捕まると厄介な天使様
以前から暇を見ては書き上げていた新作が出来上がりました。
タイトルは『ハズレ職アイテムマスターが、ハズレアイテムを使ったらトントン拍子で世界一の冒険者になれた件について』。
本日同時刻に掲載するので、よろしければ見ていってください
近くに母がいることなど露知らず、ソフィーとティオは級友たちと共に豪華客船の旅を楽しんだ。
大貴族の別邸と遜色のない高級宿を彷彿とさせる内装に、普段口にすることは出来ない美食を味わい、雲を切り裂きながら進む光景と、流れゆく地上の風景や雄大な自然の絶景を目で楽しむ。
そうして長い船旅が終わり、民間学校一行は夕方には聖都にある空挺用の停留場へ辿り着いた。
「んー! 着いたぁー!」
「へぇ……ここが聖都か!」
国境関所の役割もある停留所の門を潜った先にあったのは、辺境の街とは比べ物にならない……それこそ王都に匹敵するほど発展し、それでいて全く違う趣の大都市だ。
都市自体が歴史的価値をもち、その関係から王国とは雰囲気が違う、聖国独特の建築様式で建てられた建物が今でも現役で立ち並ぶ。
そして何より目を奪われるのは、都市の中央に聳え立つ雄大な山。鬱蒼と木々が生える噂に名高いエルドラドの霊龍山は、夕闇に反応して光の粒子が立ち上り、極めて幻想的な光景を作り出している。
まるでタイムスリップしたような気分にさせる都に、生徒たちは今すぐにでも飛び出していきそうなくらいに目を輝かせていた。
「それじゃあまずは今晩泊まる宿に移動する。自由行動は明日と明後日の二日間だから、先走り過ぎて夜の内に宿から抜け出さないように」
『『『はーい!!』』』
教師たちの言葉に対し、一斉に元気よく返事をする生徒たち。その中に、まるで企みが事前に暴かれたかのような作り笑いを冷や汗と共に流す者が少数居たのはご愛敬だろう。
宿は停留場からほど近い場所にあるらしく、ソフィーとティオたちは一斉に宿へと徒歩で移動するが、その道中でも聖都の街並みは子供たちを楽しませて止まない。
「石で出来たでっかい建物ばっかりだよなぁ。それに古いってなんとなく分かるのに、やけにしっかりしてるっていうか……」
「聖国の大工さんたちが建てた家って、大昔のやり方なのに地震にも台風にも強くて信じられないくらい長持ちするんだって。とくにほら、ここから見える大きい教会」
そう言ってソフィーが指さした先に視線を向けるティオたち。そこには聖都では幾つか存在する、他の建物と比べても一際大きな教会……大聖堂の内の一つが堂々と建っていた。
「多分、あれ大聖堂の一つだと思う。千年くらい前に建てられたみたいだけど、その間殆ど修理とかされなかったんだって」
「マジ? ウチの孤児院なんて、この間から立て続けに床が抜けて雨漏りして柱に亀裂が入ったくらいなのに」
「それは建て替えないと危ないんじゃ……」
「近々その辺修理予定。持つべきものは頼りになる兄貴分だよねぇ」
こうして聞いていると、如何に当時の聖国の建築技術が、他の国のそれより高かったのかが伺える。
ちなみに現在、孤児院の修理費を稼ぐためにカイルが少々身の丈に合わない依頼を受けた挙句、強大な魔物と予期せぬ遭遇してクードとレイアと一緒になって逃げ回っているのは余談だ。
「にしても詳しいな、ソフィー」
「こないだから、お母さんに色々教えてもらってたしね」
「あ、そうなの?」
貴族令嬢時代の杵柄というべきか、教養として聖国の歴史的背景について詳しい知識を身につけているシャーリィに、ソフィーが好奇心から色々と質問攻めをしていたのをティオは思い返す。
「わたしはご飯が美味しいとことか、楽しそうなところをとか聞いてみたけど、そっちは知らなかったみたいで残念」
「そりゃあ、シャーリィさんも仕事でここに来たんだろうし、知らなくて普通なんじゃない?」
「…………そうかもね」
シャーリィという人物の背景に貴族令嬢時代があることを知らない友人たちは、シャーリィが冒険者の仕事で訪れた際に聖都の事を知ったと思っている節があることを感じたが、ティオはそれを訂正することなく流した。
「あ、着いたみたい」
そうこう話している内に、ソフィーたちはカナリアが手配した宿へと辿り着いた。
観光地としても賑わう聖都……その宿泊施設が立ち並ぶ区域の中でも最も立派な高級宿だ。中に入ってみれば、そこには貴族の屋敷と見紛う壮麗な内装だ。
「金かかってそうな宿だよなぁ……こういう時は、理事長も太っ腹っていうか」
「運動会の時とかもね。何らかの行事がある時は、絶対に妥協しないあたり理事長先生らしいよね」
「……ねぇ、あれ見て」
すると何か見つけたのか、ティオはソフィーの袖を引き、それに釣られてリーシャたちもティオが指さす方を見る。
「おっきい理事長の写真」
「この宿絶対に理事長先生が建てたよね!?」
壁一面を占有する、豪華な肘掛け椅子に座りながら片手にワイングラスを揺らしながら、不敵な笑みを携えるカナリアの写真が納められた額縁を見て、一同は噴き出した。
噂に聞くところによると、空挺と同様、カナリアが経営する高級宿には何らかの形で彼女の存在を誇示する像や絵画、写真などが飾られていているらしい。内装の調和的にそれはどうなのかという意見もあるそうだが、何故かそれが一周回って顧客からは自然と受け入れられているのだとか。
現に生徒たちも、「まぁ理事長先生だし」と、特に気にすることなく受け入れた。カナリアという魔女が世間に与える印象がよく分かる一幕である。
「割り当てられた部屋に荷物を置いたら、それぞれ入浴するように。大人数なので風呂は貸し切りにしてあるが、悪ふざけをして周りに迷惑を掛けないように。それが終われば夕食時間だから、19時にはロビーに集合だ」
『『『はーい!』』』
「それじゃあ、各班のリーダーは部屋の鍵を受け取って、一時解散!」
部屋の鍵を教師から受け取り、生徒たちは好き勝手に宿を探索する者、早々に部屋へ向かう者と行動し始めた。その中でソフィーをリーダーとする班は、早々に部屋に荷物を置いて入浴することにした。
「私たちの部屋は一番上の階みたいだね。えっと、階段は……」
「…………ん?」
ソフィーたちが階段を探す直前、カンッと金属音が響く。それに気が付いたミラが音がした方を見ると、小さな小部屋のようなものを見つける。
「待ってソフィーちゃん、あれ」
扉もなく、小部屋というにもあまりにも狭い、その入り口の横側の壁には説明書きが表記された鉄板が嵌め込まれていた。
「えぇっと……これは空間魔術を運用したエレベーターという設備です。階段を登らなくても好きな階へと即座に移動できる……だって!」
「ん……流石は理事長の宿って感じ。階段昇って上に行くのも面倒だし、こういうのは素直に嬉しい」
「早速使ってみよ!」
五人で小部屋……もとい、エレベーターに入り込み、説明書きに従って最上階である五階という文字の上に嵌め込まれた結晶体に触れると、ソフィーたちは光に包み込まれ、気が付けば一瞬の内に五階の廊下へと移動していた。
「へぇ~、便利! 昇り降りはこれ使おっと」
「……それにしても、さっきの音なんだったんだろ……?」
「何でもいーじゃん。早く荷物置いて風呂行こうぜ!」
部屋の鍵に付けられた大きめの札に記された番号と同じ数字が書かれた扉を開ける。
流石は一等地に建てられた宿の最上階の部屋というだけのことはあってか、大人数が泊まることを想定したかのような広い造りの部屋にはベッドが五つ並べられてあるものの、入って正面にあるバルコニーからは聖都を一望することが出来る。
「何か王都を思い出しちゃうなぁ」
「ん。流石に王城ほどってわけじゃないけど、ここも十分良い部屋だし」
雑談や風景、内装を楽しむのは後にして、まずは風呂場を楽しむことにしたソフィーたちは荷物を部屋の片隅に置き、カバンから着替えなどを取り出して浴場へと向かい始めるが、部屋を出る直前、不意にティオとソフィーが部屋を振り返った。
「二人とも、どうしたの?」
「うーん、何というか……」
「……何か妙な違和感があるような気がして。ゴメン、大したことないから忘れて」
首を傾げながらも、二人は扉を閉めて廊下を歩きだす。遠ざかっていく子供たちの足音……それが完全に聞こえなくなった瞬間、バルコニーに突如シャーリィとグラニアが姿を現した。
「まさか本当に隠形がバレそうになるとはねぇ。あの年であの才覚……末恐ろしいものすら感じるわぁ」
「だから言ったではないですか。あの子たちは日に日に見抜く力が強まっていると」
「……元はといえば、貴女が写真を撮るのに夢中になってこんなところまで忍び込まなければ済んだ話だけどねぇ」
「……それについては、本当にすみません」
目を輝かせる旅行姿の娘を見て、いつの間にか制止の声も届かなくなって高速で駆け回りながら激写を繰り返すシャーリィの襟首を掴んだのがつい先ほどの事。さきほどの音や気配も相まってバレるのではないかと冷や汗をかいたが、何とか事なきを得た。
「まぁ気を取り直して……どうやらソフィーたちは入浴をするようです。無防備な状態になる入浴時こそ最も危険……しっかりと見守らなければ」
「それは良いけれど、先に映写機はしまいなさいな。お風呂に入ってるところまで撮ったら嫌われるわよぉ?」
「……失礼、つい忘れるところでした」
廊下に出たシャーリィたちは、姿を消し、気配を殺し、消音の魔術で音をさせずにソフィーたちの後を付ける。
「……楽しそう。修学旅行って、こんな感じだったのねぇ」
その途中、楽しそうに談笑しながらすれ違った生徒の姿を見てグラニアは呟く。
「その口ぶり……貴女は修学旅行というものに行ったことが無いのですか? やはり通った学校が違えば存在しない行事なので?」
「いいえ……私の通っていた民間学校も婆様が経営していたものの一つでねぇ、ちゃんと修学旅行があったのだけれど……私は当日風邪を引いて行けなかったのよぉ」
今ここにいる生徒たち同様、修学旅行を楽しみにしていた当時のグラニアはその事を大層悲しんだらしい。布団の中で熱に苛まれながら、涙で枕を濡らしたと彼女は語る。
「それを知った婆様がいきなり旅行に行くから荷物持ちに付き合えと言って、王都や魔国、聖国に商国と、風邪が治った私を色んな場所に連れ回してくれたのよねぇ。……結局、私に荷物なんて一つも持たせなかったくせに」
困ったような笑みを浮かべるグラニアだが、そこに負の念は一切感じられない。それだけで、カナリアに連れ回された日々が彼女にとって大切な記憶であるということが理解できた。
「今回の依頼を見た時、その事を思い出したのよ。あの時、婆様がくれた時間を返そうと思ってねぇ。……それに、せっかくの旅行に万が一にも嫌な思い出が混じるのって嫌じゃない?」
「そうですか……それが貴女がこの依頼を受けた――――」
「感動したわ」
突如、姿を消して音も響かせないようにしている二人の会話に誰かが割り込んできた。少し警戒しながら振り返ってみると、そこには宝石のような瞳から滂沱の涙を流すヘルメスが、真っすぐにグラニアを見つめていた。
「あら先生、お久しぶりねぇ。こうも呆気なく私たちの隠形を見破るのは流石……と言いたいのだけど、何を泣いているのかしら?」
「貴女の人を想う心に感動した」
「そんな大げさな……って、あらぁ? どうして抱き着いてくるのかしらぁ? ちょっと放してほしいのだけれど……」
感極まりすぎてグラニアを熱烈に抱きしめるヘルメス。どうやら他者の善性に感動しすぎて正気を聞く耳もろとも失ってしまったのか、引き離そうとするグラニアから全く剥がれようとしない。
「……それでは、私は先に行きますので、後の事は任せてください」
「ちょっとお待ちなさいなぁ。こうなった先生は中々厄介だと貴女も知って……先生? 本気で離れてくれない? 涙が……鼻水が服について……」
触らぬ天使に祟りなし……ああなったヘルメスは僅かな善性も敏感に捉え、見境なく熱烈抱擁してくることを知っているシャーリィは、頭が壊れた善人にグラニアを差し出す形でソフィーたちの後を追いかけた。