ、視ることにのみ特化し、単体では他に影響を与えることのない二色の双眸。それが彼女の異能だった。


『バ、バカな!? 形どころか、実体すら持たぬ我が異能を剣で断ち切るなど、そのようなこと出来るはずが……!』

「しかし実体があろうとなかろうと、其処にある事には変わらない。だから断ち切れるように練習した……それだけです」


 開いた口が塞がらないとは、まさに今の古竜の心境を表す言葉だろう。

 全てを視る。それは異能の力も例外ではない。そして視えた以上、其処に存在を証明しているという事だ。

 ならば斬る。たとえ実体のない〝力〟でも、目に見えたものは全て断つ。ソレこそが理から外れた人外の剣、シャーリィを《白の剣鬼》たらしめる、望んだもののみを斬る一閃である。


「さて……貴方の自慢の異能もこれで無くなりました。後はその命の悉く、断ち斬らせてもらいましょう」


 何気なく切っ先を突きつけるその仕草に、古竜は鬼神の影を見た。




 時は、少し遡る。


「群の長が居ない?」


 バッドボノボの群れを片付けたカイル達は、山のような死体の焼却処理を終えた後にアステリオスから告げられた情報に首を傾げる。


「ええ。これほど大規模な群ならシルバーバッグという統率能力に長けた老練な個体が居て然るべきなのですが、御三方は見ませんでしたかな? 全身白い毛に覆われた一回り大きな個体なのですが」


 ゴブリンクイーン同様、集団で暮らす魔物は規模が大きくなると統率するためのリーダーが誕生するのだが、裏を返せば大きな群れにリーダーが居ないというのは異常事態ともいえる。

 どうにも嫌な予感がする。アステリオスは顎に手を当てて唸ると、戦車(チャリオット)に積んであった荷物から水晶玉と翅が付いた石造りの眼球を取り出した。


「何それ?」

「これは元々、シャーリィ殿の戦いを高みから見物しようと持ってきた遠見の魔道具なのですが、本来の用途は偵察でしてな。これで山の様子を窺って見ようかと」


 音も立てずに山へと飛んで行った石眼。アステリオスが小声で短い詠唱を唱えると、水晶玉に石眼が見ている光景が映し出された。


「うわっ! これ超便利じゃん!」


 斥候職として、クードが感嘆の声を上げる。人の視点ではありえない角度や高さで通り過ぎる光景が映し出され、天高くから山頂を見下ろせば、そこには神代に語られる戦い、その再現が繰り広げられていた。


「……凄い」


 ただ、その一言に尽きる。

 巨竜を相手に一方的な戦いを繰り広げる現代の剣士。その技の全容、何をどうすればそんな風に戦え、ダメージを与える事が出来るのかを理解し切る者はここには居ない。

 カイルは羨望の眼差しを水晶越しに贈る。高みを目指して彼女に憧れたのは遠回りではない。目標と定めた人はドラゴンをものともしない冒険者なのだと。


「ん? ……ねぇ、ちょっとこれ見て!」


 レイアが水晶玉に指を突き付ける。その指の先には、遠くから剣鬼と古竜の戦いを覗き視る白い体毛の猿、シルバーバッグが映し出されていた。


「悪い予感と言うものはここぞという時に当たりますな……理由は定かではありませぬが、どうやら我が術中より免れた様子」

「アステリオスさん、この魔道具ってこっちの言葉を向こうに伝えるとか、そういう機能は無いんですか?」


 アステリオスは無言で牛頭を左右に振る。 

 シルバーバッグが何をどう思ってあの場に居るかは分からない。しかし鉱山のバッドボノボはドラゴンの支配下にあった群だ。

 主と外敵の戦いを前にして、どう考えてもこちらの都合の良いように動くとは考えられない。

 どうにかして伝えたいが、今から山頂へ向かっても手遅れになる可能性が高い上に、アステリオス以外は完全に足手纏いになる。

 カイルは少しの間葛藤を繰り返し、やがて顔を上げて真っ直ぐアステリオスの目を見ながら告げた。


「アステリオスさん、この魔道具の術式を改変してこちらの声を届けるようにしたいんですけど、弄って大丈夫ですか?」

「ええ、構いませぬが……可能なのですかな? 他人が作った魔道具の術式改変はかなり難しいのですが」

「魔道具の扱いについては最近一番勉強してるんです。 出来るとはとても断言できませんけど……」


 思い出すのは初めての依頼。ほんの逡巡が生んだ消えない後悔。


「でも、出来そうにないからって何もせずに後から後悔するなんてこと、したくないんです」




 そこは、まさに斬撃空間と呼ぶべき状態だった。

 立ち入った生物全てを斬殺する刃の閃き、その嵐の中に囚われた古竜は頭を必死に守りながら徐々にその命を散らしていく。

 始めこそブレスや爪牙で迎撃しようとしたが、時間の経過とともに激しさを増していく斬撃に最早縮こまってほんの少し寿命を延ばすのが精一杯。

 魔力の供給は断たれ、こちらの意図とは無関係に復元を繰り返す肉体は、容赦なくエネルギーを消耗させていく。

 まさに屈辱。誇り高きドラゴンが矮小な人間一人に一方的に追い詰められるなどあってはならないと、古竜は目にも映らぬほどに加速したシャーリィを睨みながら内心でほくそ笑んだ。


(だがそれもここまでだ……! 貴様は背後からの一撃を受けた直後、我に止めを刺されるのだ……!)


 古竜は蛇のように周到で狡猾だった。バッドボノボへの精神干渉の魔術の気配を感知した古竜は、すぐさま猿の長であるシルバーバッグに耐魔の魔術と気配遮断の魔術を施し、岩陰に控えさせていたのだ。


(あのような下等生物の手を借りるのも屈辱だが……敗北するよりも良い……!)


 あのシルバーバッグは長い暗示を必要とするものの、中級魔術である《バーンウォール》を発動できる。

 巣全体を覆うように迫る炎の壁だ。いかに人智を超えた速さと剣技を持っていたとしても、直撃してタダで済むとは考えにくいし、たとえ対処したとしても必ず隙が生まれる。

 その刹那を見逃すほど、古竜も耄碌してはいない。粉々に噛み砕いてやると全身を切り刻まれながら気を研ぎ澄まさせる。


(さぁ、このまま我に気を取られているがいい。もうすぐだ、もうすぐ貴様を滅ぼす為の一撃目が……!)


 シルバーバッグの詠唱が終え、炎の壁が生み出されようとしたその瞬間――――


『シャーリィさん、後ろ! シルバーバッグだ!』


 戦場に響く切羽詰まった若い男の声。何事かと声がした方向に眼を向ければ、翅で空を飛ぶ石眼の魔道具が天空からシャーリィたちを見下ろしていた。


「っ」


 古竜の体を足場に天高く跳躍するシャーリィ。夜空に浮かぶ三日月を連想させる姿に見惚れる間も無く剣が投擲され、シルバーバッグの頭蓋を貫く。

 プライドを一部捨て、配下の魔物まで運用した古竜の奇襲は、実に呆気なく食い破られた。


『き、貴様あああああああああああああっ!!』


 怒りを露わに石眼にブレスを浴びせようと大口を開ける。だがそれよりも(はや)く、シャーリィが古竜の四肢の腱を断ち、発射口を地面に落とす。

 すぐさま肉体が復元し襲い掛かるかと思いきや、止めどなく流れる血は留まることは無く、全身に力が入らない。

 幾十もの致命傷を受け、湖のように膨大な魔力を秘めていた古の竜は、遂にそのエネルギーを枯渇させたのだ。


『あ、ありえん……! わ、我は西の――――』

「興味ありません」


 そう言い捨てて竜の首を断つシャーリィ。これにて五度、言葉を遮られた古の怪物は無念と怒り、虚栄心が綯い交ぜになった感情を抱き、その意識を暗闇に沈めるのであった。




 その後、ドラゴンの死亡を確認したことで意気揚々と山頂まで登ってきたパーティをツルハシ片手に出迎えたシャーリィに、クードは訝し気な表情を浮かべる。


「何でツルハシ?」

「少し採掘したい物がありまして。私にとってはこちらが本命ですし」

「ドラゴンの財宝は良いのかよ?」

「今回配下の魔物を引き寄せた事で十分ドラゴン征伐に貢献したでしょうし、好きにすると良いでしょう」


 マジかよ! と取り分が増えたと言わんばかりに喜ぶクードにシャーリィは盛大な冷や水を浴びせる。


「もっとも、帰りの戦車に乗せられるだけの分しか持って帰れませんが」

「…………嫌なこと思い出させるなよ」


 げんなりとした表情を浮かべつつも財宝の山に向かうクードに一瞥も向けずに、シャーリィはカイルの前まで歩み寄った。


「先程、シルバーバッグの存在を知らせてくれたのは貴方ですね? とりあえず、礼を述べておきましょう」

「い、いいえ! シャーリィさんなら自力でどうにかしてたかもしれませんし、むしろ余計な事したんじゃないかって……」

「ええ、そうかも知れません」


 ですが、とシャーリィはカイルの言葉を肯定しつつも否定する。


「戦いに絶対はありえません。どれほどの達人、どれほどの英雄であっても、大物喰らいに遭うことがあるのです。ですから、貴方の行いは決して無駄ではありません」


 シャーリィは右手を胸の中央に当て、錯覚と思われるほど小さな笑みを浮かべて告げた。


「貴方に感謝を。お陰でこうして生き残る事が出来ました」

「い、いやぁ……そんな、大したことは……」


 酷く照れくさそうに頭を掻く。 挙動不審気にワタワタと両手を振るっていると、やたら真剣な表情で財宝を漁っているクードの元へカイルは走り去っていった。     


「ぼ、僕も財宝漁ってきますのでごゆっくりー!」


 何やら文法が可笑しなことを叫ぶカイルを見送り、シャーリィは首を傾げる。


「……何だったんでしょうか?」

「……ふぅん。シャーリィさんって結構鈍いんだ」

「鈍い? どういう事です? 私の動きに何か不備でも?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……まぁ、気付いてないならいいや」


 レイアはグッと背筋を伸ばし、財宝の山を見る。


「さて、と。アタシもそろそろ目当ての石を探さないとねー」

「……巣で結構暴れたので、宝石類が散乱しているのですが、大丈夫ですか?」

「平気平気。アタシこういう時の為に捜索の魔術も使えるから」


 そう言っているものの、一向にその場を動こうとしないレイア。何やらうー、あー、と悶えていると意を決したように告げた。


「あのさ、ありがとね。私の我が儘に付き合ってもらって」

「別に礼を言われることではありません。偶々行先やメリットが一致しただけ……貴女の頼みは物のついでに過ぎません」

「それでもさ、戦車運転してくれたりドラゴン退治してくれたり、こういうのってシャーリィさんが居たからだと思うし、居なかったらこうして家宝探すことも出来なかったと思う」


 レイアは何処までも明るい金色の瞳でシャーリィを見上げ、太陽に例えられそうな満面の笑みを浮かべた。


「だから、本当にありがとう! シャーリィさんと会えてよかった!」

「…………」


 それだけ言って財宝漁る少年二人の元に突貫するレイア。すぐさまクードと喧嘩し、止めに入ったカイルの顔面と鳩尾に肘が入ったりと、つい先ほどまで凄惨な殺し合いがあったとは思えないほど平和な光景を、シャーリィは思わず無言で眺めた。


「如何なされた、シャーリィ殿」

「いえ、少し新鮮だったもので」

「ほう? 十年に渡って冒険者を続けられた貴女が、新鮮と思えることでしたかな?」

「今までは娘の為に金銭を稼げれば良いと思っていたので、依頼の経緯や依頼者の事には一切興味がありませんでした。なので、こうして面と向かってお礼を言われるのは初めてなのです」

「それはそれは」


 アステリオスは心底愉快そうに笑った。


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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、読みやすかったのでここまで読んだけど、ギブアップ。 ドラゴン討伐の貢献度の9割以上が主人公なのに、弱小PTが財宝持っていくとか理解不能です。 たくさんお金稼いだら、わざわざ冒険者…
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