悪化する親バカ
大小判初の現代恋愛ものの短編、「寝取りやすそうな幼馴染みを全力ガードしてみた話」もよろしければどうぞ。
場所は変わって民間学校。
「今月二年生は、聖国の首都である聖都へ三泊四日の修学旅行に行くことになった」
「修学旅行? 何それ?」
ソフィーやティオが普段授業を受けている教室。そこで告げられた担任教師からの報告に、一人の生徒がオウム返しに問いかける。
「簡単に言えば、この民間学校の伝統行事で、外国まで泊りがけで行く社会見学だな」
『『『えぇー……』』』
クラスの過半数以上が嫌そうな声を上げ、ティオも思わず顔を顰める。普段真面目に授業を受けるというだけでもそれなりにストレスを感じているというのに、それを泊りがけで勉強しろと言われたようなものだ。子供たちの反応も致し方ないと、担任教師は苦笑する。
「とは言っても、実際はそんな堅苦しいものじゃない。自由行動時間も多いし、歴史ある首都の観光旅行みたいなものだな」
少年少女よ、世界を知れ。
修学旅行の発案者、カナリアはそう言った。大陸内で行われていた戦争が終わってから長い年月を経た現代でも、他国への理解が一切ない大人というのは、意外と多い。そしてそう言った者ほど、外国人を他所者と謗り、増えれば国交を閉ざすこととなるのだ。
この行事は、子供の内から外国の空気に触れさせることで、価値観や多様性への理解を広げる情操教育の一環でもある……というのが、カナリアの弁である。
もっとも、当の本人は根っからの享楽主義。単に旅行を楽しませたいだけなのかもしれないが。
「折角普段行くことのない外国の観光地にもなっている場所だ。毎年お世話になってる所でもあるし、住民の方々も修学旅行にも理解がある。気兼ねなく楽しんでいくといい」
そう言うや否や、先ほどとは打って変わって、教室は活気に溢れ始める。つまらない泊りがけ授業になるかと思っていた修学旅行、殆ど観光気分で楽しめるものとなれば致し方ないだろう。
「それじゃあ今から五人一班を作れ。その班が修学旅行で寝食行動を共にすることになるから、よく話し合って決めるように」
一斉に椅子から立ち上がり、思い思いに集まり始める生徒たちの中、ソフィーとティオの周りには、リーシャとチェルシー、ミラといった普段の面々が揃っていた。
「うちらの班はこんな感じでいいだろ」
「ん、そだね。お互い気心知れてるし」
周りを見てみれば、普段仲の良いグループ同士を中心に班を組んでおり、そこに余った生徒が合流する形で班が形成されていく。
「にしても、四日間も家を空けるのかぁ」
「ソフィーちゃん、ティオちゃん、シャーリィさんは大丈夫?」
「え? ママ? 大丈夫って、何が?」
「何ってそれは……」
あの超絶親バカのシャーリィが、ほぼ四日間も娘と離れることになるのに平気なのか?
そんな事、声を大にして言えずに言葉を呑み込むリーシャたち。シャーリィの親バカは、当のソフィーとティオにはバレていないらしく、下手に教えるのも親子関係に変な軋轢を生みそうで言えなかった。
「ま、心配はしそうな気がするけどね。お母さんは結構心配性だし」
「案外、理事長の家まで行って抗議してたりしてね。子供を外国に行かせるなんてーって」
「あはははは! それは無いよ! だってただの学校行事だよ? ママが反対する理由なんてないじゃない」
一方その頃、辺境の街にあるカナリアの屋敷では。
「娘たちを外国に向かわせるなんてどういうつもりですか?」
「くくく……来る頃かと思っておったぞ、シャーリィ」
シャーリィが修学旅行に抗議しようと、カナリアのところまで押しかけてきていた。
「まさか民間学校で、毎年外国に行く行事があったとは……それも三泊四日も。ふざけるのも大概にしてほしい」
「ふざける? 何の事じゃ? 子供たちに異国の風と情緒に触れてもらい、グローバルな感性を身につける切っ掛けを作ろうという、立派な教育の一環じゃぞ? ……あぁ、もしやお主」
怒気を滲ませながら見下ろしてくるシャーリィに、カナリアはソファーに座って悠然と構えながらホットチョコレートを飲み、さも今思い至ったと言わんばかりのわざとらしい表情を浮かべる。
「単に娘らと四日も離れるのが嫌なだけじゃろ?」
「うぐっ……!?」
図星を突かれたシャーリィは思わず後退った。
……本音を言えば、シャーリィも分かっているのだ。修学旅行に抗議するなど、理に適っていなければ、筋も通っていないということくらい。
しかし、娘たちと四日近くも離れること……これはシャーリィという半不死者にとっては死活問題であり、決して看過できることでは無いのだ。
「……私も修学旅行に付いていくというのは……」
「駄目に決まってるじゃろ」
「……ですよね」
ダメ元で聞いてみたが、あっさりと一蹴されて終わる。
学校というのは一時的に親元を離れて、家の外という環境で人間関係や知識などを学ぶための場。修学旅行はその延長であり、それに親が付いていくなど学校の存在理由を揺るがしかねないことだ。
「別に数日離れただけで死ぬわけでもあるまい。写真だけでもあれば、何とか痙攣せずにすむのじゃろ? 現に《黒の聖槍》との戦いで、数日娘らと離れた状態でも何とかなったではないか」
「……実を言えば、あの戦いからしばらく経ってから、依頼の関係で一日以上タオレ荘を空けていたのですが……依頼が完了する頃には既に禁断症状で痙攣と眩暈が……」
「やだコイツ……親バカが重症化しておる」
写真を見ても禁断症状が緩和されず、本当に困った状況に陥ったことを思い出す。移動用に使っていた騎乗竜から振り落とされそうになるし、道中襲い掛かってくる魔物に頭を齧られそうになるしで、本当に大変だったのだ。
「このままではいけないと思い、苦しいリハビリを続けて多少改善されたのですが……それでも二日が限度ですね。それを過ぎれば写真を見てもどうすることも出来ず……」
「娘と長期間離れすぎた弊害じゃな……厄介な中毒患者みたいな事になりおってからに」
このままでは、ソフィーとティオが修学旅行から帰ってくる頃には、シャーリィは幽体離脱を起こして昇天してしまいかねない。というか、リハビリの最中に実際にそうなりかけたのだ。ソフィーたちと一日半離れた時点で意識を失い、幽体離脱しかけていたところを通りすがりに発見され、教会で処置を施された。
勿論、娘たちを外国に行かせて、自分は辺境の街で待つという状況が心配ということもあるが、まさか禁断症状をそのまま放置すれば本当に死にかねないとは思わなかったシャーリィからすれば、修学旅行は本当に死活問題になりかねない。
「ま、いずれにせよお主がグチグチ言ってくるのが目に見えておったからのぅ。そんなお主にピッタリな依頼を、妾から出してやろうではないか」
そう言いながら、カナリアは一枚の依頼書を差し出す。
「……護衛依頼? もしや、修学旅行に赴く生徒たちの?」
「うむ。毎年修学旅行に合わせて、腕利きの冒険者たちに護衛依頼を出しておる。報酬金も通常の護衛依頼の五倍出しておるし、かなり競争率の高い依頼なんじゃぞ。そんな依頼の定員の枠を、お主の為に空けておったのじゃ。これはもう妾にひれ伏し、生涯の忠誠を誓っても良いところじゃろう?」
胸を張って威張り散らすカナリアを無視して、シャーリィは依頼書を食い入るように見る。
報奨金の事など視線にも入れない。その依頼内容を穴が開きそうなくらいに何度も読み返す。そう言えば、毎年このくらいの時期になるとギルドが騒がしくなっていたが、これはこの護衛依頼を巡って冒険者たちが喧嘩していたからなのかと、シャーリィは今更ながら理解した。
「もちろんこれはあくまでも修学旅行。娘らと観光という訳ではなく、娘らや生徒たちに気付かれないよう、陰からあらゆる脅威を排除するのじゃ。それが約束できるなら――――」
「引き受けましょう」
「即答か、そう来ると思っておったがの」
気付かれないよう陰からという条件はあるものの、写真ではなく生の娘たちを見守ることで禁断症状を抑え、なおかつ外国という環境下における未知の脅威から二人をこの手で守れる。これに食らいつかない親バカは居ない。シャーリィは食い気味に依頼を引き受けた。
そこからは話が早く、シャーリィとカナリアは予定を詰め始める。
「行きと帰りは大型飛竜四頭が引く豪華空挺で空の旅……この空挺は修学旅行初日の朝、民間学校のグラウンドに着陸し、護衛役の冒険者たちは予め乗組員として乗っておくという訳ですね」
「うむ。顔が知れてるお主は変装してもらうことになるが……ちなみに、これがお主以外の護衛役のリストじゃ」
受け取った用紙に目を通し、シャーリィは怪訝そうに眉を顰める。
「《幻想蝶》……グラニアさんも来るのですか。他には……《八咫梟》に《小鬼衆》、《天槌》に《銀火》……いずれも二つ名持ち、Sランク冒険者ばかりではないですか」
古くから大陸の闇に巣食う暗殺教団を壊滅させた《八咫梟》。怪物氾濫という魔物の大量発生の際、津波のような魔物の群れから護衛対象を守り抜いた三位一体の冒険者、《小鬼衆》。
槌の一振りで山を砕くという《天槌》に、リヴァイアサンという超大型の大海蛇を海ごと吹き飛ばしたという《銀火》。《幻想蝶》グラニアは最年少Sランク冒険者にして、難攻不落のダンジョンと化した古代遺跡を短期間で四つも踏破した実力派だ。
その他の冒険者もSランクの錚々たる顔ぶれ。冒険者の逸話などに興味のないシャーリィの耳にも届くくらいの功績を上げた者たちだ。
「これだけの面々を集めるなんて……もしや、今の聖都では何かあるのですか?」
「いや、何も無いぞ」
完全な真顔で即答するカナリア。悪意を秘めた時の彼女は、こういう時にこそ余裕を見せつけるかの如く嗤うだけあって、シャーリィは疑うような目を向けるが……すぐ納得がいったように両手を合わせる。
「そういえば、ソフィーとティオの同級生には貴女の子孫が居ましたね。もしや――――」
「おっと、それ以上は言わせないのじゃ。護衛役の選定など、妾の一存でどうとでもなるという事を忘れるでない」
それ以上は藪蛇だろうとすぐさま口を閉ざしたシャーリィは、机の上に広げられた他の資料に目を向けると、一枚の紙を手に持った
「臨時養護教員……ヘルメス? もしや、ヘルメス先生の事ですか?」
「応とも。風に聞こえし半不死者、《彼岸の聖者》ヘルメスに相違ないぞ。なんじゃ、不満か?」
「いえ、ヘルメス先生のことはどこかの誰かと違って私も信頼していますし、あの人が付いてきてくれるなら願ってもありませんが……大丈夫なのですか?」
「どこかの誰かというのが誰の事を指すのかは後で問い質すとして……言いたいことは何となく分かるが、一応聞こう」
何気ない会話だが、聞く者が聞けば目を見開くだろう。基本的に娘たちと、その周囲の者しか憚らないシャーリィが先生と呼んで一定以上の敬意を示し、慮る存在が居る。
それこそが《黄金の魔女》や《白の剣鬼》、《太歳龍》に《怪盗》といった、世界各地で伝説に名を残す怪物たちを肩を並べる、《彼岸の聖者》その人……なのだが。
「あの人は何というか……良くも悪くも加減が出来ない人ですから。主に悪い意味で、ですけど」