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買い物は絶好の……


 修学旅行の日程が迫ってきたある日。意気揚々と盗撮……もとい、成長記録の為の映写機を《勇者の道具箱》の中で手入れをしていたシャーリィが外に出ると、ソフィーとティオが近づいてきた。


「お母さん。ちょっと良い?」

「どうしました?」

「あのね、ちょっと修学旅行で色々と準備しないといけないのがあるんだけど、家にない物があって」

「あぁ、なるほど」

 

 周りからは意外に思われるかもしれないが、シャーリィたちはこれまで旅行というのは数えるほどしか行ったことが無い。

 子供に向かってくる危険というものに対して過剰な反応を見せるシャーリィからすれば、下手に娘たちを街の外に出すのは肯定的ではなかったのである。

 しかし数年前から、冒険者としての経験を積み、あらゆる危険を排除できるだけの力を身につけたシャーリィは遂に娘たちを街の外に連れ出すことに関する制約を解禁。おかげで王都の夏至祭などに連れていくようになったが、それでも回数は両手の指で数える程度だろう。旅行自体、頻繁に行くものではないので尚更だ。


「そう言う事なら、分かりました。今から買い物にでも向かいましょうか?」

「うんっ。ありがとう、ママ!」

「じゃあわたしたち、ちょっと財布取ってくる」


 当然のように自分の小遣いから出すつもりのソフィーとティオに、シャーリィは思わず小さな苦笑を溢す。

 

「……そういうのは私の役なのですが」


 本人たちはほぼ使わず、貯まる一方の小遣いをはたいて家計を助けるつもりのようだが、子供達のお金に手をつけなければ生活に窮するほどシャーリィは薄給ではないし、二人の小遣いとは比べ物にならないほどの貯蓄がある。

 そもそも月に一度渡している金貨は、二人が自分自身の為だけに使えるように与えたもの。学校に関する費用を支払うのは親の務めである。


(もう少し、子供らしく無責任になってもいいようなものですが……)


 育ちが良すぎたか。あるいは、二人が先天的に素晴らしい心根の持ち主であったのか。

 きっと後者だろうと、シャーリィは十歳ながらに自立心を感じさせる二人を見て、内心で確信する。


「二人とも、少し待ってください」

「ん? どうしたの? お母さん」


 こうしてシャーリィは少しの間、会計は親である自分が出すということを、二人に説得することとなった。  


   


「それで、何が必要なのですか?」


 冷気が混じった秋風が地表を撫で、薄着で出歩くのも肌寒くなってきた季節。タオレ荘を出たシャーリィは、ソフィーとティオに先導されて街を行く。

 春と同じく、秋になれば魔物と同様に冒険者たちも活発となる。物々しい装備の無頼たちも、この季節における辺境の街では日常風景の中に溶け込み、冒険者の為に道具などを売りつけようと露天商が駆け付ける。

 普段なら、そう言った露天商に対して少しは視線を向けるシャーリィたちだが、今回は用事が用事なだけにそれらを無視。最初に目指すのは、日用雑貨店が立ち並ぶ区画だ。


「先生が動きやすい靴とか服を買ってこいって」

「衣服と靴を?」

「うん。なんかね、修学旅行中は沢山歩き回ったり、山に登ったりするんだって」


 修学旅行は、名目上では校外学習の一環だ。幾ら自由時間が多いとは言っても、ただ遊び回らせるだけではない。

 聖国の歴史ある寺院や教会、大聖堂などを子供たち自らの脚で向かわせ、その歴史を目と体で知ってもらうため、修学旅行中の課題として一つの班につき五つ以上の観光名所を巡らなければならないらしい。


「確かに。二人は運動の為の服というのは殆ど持っていませんでしたね。ましてや登山用ともなると……」


 ソフィーとティオの私服は、シャーリィが選んで買ってくる物ばかりで、その大半がスカートだ。とても登山などできる軽装など持ち合わせていない。


「聖都と言ってもかなり広いですよ。通行手段は竜車や馬車を?」

「ん。先生が、聖都には観光者用の竜車が行き来し回ってるって言ってたし、基本的にはそれで移動しようと思ってる」


 辺境の街のような、その名の通りの田舎には存在しないが、王国における王都、公国における公都、そして聖国における聖都のような広大な面積を誇る都会では、馬車を始め、四足歩行をする大型の騎乗竜(ランギッツ)が大人数を乗せた車輪付きの乗り物、竜車を引く姿がよく頻繁に見かけられる。

 シャーリィのように入り組んだ街並みでも屋根伝いに高速移動をしたりする高位の冒険者にはあまり馴染みの無いものだが、一般人には非常に重用されるそうだ。


「初めて乗るから少し緊張するなぁ。しかも私たち子供だけでだし」

「それも経験というものです。馴染みの無いものにも関われる良い機会かと。恐らく、停留所で切符を買うことになりますけど、正確に向かう場所や経由する場所を伝える必要があったりと、普通の買い物とは勝手が違うので気を付けてくださいね」

「ソフィー、お金は出すから切符買うのは任せた」

「もー。そう言うのは何時も私に押し付けるんだから」


 こうして、普段接することのないものに接することができるのも修学旅行の良いところだろう。近くに潜んで護衛が出来る以上、今のシャーリィは修学旅行に対して非常に肯定的になっていた。それが出来なければ今頃不安で右往左往していたことだろう。


「しかし山登りですか。聖都にある山と言えば、エルドラドの霊龍山へ?」

「え? よく分かったね、ママ」

「知ってるの?」

「かなり有名ですからね、あの山は」


 シャーリィ自身は登ったことがないが、それでもあの山の逸話は国境を超えるほどに轟いている。

 大昔、エルドラドの霊龍山があった場所は、戦争による戦略魔術によって毒と瘴気が渦巻く死の平野だったらしい。

 一度足を踏み入れれば体は腐り、一呼吸すれば臓腑は腐り、近付くだけで目は光を失うとまで言われた現世の地獄。そんな不毛の地の下から地盤を突き破って現れたのが、後に《太歳龍》と謳われる最強のドラゴン、アイオーンだったという。

 下から捲れあがった地盤と噴き出る溶岩が冷えて形成されたのがエルドラドの霊龍山だが、山が形成されるや否や、その地に渦巻いていた毒と瘴気は綺麗に消え失せたばかりか、魔物を退ける浄化の魔力を放つようになった。

 そしてあの山を囲うように建国されたのが聖国であり、霊山を中心に添えたのが聖都である。

 霊山の加護によって、聖国は魔物の襲撃を殆ど受けたことが無いという。近年で近づけた魔物と言えば、高い知恵と魔術の知識によって浄化の力を潜り抜けることが出来た、かの吸血姫くらいなものだろう。

  

「今でもあの山は僧侶や僧兵の修行の場として頻繁に用いられています。観光客の増加もあって、頂上への道も整備されていると聞きましたので、想像しているよりも登りやすいと思いますよ」

「へぇ~……あ、この店だよ」


 着いたのは靴も売っていることを除けば、一般的な服飾店だ。主に作業服など、動きやすい服を中心に売っている店で、シャーリィたちは普段あまり利用したことがないが、今回の用途に合った服や靴を買い揃えられるだろう。

 

「いらっしゃいませ」

「すみません。この子たちの為に動きやすい服を買いに来たのですが、サイズが合っていそうな服はどちらに?」

「それでしたら、あちらのコーナーに全て揃えてありますよ」


 店員に聞いて、子供用の小さな服が吊るされている区画に向かう。するとティオが到着するや否や値段票だけ確認して、特に迷うこともなく衣装用の整理具(ハンガー)から服を取り外す。


「コレとコレでいいや」

「早いよ!? 折角なんだから、もっとちゃんと自分に似合っているのとか確認してから決めないと!」

「山登り用に使えるならどれも同じ」


 相変わらずサッパリとしているというか、無頓着というべきか……着飾ることに関してはとにかく興味がないティオにソフィーは思わず待ったをかけるが、当の本人はまるで聞き入れる様子もない。


「どうせ汚れるからデザインとか気にしてても仕方ないし」

「それはそうだけど」

「というか今更なんだけど、靴はともかく何で学校の体操服じゃダメなの? アレを着ていっていいならこんな無駄な買い物しなくても良かったのに」

「あぁ……恐らく、そこには少し特殊な事情があるようですね。あまり詮索しないでくれると」


 実はあまり知られていないことだが、ここ近年の民間学校の体操服は、現段階では国外流出を禁じられている新しい製法で作り出された布と糸で編まれている。

 更には体操服自体が多くの防護用魔術を付加できる素材となっており、カナリアは生徒の怪我や熱中症を未然に防ぐ体操服を生み出そうとしていると、見たことのない質感の服に疑問を抱いたシャーリィが開発者本人から口外しないことを条件に聞き出したのだ。


「決まったのなら、サイズを確認するために試着をしてきては?」

「ん……そだね」

「あ、私も!」


 シャーリィは丁度選び終わったらしいソフィーとティオを試着室へ誘導しながら、《勇者の道具箱》から映写機を取り出す。カーテンの向こうで着替え終わるまでの間、新しいフィルムを映写機に組み込み、いざカーテンが開け放たれた瞬間。


「着終わった。結構、良い感じかな」

「えへへ……どうかな? 似合ってる?」


 眼にも留まらぬ速さでティオとソフィーの周りを縦横無尽に跳び回りつつ、一つのフィルムを一瞬で使い終わる速度でシャッターを連写した。

 偶然か、それとも双子故の必然なのか、二人は非常に似たデザインの服を選んでいた。枝葉から肌を守るための長袖の服と、動き易さを追求したハーフパンツ。その裾口から覗くのは、保温効果のある黒い下穿きだ。その色合いが、二人の白くしなやかな足を強調している。 


「良いですね、二人とも。とてもよく似合っていますよ」


 フィルムを交換し、またもや一瞬で使い切るほどシャッターを連写するシャーリィは、娘たちに心からの賛辞を贈る。

 普段は少女らしい服を着ることが多い二人が快活さを全面に押し出した服を身に纏っている。実に新鮮で魅力的だ。こういう娘を見るのは非常に珍しく、シャーリィは写真に残すだけではなく、記憶に強く残るように目で堪能しつくす。


「こういう服も良いかもね。動き易くて」

「最初は地味かと思ってたけど、着てみると結構可愛いかも。私も気に入っちゃった」


 満足そうな娘たちの様子にも満足しつつ、シャーリィは二人の後ろに回り込み、その髪を優しく持ち上げ、《勇者の道具箱》から取り出した髪留めで留める。


「二人とも、髪が長くなってきましたからね。山に登るのならこうした方が良いでしょう」


 ソフィーはハーフアップに、ティオはポニーテールに結い上げるシャーリィ。首元も涼しくなって、より一層涼し気な印象を与える。


「山そのものが放つ魔力の影響で、今の季節でも寒くはないそうです。修行僧の中には今の季節に熱中症になる者もいるようなので、気を付けてください」

「ん。分かった」


 こうして買う服も決まった二人は元の私服に着替え直し、選んだ服を会計に出して、店の紙袋を手にしてその場を後にしようとしたその時、聞き馴れた声を掛けられた。


「あれ? ソフィーにティオじゃん」

「チェルシー? 偶然だね。そっちも買い物?」

「まぁね。カイル兄ちゃんを荷物持ち兼財布にしてさ」

「チェルシー、その言い方はちょっと遺憾なんだけど」

「ごめんごめん」


 そこに居たのはチェルシーと、その付き添いと思われるカイルだった。向こうも既に買い物を終えていたらしく、予期せぬ邂逅に友人三人が紙袋を床に置いて雑談に花を咲かせるのを見守りながら、シャーリィはカイルに声を掛ける。


「そちらも修学旅行の買い物に?」

「あ、はい。今回は保護者代わりに僕が……ここ半年間、収入が多くて助かりました」


 カイルは元々、孤児院の経営を助ける為にも冒険者を志していた。少し話を聞いてみると今回もその一環らしく、修学旅行で掛かる代金を孤児院に代わって賄っていたらしい。


「あ、そろそろ帰らないと」

「じゃあ、またねチェルシー」

「んー、明日学校でねー」


 夏よりも早くに陽が沈み始め、昼は夕方へと切り替わり始める。時間も時間なので、程よく雑談を切り上げてシャーリィたちとカイルたちは、それぞれ帰路についた。




「ただいまー!」

「あぁ、おかえり。必要な物は買えたのかい?」


 夕食時特有の芳しい香りが食堂の方から正面出入口に漂うタオレ荘。丁度宿に戻ると同時に食堂から廊下に出たマーサと母親共々出くわしたソフィーとティオは、先ほど買ってもらったばかりの服が収まっている紙袋を軽く掲げる。


「うん! 見て見て、結構良い感じのが買えて…………あれ?」


 マーサに買ったばかりの服を見せようと紙袋を口を開いたソフィー。しかし、その表情は瞬時に固まることとなった。

  

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