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三角関係(一人は自覚無し)


「ただいま、シスター」

「あらあら、おかえりなさい。ちゃんと買えたの?」

「うん。全部揃えたよ」


 辺境の街の孤児院を管理する、教会所属の壮年のシスター、シンディは修学旅行の買い出しに出かけたチェルシーとカイルを玄関で出迎える。


「……それにしても、本当に良かったの? カイル。院にお金を入れるだけじゃなくて、買い出しまで自腹を切るなんて……何度も言うけれど、貴方が稼いだお金なんだから、自分の為に使っても誰も文句は言わないわよ」

「その事に関しては何度も話し合ったじゃないか、シスター」


 命懸けで稼いできた報酬金、その使い道の大半が孤児院に関することばかりのカイル。本当なら独り立ちしてもっと悠々自適な暮らしが出来るはずなのに、このお人好しな少年は僅かながらでも孤児院に出資するだけではなく、日頃の畑仕事などや突発的な出費まで手助けしてくれる。

 その気持ちは有難いが、同時に心配でもある。未来ある若者が古巣の手助けばかりしていていいのかと。シンディは事あるごとにそれとなく説得してはいるが、カイルの意思は固く、何を言っても少し困ったような笑顔を浮かべながらも譲る気配が無い。


「魔物が蔓延る今の世の中、この孤児院は絶対に必要だ。そう思ったから、僕は院を助ける道を選んだんだよ。それに僕ももう成人してるし、自分の将来のことだって、一応考えて動いてるしね」


 だから心配なんていらないと、そう笑ってみせるカイルの表情はすっかり大人の逞しさを滲ませていた。

 その姿を見たシンディの脳裏に、幼き日のカイルが映る。孤児院に来たばかりの時の彼は、両親を魔物に食い殺され、何時も陰のある表情を浮かべている、他の孤児たちと同じように傷ついた子供だった。

 だが性根は心優しい子だったのだろう。いつしか親を失った悲しみは時間という河に流されていき、率先して孤児たちの和を図れる好漢になった。最近は同じ院生である少女とのわだかまりもあったりするが、それを差し引いても、シンディからすれば自慢の息子のようなものだ。

 その姿、その過程を見てきたシンディは、瞳にうっすらと涙を浮かべ、それを手で拭う。


「本当に……何時の間にこんな立派になったのやら」

「もう……泣かないでよ、シスター。一人でここまで大きくなったわけじゃないし、シスターには本当に感謝してるんだよ。だからどうか、僕からの誠意を受け取ってほしいんだ」

「まったく……そんなこと言われたら、もう何も言えないじゃないの」


 ここまで言われれば、もう何も言うまい。そう心に決めたシンディが夕飯の準備に戻ろうとした瞬間――――


「カイル兄ちゃーん! お客さーん!」

 

 先ほどまで孤児院敷地内の庭で遊んでいた子供が、突然玄関を開けて声高々に叫んだ。それに続く形で外にいた院生たちも次々と中に入ってきて、口々に叫び出す。


「兄ちゃん、お客さんだよー!」

「すっごく綺麗な人ー!」

「カイル! お前、何時の間にあんな超絶美人とお近づきに!?」

「ていうか、あの人ってアレだよね!? あの凄い有名な!!」


 年少の子供たちも、同年代の少年少女たちも興奮した様子で、カイルとシンディは互いに顔を見合わせて困惑する。その喧騒に中に居た院生たちも集まってきて、場はより混沌としたものになっていった。


「はいはい、落ち着きなさい皆! お客さんが来たのは分ったんだから、あまり騒々しくしないの!」

「ちょっと、これ何の騒ぎ?」


 騒ぎ出す子供たちをシンディが諫める中、そう言いながら話しかけてきた、長めの黒髪をサイドテールにした少女は、リアナというカイルとほぼ同時期に孤児院で暮らすようになった院生だ。


「あぁ、リアナ。実は――――」

「このような時間に失礼します」


 困惑しながらも事情を説明しようとしたその時、聞き覚えのある涼し気で透明感のある声が聞こえてきて、孤児たちによる喧噪は一瞬で鳴り止む。リアナ共々視線を向けてみると、そこに居たのは文字通り息を呑むほど美しい白髪の美女。

 

「現在、こちらにカイルさんか、チェルシーさんはいらっしゃいますか?」

「シャーリィさん!? え!? どうしてここに!?」

「シャーリィ……? シャーリィって、あの……」


 突然孤児院に訪問してきたシャーリィにカイルは困惑し、リアナはシャーリィとカイルを交互に視線を送りながら瞠目する。


「先ほどの店で、ソフィーとチェルシーさんの荷物が取り違えられていたようなので」

「え? あっ! ホントだ」

  

 慌てて持っていた紙袋の中身が、自分が選んだ品々ではないことを確認し、チェルシーはようやく荷物の取り違えに気付く。見てみれば、シャーリィの手にも同じデザインの紙袋が握られていた。同じ外見をしていたので、二人とも気付かずに持ち帰ってしまったのである。


「すみません、それでわざわざこっちまで来てくれたんですね」

「構いません。私からすれば、特に労力の掛かることではありませんから」


 身体強化を併用し、屋根伝いで街中を高速で移動するシャーリィからすれば、タオレ荘から孤児院までの距離など大したものではない。


「せめてお礼にお茶でも……って、この時間じゃあそっちも夕飯間近ですよね」

「えぇ、そういう事です」


 カイルの少し落胆した様子をみて、シンディは珍しいものを見たと言わんばかりの目をして、リアナは見る見る内に不機嫌になっていく。

 直接面識こそないものの、シンディも《白の剣鬼》シャーリィのことは知っている。冒険者ギルド最強の剣士にして、辺境の英雄。それでいて何故か名誉には関心が無く、Bランクに留まり続ける変わり者。絶世の美貌に加えて、シンディが知る情報はその程度だ。

 

「ねぇ、チェルシー。もしかしてカイルが何時も話している憧れの冒険者って言うのは……」

「うん。この人の事だよ」

「……それじゃあ、あの子が最近気になってるっていう女性も」

「まぁ、シャーリィさんでしょ」


 長年世話をされてきた分、院生の中でもカイルと特に親しい部類のチェルシーにこっそりと聞き出し、シンディは納得の面持ちだ。

 当人は詳しく話してはいないが、冒険者初日から危機に見舞われたところを助けられたベテラン冒険者に憧れていることや、その恩人に対して特別な感情を抱いていることは、普段の会話から何となく察せられた。

 少し照れながらシャーリィと話すカイルを見て、隣で一層不機嫌な様子になっていくリアナの事が少々気掛かりだが、孤児院の長としてカイルを助けてくれたことを直接お礼をしなくてはと一歩踏み出す。 

 シンディもシャーリィも何かと多忙で、カイルを通じてお礼の品を渡すことしか出来なかったが、こうして目の前にいるのだったら改めて感謝と、それが遅れたことに対する謝罪を――――


「ちなみに、ソフィーとティオのお母さんでもある」


 そう思ったところで、チェルシーが無自覚に爆弾を投下し、シンディとリアナは瞬時に固まった。

 シンディもリアナも、チェルシーがいる孤児院に遊びに来たことがあるソフィーとティオの二人とは、少ないながらに面識はある。

 両者共に非常に愛らしい容姿をしていて、礼節もある良い子だ。そんな彼女たちの母親が凄腕の冒険者とは聞いていたが、その人物がシャーリィであったということは初めて聞いたし、納得もした。あれほどの容姿、母親の遺伝と思えば納得もいく。

 しかしだ。《白の剣鬼》が何時頃この街に住み始めたのかまでは知らなかったが、ソフィーとティオの母親は若くして二人を産んで、現在三十歳であるということは知っている。つまりカイルとは一回り以上歳が離れているし、何より子供がいるということは――――


「カ、カイル……? アンタまさか、人妻に手を出そうと……!?」

「へ!? 人妻!? 一体何の……って、チェルシー!? もしかして喋った!? 変な勘違いされても困るから、出来るだけ喋らないでって言ったのに!」

「……あ。ごめん、ついうっかり」


 どうやらこちらに回ってきた情報が断片的だったのは、カイルが口止めしていたからだったらしい。

 何という事だと、シンディは両手を組みながら天空の女神に告解する。誠実に育ったと思ったカイルが、いつの間にか人妻好きという業深い男になってしまっていたとは、と。


「違うから! あの人シングルマザーだから!」

「あ、そうなの? ……よかった。心底よかった」


 どうやら離婚裁判沙汰に巻き込まれるなんていう展開にはならなくて済みそうだ。

 それでも年が離れすぎているとは思うが、恋愛に年齢など関係は無いし、あれだけの美貌なら歳の差など気にならなくもなるだろう。シンディはとりあえず見守ることにして、改めてお礼をしようとするが――――


「ねぇねぇ! ねーちゃんって、ちょースゲー冒険者なんだろ? 剣みせてよ、剣!」

「髪キレー。雪みたーい!」

「あの、私も夕飯があるので離してもらえると……」

「……貴女がシャーリィさんなんですね」


 美人な冒険者という肩書に目を輝かせる年少の院生たちに集られて足止めを食らっていたシャーリィに、リアナがシャーリィを睨みつけながら話しかける。


「? そうですが……?」

「……めない……。カイルが私じゃなくて、こんな……」


 不穏な様子のリアナに周囲が困惑していると、リアナは勢いよく顔を上げ、人差し指をシャーリィに突き付けながら叫んだ。


「い、いくら美人だからって絶対に認めないから! こんな……こんな三十路の子持ちに負けたなんて、十代のプライドにかけて絶対に認めないんだからぁっ!!」

 

 叫ぶだけ叫んで、そのまま走り去っていくリアナ。その様子にシャーリィは心底意味が分からないと言わんばかりに困惑し、シンディや周りの院生たちは何とも言えない表情を浮かべる。


「……あの、彼女は一体何が言いたかったのでしょうか?」

「……すみません。ちょっと、色々と身内の都合というか、それにシャーリィさんが巻き込まれたというか。と、とにかく、シャーリィさんがそこまで気にすることでもないので大丈夫です。彼女のことは僕が何とかしますから」

「はぁ……?」


 こうして、当事者の内の一人が全く無自覚のまま、三角関係という修羅場が発生したのであった。



次からはようやく修学旅行が始まります

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― 新着の感想 ―
[一言] リアナちゃん頑張れ
[一言] 未亡人に手を出そうとするなよ童貞君、しつこいなぁ
[一言] モテてるなぁ……。(愉悦)
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